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2008年12月

2008年12月31日 (水)

私の好きな俳優たち~二宮 和也編

 若い俳優(歌手が本業でした・・・)さんはあまり興味が無いのですが『優しい時間』や『山田太郎物語』『拝啓、父上様』など次々とドラマに出演しているので、ちょっと気になり出しました。

 25歳と聞いて『えぇ~』と思ったのも事実です。世間でも『永遠の17歳』と言われているそうですね、納得です。でも、記憶力が優れていて、台本は大抵、一度読んだら頭に入るという。需要者からのニーズに応えるためならば決して努力を惜しまない努力家・完璧主義者でもあります。

 好きな食べ物は「安いもの」。もんじゃ焼き、お好み焼き、ハンバNinomiya001 ーグ、ミルクパン、クリームソーダ、オムライス、ナスの漬物などで、嫌いな食べ物は「高いもの」。メンバーと焼肉を食べに行き、特上カルビを食べた際、帰宅後、嘔吐してしまったらしい・・・
ちょっと親近感をおぼえますね。

 この若さで受賞暦があり、ドラマ『マラソン』で 2007年9月度月間ギャラクシー賞、第62回文化庁芸術祭賞テレビ部門「放送個人賞」、 ドラマ『少しは、恩返しができたかな』で第15回橋田賞しています。

 嵐としてではなく二宮君だけの作品でも『天城越え』から始まり20本くらいの作品に出演しています。それに映画を加えたら、何故
こんなに出られるのか不思議です。2000年以降だけでも

涙をふいて(2000年10月11日 - 12月20日、フジテレビ) : 淵上健太 役
ハンドク!!!(2001年10月10日 - 12月12日、TBS) : 坂口ノブ 役
熱烈的中華飯店(2003年1月8日 - 3月12日、フジテレビ) : 名波健太 役
Stand Up!!(2003年7月4日 - 9月12日、TBS) : 主演・浅井正平 役
南くんの恋人(2004年7月8日 - 9月16日、テレビ朝日) : 南進 役
優しい時間(2005年1月13日 - 3月24日、フジテレビ) : 湧井拓郎 役
少しは、恩返しができたかな(2006年3月22日、TBS) : 主演・北原和憲 役
拝啓、父上様(2007年1月11日 - 3月16日、フジテレビ) : 主演・田原一平 役
山田太郎ものがたり(2007年7月6日 - 9月14日、TBS) : 主演・山田太郎 役
マラソン(2007年9月20日、TBS) : 主演・宮田彰太郎 役
魔王 第1話(2008年7月4日、TBS) : 熊田正義 役(友情出演)
流星の絆(2008年10月17日 - 12月19日、TBS) : 主演・有明功一

と役柄も微妙に違っていて、観ている私はそれなりに満足しています。『拝啓、父上様』は『前略 お袋』様の現代バージョンと言うべき倉本氏の作品です。どうやら倉本氏は二宮君が好きなようで倉本ファミリーの仲間入りしそうな勢いですね。

『流星の絆』も原作が東野圭吾氏なので楽しめました。驚いたのは『マラソン』です。痛々しいほど純粋な宮田彰太郎役を見事に演じくれましたね。

『硫黄島からの手紙』も素晴らしかったと思います。テレビ・新聞・雑誌をはじめとして反響は大きく、公開後最初の国内映画興行成績でトップを飾りました。公開直後から栗林忠道の人となりや硫黄島の戦いを紹介したTVドキュメンタリーや関連ドラマが放送され、硫黄島関連本も数多く出版される等『硫黄島ブーム』と云うべき現象が起こった程です。
それまでのアメリカ映画では、日本を描いた作品や日本人の設定でありながらも、肝心の俳優群には中国系や東南アジア系、日系アメリカ人等が主に起用される事が多く、日本語に妙な訛りや文法の間違いが目立ち、逆に英語を流暢に話すと云う不自然な手法が取られていた事が見られたが、本作品ではステレオタイプな日本の描写(文化や宗教観等)や特に違和感のあるシーンが少なく、「昭和史」で知られる半藤一利をして、「細部に間違いはあるが、日本についてよく調べている」(朝日新聞2006年12月13日)と高く評価をされました。

 本番以外はいつも眠そうにしているということですが、こんなスケジュールに嵐としても活躍しているのですから可哀想になってしまいます。体をこわさないで頑張って下さいね。

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2008年12月30日 (火)

私の好きな作品たち~田中小実昌編

 田中氏は、作家、随筆家、翻訳家として有名ですが、推理小説の翻訳家として、主にハードボイルド作品を多数、翻訳しています。レイモンド・チャンドラーの翻訳は、主に清水俊二氏が手がけていて「定番」となっていますが、田中氏も一部の作品を訳しており、清水
氏の文体はセンチメンタルすぎて元の文体と乖離していおり、田中氏のぶっきらぼうな翻訳文体のほうが、本来のチャンドラーに近いと
いう説もあります。

 1968年に作家として活動を始めました。1971年、『自動巻時計の一日』で直木賞候補。1979年、『ミミのこと』『浪曲師朝日丸の話』の2作品で直木賞を受賞。同年、戦争体験や父の姿に題材を取った短編集『ポロポロ』で谷崎潤一郎賞も受賞しました。

 『自動巻時計の一日』は主人公の「おれ」プレゼンツ代わりMone_09 映えしない平凡な一日_朝起きてから夜眠るまでのお話で、別にドラマチックな展開が起こるワケでもなく、終始“傍観者”として物事を客観的に(そしてときには批判的に)見つめながら、家族とのやりとり
や通勤風景、勤め先での仕事や同僚との会話、そんな「おれ」の日常生活が淡々と描かれていきます。
 それでも、その見慣れた日常の中のフトした会話や、フトした瞬間に喚起される記憶のエピソードは、派手さはないけれど妙に印象に残るし、また「おれには関係がないことだ」と“傍観者”の立ち位置をとりながらも、“当事者”になれる人達のことを羨んだり、でもそうなろうとする努力はしないと開き直ったりする姿に共感でき、強すぎず弱すぎず、丁度良い作品です。
その反面、主人公が通勤時間や仕事の合間を縫って“小遣い稼ぎに”翻訳している外国の小説はとてもドラマチックで、そこにも惹き込まれます。何回も読み返したくなる小説だと思います。

 『新編 かぶりつき人生』も実に見事な出来栄えですね。ストリップではじめてブラジャーをはずしたR、全ストになって大当たりした女西郷、北陸で出会った広島弁の踊子あけみ…戦後日本の脇道を歩んできた田中小実昌が描く女たち。長らく入手困難だった処女作が、
『マンハント』『ハードボイルド・ミステリィ・マガジン』連載時未収録だった原稿を加え、新ヴァージョンで復活しました。

 『ミミのこと』は直木賞選考委員の方々に随分うけていたようで、『マスコミの表面で異色作家ふうの扱いを受けることが少くないようだが、本来おそろしく姿勢の正しいオーソドックスな小説を書く人だ。』と五木寛之氏は言っておられるし、新田次郎氏は『『ミミのこと』は終戦直後という霧を通して見た、人間の赤裸々な姿を謙虚な筆で描いた哀歓のこもる
小説だった。味のある文体に強く牽かれた。』と言っておられます。

『ないものの存在』では晩年になって、「哲学の本以外は読めなくなった」小実昌さんが西田哲学 浅田彰 柄谷行人 などを素材に書き表した「哲学小説5篇」も必読ですよね。

『アメン父』は小実昌さんのお父様は牧師さん。父親の人生と聖書観などを父親の説教集を基に再構成するものです。戦前のキリスト教界の流れも少し勉強できます。何より父親の説教集が資料となっていますので、キリスト教の考え方が 整理されるかたちで提示されますので、すっと頭に入ります。小実昌さんも旧制中学のときに受洗していますが、聖書理解などは揺るぎがありません。 極めて明快で迷いが無いのです。
 父親の説教集からの引用も多いのですが、それに対する小実昌さんの感想などを読むと小実昌さんは自覚的なクリスチャンであったとつくづく思わされます。
 
 芝居仲間や、大道香具師(やし)など交遊関係が幅広く、珍しい存在だった田中氏。いろいろな体験をひょうひょうと語るのですが、嫌みがないのです。それでいて文学に対する批評眼は非常に厳しく、そこに自分を相対化する視線があって、その見方が、後年の哲学的な小説に至る彼の文学を貫いたと思います。小説でも映画評でもエッセーでも、何を書いても面白いというのは戦後、彼をおいていなかったと言う方々もいらっしゃるほど、皆に好かれていた方でしたね。

  大きな文学賞を次々と受賞しても「ボチボチ書いているだけ。いいかげんな男なんです」と、ひょうひょうとした味わいがたまりません。

映画とバスが好きで、昨年のエッセー集「バスにのって」では、路線バスに乗りながら、死んでしまった友人たちを回想していていました。

もっと読みたい作家さんでした。

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2008年12月29日 (月)

私が読んでみたい作品たち~落合信彦編

 門田氏より以前から読んでみたい作品、それは落合信彦氏の作品です。国際ジャーナリストとして活躍し、誰もがアサヒのスーパードライを憧れと共に飲んだに違いありません。
 国際情勢や諜報関係の事情をレポートした作品や、それらを題材とした小説、海外作品の翻訳、また近年では若者向けの人生指南書を多数執筆していますが難しそうで手に取ることもありませんでした。でも門田氏の作品を読んでからは、読めるかもしれないと思うようになり少し、調べてみました。

 するとどうでしょう、落合批判の渦、渦、渦・・・何故こんな事を書かれるのか、私や愛読者にたいしての冒涜としか思えませんでした。本気で今回は頭にきました。落合さんは作家さんでフィクションも書けばノンフィクションも書くんです!私はMone13 落合さんを信じてこの記事を書きます。

 スパイや工作員の事を書かれたものが多いようですね。男性ファンが多いことに驚かされました。他の人より落合さんの話は信じる、勇気が出る、そういう羨望のまなざしで同性から支持されるって凄いですよね。ハードボイルドを地でやってしまうのだから、凄いの一言です。どの著書から手をつければよいのか解らないので、私が手にとったものから紹介すると、

『王たちの行進』は歴史の闇に埋もれたエピソードを取材するためロンドンに飛んだ乃木信介は、元エージェントから驚愕の事実を知られる。世界の地図を塗り替えたベルリンの壁崩壊、それに最も貢献したオペレーションが日本のビジネスマンによって仕掛けられたものだという。彼の名は、城島武士。成功も失敗も、富も栄光も桁違いの世界に人生を賭けた男たちを描く、グローバル・ストーリーです。
 ストーリーの舞台の壮大さよりも、登場人物のおりなす、人間ドラマにおもわず熱いものがこみあげてきます。 もっともっと人生をいきなくてはいけないんだ、というメッセージが伝わってきます。ベルリンの壁の崩壊のきっかけを作ったのが実は日本人の元商社マンだったというスケールの大きい長編小説。落合氏の小説では本作品でも独特のダイナミックさを有していたほか、終盤の奇跡とも言える運命の悪戯が描かれています。読後は気を抜くと小さく生きている自分の生き方を振り返らせるような効果はあるので、その点ではお薦めです。

