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2008年11月

2008年11月30日 (日)

私の好きな俳優たち~スティーヴン・セガール編

 初めてセガール氏を観たのは何気なく観ていた『刑事ニコ/法の死角』でした。ただのアクション映画ではなく、内容も満足できるものだったので、その後暫く観ることが無かったにもかかわらず何年かして沈黙シリーズを観た時、横文字に弱い私でも名前をすぐ言える好人物になっていました。
  9歳で移住したロサンゼルスでは空手道場に通いお、17歳で単身来日し、15年の滞在期間中に合気道と剣道を大阪で10年間修行をしました。柔道、剣道、空手とあらゆる武術に精通。日本を第二の故郷と語り大阪弁をしゃべると言う変った経歴の持ち主です。
 帰国後はロサンゼルスにマージャル・アーツ・アカデミー「天心」を設立する。スタント・コーディネーターとして映画界に進出し、1988年に俳優としてデビューする。ブルース・リー以来、久々に現れた本物の武術家俳優です。本国アメリカでは、ポニーテールの鉄の拳と呼ばれ、東洋の秘術を身につけた精神性も高く評価されています。デビュー以来、他のジャンルには目もくれず、一貫してアクション映画に出続け、そのほとんどに共同プロディーサーとして名を連ねています。

元CIAの特殊工作員であり、合気道の達人でもある刑事ニコ・Segaru_001 トスカーニが、相棒の女刑事と共に行方不明の娘を追って高純度の麻薬に行き当たる。だが捕まえた容疑者が放免になった事から、不審に思ったニコは単身調査を続ける。その裏には、政界をも巻き込
んだ大きな麻薬組織が存在した。やがて事件の背後に、かつてベトナムで仲間だったゼーガンの姿が浮かび上がった。法の届かぬ悪にニコは立ち向かっていく・・・『刑事ニコ/法の死角』
 
 ニューヨーク・ブルックリンの麻薬担当刑事ジーノは、親友の同僚刑事ボビーが街で買い物中に家族の目の前で暴漢に襲われ射殺され、怒りを爆発させる。犯人を挙げるため、彼は独自の手荒な捜査を開始した。やがて犯人が何とジーノの子供時代のライバルで、今は麻薬中毒患者のリッチーであることが判明。、麻薬の副作用で凶暴になったリッチーは、現職刑事を殺したからどうせ死刑だと殺人狂になってしまい、街中を逃げまわりながら、次々と無意味な殺戮を繰り返す。ジーノが捜査を進めていくうちに、殺された刑事ボビーの隠された秘密とリッチーがボビーを殺した動機が判明する・・・『アウト・フォー・ジャスティス 』
 
 テロリストが、ワシントン行きのジャンボ機をハイジャック、陸軍特殊部隊のトラビス中佐が招集される。要求は組織のリーダーの釈放だったが、グラントは、彼らの目的は毒ガスでワシントンを攻撃することだと指摘する。それが事実なら、ジャンボ機をワシントンに着陸させることは出来ない。そのために、400人の乗客を犠牲にして爆破すべきなのか。政府が判断に苦しんでいる時、トラビス奇想天外な作戦を提案する。それは、実験中の空中輸送機を空中8000メートルの上空で、ジャンボ機にドッキングさせ、特殊部隊のメンバーを送り込むという『エグゼクティブ・デシジョン』・・・アクションだけではない内的な要素を含んだ作品たちです。

 身長193cm。『如何にも強そう』な精悍な顔立ち。元軍人や刑事、元特殊部隊の隊員などの百戦錬磨の経歴を持ち、東洋武術の達人で凄腕かつ冷静な主人公を演じることが多い。大きな困難やピンチが無く、一方的に敵を壊滅させるストーリーが大半で、その圧倒的な強さが痛快で人気を博している。出演する映画の役作りは、髪の毛をうしろで
束ね、黒ずくめもしくは中国風の服を着た寡黙な武道の達人というキャラクターでほぼ共通しています。出演する映画における役柄がほとんど同じと言うこともあって、役ごとの演じ分けがあまり見られません。

 近年ではこうした「強すぎる」ヒーロー像が、マンネリを通り越して一種の様式美として成立している節もあり、ファンの間ではしばしば「セガールを倒すにはどうしたら良いか」「セガールをもっと真面目に活躍させよう」といった議論が冗談混じりに交わされることがあります。またセガール自身も、マウンテンデューのTVCM(日本未放送)において、『強盗に襲われているコンビニに偶然立ち寄ったセガールが、普通に買い物をする過程で次々と悪漢たちを自滅させていき、最後には助けたはずの店員や、駆けつけて来た警官まで誤って倒してしまう』というセルフパロディを演じています。

 長く伸ばした髪を後ろで束ねたおなじみのヘアースタイルは侍の髷を意識しています。映画宣伝のため来日した際、出演したバラエティー番組で、尊敬する俳優は三船敏郎・志村喬と答えています。セガールが出演した映画の中で、興行的に大成功を収めた作品にはジョエル・シルバーがプロデュースしたものが多いのですが、シルバーは『DENGEKI』にセガールが出演する際、役作りのための減量のほか「髷」を切るように指示し、セガール氏はこれに従いました。

 セガール映画そのものの魅力のほかに、このような経緯もあって「第二の故郷」日本での人気はいまだ根強く、アメリカでビデオストレートの作品が、日本で劇場公開されていることも多いそうです。

 セガール本人の声は、どちらかと言えばややか細く優しい感じで、その勇ましい顔つきとは対照的です。そのためセガールの吹き替えをする声優を選ぶのは難しかったようで、初期の頃は本人の声に印象の似た声優が選ばれていましたが、役柄とのギャップがあったためか、最近では「顔」に合った声優が担当しています。大塚 明夫氏、屋良有作氏が有名ですね。宇崎竜童氏もDVDで声優をやりましたね。

 『DENGEKI 電撃 』は、スティーヴン・セガールが「マトリックス」の製作者ジョエル・シルヴァーと組んでつくったエンターテインント・アクション・ムービー。デトロイト警察のボイド刑事(セガール)は強引で手荒な捜査が災いし、護衛中の副大統領を川へ投げ込んだり、潜入捜査中の警官を取り押さえてしまったりと不手際続き。すっかりダメ刑事の烙印を押されてしまったボイドだったが、黒人警官クラークを新たな相棒に、警察保管庫からのヘロイン強奪事件の捜査にあたるというもの。
こんなに面白いのに、あまり人気ないのは何故なのでしょう。強すぎるヒーローはだねなのかなあ・・・
 作品も似た傾向にあり、でも私は内容がマンネリ化しているとは思いません。2度観いてもいいくらいです。

『ハード・トゥ・キル』や『沈黙の断崖』など私は面白いと感じます。アクション以外に見せる優さがあるからでしょう。

話は変りますが、『リーサル・ウェポン』のメル・ギブソン氏もセガール氏とよく似た怖いもの知らずで好きですね。 

ただの強いだけのヒーローだとは思えません。 

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2008年11月29日 (土)

私が翻弄された作品たち~檀一雄編

 「最後の無頼派」作家といわれた檀氏。1933年、同人誌「新人」を創刊し、処女作『此家の性格』を発表、瀧井孝作や林房雄らの賞賛を受け、尾崎一雄を紹介される。同年、太宰治、井伏鱒二の知遇を得、師と仰いだ佐藤春夫とも知る。この年には11年ぶりに母とみと再会している。1934年、古谷綱武と同人誌「鷭」を創刊しますが、二号で廃刊。太宰、中原中也、森敦らと「青い花」を創刊、翌年、日本浪曼派に合流しました。

 母のすすめで福岡の開業医の娘高橋律子と結婚。1943年、長男太郎誕生。1944年(昭和19年)には陸軍報道班員として大陸へ渡ります。この間律子は腸結核に罹患。終戦後に帰国し、献身的な看病を行ったが、1946年(昭和21年)律子死去しました。同年、児童文学者与田準一の紹介で福岡県瀬高町の酒造家の娘山田ヨGohho52 ソ子と再婚。上京し、石神井に居を構える。1950年(昭和25年)、先妻律子を描いた連作『リツ子・その愛』、『リツ子・その死』にて文壇に復帰。翌1951年『長恨歌』『真説石川五右衛門』の2作にて直木賞を受賞しました。
  

  しかし檀氏は舞台女優入江杏子と愛人関係であった。入江は石神井の自宅にしばしば出入りしていたが、1956年(昭和31年)、青森県蟹田町の太宰治文学碑除幕式に同行した際に、男女の関係となり、そのまま山の上ホテルで同棲をはじめた。入江杏子との生活そして破局を描いたのが代表作「火宅の人」です。1961年、「火宅の人」の最初の一編である「微笑」が新潮に発表され、その後連作として各誌に発表されました。執筆は遅々として進まず、最終章の「キリギリス」が完成したのは、死の直前の1975年でした。

 旧友であった太宰治が酔うと、よく自殺を誘われ、また中原中也からは「太宰の腰巾着」と揶揄されたりもしました。
 また、檀が9歳の時に実母が出奔し、また父が料理を作れなかったこと、そして小学校に上がっていない妹が3人いたことからやむなく料理を始めた経緯がありますが、結果檀氏は文壇屈指の料理人として名を通しました。著書にも『檀流クッキング』や『美味放浪記』などがあり、その造詣の深さが窺えます。また、檀は旅先でも地元の食材を買い求め、自宅に来る編集者や友人らに自ら腕をふるって料理を振舞っていたといいます。
 
 夜更けに、街中の建物から屋根をはぎとり空からのぞきこめば、壁にかこまれた四角い空間に、独りぼっちで酒を飲んでいる人間が無数に見つかることだろう。 そんな自分の姿をまじまじとながめたいと思う人はいないだろうし、そんな境遇を楽しんでいる人もあま
りいないように思う。

 しかし、この作品の主人公は、そんな夜を数えきれないほど重ねたえ、ついに孤独の喜びを自覚するに至るだ。その道程を描いたのが、『火宅の人』なのです。かなり自分勝手な生き方に見えますが、一方では、ある種の素質がなければこんな生き方はできないとも思います。まず、生得の放浪癖。しかし、たまらなく人恋しい性格で、つねに自分の周りに子供や動物を散らしておきたい。一方で、人並みはずれて感じやすく傷つきやすい性質なので、老病死などの暗い現実に向き合うのは苦手。現実に向きあうことを避けているうちに、いつの間にか独りぼっちになってしまいます。
一見、家族を捨て、愛人と自由奔放な生活を送る粋人と見えて、実は何処にも行き場所がない寂寞感に溢れた男の姿がうきぼりに。
それでいて、家族との絆が切れない不思議な関係も伝わって来て微妙な思いに捉われます。作者が唯一できる小説書きの仕事も、書くネタがなく、事実をありのままに書くしかないという無能の人が、その無能ぶりを晒すしか他に生きるすべがないと言う自嘲と諦念。
それでも、作者には何か未来に希望を見い出す生来の無意識な明るさが備わっているように感じられるから不思議です。

 満州の荒野を駆けめぐり、満蒙独立という壮大な夢とロマンを追い、燃え尽きた男、伊達麟之助の生涯。後篇は彼の死までを描く。
伊達家に生まれ、満州に渡り山東自治聯軍に参加、戦後処刑された伊達順之助がモデルの 『夕日と拳銃』。

 『漂蕩の自由』は檀氏の放浪が素となってうろついてゆくその行先が、自分の居場所である―。韓国へ、台湾へ、リスボンへ、パリへ。マラケシュではメジナの迷路をアテなくさまよい、ニューヨークの木賃宿ではコーンフレークをバーボンで流し込む。マラケシュではメジナの迷路をアテなくさまよい、ニューヨークの木賃宿ではコーンフレークをバーボンで流し込む。世界を股に掛ける「老ヒッピー」檀一雄の旅エッセーをまとめた檀流放浪記です。

 しかし何と言っても『火宅の人』はこれでいいのか?と問いながら読み進んだ本で、忘れられませんね。

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2008年11月28日 (金)

私の好きな作品たち~遊川和彦編

 遊川さんといえば、『女王の教室』の脚本が評価され、「第24回向田邦子賞」を受賞しましたね。

2003年、TBSスペシャルドラマ『さとうきび畑の唄』の脚本を担当し、同作品が文化庁芸術祭大賞(テレビ部門)を受賞。
2005年、『涙そうそうプロジェクト「広島 昭和20年8月6日」』(2005年8月29日、TBS)が2006年日本民間放送連盟・民放連賞・番組部門・最優秀作品に選ばてもいます。

 近年のオリジナル脚本の弱さを憂い、舐めてる視聴者の横っ面を引っぱたくつもりで大きな賭けに出たといいます。鬼教師が児童を徹底的に管理するといった番組内容が大きな反響を呼び、初回から日本テレビに抗議の電話が殺到。番組ホームページの掲示板は賛否両論、議論が沸騰。自身も初めて視聴者に「放送をやめろ」と言われましたが、プロデューサーと覚悟を決めて曲げずに信念を貫いたというくせものです。

『女王の教室』は私も見ましたが、最初は本当にこんなドラマは厳しすぎると思いましたが、回を重ねるにつれ、この後どうなっていくのかと気になり最終話でほっとしたのを思い出します。テストの成績が悪い児童や、真矢に楯突いた児童に、「代表委員」と称して雑用係を務めさせる等、冷酷に見えた真矢の真の狙いは、教師が「壁」となり立ちはだかる事。それを乗り越える努力をさせない限り、子供達は真の「壁」を乗り越える事が出来ない。これに最初に気付いたのが和美でした。
余りにも冷酷で過激な内容が大きな反響を呼び、問題番組的な捉え方が多かった反面、「ステレオタイプの“熱血教師”はもう飽きた」との支持もあり、視聴者の評価がはっきりと分かれました。後半では次第に批判の声が減少し、番組を応援する声に変わっていったようです。 中学生になった和美が「先生アロハ!」と言い、真矢が封印し続けていた笑顔を見せた最終話のラストシーンでは瞬間視聴率31.2%を記録。初回(14.4%)から最終回(25.3%)の上げ幅10.9%は、『イグアナの娘』(同11.5%)以来9年3ヶ月ぶりの高記録となりました。
台湾や韓国などアジア各国でも好評を博しました。2006年7-10月に放送した香港では、最終回視聴率28.0%、平均視聴率25.3%を記録し、日本ドラマとしては史上最高視聴率となりました。

