私の好きな作品たち~水上勉編
私が彼を知ったのは『飢餓海峡』のテレビ化されたものでした。
戦後まだ間もない頃のこと、北海道地方を襲った台風により、青函連絡船が転覆し多数の死者を出す事故が発生。遺体収容にあたった函館警察は、乗客名簿に記載がなく、身元不明の遺体が2体あることを発見する。同じ日、北海道岩幌町で街のほとんどを焼失する大火が発生し、同町の質店に押し入って大金を強奪したうえ、一家を惨殺して放火した強盗殺人放火事件が原因と判明していた(このあたりは現実に起きた洞爺丸事故や、北海道の岩内町大火を題材にして執筆されています)。
東舞鶴署の捜査官・味村刑事は八重の懐中から樽見に関する新 聞の切り抜きを発見し、彼女の死は自殺ではなく偽装殺人であると看破する。彼の
執 拗な捜査によって、10年前の台風の夜に津軽海峡の海上で起きた殺人事件の犯人の姿が次第に浮かびあがってくる・・・そんな内容だったと思います。ですから水上氏は推理作家だと思っていました。
でも直木賞を取った『雁の寺』は推理物ではなく人間模様が複雑に絡み合った読み応えのある小説でした。どちらも私には忘れられない作品です。
その後も色々作品を読みましたが、殆ど水上ワールドに引き込まれてしまいました。9歳(一説には10歳)の時、京都の臨済宗寺院相国寺塔頭、瑞春院に小僧として修行に出されるが、あまりの厳しさに出奔。 その後、連れ戻されて等持院に移ったそうです。
その経験がのちに『雁の寺』、『金閣炎上』の執筆に生かされたと言われています。10代で禅寺を出たのち様々な職業を遍歴しながら小説を書くのですが、なかなか認められず、また経営していた会社の倒産、数回にわたる結婚と離婚、最初の結婚でできた長男(島誠一郎)との別離など、家庭的にも恵まれないことが多かったそうです。
中でも私は『般若心経を読む』が好きで、人間はなぜ瑣事に悩み、色に惑うのか。悩み惑い続けながら、なぜ「生」に執着し「色」に執着するのか・・・
自ら煩悩の熱い炎に焼かれ身悶えしながら、なお人間の真実に迫ろうとする水上勉氏が、一筋の光明を求め、「心経」を一休和尚に問い、正眼国師に質す。その苦悩の果ての悟りとは・・・。一千数百年にわたって読みつがれ、唱え続けられて来た日本人の心の原点「般若心経」が最高の語り手を得て現代に甦るこの作品ははずせないと思うのです。
ミステリーセレクションの『眼』も長編なのにそれと感じさせない面白さがありました。本格ミステリも面白いものがたくさんあって『虚名の鎖 』『薔薇海溝』などもはずせません。
いつもはミステリだと思って読んだら違っててつまらないということがまれにあるのですが、水上氏の作品は結果ミステリの要素が多いというような位置づけができるので、特に長編は読み応えがあって私は氏の作品全体を好きな作品としてもかまわないと思っています。
次女が脊椎破裂症という病気であったことなどから身体障害者の問題に関心を持ち、前述の『くるま椅子の歌』の他に『拝啓池田総理大臣殿』等、社会福祉の遅れを告発する発言や文筆活動もしばしば行ってもいました。
1997年頃から、パソコンやインターネットに強い関心を示し、パソコンやインターネットを障害者や地方に住む者のハンディキャップを補う道具としてとらえていたとも考えられるほどパソコンについては詳しくなっていました。
『同じ世代を生きて』も病床に就きそこで知り合った人との交流を暖かく見守るように書いたように思います。
2004年9月8日肺炎の為、長野県東御市で死去。享年85。死後、正四位に叙され、旭日重光章を授けられました。没日は直木賞受賞作『雁の寺』に因んで帰雁忌と呼ばれています。
水上作品は決して読み難い作品ではないので、是非多くの方々に読んで頂きたいと思います。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 私の好きな作詞家~北原白秋編(2009.07.10)
- 私の好きな作品~『第三の時効』(2009.07.07)
- 私の好きな作品たち~大森寿美男編(2009.07.05)
- 私の好きな作品立たち~カズオ・イシグロ編(2009.06.28)
- 私の大好きな作品~『気くばりのすすめ』(2009.06.27)





最近のコメント