『名もなき勇者たちへ 』は世界最強の情報機関モサドから、CIAに送り込まれた女刺客“カリプソ”。実在の人物をモデルにした女エージェントの数奇な運命と、情報機関の非情な世界に生きる人々の、国家の存亡をかけた闘い。そして知られざる人間ドラマ!圧倒的リアリズムで描く、感動の長編です。落合氏の抜きん出た情報収集力・人脈などから描かれる小説は他の作者とは比較にならない、リアリズムな迫力をもって読むものを引き込みます。今回も実在の人物をモデルにしているとのことでしたが、落合氏は今の日本の特に若者に対して、もっと大胆に自分の人生を自分の足で切り拓いていけ!と小説を通して訴えていること、そして人生の舞台が世界にあること、また現実の世界で起きている事を、まざまざと見せてくれます。

『グローバル・インテリジェンス・ファイル』も同時多発テロを皮切りに戦争が変わってしまい、日本のマスコミでもそのような報道がなされたが、その本当の意味は語られていなかったことを本書を読んで突きつけられました。筆者の広い見識と分析により、21世紀のこれからの世界を見事に書き表していると思います。
 歴史の経緯や、テロリズムの本質、ブッシュのメンタリティー。それらを理解せずには、少なくても日本の国益は語れないと思います。絶え間なく流れてくるインフォメーションを自らの力でインテリジェンスにしてこそ、世界と渡り合えると教えられました。雑学を知識だと勘違いしている」と揶揄される日本人は隣人のことをもっと真剣に学ばねばいけませんね。

 
等、思わず引き込まれる内容は世界を飛び回っている落合さんだから書けたと思います。確かに事実かと問われると、これは小説の中のお話ですと言わざるを得ませんが、読んだ方が殆ど満足し、何かを学んでいることこそ事実です。

批判する方はどうか読まないで下さい。

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2008年12月28日 (日)

私の好きな作品たち~門田隆将編

 野球の好きな私が忘れてはいけない作家さん、門田氏。最初に読んだのは『甲子園ヘの遺言』でした。

 平成16年7月1日、多くの野球人、生徒たちに惜しまれつつ世を去った、不世出の打撃コーチ・高畠導宏氏の生涯を描いたノンフィクション作品です。高畠氏は古くは南海の原、ロッテの落合、高沢、西村、そして最近ではイチローや田口、小久保など、数多くの名選手
を育てたプロ野球界伝説の打撃コーチです。多くのプロ野球選手たちが彼に教えを乞い、30年にわたって第一線の選手たちの技術面と精神面の支えになりつづけました。
 ところが、その高畠氏は五十代半ばにして一念発起をします。通信教育で教職の勉強をはじめ、プロ野球球団のあまたの誘いを蹴って高校教師の道を選んだのです。そして、平成15年春、福岡県の私立筑紫台高校に新人教師として着任します。社会科教諭として教鞭をふるう一方、野球部を甲子園に連れて行きたいと考えたのでした。諦めや疲労感に支配される五十代に、なかなかできることではありません。ところが、長年の無理がたたったのでしょう。高畠氏の体はそのとき重大な病気に冒さMone5 れはじめて……。
こんなに凄い高校教師がいた・・・高畠氏はなぜ転身を決意し、そして、そうまでして高校生たちに何を伝えようとしたのでしょうか。

 NHK土曜ドラマ枠で、タイトルは『フルスイング』として放送されたので観た方も多く、感動されたと思います。

これは、ただの野球人の一生を描いたノンフィクションではありません。野球を知らない人、または私のような女性をも、ぐっと引き込みます。それは、この本に描かれた高畠導宏さんの人生に、苦境をバネにし前に突き進んで行こうとする直向さや、人を想い、人との絆を大切にする優しさが感じられるからなのだと思います。
 野球という一つのスポーツを通し、彼が出会った素晴らしい人々との絆や、困難な時、また自分の思い通り事がゆかぬ時の心持ちや生き方には、読んでいる者の心を揺さぶるエピソードが沢山あります。高畠さんという人は、「まあ、この程度でいいか」なんて考えを持たない人だったに違いありません。目の前に山があったら、どんなに高くても、どんなに道が険しそうでも登る。いえ、時にはその登るべき山さえ、自分で創造してしまうような人だったのではないでしょうか。

そういう高畠さんの魂は、彼が野球コーチ時代指導した野球選手や、彼が晩年関わった筑紫台高校の生徒たちにしっかり伝わったはずです。そして、この本を読んだ多くの人の心に染み入るはずです。
『氣力』高畠さんが繰り返し口にしたというこの言葉は、弱気になりそうな時、私を鼓舞してくれます。落ち込んだり、気持ちが塞ぎ
がちな人は、老若男女問わず、是非手にとって読んで見て下さい。私は、この本に、彼の人生に、本当に勇気付けられました。 プロ野球コーチ人生30年を通して選手個々人に応じた指導を行い、数々の名選手を 育ててきた点も「伝説」と称されるだけあってすごいのですが、実際にそこから高校教師 になってしまうところに、高畠氏の意思の強さが感じられました。 何より本書を通して感動したのは、教え子に対し思いやりや愛情を持って接することが、 勝負師の世界であるプロ野球界であっても、高校教育の場であってもまっ
たく異なること なく人を育て上げていく、ということがわかったことです。

 この作をきっかけに門田さんの本を何冊か読みました。

 ジャーナリストで多方面にわたって作品を手掛けていらっしゃるのですが、いつも読み終えた時、唸りたくなるのは私だけでしょうか。スポーツに関わらずということで、お勧めしたいのが、『なぜ君は絶望と闘えたのか』です。

記憶に新しい事件、何気ない日常の中で今日も1日が終わる。夕食の献立を楽しみにしながら軽い疲れとともに帰途につく。この世で最もくつろげる場所であるはずの自宅に戻ると、暖かい会話や柔らかい明かりのかわりに奇妙に静まり返った冷たい暗闇が広がっている。そしてそこに変わり果てた最愛の妻の姿を見つけてしまったら・・・。
 本の扉に掲載された本村氏と弥生夫人、そして愛娘の夕夏ちゃんの写真を見て欲しです。学生のような面影さえ残る若い両親と丸々とした可愛い赤ちゃんの姿は、どこにでもある幸せな家族のそれです。この日から実に9年、本村氏は闘いました。正しい事を正しいのだと訴え続けて、ただひたすらに闘う・・・。 憎しみ、絶望、孤独、そして埋めようのない喪失感。本村氏は何度も自殺を考えながら、ただただ闘って、そして死刑判決を勝ち取った壮絶な記録の書です。 TVで見る限りいつも冷静沈着に、且つ、理路整然と自分の考えを言葉にしていた本村氏の、決して表に出なかった犯罪被害者としての苦しみに身を切られる思いがします。
 日本は法治国家です。でもそれは真に正しい法治と言える状態なのか・・・死刑判決を勝ち取るまでなぜ、山口地裁・広島高裁・最高裁・差し戻し広島高裁と9年もの長い時間を必要としなくてはならなかったのか。犯罪を犯す者がいる限り、誰でも等しく犯罪被害者になってしまう可能性があるんのです。だからこそ多くの人に本書を読んで欲し頂きたい・・・他人事では決してないんです。

 いろいろな事のあり方について、目を背けず、他人事とせず、考えたい作品です。

『神宮の奇跡』も辛いお話ですが読む価値のある素晴らしい作品です。学習院大学が東都大学野球1部リーグで優勝を果たした執念の顛末を渾身の取材で伝えていいます。試練あり、喝采ありのドラマは、優勝シーンの描写だけにとどまりません。
 生死を賭け戦禍をくぐり抜けて帰還した投手・井元俊秀の半生を、キャプテン・田辺隆二の母への深い思慕を、皇太子(今生天皇)と野球とのかかわりと成婚の経緯を、監督・島津雅男が今日のPL学園の礎を築いた心の歴史を描き、美しい「日本人」の精神を人間くさく活写しています。 正直に言えば、私は何かをあきらめ、今の日本に生きることを嘆いていた。しかし筆者は、日本人を心から愛し、日本に誇りをもち、『神宮の奇跡』に登場する人物たちと同じような人生を歩んだであろう、高度経済成長を支えた日本人に敬意をあらわすことで、混迷の中にある今の若き日本人に「自信を持て」と諭しています 門田さんの日本人を見る目がはかりしれず優しいことに、胸が震える一冊です。

 『裁判官が日本を滅ぼす』も 普通の人は裁判所、裁判官というと何を想像しますか?裁判所は、事実関係が明らかにされ、公正な裁きが行われる尊い場所。裁判官は正義と公正を守る最後の守護者。大体、こんなイメージでしょう。もっとも、何のイメージも湧かないという人も多いかもしれないけれど・・・。
 本書では、上のような想像とは正反対の現在の裁判所・裁判官の実像を由々しき問題として取り上げています。あまりにも社会の常識を知らない裁判官、硬直化している裁判所。そこから繰り出される判決は一般人から想像もつかない奇怪なものであったり、時には社会に対して有害なものすらあると指摘しています。
 確かに、裁判官は多忙であり、じっくりと一つの案件を検討する余裕はないのかもしれませんが、過去の判例を基にした相場で量刑を決め、事件の真相を追究しないということが実際にあるということを知り、大変驚きました。日本の裁判を変えていくにはどうすればよいか、考えても、私達に何ができるのでしょうか・・・

 これからも門田さんの行動は要チェックです。

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2008年12月27日 (土)

私の気になる作品たち~福澤徹三編

 前回、朱川湊人氏の作品を取り上げてみてホラー小説や恐怖小説に多いに興味を抱いた私は凝りもせず、朱川さんのような作品を探してみました。そこで浮かんできたのが、福澤徹三さんです。

 『再生ボタン』でリアリティのある文章に頭でイメージする風景が簡潔かつ妖気に創られています。 また話もただただ起承転結なのではなく最初に空白を作ることで物語の面白みをラストに凝縮しています。 またそれぞれ短編なので読みやすく気ねしなくてすむところがいいですね。

  • 『幻日』の文庫化で、全面的に書き直されてるのでまったく違うGohho27_2 感触になっていますが、たしかに怖いです。何が怖いといって、作者が集めたというエピソードの数々生々しくて、それが面白いと思います。福澤さんはその場でしか味わえない、言いかえれば当事者しか味わえないその場の恐怖を的確に伝えていて秀逸なのだと思います。本書中では「怪の再生」と「釘」がその部類。作者の創作で良か
    ったのが「廃憶」。これは夢の不気味さとその謎解きがゾクゾクしました。

『廃屋の幽霊』に描かれる恐怖は、日常の片隅に漂っている気配、それを受け入れてしまう人間の業です。 登場人物は、誰もそれぞれ荒廃の香りがまとわりついていて・・・。 恐怖を目前にしての反応は人それぞれですが、福澤さんの描く登場人物はこれらの恐怖に進んで身を任せて煎るのが特徴なのでしょうか。破滅を欲しているとしか思えない、そこが怖いです。主人公たちの壊れた感受性が恐怖でありながらどこか憧憬を伴うのは何故? 本書の描写が端的で美しく、ストーリーに無駄がないからなのでしょう。
人間、希望が見えないどん詰まりで、何をするのかと問いかけられているようです。怖いだけの作品ではない、それだけは確かですね。