 生徒達は、悩みながらも先生がどうしてここまでするのかを理解していく・・・それは昔も今も変らないと思うのです。先生に叱られるからやらないのではなく何故これが悪いことなのかを理解させて納得させること、これが一番大切なのだと思い知らされたドラマです。
平成18年日本民間放送連盟賞 NAB Awards 2006(優秀)
第43回ギャラクシー賞 奨励賞
第32回放送文化基金賞 優秀賞
第24回向田邦子賞(遊川和彦)

これが結果です。認められたのです。素晴らしい。他にも      Gohho53

『オヨビでない奴!』(1987年、TBS)
『金太十番勝負!』(1988年、フジテレビ)
『ママハハ・ブギ』(1989年、TBS)
『予備校ブギ』(1990年、TBS)
『学校へ行こう!』(1991年、フジテレビ)
『ADブギ』(1991年、TBS)
『十年愛』(1992年、TBS)
『もしも願いが叶うなら』(1994年、TBS)
『禁断の果実』(1994年、日本テレビ)
『人生は上々だ』(1995年、TBS)
『真昼の月』(1996年、TBS)
『智子と知子』(1997年、TBS)
『GTO』(1998年、フジテレビ)
『魔女の条件』(1999年、TBS)
『オヤジぃ。』(2000年、TBS)
『お前の諭吉が泣いている』(2001年、テレビ朝日)
『恋がしたい恋がしたい恋がしたい』(2001年、TBS)
『おとうさん』(2002年、TBS)
『幸福の王子』(2003年、日本テレビ)
『夫婦。』(2004年、TBS)
『女王の教室』(2005年、日本テレビ)
『誰よりもママを愛す』(2006年、TBS)
『演歌の女王』(2007年、日本テレビ)
『学校じゃ教えられない!』(2008年、日本テレビ)

など異色を放つ作品が多いことにお気づきでしょうか。『さとうきび畑の唄』とは同じ作品と思うのは私は少し時間がかかりました。

 『さとうきび畑の唄』はどこまでもつづく青く澄んだ空、まばゆく輝く青く美しい海。昭和16年ころ、沖縄には平和な風景がありました…。いつも明るくユーモアを忘れない父、平山幸一と、そう明で美しい母、美知子、そんな二人に育てられた勇、昇、美枝、春子、健、そして、激しい戦闘の最中にさとうきび畑で誕生した幸子。その年12月8日、太平洋戦争に突入してから、明るい平山家に重く結婚してすぐに出征し、昇と美枝は学徒動員で戦場へ…。ついにはお父さんまで兵隊に駆り出され…。どんなに苦しくても、つらくても、明生るくまっすぐに、家そんなをばらばらにし、平和な暮らしと命を奪っていきました。せつせつと歌
われる『さとうきび畑の唄』は、わたしたちに訴えかけます。あの戦争を決して忘れてはならないと…。

でも著書という形になったのは少なく、あくまでドラマで表現しようとする姿は今までの脚本加算と一味違ったものを感じ、期待もして
います。病んだ現代を斬ってくれることを望んでいます。

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2008年11月27日 (木)

私の好きな俳優たち~織田裕二編

 誰もが織田さんといえば『東京ラブストーリー』か『踊る大走査線』を思い浮かべるのではないでしょうか・・・ああ、今は世界陸上の『キタァー!!』ですかね。

 私は以前もっと軟派な方だと思っていたのですが、とんでもない!硬派というか真面目すぎというか、公私混同を避けるため、プライベートを明かさないほど役者に徹底的にこだわっていらっしゃる方でした。

 『東京ラブストーリー』のカンチ役にあたってはかなり葛藤したと語っている通り、優しいだけの男、過去を忘れる為にリカにおしきられるようなあやふやさは観ている私も心ここにあらずみたいな人とはつきあっていけないと思ったものです。でも好きな相手に好きな人がいたら影で支える側になってしまうのかなとも思い、単なるトレYuuji_001 ンディドラマと違う一面を見た気がします。しかし(カンチ)役で、大ブレイク。「月曜の夜は、OLが街から消えた」と言われ、『月9』という言葉もこの作品から生まれたそうです。

 『東京ラブストーリー』に関して、ストーリー後半、キャラクターイメージがつかめなくなり、結果として演技的に失敗だったと言っています。(原作と脚本と自分のイメージとのギャップが原因で、本人の弁によれば「途中放棄」とのこと)。この作品経験がターニングポイントとなり、以降の作品では企画・脚本段階から作品に関わるという姿勢を強めることになったと語っています。

 『振り返れば奴がいる』も『踊る大走査線』も役作りでは、服装や小道具にこだわり、キャラクターをつかむのに時間がかかるタイプ(本人談)なので、脚本は出来る限り早く欲しいそう。脚本を読み込み、リアリティある役作りをし、台本に詳細な書き込みをすることで有名です。台詞を何度も繰り返し、監督や共演者との話し合いや打ち合わせを数多く行うことで作品への理解を深めるです。それはデビュー当時からの姿勢であり、若手のころから千葉真一などにも臆することなく意見を言っていたそうです。
 
そこまで徹底して役作りをすることは、セリフをかんでも笑ってNG大賞なんていっている俳優とは別格だと思いたくなりますね。
 
 歌手としては1987年4月にデビュー映画『湘南爆走族』の挿入歌のシングルCD「BOOM BOOM BOOM」でデビュー。1991年2月に発売された『スズキ・セルボ』CMソング「歌えなかったラヴ・ソング」が最高位2位を記録、自身最大のヒット曲となった。その他の代表曲に「
Love Somebody」(1997年1月)などがあります。2005年日本ゴールドディスク大賞受賞。
自身の代表作となった『踊る大捜査線』は絶大な人気を博し、映画化されましたよね。。映画化第一弾の『踊る大捜査線 THE MOVIE』は興行収入101億円、観客動員数700万人を記録したが、第二弾の『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』
は興行収入173.5億円、観客動員数1250万人と、前作を大きく上回るばかりか実写邦画歴代1位の記録を残しました。

 『僕、青島です、東京都知事と一緒の。』のフレーズがやけに懐かしく感じます。

『徹子の部屋』に出演された際、どんな役をやってみたいですか?と言う問いに迷わず『織田ですから織田信長をやってみたいです。』と言ったことを聞いた私がず~と根に持っていて、何故やらせてもらえないの?と他の俳優さんが信長役をやるたびに恨み言を言
っている私です。あってると思うのですがねえ。歌もいいですが、ここまで役者を極めたのならば、もっとテレビや映画に出てほしいです。公私混同しないことで嫌われ者だと思ってらっしゃる方、それは違いますからご安心を。

 大森一樹監督曰く『日本映画界で数少ない、名前で客を呼べる俳優』。同様に、2007年12月公開の映画『椿三十郎』の森田芳光監督の『今、映画スターといえば織田裕二しかいない』との発言があるほどスタッフには熱い信頼のある織田さんなのです。

以前、第23回藤本賞(2004年『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』 に製作側からも多大な貢献をしたことによる。俳優としては高倉健さん(第14回特別賞)に続き二人目の受賞。) からも実力は健さん並みなのです。

 男性からも高感度のある織田さんですが、自分の恋愛感については、特に顔が綺麗だとか仕草が素敵ということよりも、自分の足りないところを足してくれる女性が好きであり、彼女の足りないところを足せるような自分になれたらと語っています。また男性が働いて稼ぎ、女性が家を守るような堅実な家庭を作りたいとも言っています。(ここにいますよ~・・・なんて)

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2008年11月26日 (水)

私の好きな作品たち~野沢 尚編

 野沢 尚さんは日本の脚本家・推理小説家で,、脚本においてもミステリータッチのものも多く、『眠れる森』『結婚前夜』は印象深かったと思っていたら向田邦子賞を取った作品でした。

『眠れる森』は蘭専門の植物園で働く実那子(中山美穂)は、3ヶ月後に恋人・輝一郎(仲村トオル)との結婚を控えていた。実那子自身は当時の記憶を失っているのですが、実は15年前の市議会議員一家惨殺事件の生き残りの次女です。事件直後、警察は実那子の姉である貴美子と恋人関係にあった国府(陣内孝則)を逮捕しました。
 ある日、実那子は事件の直後にもらったラブレターを見つけ、その差出人に会うため故郷の”眠れる森”に出かけます。そこに待っていたのは、実那子の過去から現在までを全て知る謎の男・直季(木村拓哉)。
惨殺事件の容疑者として逮捕され、仮出所するも行方をくらまし、実那子を探す国府の目的とは?
実那子の葬られた記憶と過去、惨殺事件の真実が、徐々に明らかになっていく・・・。
不思議な感覚が残る作品でした。

 テレビドラマの脚本で高い評価を受ける一方、ミステリー小説にも幅を広げました。北野武の映画監督デビュー作の脚本を手掛けたことでも知られています。

 シナリオライターになろうとしたきっかけは?「中学時代から映画監督志望で、8ミリカメラで自主映画を作っていたが「映画はまずシナリオありき」と思い立ち、独学で始めた」
 

 シナリオの書き方をどのようにして覚えましたか?「月刊シナリオで書き方を知り、倉本聰さんのシナリオ集を読み、そっくり文体を真似して勉強することから始めた」
 

 実際にプロのシナリオライターになろうとしたきっかけは?「第9回の城戸賞に佳作入選したことと、鶴橋康夫氏と奥山和由氏との出会い」 遭遇したトラブルとして、脚本を現場で大きく変えられたことが2回(1本は完成された映画が傑作だったので許しているが、もう1本は日本映画史上の汚点のような大駄作にされたことが)あったことを挙げています。(別宝島より)

 小説・シナリオでは

ステイゴールド(角川書店、1988年) - 2006年に幻冬舎文庫より復刊
親愛なる者へ(フジテレビ出版、1992年)
素晴らしきかな人生(フジテレビ出版、1993年)
ラストソング(フジテレビ出版、1994年) - 2008年に講談社文庫より復刊
恋人よ(フジテレビ出版、1995年)
恋愛時代(幻冬舎、1996年) - 2006年に韓国でドラマ化
破線のマリス(講談社、1997年)
青い鳥(幻冬舎、1997年)
リミット(講談社、1998年)
結婚前夜(読売新聞社、1998年)                   Sag18    
呼人(講談社、1999年)
氷の世界(幻冬舎、1999年)
深紅(講談社、2000年)
眠れる森(幻冬舎、2000年)
反乱のボヤージュ(集英社、2001年)
水曜日の情事(新潮社、2001年)
眠れぬ夜を抱いて(幻冬舎、2001年)
龍時シリーズ(文藝春秋)
龍時01-02(2002年)
龍時02-03(2003年)
龍時03-04(2004年)
砦なき者(講談社、2002年)
魔笛(講談社、2002年)
殺し屋シュウ(幻冬舎、2003年)
烈火の月(小学館、2004年)
ひたひたと(講談社、2004年)

等があり、特にお勧めなのは、

『魔笛』 ・・・白昼、渋谷のスクランブル交差点で爆弾テロ!2千個の鋼鉄球が一瞬のうちに多くの人生を奪った。新興宗教の教祖に死刑判決が下された直後だった。妻が獄中にいる複雑な事情を抱えた刑事鳴尾良輔(なるおりょうすけ)は実行犯の照屋礼子(てるや
れいこ)を突きとめるが、彼女はかつて公安が教団に送り込んだ人物だった。迫真の野沢サスペンスです。

『深紅』・・・父と母、幼い2人の弟の遺体は顔を砕かれていた。秋葉家を襲った一家惨殺事件。修学旅行でひとり生き残った奏子は、癒しがたい傷を負ったまま大学生に成長する。父に恨みを抱きハンマーを振るった加害者にも同じ年の娘がいたことを知る。正体を隠し、奏子は彼女に会うが!?