 『いわくつき日本怪奇物件』はカップルの幽霊が現れるキャンプ場、死んだはずの患者が暴れる病院、事故物件なのに使われつづける写真スタジオ。コンクリートの中に佇む謎の老婆…。書面には書かれずに噂だけがまとわりつく“ほんとうにあった”数々の「いわくつき」建物。怪談文学に新風を巻き起こした著者がおくる、選りすぐりの恐怖の不動産コレクションです。最初はちょっと軽めの本だと感じていましたが、読み進めていくうちにいつもの調子が伝わってきました。 じわじわと、しかし確実に忍び寄ってくる恐怖を感じることができます。
 『黒本―平成怪談実録』もキャンプで目撃した樹上の女。現代に起きた神隠し。不審な水音が響く男子寮。いきなり動き出す猿の玩具。
銀色に光る謎の飛行物体。住む者に不幸をもたらし続ける家。そして、背筋も凍る体験で知られる峠―。怪談蒐集をライフワークとする作家が、様々な人びとから聞きとった、世にも怖ろしい話。あなたが決して見てはならぬもの、決して聞いてはならぬ音がある。文庫書き下ろしです。ここまで来ると私は降参したいです・・・・

 ホラー好きな方なら並木 伸一郎さんの『封印怪談』も読んでいるのでしょうね。コワッ・・・

書き始めたのはいいんですが、今日は聖書を枕元に置いて寝ましょ・・・・やっぱりダメですね、私には・・・

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2008年12月26日 (金)

私の好きな作曲家たち~バッハ編

 中学校で学びましたね。私はチェンバロの音が好きでよく、FMで聞いていたものでした。一番好きなのは誰もがきっと好きであろうところの『トッカータとフーガ 二短調 (BWV 565)』と『幻想曲とフーガ ト短調 (BWV 542)』です。

 『ロ短調ミサ曲』もバッハはミサ曲を4曲作曲しましたがいずれもラテン語で書かれており、最も有名なのがこの『ロ短調ミサ曲』でバッハの宗教音楽の最高峰に数えられています。   
 
 宗教色の強い音楽ですが、私は音楽yに宗派は関係ないと思っています。そのような事は超越した次元のものだと信じています。

 バッハが最初に就職口をえたのはアイゼナッハの東75kmにDoga2 あるテューリンゲン地方の中心都市 であるワイマールの宮廷で、18歳(1703年)の春4月8日にその宮廷楽団にヴァイオリンニストとして採用されました。
 その年の8月にはバッハ一族と縁の深いアルンシュタットで再建中の「新教会」が完成し、この教会のオルガニストに就かせようと遠縁の一族の運動もあって正式の辞令をもらってこの「新教会」のオルガニストとして勤めることとなりました。何よりバッハを喜ばせたのは専任オルガニストとして自分で自由に使える楽器をえたことでした。

ここでの職務はあまり忙しくなくバッハは 自分の勉強のため、かなり恵まれた時間をもてることとななります。この時期に彼は熱心にオルガンの演奏技術をみがきオルガン作法
を詳しく研究しました。またオルガニストとしての仕事以外に聖歌隊の指導と指揮にも従事。さらにバッハの最初の妻となるマリア・バルバラともこの時期に出会っています。
 1705年の10月に北ドイツの町リューベックに旅し、当時最大の音楽家の1人だったブスクテフーデ に学んび、1707年6月にミュールハウゼンの聖ブラージウス教会のオルガニストにかなり高額の年俸で採用されました。この年の10月17日にマリア・バルバラと結婚します。

 幼少期は両親を早くに亡くしたもののこの頃の逸話として、当時長兄のヨハン・クリストフはドイツの有名な作曲家たちのクラヴ、ィーアとオルガンの作品をたくさん筆写してもっていました。 セバスチァンはこの楽譜集を見せてくれるよう熱心に頼Doga1 んだもですが、まだはやすぎるといって聞き入れてくれなかませんでした。

そこでセバスチァンは戸棚からひそかにこの楽譜集をとりだして、6ヶ月のあいだ 夜毎に月明かりのもとそれを書き写したというのです。しかしついに事が露見して苦労して書き写した楽譜は兄に とりあげられてしまいました。。この逸話が事実とすれば、視力を失うまでに至ったバッハの眼病はこの時の 無理がたたったのではないかと
思われます。 BWV-945,743,749,751,755,756,757,762等が推測されます。 (影響を受けた作曲家:パッヘルベル)
 音楽一家に生まれ名に不自由なく育っていたならば、これほどの楽曲をのこせただろうかと思い、調べてみると、やはり彼も礼拝
に用いる音楽の作曲や演奏と音楽の指導に多忙な日々を送ることとなったのに収入の点では臨時収入が以外に少なくバッハは期待を裏切られる思いだったそうです。
 1749年頃から眼疾患が悪化し手術を受けましたが、医師テイラーの技術が未熟であったため、手術後は病床に伏し、1750年に65歳でこの世を去りました。生前の彼は作曲家というよりもオルガンの演奏家・専門家として高く評価されていました。でも彼の楽曲は息子や弟子たちによって細々と、しかし確実に受け継がれ、1829年のメンデルスゾーンによるマタイ受難曲のベルリン公演をきっかけに「再発見」されて高く評価されるようになりました。

彼の遺した作品とそこに用いられた技法は、いわば西洋音楽のエッセンスを凝縮したものと言うことができるでしょう。。それゆえに、現代においてもなお新鮮さを失うことなく、ポップスやジャズに至るまで、あらゆる分野の音楽に応用され、多くの人びとに刺激を与え続けているのだと思います。バッハの時代には、ピアノはまだ普及するPhoto にいたっておらず、彼のクラヴィーア(オルガン以外の鍵盤楽器の総称)作品は、概ねチェンバロやクラヴィコードのために書かれたものとされています。その多くはケーテンの宮廷楽長時代に何らかの起源を持ち、息子や弟子の教育に対する配慮もうかがえるものとなっています。練習曲ですが、非常に美しく、また難易度も高いのだそうです。

 カンタータ、オルガン曲、クラヴィーア曲、リュート曲、管弦楽曲・協奏曲と大まかに分けられますが、この曲の中でもやはり「カノン」の部分が特に興味深く「音楽の捧げ物」と 同様に新しい演奏が素晴らしいです。 楽器の指定がないということでいろいろ
な演奏を聴くことができ、 オルガン、チェンバロ、管弦楽、ビアノなどの演奏を聴いてみると、 それぞれに特徴があり興味深い演奏で、特に選ぶとすればピアノ (タチアナ・ニコライエヴァ) 版はおすすめです。

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2008年12月25日 (木)

私が探し出した作品~マルク・レヴィ編

 ネットは便利ですね。こんな感じの作品が読みたいと思ったら検索でヒョイと出てくるんですもん。昔は書店に何時間も粘ってこれじゃないなあなんていってましたっけ。

 今回は珍しくフランスの作家を紹介します。といってももうお読みになっているのでしょうが・・・

まず『永遠の7日間』です。訳は藤本優子さん。サンフランシスコの港湾で働くゾフィアは、仕事でちょっとした衝突はありつつも、忙しく、充実した日々を過ごしていた。彼女と関わり合うと、みな優しい気持ちになるので、友人、仕事仲間からも慕われている存在であり、容姿の美しさも手伝って港湾のちょっとした有名人。ある日、港湾の仲Gohho62 間たちのなかば食堂と化したレストランで、ルーカスというひとりの男性と出会う。ウエイトレスの友人・マチルダは、ひと目見ただけで彼に惹かれてしまう。しかし、ゾフィアは、なぜか「この人に近づいてはダメ」と本能のようなものが自分に訴えかけてくるのを感じるのだった……。

 そのストーリーのおもしろさ、これに尽きると思います。ノスタルジックで、心に沁みる物語。素朴でありながら、本を閉じたあと、大切な人と物語について語り合いたくなる。彼の作品にはそんな魅力があふれています。]というコメントを見つけました。

そして『あなたを探して』・・・ マンハッタンでの活躍を夢見る男と、難民支援に人生をささげる女。そんな二人は偶然にも恋に落ちるのだが、二人の生活はすれ違いばかり。ある日、女は男に救助隊の一員としてホンジュラスに行くことを告げる。突然の決断に驚
く男ではあったが、「一年に一度帰国して、同じ日の同じ時間に会おう」と約束を交わす。数年はその約束を互いに守ってはいたもの
の、ついに約束は守られず、男は、女をあきらめ別の女性と結婚してしまうのだった。あ~どうにも後が気になります。

 『友よ、そして愛しき人よ』・・・ロンドンのフランス人街。神経質なアントワーヌと、いい加減なマシアス。30代のシングルファーザー2人が、それぞれの子どもとともに、ひとつ屋根の下で暮らし始めた。ルールはひとつ――女性を部屋に入れない!? 街の人々との
交流も交えて描く、ハートフル・コメディだそうです。

 どれも大人の恋愛がテーマですね。恋愛ものは苦手なのですが、海外の恋愛ストーリーはスーッと入っていけて、でも言葉がきれいで好きなんです。

 最初に海外の映画で恋愛ものを観たのは『卒業』、『ラブ・ストーリー』でしょう。こんなストーリーを日本でやっても言葉が日本語で馴染むものが見当たらない気がするのです。

 『永遠の7日間』も映画化されるといいのですが・・・

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2008年12月24日 (水)

私の好きな作品たち~石田 衣良編

 やはり直木賞を受賞されて読み出したのがきっかけです。受賞作『4TEEN フォーティーン』は名の通り14歳の作者と仲間のストーリーです。

 広告制作会社にコピーライターとして勤務した後、1997年、「池袋ウエストゲートパーク」で第36回オール讀物推理小説新人賞を受賞してデビューされました。。『4TEEN フォーティーン』で第129回(2003年上半期)直木賞を受賞。2006年、『眠れぬ真珠』で第13回島清恋愛文学賞受賞。と話題の多い方でいらっしゃいます。「池袋ウエストゲートパーク」シリーズは2001年まで続き、骨音 - 池袋ウエストゲートパークIIIは直木賞候補にあがりました。

『4TEEN フォーティーン』をもう少し紹介(?私の感想ですが・・・)しますと、『ぼくらは今日も自転車で、風よりも早くこの街を駆け抜ける。ナオト、ダイ、ジュン、テツロー、中学2年の同級生4人組。それぞれ悩みはあるけれど、一緒ならどこまでも行ける、
もしかしたら空だって飛べるかもしれない―。友情、恋、性、暴力、病気、死。出会ったすべてを精一杯に受けとめて成長してゆく14歳の少年達を描いた爽快青春ストーリー。』という帯の文句そのものです。

 でもそこで私は考えてしまいました。これは現代の14歳の姿だろSeza02 うかと・・・私達の時代はちょっと大人ぶってはいたものの、本当の大人の世界はまだ遠かったのではないかと。それに比べ 、現代の14歳が抱える悩み、苦悩はどれだけ大きいものかと。大人でもない、子供でもない、誰でも人生で一度だけある、14歳という特別な年を過ごす、4人の少年を描いた連作短編集なのですが、かなり大人びた14歳だという印象を受けました。ふとした時に感じる主人公の子どもたちの気持ち、細かな心理描写が妙に落ち着きのない14歳という主人公を大人に見せているのでしょうか。
 物語自体は、筆者の自伝的ともいえるものですが、ただなつかしい物語でもなく、ただ冒険小説でもなく、青春物語でもない、そんないつの時代にも共通するはずの考え方について説いて煎るように思います。

 『傷つきやすくなった世界で』は石田依良さんがR-25に連載してきたエッセイを1冊にまとめたもの(一部、書き下ろし)で、 社会問題、自身の経験、今後の自分などの身近な54のテーマについて、1テーマあたり4ページで綴られています。
 小説家やコメンテーターとしての自身をテーマにしているものは、ユーモアと知性にあふれていて、読んでいて面白いですし、 一方で、重ための取っつきにくい社会問題をテーマにしたものも、批判的・悲観的な文章になりすぎず、 温かさや寛容さをもって世の中を
切っている感じで、全体として心地よさを感じさせてくれる作品だと思いました。
表題の「傷つきやすくなった世界で」と同じ題のエッセイが最後に綴られていますが、 石田さんの思いはここに強く込められているように思います。

『約束』は普遍的な何かを追うのもよいが、現代日本をしっかりと描ききるのも大事だと、確か「LAST」の後書きで書かれていましたが、その本道を行ていつと思える作品でした。 短編集で、冒頭に配置されている表題作「約束」は池田小学校の通り魔事件に材を取っています。無論、それが勝手な想像や偽善になりがちであることを踏まえながらも、石田さんなりの重みで、しっかりと独立した物語を作っていると思います。
 個人的には、本作のなかの二編ほどは、まるで自分のことのように響き、追体験をしながら、何がしかが胸の中を通り過ぎていきまし
た。優れた作品ゆえの感覚なのだと思います。

 子供を主人公にしたものも多い石田さんですが、実は恋愛のエキスパートです。高層マンションを舞台に繰り広げられるラブストーリー。 すべて女性を主人公とした10篇の短編集『愛がいない部屋』や17も年下の彼に、こんなにも惹かれてゆく―。孤高の魂を持つ、
版画家の咲世子。人生の後半に訪れた素樹との恋は、大人の彼女を、無防備で傷つきやすい少女に変えた。愛しあう歓びと別離の予感が、咲世子の中で激しくせめぎあう。けれども若く美しいライバル、ノアの出現に咲世子は…。一瞬を永遠に変える恋の奇蹟。熱情と抒情に彩られた、最高の恋愛小説『眠れぬ真珠』なども私はちょっと苦手ですが女性の描き方の上手な作家さんだと思います。

 テレビのコメンテーターなどもなさっていますが、どんどん書いてください。

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2008年12月23日 (火)

私の好きな作品たち~源氏鶏太編

 日本の高度成長期時代のベストセラー作家さんです。勤続25年10ヶ月のサラリーマン生活体験を基盤に、サラリーマンを主人公とした数多くのユーモア・明朗小説を発表。処女作は1934年報知新聞社募集の懸賞小説に入選した『村の代表選手』。翌年のサンデー毎日募集の懸賞小説で『明日も青』が佳作。このときから源氏鶏太のペンネームを使用しておられます。

実質的な作家活動は、1947年の『たばこ娘』から。1951年『英語屋さん』他で第25回直木賞。1958年より直木賞選考委員。1961年より東宝株式会社監査役。1970年、吉川英治文学賞。

 サラリーマン世界を描いたサラリーマン作家・源氏鶏太氏。豊かGohho42 なペーソスをあふれるユーモアで包み、ビジネス社会の「心の壁」を謳い上げたその作品群は、戦後の復興と成長を荷負った人々を虜にし、今なお源氏作品を愛するアナログ世代は多いのだそうです。私は源氏さんというと、つい『七人も孫』を思い出してしまうのです。向田邦子さんが脚本を手掛ていましたよね。

 直木賞作品を読みたいと思っても今は古書扱いなんですね。高度成長期時代を働いてきたお父さん世代は懐かしく読めるのではないかと楽しみにしていたのですが・・・

サラリーマン家庭を描いたホームドラマの巨匠とも言えるのではないでしょうか。

解る限りで紹介しますと、

『七人の孫』は、1955年に5回に渡って雑誌「面白倶楽部」に連載された長編小説です。   内容は典型的ホームドラマであり、家庭内の波風は当然あるものの、悪人や典型的敵役は登場せず、全体におっとりとしたトーンでまとめられています。後年TBSで、ナショナル劇場『七人の孫』として半年間放映されて、典型的ホームドラマとなりました。

 主人公は北原亮作75歳。今は息子の亮作が社長をしている会社の社長を引退して、離れの8畳で読書をしたり、趣味の画を描いたりして暮しています。奥さんには先立たれていますが、子供が二人(雄吉と英子)、それぞれの子供に三人ずつ子供がいるので、孫が6人になります。亮作は、生涯を通じて糟糠の妻、貞子を愛していましたが、学生時代には、秋田の豪農の一人娘、安川千鶴子と恋愛し、彼女を妊娠させたことがあります。しかし、千鶴子の両親は、貧乏な学生との結婚を許さず、二人の仲は終ったのでした。したがって、亮作は、自分には子供がもうひとりいて、その子供が生んだ孫がいるのではないかと考えています。雄吉の長男、一郎は喫茶店のウェイトレス・新井節子と恋愛関係にあり、結婚したいと思っていますが、両親は許しません。おじいさんである亮作は、節子の人柄を見て、一郎のお嫁さんとしてふさわしいと思いました。亮作は、節子を自分の絵のモデルになってもらって、家族にその人柄をアピールし、一郎と結婚出きるように段取りをつけます。
 結婚した節子は、とてもいい人柄で、家族によく尽すので家族の評判は抜群だったのですが、夫の一郎は新妻を家族に取られたようで面白くありません。夫婦喧嘩をして、一郎は妻が家に居る内は帰宅しないと言い出します。それを聞いた節子もショックで家出します。家出した先は、学校友達の安川美穂子のアパートでした。
 この安川美穂子こそが亮作の七人目の孫でした。美穂子は両親と死別しており、恋人との結婚を諦めようとしています。亮作は美穂子の恋愛を成就させるために自分の孫であることを認め、その結果美穂子の結婚も上手く行くのでした。

 私はこの作品を読んだ時、向田さんの『阿修羅のごとく』を思い出しました。少なからずとも源氏さんの作品に影響を受けている部分があるような気がしてなりません。

 『艶めいた海』でも解るように源氏さんの作品は、その最も人気のあった1950年代、理想主義に基づいた勧善懲悪作品がその主流を占めていました。そこで主人公の快男児の相手となる恋人役は良家の子女と決まっており、勿論結婚まで処女を守る清純な美女でした。このような女性が、源氏鶏太にとって生涯の理想だったようで、晩年の作品にも、そういった女性を主要な役柄で登場させた例はいくつか指摘出来ます。残念な事に近頃こういう女性像は描かれなくなってきているように思いませんか?
 小説の中だけでも美しい女性、つつましい女性の姿を観たい 私の願望でもGohho39あるのですが・・・

それから『新三等重役』と言う作品があります。第1話では、会社の受付嬢が、鶴子夫人をを飲み屋のおかみさんと勘違いしたことに端を発して、女子社員教育が行われることになります。しかも、その場所は、鶴子夫人のお屋敷です。この社員教育は、箱田章子の作戦ですぐに打ちきられますが、沢村専務が三等重役であって、彼は鶴子夫人に頭が上がらないことを全社員が知ることになるのです。このような話しが全部で8話つながりますが、こうしている内に、沢村専務は箱田章子に目を向けるようになり、第7話の「当たるも八卦」で二人は婚約をし、最終話の「亭主教育」で二人は結婚し、新婚旅行に行き、そして、宮口鶴子夫人の一人娘、理美子の結婚話をまとめ、次の社長になることが決まる、というところでハッピーエンドとなります。
 この作品は宮口鶴子夫人の巻き起こす騒動に巻きこまれながらも、なんとか解決しようとする沢村専務、という線が一本あるのですが、それに関連して、サラリーマンの悲哀のようなものが数多く描かれます。勿論誇張が多く含まれ、現実にはあり得ないようなお話もあるのですが、そこに見えるものは、社長から女子社員に至るまで、サラリーマンは大変だな、ということのようです。
 沢村専務と箱田章子のかっこよさと、全体を貫くペーソスのバランスが絶妙で、そこが、私がこの作品を好む理由です。 

もっと沢山の作品を紹介したいのですが残念でなりません。ドラマやラジオ番組になっている作品が多く、観てみたいですね。

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私がつい読み逃して後悔している作品たち~朱川湊人編

 ホラー作家さんはちょっと・・・と思っていたのですが、レビューを読んだり、調べてみると只者ではありませんでした。昭和と言う時代に哀愁さえ感じてしまう私ですから、そこに人情などが絡んでくるともうたまりません。

 直木賞を受賞した『花まんま』は、子供と思われていても、大人には気付かれない内に成長した“感情の襞”があります。友達にも親にも言えなかった葛藤、屈折した感情、微妙な分別を、大人になって述懐した様な体裁で、「あの頃、語彙が少なくて表現出来なかった感情」が描かれています。どの作品においても主人公の少年(少女)は、日常生活において何かの拍子で異界の物体や現象に接し、一生忘れえぬような不思議な出来事を見たり、経験することになり、世界の出来事があたかも自分自身に起きたように、自Shagaru07 分の少年時代の懐かしい記憶と痛みが甦ってくる不思議な感覚を味わうことになると読んだ方々は言います。

 氏の作品には、ホラーゆえの怪奇現象や、人間の性から発する悲劇はありながらも、更にそれらを包む人間の優しさ、逞しさを絡めた暖かみのあるものが多く、見方を変えると、ホラーの味付けをした「人間物語」と言える面があります。著者の作品を機に、ホラーを読むようになったという読者も多数いるらしく、ノスタルジックホラーという、わりあい地味な小説分野の認知度を高めた点において、氏の貢献度は大きいと言えるでしょう。

 「スタルジックな心象風景が、読む者の心を慰撫する。懐かしさを感じさせるような寂しさと哀しみにみちている。このそこはかとない哀しみこそ、朱川湊人の小説の通奏低音だろう。二度と体験できない懐かしい過去の記憶。過去に戻れない寂しさと事実を変えられない哀しみ。ここには人がもつプリミティヴな感情と普遍的な生の情景の数々がある。」と池上冬樹氏は言っています。
これは2002年に『フクロウ男』でオール讀物推理小説新人賞を受賞した頃のお話ですが、ずっとその姿勢は変らないのだと私は思いました。
 