『呼人』・・・少年は12歳にして「永遠の命」に閉じ込められた!?僕はなぜ大人にならないのだろう。心も躰も成長を止め、純枠な子供のまま生きていくことは果たして幸せなのだろうか。出生の秘密を自ら探る呼人が辿り着いた驚くべき真実とは。感動のラスト、権力者の理想が引き起こす現代の恐怖をリアルに描いた傑作長編です。

『龍時 01-02』Jリーガーの間でも話題沸騰!! 本格サッカー小説第一弾
スペインとの親善試合で世界の壁を感じた無名の高校生リュウジは単身スペインに渡ることに。家族との葛藤や友情を描いた青春小説です。サッカー小説はこれが初でしょう。

 ドラマもいいですが、小説のほうが私は好きです。

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2008年11月25日 (火)

私のあまり知らない俳優さん~市川海老蔵編

 とうとう海老さまを調べて歌舞伎にはまってしまいました。

 日本の伝統芸能、歌舞伎の世界で今最も将来を期待されている男・市川海老蔵(29)。この男性に対する世間のイメージは様々です。「歌舞伎界一のモテ男」「やんちゃ」「わがまま」「生意気」…そして、マスコミを賑わすスキャンダルの数々。しかし、彼の人生は
葛藤の連続でした。

 生まれながらにして歌舞伎界の伝統ある名を継ぐことを宿命づけられていた海老蔵さんは、幼い時からその運命に反発し続け、歌舞伎の世界から逃げだそうともしていたのでした。
 そんな海老蔵氏が今、歌舞伎に目覚め、大いなる闘いに挑ん Ebizou005_2 でいます。『歌舞伎を世界に通用するアートにしたい!』そして、今カメラの前で初めて、 その胸の内を語りました。ここに明かされた海老蔵の意外な素顔、本音、芸への思い、苦悩…。

 市川海老蔵、歌舞伎界の名門市川家。父、母、妹…その家族の風景
東京・目黒区にある瀟洒な邸宅。海老蔵は今も生まれ育ったこの家で家族と暮らしています。家族が揃ったある1日。海老蔵のこの日の昼食は、焼き魚と納豆。そして、オクラととろろを混ぜた海老蔵考案の「俺そば」。公演のある時は、和食中心の規則正しい食生活。
食事の支度をする母・希実子さんの横で父・團十郎さんはそそくさと出かける準備をしています。自宅の1階には稽古場も。カメラは一家のくつろぎの場であり、仕事場でもある名門市川家の自宅を見続けました。

 大阪の舞台の合間に寄ったなじみの寿司屋。極上のエビをたいらげる海老蔵さん。長いつきあいの寿司屋の大将は、かつて醤油の種類を変え、その味の微妙な違いを見抜いた海老蔵の舌の敏感さに度肝を抜いたそう。

そんな海老蔵とつきあう人々は、『市川海老蔵は感性の男公演のため、新たに作り直す扇子。「色合いが気に食わない」と親子以上に歳が違う職人に何度も「ダメ」を出し、手直しを納得させるのです。さらに、完成直前の歌舞伎の舞台セット。大勢の美術スタッフの前、海老蔵は「全面直し」を主張。それは歌舞伎役者・海老蔵のプロとしての厳しさを表すと同時に、納得しないものは受け入れない歌舞伎界のプリンスのこだわりを示しています。』と。

 少年時代・・・
幼くして父に問われ、歌舞伎役者になることを決意した海老蔵。稽古の連続と家柄や伝統は重くのしかかり、歌舞伎は「やらされている」ものに。学校でも鬱屈した日々が続いていました。
青年時代・・・
亡き祖父の姿に触発され、歌舞伎への意欲に目覚めるも、思うような演技ができな日々が延々と続く。「勧進帳」弁慶役を初めて演ずるとの前日。周囲の期待と重圧に押しつぶされ、裸で家を飛び出て街をさまよう。その後も連日、今日が最後と死ぬ気で役を演じて
いた。海老蔵は言い知れぬ苦悩と重圧から自らを解き放つため、奈良の霊峰で修行僧同然の荒行に挑びます。
父が白血病に・・・
海老蔵襲名の直後、父・團十郎は白血病に倒れる。一度は復帰したものの再発。海老蔵は父の死を覚悟する。闘病中の父の病室をあえて訪ねず、海老蔵は襲名披露を完璧にこなし、その姿が病室に届くことを祈りました。

 こうした過程から明日の歌舞伎を担う若手スターの一人で、清々 しい美青年の誕生ができたのです。NHK大河ドラマにも主演するなど目ざましい活躍をしています。『勧進帳』の弁慶、『暫』の鎌倉権五郎、『助六由縁江戸桜』の助六など家の芸である歌舞伎十八番の
演目はもとより、『源氏物語』などの新作や『鏡獅子』などの舞踊でも観客を魅了すします。まさに大器と呼ぶにふさわしく、ますます目が離せない存在となっています。

 このような生い立ちで何度ものプレッシャーに耐えながら、それでも彼は日々前進しています。歌舞伎に疎い私でもこのような芸術は続いて欲しいと思います。
 芸術を愛す者として、歌舞伎や能の世界にも入らざるを得ないでしょう・・・きびしい!!

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2008年11月24日 (月)

私の好きな作品たち~布勢博一編

 うっかり忘れていました、布施さんの事。布施さんも沢山私達の日常をテーマににした作品を手掛けている脚本家さんです。

今でも『天までとどけ』は名作としてスカパーで放送されるくらいです。主な作品は

ダイヤル110番(1957年 - 1964年、日本テレビ系列)
三百六十五夜(1961年、日本テレビ系列)
無用ノ介(1969年、日本テレビ系列)
パパは独身(1976年 - 1977年、TBS系列)
菜の花の女(1977年、関西テレビ制作・フジテレビ系列)
西遊記(1978年 - 1979年、日本テレビ系列)
熱中時代(1978年 - 1979年、日本テレビ系列)
熱中時代 刑事編(1979年、日本テレビ系列)
熱中時代 第2シリーズ(1980年 - 1981年、日本テレビ系列)
ゆるしません!(1980年 - 1981年、関西テレビ制作・フジテレビ系列)Shagaru_10 
サザエさん実写版スペシャルドラマ(1981年、フジテレビ系列、脚色)
キッド(1981年 - 1982年、日本テレビ系列)
若草学園物語(1983年、日本テレビ系列)
がんばれジャガーズ(1983年、フジテレビ系列、演出)
どっきり天馬先生(1983年、フジテレビ系列)
事件記者チャボ!(1983年 - 1984年、日本テレビ系列)
母ちゃんの牧場(1984年、東海テレビ制作・フジテレビ系列)
なぜか、ドラキュラ(1984年 - 1985年、日本テレビ系列)
嫁姑・陣取り合戦(1985年、東海テレビ制作・フジテレビ系列)
たけしくん、ハイ!(1985年、NHK銀河テレビ小説)
新・熱中時代宣言(1986年、日本テレビ系列)
続・たけしくん、ハイ!(1986年、NHK総合テレビ銀河テレビ小説)
コント赤信号の東京恋愛事情(1988年、TBSテレビ系列ドラマ23シリーズ、第1話~第4話)
スペードの女王(1988年、テレビ東京)
純ちゃんの応援歌(1988年 - 1989年、NHK朝の連続テレビ小説、作)
コント赤信号のゴールドラッシュ(1989年、TBSテレビ系列ドラマ23シリーズ、第1話~第4話)
いとしの婿どの(1989年、東海テレビ制作・フジテレビ系列)
カサブランカ物語 怪盗に口づけを!(1990年、テレビ東京系列)
天までとどけ(1991年 - 1999年、TBS系列)
はだかの刑事(1991年、日本テレビ系列、第1話のみ)
課長サンの厄年(1993年、TBS系列)
企業病棟(1994年、NHK総合テレビ)
新・西遊記(1994年、日本テレビ系列、第11話と第13話のみ)
大家族ドラマ 嫁の出る幕(1994年、テレビ朝日系列)
男はいらない(1994年、日本テレビ系列)
寺子屋ゆめ指南(1997年 - 1998年、NHK総合テレビ)
なごや千客万来(2000年、NHK総合テレビ)

等があり、観たことが無い方はいないでしょう。『熱中時代』は幾人もの脚本家さんによって書かれいますが、北野広大先生のキャラクターは見事に一人の脚本家さんが書かれたように描かれています。

 私は、個人的に水谷豊さんが出演しているものは見逃さず、見た後に爽快な気分と共に考えさせられるところが大好きで、その点では『天までとどけ』は大家族のなかで起こる本当に日常的なことにスポットをあて、お昼のドラマとしての爽やかさを残しつつ、今の家族のあり方を問う名作だと思っています。

 著書にもなっており、見忘れた方にお勧めします。『親の出る幕』は「30歳を記念してトラバーユしたい。自分の本当に納得できる仕事を持って、今こそ自立するのだ。」娘の突然の転職自立宣言にびっくり仰天する父親。ひたすら娘の幸せな結婚だけを願ってきた
ガンコ一徹な父親はどういう作戦に出るか。父親の老後を心配する娘と娘の将来だけを心配する父。お互いの幸せを思うがゆえに生まれる対立、葛藤、そして“本音”。親子に会話がないといわれる現代に贈る本音の親子のメッセージ、涙と笑いの人情ドラマです。

 『読んで演じたくなるゲキの本 中学生版』や『読んで演じたくなるゲキの本 小学生版』『読んで演じたくなるゲキの本 高校生版』は学校演劇用に書かれていますが、内容的には若い人たちの劇団が演じても手応えのある脚本ぞろいです。また情操教育の一環として、高校生や若者、大人が参加しての、地域での上演も面白いかもしれません。みんなでアイディアを出し合って楽しめる作品です。

 最近の学園ものは学生も先生もすぐキレるものがおおいように思いますがキレる前に読んでほしいですね。子供だけでなく、大人も原点に立ち返るための教科書のように思います。いろんなドラマのDVDも出ていますので是非もう一度原点に立ち返ってみたいと思います。

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2008年11月19日 (水)

私がまだ知らない作品たち~堀江 敏幸編

 1999年 - 第12回三島由紀夫賞『おぱらばん』
 2001年 - 第124回芥川龍之介賞『熊の敷石』
 2003年 - 第29回川端康成文学賞『スタンス・ドット』
 2004年 - 第40回谷崎潤一郎賞・第8回木山捷平文学賞『雪沼とその周辺』

 これだけみても凄い方だとお解かりでしょう。

 『おぱらばん』 はパリ郊外を舞台に、レトリカルでマジカルな記述の路地をさまよう作品。私が「純文章」という名称を用いはじめたとき、目の前でその概念をみずから体現してくれていた作品です。本書が三島賞を受賞した際、「エッセイ」と受け取るか「小説」と見做すか、選考委員のあいだでも見解が一致しませんでした。業界がいわゆる「純文学」と認めた優れた文章の作品でありながら、ジャンルの定義に嵌まらない。それなら「純文学」より「純文章」と呼ぶほうが明晰だと気づかされました。

 『短編集というか、エッセィというか、散文というかは、作者本人にも特にジャンル分けを意識して書いていないと思われす。読まれた方それぞれが判断Sag25 すれば良いかと。しかし短編一つ一つが素晴らしい出来です、きっといつかまた読み返したくなるそんな作品ばかりです。 表題作の「おぱらばん」も一体どんな意味の何の言葉なのかはあっと言う間に分かる、そこまで読めば何と言う事も無い不思議な響きの言葉が、短編を読み終わると、その言葉がひどく愛らしくまるで手の中に納まった子猫の様に感じられます。
 その他にも単館上映されている映画のタイトルの様な作品名の「留守番電話の詩人」(この話しはかなり好きです!いくつもの全く関係の無い小さな流れが絶妙の関係で合流してこのタイトルの元へと流れ込んできます!最高です)、視覚的広がりと美しさを連想させるタイトルの「貯水池のステンドグラス」はタイトルから想像していたカラミになっていったにも係わらずさらに深い仕掛けと繋がりを与えられた「黄色い部屋の謎」、等どの作品も素晴らしいです。』
 というレビューがありそそられました。

  『熊の敷石』では閉鎖的な世界の中で評価が飛び交い、「純文学作家=マイナーポエット」という図式がより強まっているように感じられる昨今の純文学界。自分たちだけのコミューンを形成し、世間から孤立しているようにも思える純文学界。そうなってしまった原
因は、ひとえに面白い純文学作品が出なくなってしまったからでしょう。純文学の面白さを世間に広くアピール出来るような作品が出なくなってしまったからだろう(これは純文学の作り手にも送り手にも責任があるように思えます)。

 最近は少しずつ純文学界に対して世間が目を向け始めているようにも思えますが、まだまだ表層的な話題作りや、表層的な破天荒さを売りにする作風に頼っている感があり。
この辺りでひとつ、堀江氏に一肌脱いで頂いて、世間に広くアピールできる、本当に面白い純文学作品を生み出して頂きたいものです。

 『いつか王子駅で』では背中に昇り龍を背負う印鑑職人の正吉さんと、偶然に知り合った時間給講師の私。大切な人に印鑑を届けるといったきり姿を消した正吉さんと、私が最後に言葉を交わした居酒屋には、土産のカステラの箱が置き忘れたままになってた…。          

 古書、童話、そして昭和の名馬たち。時のはざまに埋もれた愛すべき光景を回想しながら、路面電車の走る下町の生活を情感込めて描く長編小説です。私だけではない、父祖代々住み暮らし、両親のそのまた両親が生まれ育っ地でもあります。地元民というより、土着民といった感じですね。 そんな私にとって、この本に出てくる素朴で飾り気のない、気の置けない人々は、正に昨日までの隣人であり、出てくる街並は正に故郷です。 高度経済成長やバブルの崩壊を経てなお昭和三十年代の匂いの残るこの土地で育ったものにとっては、東京の激し過ぎる変化の波もどこか遠いものです。
 人通りのめっきり少なくなった商店街、迷路を思わせる曲がりくねった路地、バラックに毛の生えたような波トタンの家、黒板塀に囲まれた猫の額のような庭、零細を絵に描いたような家内工業の街工場。ページをめくる度に、街に漂う総菜の匂いや、機械を回すモーター音や、隣人たちのざっくばらんな話し声が蘇る・・・と言わしめました。

 地元以外の人には、二度楽しめる読み方があるので、却ってお得かも知れません。
一度は知らない街の様子を想像しながら読む。そのあと実際に都電に乗って、訪ねてみる。今はキリンビールの工場も移転するなど、本書が書かれた時点からの変化もあるので、それを確かめるのもいいでしょう。
そのあともう一度読むと、著者の視点と読者自身の視点のずれ、或は著者が書いたものと書かなかったもの、著者の創作と実際の姿の間から立ち上る立体的な街の姿が、更に読書に深みと奥行きを与えてくれるでしょう。

 きっと私がすきな作品たちのような気がします。

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2008年11月18日 (火)

私の知らない作品たち~木内昇編

 先日、大様のブランチの『松田チョイス』で掃海されていた作家の木内昇さんについて興味がわいたので調べてみました。

紹介されていた本は『茗荷谷の猫』で、現代の女性作家の作品でしたが、古い土蔵のなかにしまわれていた骨董(こっとう)のような懐しく、ひそやかな味があります。

 九つの短篇から成る連作集。いずれも東京の町を舞台にしています。巣鴨染井、品川、茗荷谷(みょうがだに)、市谷仲之町、本郷菊坂、浅草、池袋、池之端、そして最後、千駄ケ谷まで。人の物語であると同時に町の物語でもあります。市井の人々を主人公にしていますが、日常のなかにふわりと淡い幻想が入り込む面白さがあって・・・
 時代は幕末から明治初期、大正、戦前の昭和、終戦直後、東京オリンピックの直前までと流れていきます。時代の物語にもなっています。
 