 『かたみ歌』も人気の作品で、ホラーテイストなのに、読み終わったあとには、何とも言えないせつなさと、心地よいぬくもりを感じます。この余韻は・・・、そう、藤沢周平作品を読み終えたときと同じ。全編を通じて登場する古本屋の老主人の隠された過去が明らかになる「枯葉の天使」は特に感動的です。「花まんま」より数段上の出来ばえ、次の作品への期待が膨らみます。との声も。

  ケータイやパソコンのない時代の 手触り感覚の懐かしさと 不思議な出来事を絡めた心がほっこり温まる幽霊譚。 短編だけど全部がつながっていて ちゃんとオチがついている。 展開はある程度想像がつきますが わかっちゃいるけど、なんだかいい気分になります。 人にプレゼントしたいような本ですね。

そこまで言われて読まないでいられるはずがないじゃないですか。私は『わくらば日記』も読みたいんです。昭和三〇年代。当時私は東京の下町で母さまと姉さまと三人、貧しいながらも仲むつまじく過ごしておりました。姉さまは、抜けるように色が白く病弱で、私とは
似ても似つかぬほど美しい人でしたが、私たちは、それは仲の良い姉妹でした。ただ、姉さまには普通の人とは違う力があったのです。
それは、人であれ、物であれ、それらの記憶を読み取ってしまう力でした…。小さな町を揺るがすひき逃げ事件、女子高生殺人事件、知り合いの逮捕騒動…不思議な能力を持つ少女が浮かび上がらせる事件の真相や、悲喜こもごもの人間模様。現代人がいつの間にか忘れてしまった大切な何かが心に届く、心温まる連作短編集なのです。z 殆ど全ての作品のお勧め度が星4.5というのはめったにお目にかかれません。それだけ今の時代には無い郷愁を読んだ方が感じていると言う事は素晴らしいことですよね。

30代、40代の方には特におすすめですね。私はどんな気持ちになるのか・・・楽しみです。

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2008年12月22日 (月)

私の好きな作品たち~岡田惠和編

 岡田さんといえば2001年度上半期に放送されたNHK連続テレビ小説シリーズのテレビドラマ『ちゅらさん』ですよね。2003年3月31日から4月28日(3月31日は2本立て)まで総合テレビの月曜ドラマシリーズとして続編の「ちゅらさん2」(全6話)が放送され、更に2004年9月13日から10月11日まで続々編「ちゅらさん3」(全5話)が放送されましたね。NHKドラマの続編(パート2)は2000年放送の「私の青空」の続編「私の青空2002」以来2作目、続々編(パート3)は史上初の出来事でした。続編によって朝ドラだった部分は一応「パート1」とされています。2007年1月に土曜ドラマでパート4を2回シリーズで放映。朝ドラの続編としてはロングラン記録を更新したこととなるそうです。

 岡田さんは、音楽評論家・FMのDJを経て、1990年脚本家デビューとなりました。その後は
 
ビーチボーイズ(1997年、フジテレビ)
君の手がささやいている(1997年~2001年、テレビ朝日)     Gentileschi01 
おそるべしっっ!!!音無可憐さん(1998年、テレビ朝日)
ランデヴー(1998年 TBS) 
可愛いだけじゃダメかしら?(1999年、テレビ朝日)
彼女たちの時代(1999年、フジテレビ)
天気予報の恋人(2000年、フジテレビ)
ちゅらさんシリーズ(NHK系)
アンティーク ~西洋骨董洋菓子店~(2001年、フジテレビ)
フレンズ(2002年、TBS・韓国MBC共同)
夢のカリフォルニア(2002年、TBS)
恋セヨ乙女(2002年、NHK系)
もっと恋セヨ乙女(2004年、NHK)
負け組キックオフ(2002年、テレビ朝日)
アルジャーノンに花束を(2002年、関西テレビ)
僕だけのマドンナ(2003年、フジテレビ)
恋文 ~私たちが愛した男~(2003年、TBS)
ホームドラマ!(2004年、TBS)
マザー&ラヴァー(2004年、関西テレビ・フジテレビ)
あいのうた(2005年、日本テレビ)
きみの知らないところで世界は動く(2006年、NHK)
君が光をくれた(2006年、TBS)
バンビ~ノ!(2007年、日本テレビ)
めぞん一刻(2007年、テレビ朝日)
無理な恋愛 (2008年、関西テレビ?フジテレビ)
銭ゲバ(2009年、日本テレビ)

と大活躍されています。私は特に『アルジャーノンに花束を』が好きで再放送も観てました。アメリカの作家ダニエル・キイスによるSF小説。1959年に中篇小説として発表し、1966年に長篇小説として改作されたものが原作です。

 『君の手がささやいている』も原作は漫画ですがしっかりとした構成、人をひきつける魅力に岡田さんは感動したのだと思います。聴覚障害者のヒロインと彼女と共に生きる夫や家族が、さまざまな障害や葛藤をお互い支え合い分かち合い、愛の力で乗り越えていく姿を描いた名作。通読すれば登場人物の成長過程が伺えますが、おのおの一話完結であり、読者に真の愛情とは何かを問い掛け、力強い印象を焼き付けました。

 連城三紀彦氏原作の『恋文』も素敵なドラマに仕上がっていましたね。 

 こういった作品を探すのにどれだけの量の作品を読んでいるのかと思うと、眩暈がしそうです。脚本家さんたちは皆そういう努力と想像力を働かせ、より良いドラマに仕上げているのですね。

最初の作品『ちゅらさん』は視聴者からも好評を得ており、NHKがテレビ放送50周年を記念して2003年に行った「もう一度見たいあの番組リクエスト・連続ドラマ部門」で1位に輝き、人気の程を伺わせた(大河ドラマ部門での第1位は「独眼竜政宗」。ちなみに、村田雄浩さんは両方に出演してますね)。この影響もあってか、全話を収録したビデオ・DVDが発売されたほどです。完全版の商品化は小説としては『おしん』に続き2作目となる大ヒットです。

 私の好きなペーソスがあちらこちらにちりばめられていて岡田作品はこれからも観続けると思います。

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2008年12月21日 (日)

私の好きな作品たち~森田芳光編

 日大芸術学部を卒業後、自主映画を経て、'81年『の・ようなもの』で劇場映画監督デビュー。以後『家族ゲーム』『それから』『(ハル)』などで数々の映画賞に輝き、続く『失楽園』が大ヒット。また、CM演出や脚本も多数手掛けてており、好きな競馬に関するエッセーを出版するなど幅広く活躍する森田監督。

 私は特に95年の『それから』が大好きで、映像美は素晴らしいと思いました。漱石氏の原作を読んでいてどうしても想像できない部分を余すところ無く再現してくれたと思います。最初、観るまでは、長井代助役が松田優作?監督は『の・ようなもの』の森田督?・・・大丈夫かなあ、私のイメージはが壊れないかなあなどとブツブツ言っていたのですが、観て「ハッ・・・」と息を飲んでしまったのです。その後、森田監督には一目置くようになり、森田作品は殆ど見ています。平岡三千代役の藤谷美和子もしっとりとして良かったですね。

  『それから』のずっと以前、83年に、松田優作主演の『家族ゲーム』を発表。家庭をシニカルに、暴力的に描いた、出色のブラックコメディーです。家族全員が長い食卓に、画面に向かって横一列に並んで座る何とも奇妙な食事場面等、何気無い日常の風景を非日常的に描写した、人を食った演出が評判となりましたね。これが出世作となり、新世代の鬼才として広く注目を集めたと言われています。

 86年に、『それから』から一転、とんねるず主演で広告代理店を描いたコメディーの怪作『そろばんずく』を発表。バブル時代を色濃く描いた作品となりました。今でこそ解るバブル期の異色性が出ていて笑えるかどうか・・・その後は、           Gohho5

『悲しい色やねん』(1988)
『キッチン』(1989)
『愛と平成の色男』(1989)
『おいしい結婚』(1991)
『未来の想い出 Last Christmas』(1992)
『(ハル)』(1996)
『失楽園』(1997)
『黒い家』(1999)
『刑法第三十九条』(1999)
『模倣犯』(2002)
『阿修羅のごとく』(2003)
『海猫』(2004)

のようにシリアスなドラマから喜劇、ブラックコメディー、アイドル映画、恋愛映画、ホラー映画、ミステリ映画と幅広いテーマを意欲的に取り扱い、話題作を数多く発表するのでも有名になりましたね。

『失楽園』は観るつもりはなかったのですが、やはり映像の美しさに心引かれて観てしまいました。母もテレビよりずっと良かったと言っていましたから。

『刑法第三十九条』は謎に満ちた猟奇的殺人事件の容疑者の精神鑑定に、女性精神医が挑む法廷サスペンスです。鈴木光氏と大森寿美男氏による原案と永井泰宇氏による原作を基に、「お墓がない!」の大森寿美男氏が脚本を執筆しています。撮影を「キリコの風景」の高瀬比呂志が担当。主演は、「ベル・エポック」の鈴木京香と「アンラッキー・モンキー」の堤真一氏。第49回ベルリン国際映画祭コンペ部門正式出品作品です。

『模倣犯』はメディアを利用し、人々を翻弄する天才犯罪者の暴走を描いたサスペンス。監督・脚色は「黒い家」の森田芳光氏。原作は宮部みゆきによる同名長篇。撮影「BOM!」の北信康が担当しています。主演は「シュート!」の中居正広。第57回毎日映画コンクール日本映画ファン賞受賞、第45回ブルーリボン賞助演男優賞(津田寛治)受賞品。

『阿修羅のごとく』も『それから』を彷彿させる美しい作品です。もう市川監督や黒澤監督のような映像にこだわり続ける監督は日本にはいまいと思っていたので私としては今後が楽しみでなりいません。
もっともっと素晴らしい映画を取り続けてほしいものです。

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2008年12月20日 (土)

私の好きな作品たち~阿川 佐和子編

 『TVタックル』でお馴染みの阿川さん。私、好きですね、こういうサッパリした塩せんべいのような方。エッセイストが本業なのですが、何故かタレントのような気がします。あっタレントでもあるのですね。

 1981年、『朝のホットライン』でリポーターを務めたのを皮切りに、1983年より報道番組『情報デスクToday』のアシスタントを、1989年からは「筑紫哲也NEWS23」のキャスターを務めました。1992年米国ワシントンへ渡米、帰国後『報道特集』のキャスターとなりました。
 檀ふみさん、安藤優子さん、平野レミさんとは親交が深く、特に檀さんとは父親が有名作家同士であることから特に親密であり、共著は多く、CMでも共演していますね。檀ふみさんとの共著『ああ言えばこう食う』で1999年講談社エッセイ賞を受賞、小説『ウメ子』で坪田譲治文学賞を受賞しました。

 過去のお見合い相手の何人かは国会議員となっており、『TVタックル』で再会することもしばしばであるそう。同番組では、時に司会者のビートたけしさんGohho52 や大竹まことさん、さらには浜田幸一氏、三宅久之氏らパネリストを手玉にとっています(!?)。彼らも驚く爆弾発言が飛び出すこともあるそうです。

 なお、番組に於ける阿川さんの位置づけは「悪党党副総裁」だそうで、議論が白熱、あるいは暴走し始めてしまい話ができない状態になると、一部の与野党議員は阿川さんに話を振って自らの話を展開しようとする姿がしばしば見受けられ、この場合たいがいみなが静かになり話が出来るようになるんですよね。面白い!!