 最初の『染井の桜』は、桜の染井吉野を作り出した男が主人Shuusaku 公。実際には、染井吉野は誰が作ったのかは分っていないが、作者は、徳造という変わり者の植木屋(にわかた)を設定。武士だったがその身分を捨て、鉢植えの世話が好きだったので、植木屋に弟子入りしました。修業を終えて染井に小さな店を持ちました。花造りが好きでこれまで誰も作ったことのない変わり咲きを生み出すことに精魂傾けます。
 そして、葉が出るより先に花が咲く新しい桜を作り出されました。普通ならそれを手柄にするのに徳造は、新しい桜の苗を誰にも分けたし、自分の仕事を吹聴することもない。長年連れ添った奥さんが亡くなったあと、彼女の思い出をよすがにひっそりと生きた・・・。
無名の市井人の恬淡(てんたん)寡欲のたたずまいが胸に迫まります。同時にほとんど口を利かない、影の薄い奥さんの存在が気も気になるところ。

 第二話「黒焼道話」は明治初期、ご一新の頃に品川の宿のはずれで、取り憑かれたように妙薬を作り出そうとする男が主人公です。薬は普通、精をつけるためのものなのに、彼が作ろうとするのは、心を落着かせるためのもの。それを使えば、誰もが心穏やかになる。この世にない薬を作ろうと、彼は、ニワトリのとさかやムカデなどさまざまな材料を黒焼きにし続けます。そしてついには現実の向うへと行ってしまうのです。

 『茗荷谷の猫』は、夢か現実(うつつ)か判然としない抽象的な風景の絵ばかりを描き続ける主婦の話。『隠れる』は、世捨人になった高等遊民の話です。いずれも乱歩、あるいは荷風の世界を思わせます(古本屋の名は「偏奇館」)。
古い東京の町の描写も精密で、例えば「茗荷谷の猫」には燕楽軒という洋食店が登場します。伊藤晴雨『文京区繪物語』(昭和27年)に「本郷四丁目の西側に燕楽軒という洋食店があり・・・相当繁昌した店でしたが、戦災で焼けて復活しなかった」とあります。こういう消えてしまった店が物語に良き古さを与えています。

 『庄助さん』は戦時中、浅草の映画館で働いていた映画好きの話。『ぽけっとの、深く』は、戦後、池袋の闇市で靴磨きをしながら生きる戦災孤児の話。いずれも時代の雰囲気がよく出ています。

 全体にひとつ、大きな工夫がほどこされていて、九つの物語は独立しているようでいて、どこかで人物がつながっています。例えば『庄助さん』の浅草の映画館の館主は『茗荷谷の猫』の蒸発した夫。映画好きの若者はその後、兵隊に取られる。そして『ぽけっとの、深く』で復員兵によって、死んだ戦友として語られています。アメリカ映画『彼女を見ればわかること』(1999年)以来、近年の小説に目立って増えてきたチェーン・ストーリーといえるでしょう。
 
 淡い幻想味は、この人と人の奇妙なつながりからも生まれています。最初の「染井の桜」の地味な奥さんの名前が約八十年後に再び登場するところはドキッとします。

 桜・染井吉野のかけあわせに成功した名もなきひとりの職人からはじまる、時を越えて紡がれる連作短編集。東京の町々で、ある時代ある時に、ひっそりと懸命に生きていた人々の姿が昔語りのようにするする読めます。どうにも面白そうでたまりません。

 他の作品はというと『新・東京の仕事場』『ブンガクの言葉』『新選組 幕末の青嵐』『地虫鳴く』など。今ひとつ解らない方です。

 インタビューためか対談のような作品がめだつのですが、『地虫鳴く』は期待通りだでした。幕末の青嵐とは作風が違いますが、同じようにのめりこめそうです。主人公が特定されていなくて、それぞれに感情移入できるのも、青嵐同様良いのだと思います。

特に、阿部十郎の存在が、気になります。まるで自分のことのようでした。土方さんや、山崎さんがまっすぐに自分の仕事に徹しているのに、この阿部は、なにも持っていない。なにもできない。なにかしようとするのだけれど、なにひとつできない。痛かったけど、でもすごく人間くさかった。そして時代の流れや結果からすれば、彼らは一様に負けてしまうわけだけど、果たしてそう言い切れるか、とか、本当の意味での救いというのはなんだろか、ということを考えさせられました。一心に突き進む土方さんや伊東さんの姿、反面、居場所を見つけられない阿部。「逃げねぇようにやるんだ」と阿部が自分に言い聞かせる台詞は、そのまま私に突き刺さりましたね。

確かに気になる作家さんの作品たちでした。

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2008年11月17日 (月)

私を驚かせた作品たち~藤野 千夜編

 漫画雑誌の編集者を経て、1995年、中編小説『午後の時間割』で第14回海燕新人文学賞を受賞し小説家に転身。1996年、作品集『少年と少女のポルカ』で第18回野間文芸新人賞候補。1998年、作品集『おしゃべり怪談』で第20回野間文芸新人賞受賞。1999年、中編小説「恋の休日」で第121回芥川賞候補。1999年、中編小説『夏の約束』で第122回芥川賞受賞。2004年、群像新人文学賞選考委員に就任(第47回より・現職)。2006年には『ルート225』が映画化されましたね。

 女性作家が苦手な私でも芥川賞では女性作家さんの登場は避けて通れません。そして偶然なのか1966年生まれの作家さんが多いことにも驚かされます。

 ゲイのカップルの会社員マルオと編集者ヒカル。ヒカルと幼なじMark06 みの売れない小説家菊江。男から女になったトランスセクシャルな美容師たま代……少しハズれた彼らの日常を温かい視線で描き、芥川賞を受賞した表題作に、交番に婦人警官がいない謎を追う「主婦と交番」を収録した、コミカルで心にしみる作品集『夏の約束』。

著者のプロヴィールに作品のキャラクターの重なり具合は、ホモセクシャルなカップルが手を繋いで歩いている場面を小学生がはやし立てたり、トランスの美容師を話している姿を見た同僚が「あれ女性?」としつこく聞いてくるような、社会を生きていく上で波風の立つ部分もしっかりと描写されているから、全てではないにしても、「私小説」めいた部分があるのかといった所感を読んだ人に抱かせられます。けれども通読すれば、そういった生きる上での苦労めいた話以上に浮かび上がって来る、優しさを尊ぶ空気のようなものが感じられて、「社会派」とか「ジェンダー」とかいったカタめの単語を並べなくても、楽しめる小説だというとこが解りました。

 ホモセクシャルにトランスセクシャルといった登場人物たちの性癖にばかり注目が集まりがちなのは、本編でもそういった点がシチュエーションに絡んで来るし、作者自身のプロフィールがプロフィールだから仕方がないのでしょう。しかし、そこを抜いても人間たちの慈しみ合う関係の気持ちよさのようなものが全編に空気のように漂っていて、弱肉強食やら勝ち組負け組なんて言葉がもてはやされる、このギスギスした世の中に光明を与えてくれているような気がするのです。

 作者の登場人物の関係がハマり過ぎたと言って投げたり見送ったりせず、虚心坦懐に読み、街に暮らす大人たちの優しさを欲しお互いに寄り添い生きていく様に、明日を楽し生きる方法を見つけようと思います。そんな作品でした。

 『少年と少女のポルカ』は男子校へ通うトシヒコが陸上部のリョウに恋しています。同級生のヤマダは「間違った身体に生まれたから」と女性ホルモンを注射する。幼なじみのミカコは突然、怖くて電車に乗れなくなった。心と身体の「違和感」にふるえる3人の青春を軽妙な青春群像です。これらをサラリと描ききった本作は、それだけで素晴らしい。スキップのように軽妙で、少し毒のある文体も読んでいて心地よく、そして時々こころをチクリと刺してくる。高校生という限られた社会性から脱し、大人へのドアに手を掛けた微妙な時期のこころ模様をみずみずしく描いた秀作だと思います。ちょっと突き放した感じや、登場人物の会話のテンポや、ちらっと見せる音楽や映画などの〈サブカル教養〉の趣味は私にはしっくりきた。また「午後の時間割」の委員長の本の読み方(助詞の「と」がつく本を読む・題名のしりとり)には笑いました。

 公園に弟を迎えに行って帰ってきたら、家からママがいなくなっていた…。中2のエリ子と中1のダイゴが迷い込んだ、微妙にズレたパラレルワールド。学校もあるし、普段と変わらぬ日常が続いているようなのに、なぜか両親がいないのだ。おまけに、死んだはずの同級生が生きていたり、プロ野球選手がちょっぴり太っていたり。一体どうして?必死で試みる母との交信から二人の軽やかで切ない冒険が始まる『ルート225』。

 何故これらのような作品を世に送り出していけるのか、本当に眼が放せない作家さんです。主人公エリちゃんの元々の性格のせいか、弱気な弟ダイゴ(でもこの反応の方が普通かも)と共に行動しているからか、置かれた状況を深く考えたらとても普通でいられないためか、エリちゃんは我を忘れてパニックになったりはしませんが・・・
普段通りに、適当に弟をからかってみたり、ふざけたり、冗談をとばしたり。なので、あまり深刻に思わずに読み進めることができます。
でもそこがミソで、だからこそリアリティがあって、こんな事って本当にあるのかもしれない・・・と思わされてしまいました。

 題ルート225とは勿論225の平方根=15のことです。終章ルート256とは同じく16のことです。

作者の意図がどこにあるかは、ここにも明らかにされているといていいでしょう。ある時代のある年頃の女の子の姿」を切り取るため、スポーツ選手やアーティストや店の固有名詞がちりばめられています。

 10年もすればかえって古さを感じさせる筈の固有名詞の連発は、一見時代を越えた普遍化を放棄しているかのようで見えます。
 にもかかわらず、この作品は時代どころか、国すら越えて海外でも高い評価を受けています。描かれている「ある時代のある年頃の女の子の姿」に、実は高い普遍性がある、というなによりの証ではないでしょうか。

 とにかく驚きの連続でした。2度読むことをお勧めします。

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2008年11月16日 (日)

私の好きな作品たち~笹倉 明編

 私は直木賞より先にサントリーミステリー大賞を取った『漂流裁判』で好きになりました。レイプを主張する女。否定する男。女には他の愛人がおり、男には婦女暴行の前科があった。過去が、現在が、ふたりの証言を転々とさせる。法廷での事実は、果たして“真実”を追求しきれるのか。
 

 裁判という熱い人間ドラマを舞台に、人間心理の深い綾をえがきとる、サントリーミステリー大賞受賞の滋味豊かなる長篇です。レイプ裁判というと、たいていは女の方が被害者、とそこから始まりますが、しかしここでレイプを訴える知子は、被疑者の男よりもずっと
狡猾で、関わった男達をみんな手玉に取っていく、そういう女のようにも思えてしまいます。最初はそんなつもりはなくても、雰囲気で、つい・・・そういう時Kaii20 、女性の頭は意外と冷静だってこと、あるんでしょうね。

 女性が被害者となる性犯罪は、警察も検察も、裁判所も、女性の側に立ちがちです。虚偽の供述をしてまで女は何がしたかったのか。
 謎がひとつずつ明かされ、いままで見えていた事件の風景が徐々に変化していきます。被害女性の供述の信憑性などが争われています。
被害日時に犯人とされる少年にアリバイがあるとわかるや被害にあった日を「勘違い」として、変更していることなど・・・
 犯行当日、犯行現場には雨が降っていた!もしくは降った直後だったにも係わらず、長時間地面に押し倒されていたのに、着衣が状況に
あった汚れ方ではないこと・・・謎が謎をよぶサントリーミステリー賞ならではの面白さでした。

 直木賞作品の『遠い国からの殺人者』は、じゃぱゆきさんの殺人。深い孤独が二人を近づけた。陰湿な人種差別が殺人事件を引き起こします。

 フィリピンが舞台というより、日本で殺人を犯してしまったフィリピーナが主役の裁判小説です。注目すべきは、法廷で公判を重ね殺人事件の全容が明らかになるにつれて見えてくる“じゃぱゆき”の真実。日本に出稼ぎにやってきた彼女が、劇場でストリッパーとして
働き、いかに過酷な日々を過ごしてきたのか・・・。雇い主からの命令で髪を金髪に染め、国籍を偽装し、名前を変える。一人の人間としてのアイデンティティーを全否定され、さらには無理やり客を取らされて稼いだ金をも二重に搾取される。
もし自分が外国でそのような仕打ちをされたら・・・いまでこそすっかり見かけなくなったフィリピーナの踊り子だが、70~80年代には多かれ少なかれこのようなことがあったのは事実としてありました。じゃぱゆきさんをめぐるドラマも随分ありましたよね。
 「外国人」「出稼ぎ」「貧困」「孤独」「犯罪」といった問題を考えさせられる一冊です。

 他にも『私を殺した男』は面白かったです。週末には享楽ムードにつつまれる温泉町のアパートが全焼し、ひとりの若い台湾女性が焼死。彼女の名は藍秀美、ジャパン・ドリームを抱いて来日し、三~四カ月で次つぎと場所を変えてはコンパニオンとは名ばかりの売春をしていました捜査本部は経営者らを逮捕し、放火・殺人事件の犯人を野沢直行と断定し、その足取りを追います。
 事件の背後にある深い闇と、男の性に翻弄される不運な女の姿が浮かび上がる。・・・という内容で、これ以上は言ってしまうと大変。