 著書は、阿川 佐和子 (著), 沢村 凛 (著), 三浦 しをん (著), 柴田 よしき (著), 乃南 アサ (著), 谷村 志穂 (著), 角田 光代 (著)
, 松尾 由美 (著) の『最後の恋―つまり、自分史上最高の恋。』というもはや、少年少女が出会うような、初々しい恋じゃない。変わら
ない恋心なんてない、そんなのとっくに知っている。だけど…。大人になっても「こんなの初めて」ってあったんだ。すれ違いや別れをくり返してきた彼らだけが知る、「最初で最後」のかけがえのない瞬間たち。8人の作家が描き出す、経験してきたすべての恋を肯定した
くなる珠玉のアンソロジー。最後の恋、それはつまり、自分史上最高の恋。と語る面々が集まった作品は最高に面白く、というか、これはある程度年齢を重ねた方々のご意見として、非常に参考になる作品です。

 それから親子で読める『うめ子』。ウメ子はふつうの子とちがう。初めて会った日から、みよはずっとそう思ってきた。ロビンフッドのような服装に、勇敢な行動。みよは、ウメ子の魅力に夢中になった。そんなある日、謎の紙芝居屋さんが現れ、行方不明だったウメ子の父さんの居場所が・・・。人と人が共感で結びついていたあのころ。誰もが貧乏で、さげすみもひがみも感じさせなかったあの時代。人間関係のむずかしい現代から、懐旧の世界に導かれる。人気エッセイストの阿川佐知和子さんが子ども時代の経験に想を得た、初の長編小説で坪田譲治文学賞受賞作品はうるうるものです。

 『恋する音楽小説』、『マチルデの肖像<恋する音楽小説2>』はクラッシック好きな方には是非お勧めの作品です。名曲に秘められた人間模様、歌姫達の切ない生涯、天才達の苦悩と恋愛。史実と想像を織り込んで書かれた19の物語。クラシック音楽が好きな方、これから聴いてみようという方、そして阿川佐和子さんの物語が大好きだという方にお勧めしたいエスプリ溢れるお話ばかりです。読むと音楽が聴こえてくる極上の作品です。こんな恋ならしてみたい・・・

 それからひとりごはん・ふたりごはんのブログを読んだ方にお勧めしたいのが、『残るは食欲』。おいしくて楽しい極上の食エッセー「クロワッサン」誌上で絶大な人気を誇る連載読物をまとめた第一弾、待望の刊行。蕎麦・トンカツ・ローストビーフから豆腐・玉子、生姜に茗荷、そしてカブにタマネギ、さらにはケーキにスイカ、まだまだあるぞ、ワインにール、そして革命的なカクテルまで。冷蔵庫に死蔵されたミイラ食材を生き返らせ、孤独なホヤを一人でいただく。食欲全開、今日も幸せ。食欲こそが人生だ。「先日、久しぶりにローストビーフを焼いたら、これがまことにおいしかった。やっぱり私は料理のセンスがあるんじゃないかと思い直した。焼きたてのローストビーフを包丁で薄く切り、口に入れたとたんに叫んだ。『私は天才かっ!』」荒井良二の〈おいしい〉カラーさし絵を80点余収録した豪華お買い得エッセー集です。

 これからも阿川節を聞かせてくださいね。

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2008年12月19日 (金)

私の好きな作品たち~芦原 すなお編

 早稲田大学文学部卒業。同大学院中退後、帝京短期大学講師を務める傍ら執筆活動を行い、『スサノオ自伝』でデビュー。
1990年に発表された『青春デンデケデケデケ』で文藝賞、第105回直木賞を受賞された芦原さん。同作品は原作通りに香川県観音寺市を舞台に撮影され、大林宣彦監督により1992年映画化されましたね。

 『青春デンデケデケデケ』は、時は1965年3月、香川県観音寺市に住む高校進学を控えた少年・藤原竹良(ちっくん)は、ラジオから流れてきたベンチャーズの「パイプライン」の「デンデケデケデケ」というイントロに「電気的啓示」を受け、ロックミュージックに憧れます。高校に進学した竹良は、魚屋育ちの白井清一、寺の跡取りの合田富士男、練り物屋の息子の岡下巧といった一癖ある仲間を誘ってロックバンドを結成。しかし彼らには楽器がなく、夏休みのアルバイトでお金を稼いで楽器を手に入れ、 いざ練習となると場所の確保に一苦労・・・といった苦難を乗り越え、ようやくバンド『ロッキングホースメン』の活動がスタート。祖谷渓での夏休みの合宿、岡下の初恋話、バンドの技術顧問となる「しーさん」(谷口静夫)との出会い、親しい先生との死別などを経験しながらバンドは街のスナックのクリスマスパーティーでデビューを果たします。そして三年生の文Ganntona_06 化祭のコンサートを成功させました。文化祭の後、メンバーはそれぞれの進路に向かって準備を始め、竹良は東京の大学への進学を決め、受験を控え、バンドゆかりの地をめぐる竹良。観音寺に戻ってきた彼をバンドのメンバーが出迎え、彼らが竹良に贈ったものは・・・。
 

 直木賞を受賞したのは、文藝賞応募のため約半分に短縮されたバージョンです。作者は授賞してくれた委員や読者を慮ってか、あえて「完璧版」という言葉は使ってません。ところが、恐らく後世に残るのは・・・。確かにテンポの良さは劣っていますが、饒舌が徹底しているぶん魅力的です。たとえば、三島敏夫というムード歌謡曲の歌手について二十頁も費やして語っている部分、本筋ともロックとも何の関係もない余談なのですが、この部分の面白さといったら・・・。河出版では削られたエピソードもみな楽しいし。特に主人公が年上のパートさんに誘惑されかかる話のおかしさ、切なさ。ここだけでも、新たに「私家版」を買う値打ちがあるともいえますね。

 かつて新体操の指導者として何度も全国優勝に導いた高校教師が主人公。モデルは作家芦原さんの母親礒野栗子先生。「あとがき」で著者は「この中に書いたことはほとんが実際に起ったことで、その意味でノンフィクション・ノヴェル」と呼んでもいいと言っています。自叙伝『栗の実のうた』がこの小説の下地になってます。ダイナミックな文章で筆力のある素質は、この母親から受け継いでいるのでしょう。新体操の自由演技での創作力は、この文章力に実して直木賞作家になっていったと思われます。四国の地方紙ながら新聞小説として一年間連載されたものを、単行本として出版されました。『青春デンデンデケデケ』と同じ、讃岐方言がふんだんに使われ、「なんちゃ、かむかい」(些事にこだわらぬゴーイング・マイウェー)の女丈夫的生き方が痛快に描かれている。朝ドラにでもなりそうな一代記。ローカル色もあり、かつ強烈な個性的女性の生き方は共感を呼ぶにでしょう。
 
 このような青春小説や夫婦・親子の機微をユーモラスに描く作品が多く、軽妙に弾む会話文に定評があり、必ずしも現実風俗に密着した題材だけではなく時に奔放な幻想性も発揮、近年はミステリの分野でも人気が高い作家さんです。
 例えば、
『雪のマズルカ』は、本書は私立探偵笹野里子が遭遇する四つの事件を描いた連作ハードボイルドミステリです。なので、ここに登場する笹野里子はタフな女です。不可解な死を遂げた夫の後を継いで私立探偵になった彼女は汚い世界にも加担に立ち向かい時には荒っぽいことも辞さず、解決しても気の滅入るような事件をこなし、いまではいっぱしの探偵になっています。
そんな彼女が直面する四つの事件は実業家の孫娘が陥った暗くて救いのない話にはじまり、売り出し中の女優の素行調査で浮かび上がる不快な因縁や、凄惨で残忍な殺人をめぐるハードな事件、夫の死の真相が浮び上がる醜悪な事件と、どれをとっても陰惨な印象を受ける事件ばかりだった。ミステリとしてのサプライズは薄いかわりに、里子の起こす行動の衝撃と事件の陰惨さで妙に心に残る作品です。 一編の長さは60ページ程。だから展開は非常にはやいのです。、ゆえに性急すぎていささか呆気がありません。事件の解決に至る過程が短いゆえに、入り組んだプロットの妙味は味わえませんが。
でも、本来ならそれだけでミステリ作品の価値が無くなるに等しいのにも関わらず、本は一読忘れがたい印象を残します。それは先にも書いたように、ひとえに主人公である笹野里子の行動原理によるところが大きいのでしょう。彼女はそんなことしないだろうなとタカをくくってる読者の横っ面を張りとばす行動をとるのです。それは抑鬱から解放されたかのような行動であり、およそ人間的でも現実的でもないのですが、それが成立してみえるのは作者の手腕によるところが大きいのだと私は思いました。
 『月夜の晩に火事がいて』も私立探偵が出てくる推理もので、スラスラ読めるところが気に入っています。『ミミズクとオリーブ』もお勧めです。ほんのりとした空気がたまりません。

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2008年12月18日 (木)

私の好きな作曲家~モーツァルト編

 中学校も音学で慣れ親しんだモーツアルトの曲は誰もが耳にしていると思います。長調の曲が多い中、私は交響曲 ト短調 K183 やト短調 K550 が特に好きです。勿論、『アマデウス』は観ており、事実とかなり違うことに面食らいましたが、アマデウスの生涯のうち幼少時代の彼らしさが出ていた作品だと思いました。父親の厳格さもモーツアルトにとってはかなりの重圧だったと思われます。

 1762年モーツァルト6歳の時、ウィーンのシェーンブルグ宮殿でオーストリア皇帝フランツ1世、女帝マリア・テレジアに謁見されました。この頃からモーツァルトは作曲を始めているのです。1763年から66年にかけてモーツァルトはドイツ、フランス、イギリス、オランダへの演奏の旅に出ます。まだ7歳のモーツァルトは神童といわれ、各地で絶賛を浴びることになります。
そして1769年から73年にかけてはイタリアの旅に出ました。    Dyufi01                     

 1781年25歳になったモーツァルトはウィーンに定住するようになります。
そのウィーンの下宿屋ウェーバー一家の娘コンスタンツェと1782年8月4日シュテファン教会で結婚式を行いました。
 この時代はモーツァルトにとって最も幸せな時期で、オペラ「後宮からの誘拐」、交響曲「ハフナー」「リンツ」ピアノ協奏曲20番、21番などの名曲も生まれています。1786年から88年にはオペラ「フィガロの結婚」「ドン・ジョバンニ」などの初演が大成功、そして交響曲39番,40番,41番と名作がすばらしいスピードで生み出されました。

 でも、1791年、「レクイエム」にとりかかり、そして「魔笛」の初演を行った後、モーツァルトは死の床につくことになります。
 1791年12月4日、35歳のモーツァルトは遂に息を引き取りました。モーツァルトの死因についてはさまざまな説が登場し、毒殺など殺人説まで出て来てしまった様です。
でも実際の検死結果が残されており、それには「急性粟粒疹熱」と書かれています。これは、熱と湿疹が出る病気の様です。
 それでなぜ毒殺と言われたかというと、そのころはやっていた梅毒の治療に水銀が使われており、モーツァルトの体からも水銀が検出されたからのようです。