 恐喝事件から派生した殺人事件を取り調べ中の刑事岩海は、手口にからむ容疑者の一言に余罪の存在を嗅ぎとる。相棒の女性刑事坂野と捜査を進めるなか、やがてタイのバンコクを舞台にした保険金殺人が浮かび上がってくる。だが、現地へと赴いた彼らを待っていたのは、夫婦、兄弟、親子といった人間関係に潜む、大河のように深い因果と因縁の絡み合いでした。
直木賞作家による待望の長篇書き下ろしミステリの『愛闇殺』も一期に読めます。

 『彼に言えなかった哀しみ』もお勧めです。私としてははずれのない作品ばかりだと思っています。

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2008年11月15日 (土)

私の好きな俳優たち~桃井かおり編

 私が最初に桃井さんを観たのは、『それぞれの秋』でした。スケ番のような役でしたが、インパクトが強くて変った女性だけど、何か引っかかるものがあり、その後、『太陽にほえろ』で松田優作さんとの共演、『男たちの旅路』で鶴田浩二氏、水谷豊氏とも共演でどんどんはまっていきました。気付いたら私は、髪はボブカット、スカートはタイトスカートになっていました。

 『前略おふくろ様』の海ちゃん、『ちょっとマイウェイ』で着ていたアンサンブルも影響されました。それからは夏樹静子女史の『検事 霞夕子』シリーズは再放送でも何度も観ました。

 そして『花遍路』で東京行を夢見て家出をし、風早町の富屋にMomoi001 嫁いだ叔母のもとに身を寄せ、関東大震災が起こり、その夢が消えた静子は叔母の勧めにより富屋の息子勝二と結婚。二人は富屋の分店を任されます。ある日、好意で助けた遍路が娘を富屋に残して姿を消す。静子はその子を巡子と名付けて育てました。義兄照一が芸者の蝶子を静子の家に預け、蝶子は照一の子を宿していた。半年後、巡子の母が現れたが娘に会わずに帰ろうとします。静子は巡子を育てる決心をし、その時、静子は勝二の子を妊娠していました。富屋に昔の恋人清沢が現れ、事情があって他の女性と結婚したことを静子に詫びに来たのです。静子は蝶子の出産騒ぎに巻き込まれ、自分の子を流産・・・

 昭和4年、静子は次の子を妊娠していましたが、富屋に入った強盗の人質となり、早産してしまいます。産まれた子は産声も出さない弱い子でした。大阪に出かけた義兄照一が義弟幸三と遭遇。風早町に連れて帰ろうとしますが、帰途の船上から海に飛び込み心中をしてしまいます。静子は子供の成長に悩み遍路の旅に出ました。世界恐慌が起こり、富屋は万引きの被害に遭い店を閉めてしまいます。大正座も客が入らない日が続き・・・。富屋に静子の昔の恋人清沢が現れる。濱口首相暗殺に関係し警察に追われていた。大正座の起死回生を図りエノケンを呼ぶ話が起こったが、現れたのは偽物でした。昭和6年、満州事変が起こり、日本は戦争へと突き進んだもです。

 このような背景で今までの桃井さんがどう演技するのか、どきどきしましたが、いい味出していましたよね。1986年(昭和61年)、第4回向田邦子賞、芸術選奨文部大臣賞、放送文化基金賞個人賞受賞作品となりました。もう一度観たいですね。

 イギリスでバレエをやっていたこもあり、英語も達者で、2004年に父が他界し、父の死を乗り越えるために、もっと辛い状況に身を置くことを決意し、ハリウッド映画のオーディションを次々に受けました。2005年に『SAYURI』でハリウッド映画初出演。翌2006年にアメリカ合衆国映画俳優組合に加入しています。アッ、映画では『もう頬杖は突かない』がありました。

本当に好きな人の子供をおろす事、病院から帰ってきて冷蔵庫のセロリにかぶりつくシーンなどは何ともやるせない気がしたものでした。

 「私にとって演じるとは、毒を吐くこと」と語っています。女優としての価値観を変えてくれた人物にイッセー尾形氏の名前を挙げていて、『イッセー尾形・桃井かおりの二人芝居 』も行っています。

 女性として、そして俳優として、いつまでも美しく輝いている桃井さんが本当に好きです。いつまでも恋多き女でいて下さい。

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2008年11月13日 (木)

私が未読の作品たち~松浦寿輝編

 『花腐し』が芥川賞受賞作の松浦氏。何故読んでいなかったのかわかりませんが、私の視界に入っていませんでした。ごめんなさい。

そこで作品の紹介だけになってしまいますがご勘弁を。

 書のタイトルにもなっている『花腐し』とは、万葉集の和歌である「春されば卯の花腐し・・・」からとったもの。せっかく咲いたきれいな花をも腐らせてしまう、じっとりと降りしきる雨のことを表現しているといいいます。そして、その和歌が示しているように、本書のなかには多くの水のイメージ・・・というよりも、絡みつくような湿ったイメージと、そこからわきあがる腐敗のイメージがります。

 同棲した祥子の死から10数年、栩谷は、友人と作ったデザイKawaguti06 ン事務所が行き詰まって倒産に追い込まれ、礼金ほしさに、多国籍な街、新宿・大久保のアパートで一人頑張っている伊関の立ち退き交渉に行くが、したたかな伊関に誘われてビールを飲みながらついつい話し込むことになってしまう。部屋には少女が眠っていて、伊関は幻覚作用のあるキノコを売っているらしい。キノコの腐臭に酔った栩谷は、少女と交わり、祥子に似た姿を見かける。生死の境が溶けていくような妖しさを、男の現在と過去とを重ね合わせ、その精神の彷徨の一夜を雨の中に描いた、古風で知的な文体の小説です。

 祥子との関係について、栩谷は次のように言います。「そうか、とだけ呟いて黙ってしまった俺の冷たさに祥子はきっとひどく傷ついたのだ。あの『そうか』、一つをきっかけに俺たちの関係は腐りはじめたのだ。腐って、腐って、そして祥子は死んで、俺の方もとうとうこんなどんづまりまで来てしまったということなのだ」。

して「40代も後半に差し掛かって、多かれ少なかれ腐りかけていない男なんているものか。とにかく俺の会社は腐ったね。すっかり腐っちまった」と言うと、伊関が「卯の花腐し・・・」と呟きます。「春されば卯の花腐し・・・って、万葉集にさ」と言います。

「卯の花腐し」は、陰々と降り続いてウツギの花を腐らせてしまう雨のことを言うそうです。卯の花月、すなわち陰暦4月の季語です。あたりの腐臭を立ちこめさせる「卯の花腐し」には、ひたすら陰気な鬱陶しさしかありません。今の日本にはそうした雨がじくじくと降り続いているように思われると、松浦寿輝は言います。確かに「花腐し」は、廃屋寸前の木造家屋やら、蒼い光の中で栽培されるキノコやら、「幽(かすか)」で甘い時代の腐臭に覆われています。

著者は、現役の東大大学院総合文化研究科教授でもあり、古井由吉選考委員は、「東大も変質した、東大教授になっても、やっぱり往生できないんでしょう。」と、冗談交じりに話したそうです。

 本書の中では、常に雨が降りつづいています。伊関という陰気な男が居座っている古びたアパート、春をひさぐ女たち、近代的な高層ビルや、その影の中にひっそりとたたずむ繁華街、そこに渦巻くさまざまな人間の情念、そして栩谷という名の、くたびれた中年男そのもの・・・そのすべてを腐らせようとするかのように。そこにあるのは徹底した負のイメージ、けっして何ものも生み出すことのない、自然からかけ離れた世界のイメージであるが、面白いことに、人工物によって築かれた世界のなかで、ただひとつ、降りしきる雨のみが
自然の産物・・・

 言葉を発明し、自分たちの文明を発展させていった人類は、実に様々なものをつくり出し、そのことによって豊かな社会を築いてきたと信じてますが、私たちが生み出したものは、何も目に見えるものばかりではありません。目に見えないもの、実体のないもの・・・た
とえば時間、感情、意識や無意識、心といったものにもわざわざ名前をつけ、あたかもそういったものが存在するかのように思い込んでいるのかもしれません。

立ち退きを迫る栩谷をアパートの中に招き入れた伊関は、そうした人間が名づけたものを「怪異なお化け」と呼んでいます。私たち人間が生み出したものに、いったい如何程の価値があるのか、と。私たちは自然によって生み出されたものを真似て、造花をつくり、犬や猫そっくりのロボットペットをつくることはできるようになったが、それらは結局ところ、本物を超えることのできない亜流でしかない。

たったひとつ、私たちが生み出すことのできる生命の奇跡・・・自分たちの分身でもある子供は、しかしこの日本においては徐々に出生率が減少しており、それ以前に行なわれる性の営みさえ、人間は古くからひとつの商品、娯楽として切り売りすることを暗黙に了解しているのではないでしょうか。

自然の中で生きることを拒否し、経済という目に見えない約束事、亡霊のような存在にがんがらめにされてしまった私たちの姿は、たしかに伊関が言うとおり、すでに亡霊の仲間入りを果たしてしまった存在なのかもしれません。

 本書に治められているもうひとつの作品『ひたひたと』は、その亡霊の存在をより前面に押し出したもので、時間の概念から解放された人の記憶の残留・・・澱のように沈殿している影の部分がさまざまに変化しながら、何者でもないものとして物語を語る、という構成
になっているようです。

 澱・・・私にとっても永遠のテーマです。いつまでも澱の中にいてはいけない、澱の中から今私達がすべき事・・・澱のなかではなく川の様に流れ、水の中でころがることが必要なのではないのか・・・

『転がる石にはコケはつかない』そんなことを考えていた10代でした。

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2008年11月12日 (水)

私の好きな俳優たち~堤真一編

 堤さんを素敵だなと思ったのは、もう題名も忘れましたが、大竹しのぶさんと共演した2時間ドラマでした。随分遅咲きの俳優さんだなと思っていたら『自分には芝居しかないのかもしれない。』と腹をくくったのが35歳の頃であったらしいのでそれまでも高校卒業後、友人に誘われ千葉真一主催のジャパンアクションクラブに入団。真田広之の付き人を務めました。

坂東玉三郎の舞台『天守物語』への出演をきっかけに本格的に役Tutumi005 者を志したことはあったのですが、高校もしぶしぶ行っていたくらい勉学の意義が見出せず、高校へ行く気が全
く無かった時期が長く続いたそうです。

 ところがジャパンアクションクラブ退団後はテレビドラマ、映画、舞台と幅広く活躍。TPTでデヴィッド・ルヴォー演出作品に数多く出演し、着実に演技力を向上させ、蜷川幸雄氏や野田秀樹氏といった日本有数の演出家の作品や劇団☆新感線の作品に主演するようになり、SABU監督映画作品の常連出演者でもあるのです。

 単発ドラマやNHK大河ドラマなどの出演を経て、1996年フジテレビ系テレビドラマ『ピュア』に出演し知名度が全国的に高まりました。
 2000年には、フジテレビ系列で放送されたテレビドラマ『やまとなでしこ』で松嶋菜々子の相手役として好演し、一躍知名度が向上したとともに人気実力派俳優の地位を不動のものとしました。

 2005年は出演作品の量、質ともにそれまでにない活躍をみせましたね。映画だけで4本の出演を数え、フジテレビ系列のテレビドラマ『恋におちたら~僕の成功の秘密~』への出演と並行して2本の舞台に出演。山崎貴監督の映画『ALWAYS 三丁目の夕日』で自分の仕事に対して人一倍誇りと情熱を持つ社長を好演。人気と実力に恵まれながら賞とは縁が遠かったのですが、この演技で国内の主な映画賞の助演男優賞部門を多数獲得しました。

 私はきびきびと動くパーフェクトな役より、どこか頼りない無防備な役柄が好きで、『山となでしこ』の欧介さんが気に入っています。

でも実情は普段から熱い演劇論を語って止まない研究熱心な方だと聴きました。なので今回はテレビではなくお芝居にスポットを当てて観ましょう。
 
ロミオとジュリエット(坂東玉三郎演出、1985年/<再演>1988年)
ゆかいな探偵おかしな女優~十番街殺人事件の謎 (平島響子演出、1987年)
マクベス(ジャイルス・ブロック演出、1987年)
天下御免(早坂暁演出、1989年)
双頭の鷲(デヴィッド・ルヴォー演出、1990年/<再演>1994年)
お月さまへようこそ(宮島秀司演出、1990年)
バタフライはフリー(栗山民也演出、1991年/<再演>1992年)
横澤版・ヴェニスの商人 おちも墜ちたり(横澤彪演出、1991年)
櫻の園(ジャイルス・ブロック演出、1991年)
スイート・スウ(鵜山仁演出、1992年)
真夏の夜の夢(野田秀樹演出、1992年)
テレーズ・ラカン(デヴィッド・ルヴォー演出、1993年/<再演>1998年)
ロレンザッチョ(渡辺守章演出、1993年)
ある日どこかで(吉川徹演出、1993年)
NODA・MAP第1回公演キル(野田秀樹作・演出、1994年/<再演>1997年)
エンジェルス・イン・アメリカ 第一部至福千年紀が近づく(ロバーTutumisinniti001_2 ト・アラン・アッカーマン演出、1994年)
チェンジリング(デヴィッド・ルヴォー演出、1995年)
近代能楽集葵上/班女(デヴィッド・ルヴォー演出、1995年)
ピアノ(中島晴美演出、1996年/<再演>1997年)
マクベス(デヴィッド・ルヴォー演出、1996年)
ライフ・イン・ザ・シアター(佐藤信演出、 1997年)
7燈臺(デヴィッド・ルヴォー演出、1997年)
娘に祈りを(ロバート・アラン・アッカーマン演出、1998年)
ルル(デヴィッド・ルヴォー演出、1998年)
橋からの眺(ロバート・アラン・アッカーマン演出、1999年)
パンドラの鐘(野田秀樹作・演出、1999年)
ロベルト・ズッコ(佐藤信演出、2000年)
Naked-裸(デヴィッド・ルヴォー演出、2000年)
劇団☆新感線「野獣郎見参」(いのうえひでのり演出、2000年)    
贋作・桜の森の満開の下(野田秀樹演出、2000年)
欲望という名の電車(蜷川幸雄演出、2003年)
劇団☆新感線「アテルイ」(いのうえひでのり演出、2003年)
カメレオンズ・リップ(ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出、2004年)
ダム・ウェイター(鈴木裕美演出、2004年)
幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門(蜷川幸雄演出、2005年)
劇団☆新感線「吉原御免状」(いのうえひでのり演出、2005年)
労働者M(ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出、2006年)
タンゴ・冬の終わりに(蜷川幸雄演出、2006年)
写楽考(鈴木勝秀演出、2007年)