 一時期モーツアルトが貧乏だったのは何故か・・・あんなにたくさんの名曲を出し、またオペラの成功にもかかわらず、モーツァルトの晩年は貧困で苦しんでいたと言われています。その原因ははっきりは解明されていませんが、どうもモーツァルトは無駄遣いが好きで貯蓄をしない性格だった様です。また一説にはモーツァルトはギャンブル好きと言われています。

 交響曲第25番 ト短調はモーツァルト17歳の時の作曲ですが、モーツァルトの交響曲の中でも傑作と言わています。
 交響曲40番と同じく短調で、暗く悲壮感の中に力強さに溢れている曲ですね映画「アマデウス」の中でも効果的に使用されていました。

 交響曲第31番 ニ長調もモーツァルトの交響曲の中でも最も親しまれ、傑作と言われています。
モーツァルトがウィーンに定住して始めて作曲した曲。この曲はもともとザルツブルグのジークムント・ハフナーの為に作曲されたセレナードでした。また1776年にはエリザベート・ハフナーの結婚式の為に『ハフナー・セレナード』を作曲しています。セレナードの6楽章の内、4楽章を選んで交響曲に改編しました。

 交響曲第36番 ハ長調も傑作のひとつです。モーツァルトはコンスタンツェと結婚した翌年、実家ザルツブルグからウイーンへ帰る途中リンツに立ち寄りました。。その時、リンツの音楽愛好家ホーエンシュタイン伯爵の音楽会にあわせて、わずか四日間で書き上げた
のがこの曲です。

 交響曲第40番 ト短調は三大シンフォニーの一つであり、また25番と共に短調で、悲哀の満ちた曲です。

とあげればきりが無いのですが、最近では病院の待合室などでクラッシクが流れていることが多くなり、待ち時間もモーツアルトやバッハが流れているといい気持ちで長い待ち時間も耐えられるようになりました。クラッシック全体がすきなので、家には全曲集のMDもあるくらいです。

12月は特にクリスマスソングだけでなく、クラッシックもBGMとしてお勧めです。

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2008年12月17日 (水)

私が未読で読みたい作品たち~伊坂幸太郎編

 私は自分のブログで載せているECサイトにセブンアンドワイがあるのですがそれをチェックして見つけてしまいました。

2002年の『ラッシュライフ』で評論家に注目され始め、直木賞候補になった2003年の『重力ピエロ』で一般読者に広く認知されるようなった伊坂氏。ミステリ作家と紹介されることもありますが、その枠に留まらずエンターテインメント性豊かな作品を発表し若い世代を中心に支持を集めている若い作家さんです。

 2003年『重力ピエロ』、2004年『チルドレン』『グラスホッパー』、2005年『死神の精度』、2006年『砂漠』で直木賞候補となります。
 また本屋大賞において唯一第1回から第4回まですべてにノミネートされ、2008年の第5回に『ゴールデンスランバー』で同賞を受賞しました。同作品で第21回山本周五郎賞も受賞、さらに第139回直木賞候補にもなったが、「執筆に専念すGohho63 る」ことを理由にノミネートを辞退しています(恐るべし)。

 私が目に留めたのが『グラスホッパー』でした。著者自身が「今まで書いた小説のなかで一番達成感があった」と語る作品でもあり、

どういう作品かというと、

 妻を殺した男に復讐しようと、職を辞し、男の父親が経営する会社に契約社員として入った鈴木。ところが、自分の目の前でその男が車に轢かれる。「押し屋」と呼ばれる殺し屋の仕業だった。
 命じられるままに押し屋を追った鈴木だが、押し屋に温かい家庭があることを知り、その居場所を上司に報告できなくなってしまう。
 一方、自殺専門の殺し屋・鯨は過去を清算するために、ナイフ使いの殺し屋は手柄を立てるために、押し屋を探していた・・・

 「伊坂ファンでも評価が二分される作品。登場人物に共鳴して溶け込むことができる人にだけ、本当の面白さが分かる。
登場人物の大半は殺し屋………非合法的な「アウトロー」だが、同時に実存主義者的な「アウトサイダー」でもある。
 これらの登場人物に対し拒否反応を示すのは、良識があるが、人類中心の固定観念に縛られている人だ。 「グラスホッパー」(バッタの群集相)というタイトルの他にも、人類を中心に世界が回っているわけではないと随所で著者は指摘している。また「世の中は善悪じゃない」というメッセージも繰り返される。「善悪」は所詮、人類が勝手に作り上げた固定観念にすぎないからだ。
 最初は、「普通の人」である主人公、鈴木の立場で読む人が多いだろう。。繰り返し読むうちに、非合法な会社《令嬢》の社員である比与子や、殺し屋「蝉」に自己同一化して読む楽しさを味わった。「鯨」や「槿(あさがお)」になって読んでみたが、悪く
ない。」と言うレビューもそそられる内容です。

 伊坂幸太郎氏の魅力は、作品全体に縦横無尽に張り巡らされた構成、軽妙なテンポ、ユニークな舞台設定、独特の世界に対する視点、そして主張の力強さと読後の清涼感、これに尽きると思っているのですが、この作品一つで、その全て、とりあえずは感じてもらえるでしょう。

 ただ、この作品には、他の氏の作品には無い魅力が一つあります。ハードボイルドさです。分かりにくい概念ですが、例えば人が死ぬシーンの描写など、他では見られないような、客観的な印象を受けます。殺し屋、という設定も、裏の世界の話も、ショッキングでシビアです。 しかし、そこは伊坂幸太郎氏。ただハードボイルドなだけでは到底終わりません。主人公がたばこでも吸って投げ捨てて背中見せて歩いてくような終わり方ではありません(ハードボイルド?)。
 愚考するに、氏の狙いは、ハードボイルド的な、『絶望と悲惨に濡れた世界』の中で、『君との記憶だけを武器に戦う』主人公の姿を描くことだったのではないでしょうか。 点滅の止まない信号から、終わりの見えない回送電車までの物語。
『生きてるみたいに、生きたい。』そう思いませんか?私はその意味を知りたい、その価値に気付きたいと思います。
 それから村上春樹氏の作品を思い浮かべるの方もいらっしゃGohho62 います。どうですか・・・

 映画にかなり影響を受けているとは聞いた事があります。また、しばしば作中で、尊敬する映画監督のひとりであるジャン=リュック・ゴダールの作品について登場人物に語らせているとか。
 多くの作品間で舞台設定、登場人物や事件などのリンクがあり、また、同名でありながら違うキャラクターとして、複数の作品に登場する人物もいます。これは夢枕獏や島田荘司の作品からの影響だそうです。

 好きな作家の影響は多かれ少なかれ受けるものですから、そういうことは気にせず読んでみようと思います。

「死神」を主人公にした連作短編集『死神の精度』も読んでみたいですね。なんだかはまりそうな予感が・・・

自由テキスト

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2008年12月16日 (火)

私の好きな作品たち~若竹七海編

 久々の女流作家さんの登場です。若竹ワールドにはまってしまいました。何故と言われると『読めば解る!』なんて恐ろしくて言えませんが、気になるんです、とっても。『夏の果て』(『閉ざされた夏』と改題して93年刊行)で第38回江戸川乱歩賞最終候補。本格ミステリ、ハードボイルド、コージー・ミステリ、ホラー、パニック小説と多彩な作風ですが、その中で一貫して人の心の中に潜む悪意を描いているところに特徴があるんですね。その悪意にひきよせられているのかもしれません。

 『葉村晶シリーズ』も面白いです。例えば『悪いウサギ』は殺人小Gohho14 説のルールにのっとっているので、一文一文丁寧に読まなければ問題解決に至らなそうだったので、斜め読みの多い私が、珍しく丁寧に読み込みました。ボリュームがあるのでかなり読み応えがあります。うさぎがキーワードです。

 若竹さんのすごいところは、大掛かりなトリックなどなくても、日常にひそむ謎でもってこれだけのストーリーが作れるところ。そして、登場人物が等身大の人間であること。特別なヒーローやヒロインはいなくて、とても人間くさく、欠点もたくさん
持ち合わせている、どこにでもいそうな人たちだということです。

 『サンタクロースのせいにしよう』はまさにそういう内容で、柊子を取り巻く銀子さん、夏見、竜郎、ご近所の面々。みんなの”日常”から出る謎に、その都度誰かが探偵役をつとめ、解決へと導いていく。世間知らずで、恐ろしく常識ずれした銀子さんに振り回されながらも、そんな日々に愛情を抱いていく柊子。幽霊に出くわしたり、会社を首になったり散々な目に遭いながらも、弱い自分をなんとかしよう、この橋を渡って向こう岸へわたろうとする柊子にとても好感が持てます。
 人は誰もが強いわけではなく、たいていの人が自分自身にコンプレックスを持ちながら、それでもいろんなことに一生懸命になっているもの。それをユーモア交えた”毒気”をもって描き出す若竹さんの作品は素敵です。漫画チックに捉えられそうですが、決してそうではありません。

 『古書店アゼリアの死体』も、勤め先は倒産、泊まったホテルは火事、怪しげな新興宗教には追いかけられ…。不幸のどん底にいた相沢真琴は、葉崎市の海岸で溺死体に出合ってしまう。運良く古書店アゼリアの店番にありついた真琴だが、そこにも新たな死体が!事件の陰には、葉崎市の名門・前田家にまつわる秘密があった…。笑いと驚きいっぱいのコージー・ミステリの大傑作と言わしめた作品です。江ノ島近くにある架空の街「葉崎」を舞台にしたシリーズの第2弾。シリーズものですが、前作とは独立したストーリーになっているので、こちらから先に読んでもOKです。『古書店アゼリアの死体』といいながら、最初に見つかるのは海辺の溺死体。こんな浅瀬でなぜ死んだのか。自殺か他殺か事故なのか。事件の発端は、15年前の失踪事件なのか。
 今回の主人公は死体を発見する相澤真琴なのか、物語のキーを握る前田紅子なのか。それとも葉崎FMのDJ渡辺千秋?いろんな人が入り乱れ、前田家の複雑な家族関係とも絡み合いながら話が進んでいきます。

 『死んでも治らない』は私のイチオシですね。元警察官・大道寺圭は、一冊の本を書いた。警官時代に出会ったおバカな犯罪者たちのエピソードを綴ったもので、題して『死んでも治らない』。それが呼び水になり、さらなるまぬけな犯罪者たちからつきまとわれて……。大道寺は数々の珍事件・怪事件に巻き込まれてゆく。
 ブラックな笑いとほろ苦い後味。深い余韻を残す、コージー・ハードボイルドの逸品です。一見、ふざけているように感じるけれど、“ホロリ”とさせられます。暗い話でも、登場人物が陽気なので、重く感じさせません。

 犯罪自体を軽視されているわけでは決してないのです。簡単に犯罪を犯している昨今の現実とは違うということは忘れないで下さい。作品を読めば解る事なのに余計なお世話でしたね。

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2008年12月15日 (月)