 と、蜷川氏や野田氏が放したがらない訳が解るような気がします。でもテレビでも時代劇から随分お声がかかっていて、外国人も侍もひらりとやってのけるのは沢山の賞を貰っただけの価値ある俳優さんだと思わざるを得ません。

 そして私が期待しているのは『容疑者Xの献身』の数学者、石神役です。『やまとなでしこ』でも数学者でしたね、偶然か必然か・・・
石神と言う人物を私のなかである程度出来上がっていたのですが、堤さんに決まった時はそうだったのかもと納得できたのが不思議です。

でも多分映画は見に行かないでしょう。『容疑者Xの献身』は私の中で膨らんでいるのですから。せめて舞台を一度観てみたいですね。

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2008年11月11日 (火)

私の好きな作品たち~市川 森一編

 何十年前になるでしょうか、私が氏の作品にであったのは・・・『グッバイママ』と言う作品で若き日の坂口良子さんが主人公だったのですが、毎回幸福になりそびれて小さな女の子を育てながらひたむきに生きる姿はなんともせつないと感じて観ていました。主題歌はジャニス・イアンの『ラブ・イズ・ブラインド』・・・覚えている方も多いのではないでしょうか。
 
 1983年、『淋しいのはお前だけじゃない』で第1回向田邦子賞受賞。1989年『異人たちとの夏』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。1989年、『明日』『もどり橋』『伝言』で芸術選奨文部大臣賞受賞。

 これは取ってしかるべき賞でしたね。どれも市川氏らしさのあるペーソスな内容でした。

1966年に円谷プロ制作の子供向け特撮番組「快獣ブースカ」で脚本家デビュー。その後しばらくの間は、子供番組を中心に執筆していました。キリスト教徒であり、ウルトラシリーズの脚本では、神話に由来する名前を持つ怪獣や設定を多用したことでも知られる(ペテロ
、バラバ、ゴルゴダの丘、アイスキュロス=アイロス星人、プロメテウス=プロテ星人など)。当初メインライターを務めた『ウルトラマンA』を最後に大人番組へ移行し、現在に至っていることは知りませんでした。その後の活躍は        
 
小さな恋のものがたり(1972年、日本テレビ)           Kiyosi02           
太陽にほえろ!(1972年 - 1986年、日本テレビ)              
金曜ドラマ『新・坊っちゃん』(1972年、NHK)
恐怖劇場アンバランス 「仮面の墓場」(1973年 CX・円谷プロ)
銀河テレビ小説『黄色い涙』(1974年、NHK)原作-永島慎二
傷だらけの天使(1974年 - 1975年、日本テレビ)
グッドバイ・ママ(1976年、TBS)
夢のながれ(1976年、CBC)
東芝日曜劇場『みどりもふかき』(TBS)
大河ドラマ『黄金の日日』(1978年、NHK)原作-城山三郎
風の隼人(1979年- 1980年、NHK)
港町純情シネマ(1980年、TBS)
万葉の娘たち(1981年、NHK)
淋しいのはお前だけじゃない(1982年、TBS)
ソープ嬢モモ子シリーズ(1982年 - 1997年、TBS)
夢の鐘(1982年、CBC)
大河ドラマ『山河燃ゆ』(1984年、NHK)原作-山崎豊子
夢の鳥(1984年、CBC)
親戚たち(1985年、CX)
女優競演サスペンス『タフガイが死んだ日』(1987年、関西テレビ放送・松竹)
ビデオギャラリー(1987年-1989年、NHK)
土曜ドラマ『私が愛したウルトラセブン』(1993年、NHK)
ゴールデンボーイズ(1993年、日本テレビ)
大河ドラマ『花の乱』(1994年、NHK)
今夜もテレビで眠れない 第2話『あの人だあれ?』(1995年、TBS)Kiyosi03_2 
あなたの中で生きる(1996年、NHK)
鏡は眠らない(1997年、NHK)
夢の標本(1998年、CBC)
刑事クマさん(1998年、TBS)
幽婚(1998年、CBC)
ここではない何処か(1998年)
おいね 父の名はシーボルト(2000年、NHK)
カネボウヒューマンスペシャル『大地の産声が聞こえる ?15才いちご薄書?』(2000年、日本テレビ)
乳房(2000年、CBC)
明日を抱きしめて(2000年、よみうりテレビ)原作-前川麻子
おらが春(2002年、NHK)原作-田辺聖子
風の盆から(2002年、NHK)
よるドラ『精霊流し』(2002年、NHK)原作-さだまさし
よるドラ『ドリーム?90日で1億円?』(2004年、NHK)
銀河鉄道に乗って(2004年、CBC)
生きる(2007年、テレビ朝日)
テレビ長崎 開局40周年記念ドラマ 『長崎-上海物語 月の光』(2008年、KTN)

 というように脚本家としてに地位を確立していきました。あっ、こ れもう一度観たい!と言う作品がきっとあるでしょう。

 私が市川氏のことを今まで書かなかったのは、一時期、TVのコメンテイターをされていてもう脚本家ではなくなってしまったのだと思い込んでいたからです。脚本の仕事はいわば縁の下の力持ち的存在、でも脚色一つでドラマや映画ががらりと変る重要なポストだと私は位置づけていた訳で市川氏は何を思って表舞台に引っ張り出されたのか今も不思議です。でもちゃんとお仕事なさっていて、嬉しくなりました。

 今後も脚本家さんを観る眼は純粋でありたいと思う毎日です。

 私が脚本家に執着する訳は、高校時代に放送局に入いり、プロデューサー志望だったこと、そして一つの作品を0から始める作業と、原作のあるものに色をつける作業はとてもきついことだったからです。それをやりこなすということは、小説家とは一線を博したくなるのです。勿論小説が簡単に書けるとは思っていません。

 これからも向田邦子賞をさらってくれる脚本家を期待しています。

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2008年11月10日 (月)

私の好きな作品たち~諏訪 哲史編

 名古屋鉄道で駅員やパノラマカーの車掌勤務を経て、退職し2年間引きこもった末に書き上げた「アサッテの人」で、2007年に第50回群像新人文学賞を受賞し小説家デビュー。同作品で第137回芥川龍之介賞を受賞。この2つの賞の同時受賞は村上龍以来31年ぶり。
 この作品には、幼いころ吃音に苦しんだ経験を投影させています。

 誰もがうすうす感じていたと私は思うのですが、自分に内在する「アサッテ」が、この小説によって白日の下に曝されました。最初は(私とは無縁の)主人公である奇異な叔父さんの物語だとおもって第三者的立場で読み始めたのですが、途中から、くすぐったいような羞恥感覚がでてきたものです。否応なく、叔父さんに共感する部分が芽生Seza02 えてきたのです。
 さらに面白い点は、「アサッテ」の権化のようにみえた叔父さんが、「チューリップ男」の登場で、一気にその「アサッテ度」が低下する・・・叔父さんが「チューリップ男」のアサッテを解析すればするほど、自らのアサッテが萎えてしまう感じでした。「チューリップ男」を「天然アサッテ」とすれば、叔父さんは「養殖アサッテ」のようなものですね。頭の良い、哲学的にも目覚めた叔父さんは、凡庸の「枠」を排しようと「アサッテ」を極めようとしたのか・・・。しかし、その「アサッテ」を極めようとした先に「アサッテ」という「枠」があるのに気づいてしまった・・・のではないでしょうか。叔父さんは、ひょっとすると「チューリップ男」に嫉妬したかもしれません。
 
 叔父さんの失踪は、アサッテの挫折のでしょうか・・・。しかし、読み終わってみると、特異な主人公とおもわれた叔父さんが、人間味豊かな人物として身近に感じられるようになっていました。
 この作品は、散々やり尽くされたようにみえる「小説」という表現手段にまだまだ新たな地平が拓かれる可能性が残っていることを示唆しているように思えました。

 一度何かの文学賞に応募して落選した作品を、全編書き直した作品だと聞きました。そう聞いて読むと、構成が面白いですね。自らの第一稿と叔父の日記とを、現在の作者の地の文でつないでいく形態。作中の「第一稿」がそのまま過去作品というわけではないのでしょうが、過去の自作を批評的に語る部分が、客観化装置として働いているように思えます。
 

言葉が自己を定義する。そして言葉から逃れようとし、同時に言葉に執着する。そんな世の中に警鐘を鳴らしたようで・・・

 遠い親戚だけど兄妹のように育った二人。妹は骨髄癌におかされ長期入院。病室で繰り広げられる二人の会話。ある時、二人は同室の女性患者が自分たちの会話を盗聴していることに気づく。二人は彼ら固有の生を求め、物語の紋切型と小説の作為とに抗い続けるのですが・・・。小説とは何か、言葉とは何か、小説を書くという行為とは何か。さまざまな問いを底流におきながら、兄妹の切ない物語として、リズミカルな言葉で描かれた待望の長篇。芥川賞受賞後初の小説、『りすん』も読みたいです。

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2008年11月 8日 (土)

私の好きな作品たち~吉田修一編

 吉田さんの若さにまず驚いた私です。そして作品のみずみずしさのも驚きを隠せません。

 まず私は第127回芥川賞受賞作『パーク・ライフ』を読みました。人はひとりでは生きていけない。真の意味での孤独というものに耐えられるほど、人の心は強いわけではないし、かりにそんな人がいたとしたら、まともな社会生活をおくることな どできないだろう。そもそ
も、他者との関わり合いをいっさい断ち切って生きることなど、Gogh02 この世の中では不可能である。だが、だからといって四六時中、自分と相手との距離に注  意し、不用意に相手を傷つけたりすることのないよう、言葉を選びながらつき合いつづけていくのは、非常に骨の折れる作業でもある。本書『パーク・ライフ』を読み終えて思ったのは、決して孤独なわけでもない、しかしあまりにも自分をさらけだしたり、相手と深く結びつこうとするわけでもない、いかにも現代人らしい、人と人との微妙な距離のとり方が描かれた作品だ、というこ
とです。

 実際「ぼく」の交友関係というのは、どれもどこか不思議な距離を感じさせるものばかりであり、夫婦そろって別居してしまった宇田川夫妻のマンションを、ペットの猿を世話するという名目で使わせてもらったり、先輩社員である近藤が苦手でありながら、でも同じ理
由で好いていたり……。自分の母親をも含めた周囲の人たちと、けっしてうまくつき合えないわけではないけれど、かといって、必要以上に彼らの事情に首を突っ込んだりすることもない。また、自分の心を大きく揺さぶられることもない。それは、ともすると上辺だけのつきあいのようにとられてしまいがちなのですが、けっしてそうしたつき合いを軽視しているわけでもない・・・そんな関係を、著者は日比谷公園に集う人たちとの関係に見立てています。

 また本物の日比谷公園に行ったことのある人はわかると思いますが、休日などはしばしばなんらかのイベントで、噴水広場などは大きな賑わいを見せたりもしますよね。本書における公園というのは、あくまで象徴で社会で生きていくうえで必要なさまざまな人間関係から一時的に解放され、近すぎもせず、また遠すぎもしないゆるやかな関係を、同じ場所で過ごす、という一点において共有する場所としての公園のような気がします。。カップルもいれば親子連れもいるし、ひとりで絵を描いたり写真をとったり、ぼんやりしたりする人も、ホームレスの人もいます。そんなごちゃまぜの空間は、まるでやたらと複雑になってしまった人間社会そのもののようでさえ思えます。

 『パーク・ライフ』では公園が象徴でしたが、『flowers』の場合は生け花が象徴の役割をはたします。石田も元旦も、ともに我流で生け花をやるのですが、石田がそれでもなお生け花の基礎を知り、その形をなぞろうとするのに対し、元旦の場合は完全な我流で、それまで華道というものが積み重ねてきた形を、ともすると破壊してしまいかねないやりかたでではないでしょうか。 規制の枠を打ち崩す荒々しい力というのは、ある不思議な魅了をもっています。でも、それは同時にその人自身をも破滅させかねない、危険な魅力でもあると思います。そして、人と人との関係や、その距離というものに常に注目してきたはずの著者が、『パーク・ライフ』へとたどり着いたことに、私はある感慨に近いものを感じます。

 人間いくつなっても発見と学習の毎日でです。とにかく読んでみる。そうすることでまったく違った世界に出会える。

 長年分からないまま生きてきた。いまも分かったとは思えない。が、これだけははっきりといえます。人間を書くことが、すなわち小説であると。面白い人間を書くことなのではなく、人間を書けば面白いのです。本書に収められた二編はそのことをいともたやすく証明しているように思いました。

 他にも、2002年、『パレード』で第15回山本周五郎賞受賞。最初は楽しげに読み出したものの、最終章を読み終えると、恐ろしくなりました。彼らは表面上とても平和に、穏やかに暮らしていました。でもそれは他人を干渉しない、いわば「チャットルーム」の中で生活しているようなものだから・・・5者5様、それぞれに抱えている問題があり、でもそれについて語ることはなく、そこで「話しても良い話題」だけを無意識に選んで暮らしているのです。こわいのは、暗い部分を持っている彼らではなく、相手に黙認されているいう状態。それはストレートに生きられなかった者達が共有する礼儀なのでないかと思いまGohho29_2した。

 共存するにはプライバシーを守ることは不可欠です。例えば毎 日顔を逢わせる同僚でも、休日何をしているかまったく想像が付かない人もいる。ついたとしても自分が作り上げたその人のイメージからくる思い込みかもしれなません。
 相手が見ている自分が本当の自分ではないように、自分が 見ている相手も本当の相手ではないかもしれない。自分が知っているのは、目の前にいる相手のことだけ。だったらそれを信じるしかないのだけれど…。なんだかとってもこわくなっていつまでも寝つけなくなる、同時に何度も読み返してしまいそうな不思議な魅力を持った1冊です。

 『悪人』も凡百のミステリーよりもドキドキさせられたのは、作者が「事件」ではなく「人間」を描き切っているからではないでしょうか。 失意の中での勇気。殺された娘を憶う父親の台詞が哀しく、そして強い傑作です。

 私的には『東京湾景』や『日曜日たち』も逃せません。

そして本当に最初に読んでいただきたいのは『最後の息子』です。爽快感200%、とってもキュートな青春小説!!オカマと同棲して気楽な日々を過ごす「ぼく」のビデオ日記に残された映像とは……。とてもかわいいな青春小説です。文學界新人賞受賞作でもあります。

 純文学と大衆小説の文学賞を合わせて受賞したことで、山田詠美や島田雅彦と同じ系統のクロスオーバー作家が現れたと話題になりましたが私はそういう感覚に陥らなかったですが・・・

 いろんな意味で躊躇しながら読んでいる人が多いようですが、これが吉田氏らしさなのだと思います。

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2008年11月 7日 (金)

私の好きな作品たち~長嶋有編

 北海道登別市・室蘭市育ちというのが気に入って『サイドカーに犬』が第92回文學界新人賞を受賞し、小説家デビュー。同作で第125回芥川賞候補となり、2002年、『猛スピードで母は』で第126回芥川賞受賞されたとあって、多少贔屓目で読みました。

 贔屓目でなくても面白かったです。どちらが良かったかといわれると微妙の悩みまが、どちらも子供の目線が切ないほどかわいくて・・・

『猛スピードで母は」は、北海道で暮らす小学5年生の慎と母親の1年あまりの生活を描いた作品。大人の内面にはいっさい立ち入らず、慎の視線に寄り添う三人称体による語りが、子ども独特の皮膚感覚や時間感覚をうまく描き出していまJannsenn05 す。さまざまな問題に直面しながらも、クールに現実に立ち向かう母親の姿を間近で見ることで、自らも自立へと誘われていく慎の姿が感動的です。先行する車列を愛車シビックで「猛スピード」で追い抜いていく母親の疾走感覚は、この作品のテーマに直結している。物語の結末で示される国道のシーンは、読者の心に強く残るでしょう。

 わけても、母が帰宅する前に慎が米研ぎをする場面です。冬の寒さに凍えた手が、冷水さえも温かく感じる様子ですね。
 研いだ米は30分「うるかし」たら炊いてよいと教わったこと。後に、「うるかす」が標準語ではないことを知って「その時間」を否定されたように感じたことは道産子の私はうるうるものでした。「猛スピード」のほうが作品(構成?)として広がりがあるような感じがします。

 『サイドカーに犬』では父親と息子の距離は程よい感じがしますが、姉と父は決定的に距離感がおかしいと思いませんでしたか?これがこの主人公が社会に馴染まない感覚と同等であることは作者が意図していたとするとすごいですよね。それ以上に母親との距離はあまりにもはっきりした間隔が開いていて。これもこの主人公の荒涼として人間関係の冷たさを測るに足りるものであるように思います。

そして洋子さんという中間的な存在が表れることで初めて主人公である姉に外の世界を導く気がします。洋子さんだけが記号論的に名前を持っていることも興味深いですね。 物語は単純で、母が家出をし、「わたし」と弟のもとに父の愛人がやって来るというものです。「わたし」と愛人を中心にした一風 変わった日々が描かれます。愛人のキャラクターが抜群で、めちゃくちゃ カッコイイ。正確は大雑把だけど、どこかしっかりとしていて太い「芯」 を持っている人。ラスト近くで描かれるこの人の「わたし」の父に 対する愛情は切ないです。このシーンでこの人の繊細な心が見えてきて 胸を締め付けられました。

 『泣かない女はいない』も私は好きです。デビュー作の『サイドカーに犬』でもそうでしたが、本当に嫌味がないのです。作者の主義主張が入ってくることはなく、主人公が感じたままの言葉が物語を織り成すのです。
 純粋に主人公に共感を覚えながら読み進められます。エネルギーを持って読み手をグイグイ引っ張っていく強引さはないかもしれません。でも読み手とともに歩いていける優しさは確かにあるんです。『泣かない女はいない』は優しさが詰まった本です。

 恐らくこの『ジャージの二人』と同時収録の『ジャージの三人』、そして『パラレル』の順で三部作となっているのでは…と思います。
私は「パラレル」を先に読んでしまったのですが、まだの方には先にこちらを読むことをお勧めします。

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2008年11月 6日 (木)

私の好きな作品たち~青来有一編

 長崎市役所職員として勤める傍ら、1995年に『ジェロニモの十字架』で第80回文學界新人賞受賞し作家デビュー。2001年、『聖水』で第124回芥川龍之介賞受賞されました。その後も役所勤めを続けながら執筆活動を行なっています。2005年に市平和推進室長に就任。2007年、長崎を舞台にした連作集『爆心』で第18回伊藤整文学賞、第43回谷崎潤一郎賞も受賞されています。

 最初に読んだのは勿論『聖水』でした。文學界新人賞出身らしい、本格的で力のある小説です。何を以て「本格的」とするかは多々論はあるでしょうが・・・
 

 当たり前のことですが、小説というのは文章で描写して読者にKaii16 伝えるものです。既存のイメージに頼ったり、展開だけを急ぎ足で追って場面の描写がおろそかになっている小説も少なくはないのですが、本格派青来有一氏は違うようです。
 

 表題作『聖水』についていえば、長崎の夏の描写が細部にわたって綴られていて、それでいて決して冗長ではありません。その中で少しずつ、登場人物の葛藤と事件の展開が読者に自然な形で説明されています。情景だけでなく、人物描写も巧みです。特にヒロインのカヤノさんは魅力的に描かれています。長崎の空の下で、弾むように生き生きとしています。次の改行に至るまでの一つの段落が長いのは悪いことではないのですが、でもこの読みにくさが、長崎の抱える幾分重苦しい独特の雰囲気を表しているともいえるのようなそんな気持ちで読みました。

 原爆についてこれほどのおもいで書かれた方はいなかったのではないでしょうか。ここに東京新聞の一説があります。記者・豊田洋一

豊田 原爆の話を聞いて、どう感じましたか

青来 当時、子供心に、二十年、三十年は遠い昔の話だと感じていましたが、父親に、当時は国際文化会館と呼ばれていた原爆資料館に連れて行かれて、非常に怖かったイメージはあります。両親とも被爆者で、被爆の惨状をいろんな人から昔話のように繰り返し聞かされ、同時に、資料館で写真や遺物を見て抱いた恐怖感や、整理しきれない感情といったさまざまな記憶が、ごく自然に小説の中にあふれてきているのだと思います。

豊田 記憶は、惨劇を繰り返さないためには必要ですが、格差に悩む若者には、社会秩序を一度壊すためには、戦争をした方がいいという意見もあります。戦争の悲惨さや過去の教訓が理解されていないことが背景にあり、広島、長崎を修学旅行で訪れる生徒も少なくなっています。戦争、原爆の記憶を後世に伝えるには、どうすればいいのでしょうか。

青来 被爆から六十年以上が経過し、被爆体験のある人や、自らの記憶として語る人は当然少なくなっていますので、黙っていればだんだん忘れられていくのは間違いありません。公的機関が組織的にできる努力はありますが、それでも、世代を経れば、被爆の記憶は薄れていく。それでは、その先何ができるのかというと、感受性や想像力を育(はぐく)む努力が必要ではないでしょうか。時代が進むたびに、人間は確実に合理的になってはいますが、迷信を信じる、幽霊が出るという話をちょっと怖いと思う感受性は実は必要だと思います。
お母さんが燃えていく家屋の下敷きになり、置き去りにして逃げていった人の話を聞いて、自分の中で、その悲しみや心の痛みを切実に想像するという形で、原爆を知らない世代の「被爆体験」はあると思います。日米両国が安定した安全保障上の関係を築いていく上での政治的解決として、交わらせないようにしていたのだとは思います。過去のことをどう位置づけ、どう解釈するのか、当事者となる世代同士で決着するのは、非常に難しいのではないでしょうか。世代を経て客観的、冷静になり、ナショナリズムにふりまわされない距離になって、ようやく取りかかれる作業かもしれません。ただ、単に米国を告発すれば、それで済む話でもない。長崎へのプルトニウム型原子爆弾の投下は、科学技術が人間をふりまわした側面があるのかもしれません。科学技術は人間の大きな力になると同時に、脅威となることもあります。危ういと分かっていても、使わないではいられない誘惑もある。それをどかで抑制するのは非常に難しい。人間と科学技術への根源的な問いかけの必要があると思います。

「てれんぱれん」(文學界2007年7月号)・・・世の中のてれんぱれんなことに我慢できず、イライラしている人、そんな人が読むと、少
しはやさしい気持ちになれるかもしれなですね。

 『爆心』は、「釘」「石」「虫」「蜜」「貝」「鳥」という6つの作品からなる連作短篇小説です。「爆心」と言うタイトルは、広島と並
ぶ長崎の原爆を意識したものであることは言うまでもありません。「釘」や「石」など、作品の一文字のタイトルも、直接間接に意味が
あります。作品は、長崎の爆心地周辺で生きる人々と、その日常をしみじみと描き出します。ひとつひとつはテーマも主人公も異なりま
すが、作品の底流には、縦糸には直接間接の被爆体験、横糸にはカトリック信仰という長崎の先祖伝来の宗教、これらがきめ細かくてい
ねいに紡ぎ出されています。例えば「釘」:息子は妻を脅すつもりで誤って殺してしまい、精神病院へ入院しています。夫婦は、賠償金
の一部を捻出するために、夫婦が長年住んでいた先祖伝来の土地を手放すことを決意します。そこは妄想型の統合失調症と診断された息
子が退院して一時住んでいた家の離れがあります。元々は原爆で4人の子供を失った伯母さんの住んでいたところです。家に入ろうとする
と、6つもの鍵がついていますが、鍵をバールで壊してなかに入り、奥の納戸へ入ると、三方の板壁にびっしりと釘が打ち込んであるのを
見つけます。息子は仕事も行かなくなり、夜は離れからトントントントンと一晩中なにか叩く音が聞こえてきたことを思い出します。息
子に「おとうちゃんは神を信じておるのか?」と訊ねられた時、ほんとうはわたしの心は動転しました。日曜日には教会へ通い、信仰を
受け継いできた誇りはありましたが、信仰を守り通すほどの強さはありません。ただ、物心ついてからあの方が聞いてくれるとどこかで
信じていました。「どうか教えてくれんでしょうか。あの釘はいったい誰のしわざなのですか・・・」。

 うずうずと読みたくのが解りますか?私もきっと原爆資料館んMichi には怖くて入れない人間の一人なのだと思います。大江健三郎氏の息子さんも怖がってなかなか中に入れないでいました。何かを感じ取ったのでしょうね。

 我々の世代はどないかせんといかんのです。

 『ジェロニモの十字架』は『聖水』の中に収められていますが、物語の主人公に作者のペンネームをそのまま与え、さらに主人公に市資編纂室の資料整理担当という仕事を与えることによって作者自信を投影して現実感を醸し出しています。
「盂蘭盆にあのひとは帰ってくる。はるばると数百キロメートルの距離を旅して、生まれ故郷のこの土地へ帰還する」
 という書き出しで物語は始ります。主人公の青来ユーイチは十ヶ月前に癌で声帯を切除され声を失っているという設定です。洗礼名がジェロニモである叔父は、その年の盂蘭盆にも長崎に戻ってきた。そして、声を失ったユーイチに「祈り」を強制する。物語の背景には、常に「死」が見え隠れしている・・・

 マイナーなテーマを地味な文体で書くために発行部数を多くは望めないはず。しかし、こういった純文学の新鋭作家を育て上げるのが、日本の文学界を背負い、芥川賞を主催する文藝春秋社の出版社としての役割なのでです。別ないい方をすれば、文藝春秋社の企業価値は、いかに青来有一のような作家にチャンスを与えて日本の文学を衰退させないか、そういった姿勢に如実に現れるのです。

 『眼球の毛』は「フェアバンクスのレストランで食事をして、アパートに帰る途中で、ふたりでアラスカ杉の森の上に赤いオーロラが現れるのを眺めた。」素粒子学者の主人公がアラスカ州立大学で太陽プラズマ流の研究をしていた頃のエピソード。同じ大学でオーロラの研究をしている女性研究者と恋に落ちます。アラスカの真ん中にある都市フェアバンクス。フェアバンクスといえばオーロラ、オーロラといえばフェアバンクスです。旅行される方の目的はやっぱりオーロラだという人がほとんどなのではないでしょうか。

 まだまだ未読の書物がありますのでこれからの楽しみが増えた気がします。

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2008年11月 4日 (火)

私の好きな作品たち~石井 裕之編

 amazonのサイトを覗いて気になる本を見つけました。石井裕之氏の『かぼ』です。

 本文(プロローグ)より抜粋――

《かぼ》は、自分のことを天使だと思っていた。
長く病気を患っていた彼の身体は、十二歳の少年にしてはずいぶんと小さかった。けれども、輝き出るその陽気さは、死が近づいている
ことなど少しも感じさせなかった。
「最初から無条件に与えられるものなんかないんだ――」病室の大きな窓から空を眺めながら、《かぼ》は、いつものあのませた口ぶりで言った。「どんなものでも、半分は、ボクたちが自分で努力して掴まなくちゃいけない。そうすれば、残りのYukuaki 半分は神様がプレゼント
してくれるんだ。半分でいいんだよ」

 このプロローグが気にならない人がいるでしょうか?私はすぐにでも続きを読みたい思いです。

石井氏はカリスマセラピストと呼ばれるほど有名で、何冊も著作を出していますが、専門色が強くてこれまではあまり感心がもてませんでした。ところがこの作品は、題名もそうですが、身近な感じがしたものです。

 石井氏曰く、
『僕は、セラピストという仕事を何年もやってきました。その経験の中で、「本当に大切な、ギリギリのところを伝えようとするときには、物語という形で表現するのが一番理想的なのだ」ということを、ずっと以前から感じていました。
 これは、本についても同じことが言えます。「もうこれは、従来の自己啓発本の形で表現することは不可能だ」と思えて、それがためにあえて封印してきたテーマが、僕の中にたくさんあったのです。 『かぼ』で扱うテーマも、そのひとつです。
 この『かぼ』ほど時間をかけて、エネルギーを注いで書いた本はこれまでありませんでした。
おかげさまで、著書ももう二十冊近く出させていただきました。自分の作品にランキングをつけるということなどできるはずはなく、どれも一様に思いいれがあるものですが、それでも、「本当にどうしてもこれを書きたいんだ!」という気持ちになれることなどは、なろうとしてなれるものではない。一生のうちに何度もあるものではないと思うのです。

僕にとって『かぼ』は、そんなふうに、あえて偏愛してはばからない大切な作品なのです。
石井裕之の本をはじめて読んでくれる方にも、何年も前から応援してくれているファンの方にも、どうか愛すべき《かぼ》の言葉が届きますことを----。 』と。

単なる自己啓発でもなければ、お仕着せも無い・・・純粋な文学なのだと思いました。多くのセラピーと接し、練り続けられた土台があって初めて形になった、多分氏の代表作になるのではないでしょうか。

『半分の努力でいいんだよ。』そういってもらえると気持ちが楽になる、そんな経験、私はしているので、もっと多くの人たちにもそう話してあげたい、そんな思いのこもった作品を読んでみてはいかがですか?

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2008年11月 3日 (月)

私の好きな作品~倉本聡氏の『風のガーデン』

  とうとう始まりましたね、3年ぶりの富良野新作ドラマで、『北の国から』『優しい時間』に続く富良野シリーズの集大成。
死を目前にした男・貞美(中井)が絶縁していた家族のもとへ戻っていく物語を通して、“生きること”“死ぬこと”を描いていく人間ドラマです。

 家族とは絶縁状態、病にかかり、富良野に住む父・貞三(緒形)、娘・ルイ(黒木)、息子・岳(神木)のもとへ帰っていく貞美を演じた中井さんは、『まるで1本の映画を撮っているような、濃密な6か月間でした。昨今の連続ドラマですと、いわゆるアイドルと言われる人たちが大勢並ぶものが多いですが、これほどおじさん率の高いドKaii10 ラマも珍しいかと思います。スタッフ、キャスト一丸となって、大人が楽しめるドラマになるよう、全力を尽くしました』と熱いコメントを残しました。

 黒木さんはは、『富良野での生活は、撮影以外の時間もスタッフやキャストの皆さんとずっと一緒にいました。こんなにも心の底からほっとできる現場は初めてでした。父親が病気という設定で、私自身、身近な人が重い病気にかかっているという経験がなかったもので今回初めて、死きること、死ぬことに向き合えたと思います。富良野の撮影は、ずっと家族に囲まれていたような、今まで感じたことのない感覚でした』と感激もひとしおの様子を見せました。

 倉本氏は『2年前に富良野にガーデンをつくるところから始まりました。久しぶりに気持ちのいい仕事ができたと思います。最近ではあまり見ない、大人のドラマに仕上がったと思いますが、どの程度視聴率を取るのかが問題で、まだまだこういう大人のドラマを見る人がいるんだなと思えればいいですね。中村敏夫プロデューサーいわく、視聴率が25%を超えるとヨーロッパに連れてってくれるらしいので、皆さんよろしくお願いします]』とスタッフとの裏話を披露しました。主題歌の「ノクターン」もいいですね。

 倉本作品で生と死についてこんなに真面目に(失礼)取り組んだのは初めての気がします。倉本氏は時々誰かが死んだらそのお葬式を死んだ本人が見てみたいと言う事を言っており、倉本氏自身も自分のお葬式でどんな本音が聞けるかと、そういうことは以前からドラマ化されたりしましたが『死ぬということ』『生きると言う事』をこんなに深く掘り下げたドラマははじめてのような気がします。

 そこに見えない糸で結ばれた親子や周りの人たちの温情が絡みついて、もう私も富良野にいる気分です。

富良野は盆地で夏は暑く、冬は厳しい寒さを向かえます。そのなかで春と秋は別世界で、低い山並みを見ていると本当にUFOが飛んでもおかしくない風景が見られます。

 私もよく富良野にドライブに行きましたが、特別な街では決してありませんが、優しい人々との出会い、優しい時間は確実に流れているといつも感じていました。

 倉本氏は以前にも『このドラマで賞を取ったら家を建てて欲しい』と言い、実現した方ですので今回のヨーロッパ旅行もあながち実現するかもしれませんね。

 とにかくドラマを観てまた感想を書きたいと思っています。

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2008年11月 2日 (日)

私の好きな俳優たち~福山雅治編

 私が意識して彼を観たのは『ひとつ屋根の下』のちい兄ちゃん役の時でしたが、最近『ガリレオ』の湯川学教授役がはまって、とうとう『容疑者Xの献身』の映画化でも大活躍しましたね。

私が東野氏の作品を読んで抱いていた湯川教授のイメージはそんなにカッコよくなかったのですが・・・

 元々ミュージシャン志望だったため、、「映画でもドラマでもなんでもいいから、とにかく知名度を上げて最終的にアーティストとして成功する」という目論見があったという噂ももありました。その後何度もドラマの仕事が入りますが、あくまでもミュージシャンになるのが夢だった為断っていたそう。。しかし1991年10月から始まったドラマ『あしたがあるから』に尊敬するA.R.B.の石橋凌が出演するという事で、若村良一役で出演する事になりました。

 1993年にはフジテレビドラマ『ひとつ屋根の下』に出演。このドHukuyama_004 ラマは福山出演作品中、最大のヒットとなりました。知的な白衣姿の役というのはハマリ役で以降たびたび類似した役柄を演じることとなります。このドラマ内での福山演じる柏木雅也のセリフ「あんちゃん」や「小雪ぃ・・・」は放送から10年以上経った今でもプロアマ問わずモノマネされているほどでしたね。

 2003年にはフジテレビ『美女か野獣』で松嶋菜々子とともに主演。このドラマ撮影中に福山は風邪を引いて以来、長年吸い続けてきた煙草は吸っていないそうです。それ以来、飲酒の量も減ったそうですが・・・

 現在担当している『オールナイトニッポン』も学生時代にはよく聴いていて、特にウィークリー(月~金曜)は眠く寝てしまいあまり聴いていなかったものの、週末(土曜)の笑福亭鶴光がパーソナリティを務めた『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』は特に愛聴して影響を受けており、鶴光の巧みな「艶福ネタ」を好み、尊敬しています。

これはラジオの彼の話術にも影響を与えています。ラジオ番組では下ネタや放送禁止スレスレの用語を連発し、ファンの中ではサザンオールスターズの桑田佳祐と並んで「下ネタの帝王」と呼ばれることもあるとは・・・ちょっと閉口・・・

 端正なルックスから女性に圧倒的な人気を誇り、女性の好きな有名人アンケートにおいて必ずといっていいほど上位にランクされています。また、an・anの好きな男ランキングにおいては2008年の時点で10年連続2位を獲得しており(木村拓哉が15年連続1位)、毎年自身のラジオ番組でも取り上げています。

下着メーカー「トリンプ・インターナショナル・ジャパン株式会社」が2005年に行った「ホワイトデーに関するアンケート」で「ホワイトデーに下着を贈られたい男性有名人は?」という質問で第1位、また「自分の下着を一緒に買いに行きたい男性有名人は?」という質問で第3位に選ばれました(?・・・)。島田紳助さんは「日本の女性は福山雅治に支配されている」
と評しています。

 同郷生まれのSHINJO(新庄剛志)さんと仲が良く、北海道日本ハムファイターズの試合を見に行ったこともあるそうです。2006年シーズンには福山さんの楽曲の「美しき花(「milk tea」や「あの夏も海も空も」の場合もある)を登場曲として使用しています。

 1994年、『HELLO』のジャケット撮影をきっかけに鳥取県境港市を拠点にする写真家植田正治氏との交流を深め、1999年の『HEAVEN』のジャケット撮影までさまざまなフォトセッションを行いました。福山さんは境港、米子近辺によく訪れており、対談の中で鳥取県について「第二の故郷と呼びたい。そんな温かさを感じます」と述べています。

2002年には『「福山雅治」展/THE EXHIBITION OF MASAHARU FUKUYAMA & SHOJI UEDA』が、2005年には『?オマージュ・植田正治に捧ぐ?』〈福山雅治・菊池武夫・堀内誠一〉を植田正治写真美術館にて開催しており、本人が撮った写真も数多く展示されました。
 活動休止期間には旅先でカメラを構え、数多くの写真を撮り続けたそう。そうして撮っていった数多くの写真や、植田氏やハービー山口氏とのフォトセッションなどでの写真で写真展を数多く開催しているほか、シドニー五輪、アテネ五輪、北京五輪ではテレビ朝日のカメラマンとして活動しました。

 『ガリレオ』でフォト活動はお休みでしょうか。ちなみに歌手活動もできないのではと危惧していますが、福山さんならさらっとこなしてしまう気もします。

『サッパリ解らない~』『しかし、面白い~。』と言っているような気がします。

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2008年11月 1日 (土)

私の好きな俳優たち~伊武雅刀編

 私が伊武さんを知ったのは、スネークマンショーで活躍れ、TMOとのコラボ企画だった『増殖』を聞いた時からでした。

本当はもっと前に『宇宙戦艦ヤマト』のデスラー総統の吹き替えをしていましたから、恐ろしく昔のような気がします。

 『増殖』は今聞いても飽きないですね。ブラックユーモアと言って外国に出しても恥ずかしくない内容です。曲と曲の間に入るユーモアたっぷりの語りが何度聞いてもおかしく、この仕掛け人は誰だったのだろうと今だに気になってなりません。

 伊武さんもいくつもの声を使い分けており、面白好きはYMOのShagaru_08 高橋さんではないかと思っていました。高橋さん世代だと『シャボン玉ホリディ』で育ってきているので『がちょ~ん』と言えばカメラが動くと言う斬新さはたまらなく好きだそうで・・・こういうメンバーの中に坂本龍一博士がいらしたのが、どうにも不思議(でもノリはいいほうでしたよね・・)ですが。

 『増殖』は マニアック&ブラックな笑いで人気となっていたラジオ番組「スネークマンショー」(桑原茂一、小林克也、伊武雅刀)とのコラボレーション作品。YMOの楽曲の間にスネイクマンショーのギャグが挿入されている企画モノなのですが、不思議なことに作品と

してのトータル感やコンセプト性もしっかり整備されています。日本の80年代文化を象徴する本作をきっかけにして、YMOは音楽だけでなく、ファッション、カルチャーの世界でも大きな存在感を示すことになりました。『NICE AGE』、『THE END OF ASIA』など、隠れた名曲も多いのです。

 一方スネークマンショー (Snakeman show)は、日本のCMクリエイターユニット、ラジオDJユニット、コントユニットであり、1975年末に桑原茂一さんと小林克也さんによりプロジェクト開始。1976年春から1980年初夏にかけてラジオ大阪、ラジオ関東、東海ラジオ、TBSラ
ジオでスネークマンの名を冠した音楽番組(『スネークマンショー』『それいけスネークマン』)を担当。1976年末に伊武さんが加入したのちに、先鋭的な選曲と曲間でのラジカルなコントが一部で話題になりました。不慮の事件でラジオは打ち切られるものの、1981年に派手なパフォーマンスとともにレコードを2枚出し復活、一躍全国区でスネークマンショーブームが起きました。

 その後、伊武さんは俳優として頭角を現し、数知れないほどのドラマや映画に出演されました。でも残念な事に、悪役が多く、2000年に入ってからは『白い巨塔』の鵜飼良一役 、『海猿』の肥後大作役 『氷壁』の南部大介役など重要なポストにつくことが多くなりました。声優として築きあげた『声』や『話し方』からさすがに聞いていて小気味良いのがたまりませんね。戸田恵子さんもしかり。

 きれいな日本語をきれいに話すことは役者としてもとても大切な事だと思います。NHKの出演が多いのもうなずけます。

『子供達を責めないで』はオリコン21位、売上10万枚のヒット曲。原曲はサミー・デイヴィスJr.の同名曲ですが、原曲が「子供達が犯罪を起こすのは、我々大人達にも原因があるのではないか?」というメッセージソングなのに対して『本当は子供達に愛されたいのに、
愛してもらえないのでひねくれている大人』のコミックソングへと変えられています。『私は子供に生まれないでよかったと胸をなで下ろしています』『下から見上げるようなあの態度』『人生の深みも渋みも何にも持っていない』というギャグにしていますが、「私は子供
が嫌いです』『この世の中から子供がひとりもいなくなってくれたら』などと連呼する・・・なお作詞の秋元いわく、「この曲の子供のモデルは小さかった頃の自分自身」だったそう・・・

 声優と俳優の両立は大変だと思いますが、どこかで楽しんでいて続けて頂けたらと思います。

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