私の好きな作品たち~浅田次郎編

 私が初めて浅田氏の作品を読んだのは、直木賞候補作となった『蒼穹の昴』でした。著者の最高傑作との評判が高く、『珍妃の井戸』『中原の虹』という続編的小説も書いているので、私はこういう、すとんと突然続編が出てくると嬉しくなるほうなので楽しませてもらいました。

肩の凝らない作品が多く、「小説の大衆食堂」を自称、「書くのは最大の道楽」と語り、作家生活14年以上、70冊を越える著書を書き上げた今日も執筆活動への意欲を見せています。現代小説では「平成の泣かせ屋」の異名を持ち、人情味あJansem_work03s ふれる作風に特徴があります。

 暴力団・窃盗犯などのアウトローに対し、ユーモアやペーソスを交えながら、肯定的に描くことが多いのも私の好きなところで
す。
受賞歴は
  
  1995年 - 『地下鉄に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞
  1997年 - 「鉄道員」で第16回日本冒険小説協会大賞特別賞。『鉄道員』で第117回直木賞
  2000年 - 『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎賞。ベストドレッサー賞
  2006年 - 『お腹召しませ』で第1回中央公論文芸賞と第10回司馬遼太郎賞
  2008年 - 『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞
 
ですが、賞を取らない作品にも、多くの傑作があることに気付くと思います。テレビや映画で知った方も多いでしょう。

現在、直木賞、吉川英治文学新人賞、山本周五郎賞と、大きな3つの大衆文学の文学賞の選考委員を務めています。自らの祖先は武士であったといい(『読売新聞』2006年10月16日付)、『壬生義士伝』などの新撰組を材に求めた作品のほか、人間の不変さを描いたという『お腹召しませ』などの作品があり、東京人であることにこだわっていますが、ダイナミックな変化により町名の変更など過去を振り捨てて発展する東京のあり方には疑問を持っています。昔の町名や区画が今も残る新宿区が好きだといい、「角筈にて」など小説の舞台になることも多いことでも知られています。

 『鉄道員』は皆様ご存知の娘さんの幽霊のお話、『ラブ・レター』は警察にパクられた裏ビデオ屋の雇われ店長である高野吾郎が、偽装結婚してやった中国人女性の白蘭の病死を知らされ、彼はしようがなく遺体を引き取りに行くお話。『悪魔』は、主人公
の家庭教師が悪魔だったというお話、『角筈にて』は、大手商社のエリートだった主人が大左遷され、両親に捨てられた過去を振り返り、死んだ父に再会するお話です。『伽羅』は、都内のお屋敷町にあるブティックの女主人が<女の生霊>だったというお話、『うらほんえ』は、両親が離婚し親権を放棄したため、祖父母に育てられたちえ子が離婚されそうになった時に、死んだ祖父が出てくるお話、『ろくでなしのサンタ』は、クリスマス・イブに起訴猶予で釈放された三太が、留置場で出会った男の家族が気にかかり、クリスマスプレゼントをなけなしの金をはたいて持って行くお話。『オリオン座からの招待状』は、別居している主人公が妻とともに、誰もいない故郷へ里帰りするお話です。

これらは短編集で、いろんな作品が詰まっているのですが、泣けてくる作品ばかりなのでした。特に、『ラブ・レター』の白蘭さんのたどたどしい手紙がとても胸に響きました。
庶民の心に直接響く作品が多い浅田次郎さんならではの世界が展開去れています。

 『地下鉄に乗って』はずっとこの作品を読みたくて仕方がなかったのですが、いつも本棚にはないので諦めていたのですが、一昨日あったのです、びっくりしました。この作品は登場人物の描写がすごいのですね。主人公の慎次、恋人のみち子、アムール(父親の若い頃のあだ名)、お時(父親の恋人)さん達が、私の前に現われているような感じがして、浅田ワールドに完全に引き込まれてしまいました。ラストシーンでは、みち子さんがあまりにも可哀想で、私は泣いてしまいました。でも、最後に主人公が、「Bouquest そうだ。メトロに乗って行こう」と誓って、元気に歩き出すシーンは最高でした。

 どれをお勧めしようかと悩んだ末、やはり最初に読んだ『蒼穹の昴』と続編となる『中原の虹』ははずせません。

『蒼穹の昴』は最初から最後まで伏線だらけ。あらゆる出来事が複雑に絡み合ってラストに向かっていき、読みはじめたら終わりまで一直線の壮大な近代中国を舞台にした大河ドラマです。世間では悪者として見られることが多い西太后を別の視点から描いているのも面白いな、と思います。瞠目すべきは清末の微細な描写です。あらゆる場面が目に浮かぶ程の描写力。思わず僕は映画「ラストエンペラー」を思い出しました。清という国の成立から繁栄、衰亡にいたる過程が面白い程よくわかります。何度もジー
ンときてしまう心に残る小説です。アジア的絶対君主主義から共産主義中国への移行、つまり毛沢東登場のシーンでは思わず、さすが、と思ってしまいました。貧しい境遇から自分を信じて身を立てていく春児のひたむきでいたいけな姿が目に浮かぶようです。頑張って、気を張って生きぬいていく登場人物達が、人生の不条理に慟哭するシーンに差し掛かると、もう電車の中でも涙無しには読めません。いつもの浅田次郎節、と思っても抵抗することはできないんです。

 『中原の虹』は主人公こそ変わりましたが、明らかにあの後の中国を綴った大作です。私にとって「『蒼穹の昴』は今まで読んだ中でダントツの説だと思います。その正当な続編・・・。出版されると聞いただけでうれしくて・・・
 内容はなぞの老婆から途方も無い予言を受けた張作霖が馬賊の頭となり、中国統一を目指す話です。この一巻は、大いなるプロローグ、といった感じで本当に話が動き出すのは二巻以降になりそう。ただ、一巻でも十分に物語を堪能できます。相変わらず、出てくるキャラクターはみんな魅力的。これは浅田氏のうまさななのでしょうが、新キャラクターが登場し、その人物について2~3ページも読むと読者はすっかりファンになってしまいす。   

 とにかく人物描写が巧みで、一つ一つの台詞に血が通っているのです。
今作で新たに登場したキャラはまとめて好きになりました。その中で、この巻ではわずかしか登場しなかった西太后と李春雲が光ります。旧キャラと新キャラの邂逅を想像するだけで今後から目が離せません。 

 浅田氏はギャンブル好きでも有名。そこで浅田氏が一言、

『今の若い子は僕らのころより金銭感覚はしっかりしているね。僕らは“金ではない何物か”という、具体的にはよくわからぬものにね、よきにつけ悪しきにつけこだわっていた。それは理念といってもいいかな。今の子は金銭至上主義なんだよ。競馬場に行くとよくわかる。今の若い子は100円の馬券を買って、馬に祝福を贈っているわけだよ(笑)。ぼくの若いころにはそんな余裕はなかった。腹をくくって打たないなら、博打することなんてないんだよ。それなら働いてるほうがずっといいじゃないか! って(笑)。競馬場は祝福を贈りにくる場所ではないんです。祝福を贈りたいならサッカーや野球の応Gohho39 援に行っても同じだと思うよ。・・・
上手な人は真面目な人、ものを考えることができる人だね。僕自身、博打に関してはすごく真面目なんです。すべての博打の必勝法はね、不確定要素が少ないゲームを選ぶこと。努力して努力して思考を積み重ねて、最後の決断を神に委ねる。それが博打の博打
たる所以だと思う。その努力の後に、初めて神が微笑む感じがする。最初から運を天に任せていてはダメ…』

と経験者は語る、でした。競馬は遊びではないと私も思います。頭を使わないとダメなんですよね・・・だから今は有馬記念か天皇賞しかやりませんが・・・

話がずれました。気楽に読んで浅田ワールドを堪能しましょう!

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2008年12月14日 (日)

私の好きな作品たち~多岐川 恭編

 第四十回直木賞を受賞した短編集『落ちる』(河出書房新社刊)に収録されていた全作(七編:このうち『落ちる』『ある脅迫』『笑う男』の三篇によって直木賞を受賞)に、デビュー作である『みかん山』他三編、あわせて十編を収めた作品集があります。

 まず、その作風の豊かさに驚かされ魅せられます。トリックをメインに据えたオーソドックスなミステリ、抒情性豊かなもの、コミカルでユーモアあふれるもの、感傷的なもの、じわじわと増してくるサスペンスに手に汗握るものなどなど、バラエティに富んださまざまな形のミステリが楽しめます。しかも、どれも趣があるのです。

 白家(しらが)太郎の筆名で『宝石』に応募し、1954年に『みかん山』が佳作入選い道しるべ」がそれぞれ2位と佳作に入選しました。

 1958年には河出書房の「探偵小説名作全集」の別巻として公Ikaru03 募された新人の書き下ろし長編に『氷柱』を投じ、次席入選しました。しかし同書房が破綻し、第一席入選の仁木悦子『猫は知っていた』は江戸川乱歩賞にまわされましたが、『氷柱』の刊行は同書房の復活まで延期され、1958年に多岐川恭の筆名で刊行されました。同年『濡れた心』で江戸川乱歩賞。」 また、代表となって探偵作家団体の他殺クラブを結成しました。

 1961年には『変身島風物誌』『お茶とプール』『人でなしの遍歴』など8長編を発表。出島を密室に見立てた時代ミステリー『異郷の帆』や、冷凍睡眠で未来にやってきた検事が活躍するSFミステリー『イブの時代』もこの年の作です。また時代小説にも手を染め、1969年より「ゆっくり雨太郎捕物控」を連載( - 1975年)。その後も『墓場への持参金』(1965年)、『宿命と雷雨』(1967年)、『的の男』(1978年)、『おやじに捧げる葬送曲』(1984年)などの推理小説があるが、もっぱら時代小説が中心であった。1994年に『レトロ館の殺意』を連載、完結後に脳梗塞のため12月31日に死去しました。あまりのも少ない作品たち・・・
 
 多岐川恭氏も戦後の推理小説専門誌「宝石」を舞台に巣立った作家です。初めは白家太郎のペンネームで短編を書いていましたが、これを多岐川恭氏に改め、長編『氷柱』をもって江戸川乱歩賞に応募し、みごとに栄冠を獲得しました。

  多岐川氏の描く推理小説の世界が、本格ものとしての骨格をその底にふまえておりながら、なおそのうえに加うるに、社会というものを構成する男女の人間心理の動きそのものを的確に把えて描ききっているところに、多岐川作品にいっそうの深味を与えてもいるし、そこが他と違う良さともなっていると思います。

 『濡れた心』は春期のもどかしさ狂おしさつのる思いというものは誰でも通過儀礼として経験しているものです。恋愛にしろ、人間関係にしろ、一時期のそうした暗中模索の期間を経て人は成長していきます。
 子供から大人へ変わるイニシエーションとしての痛みを感じて傷つき、修復して大きくなっていくわけです。しかし、そうした時期の痛み、苦しさというものは大人になってから振り返ってみれば甘美な郷愁を呼び起こします。死ぬほど苦しみ、悩んだ時期だったとしても過ぎ去ってしまえば懐かしい思い出として心に刻まれると。
 
 本書『濡れた心』は青春物として永遠に記憶に残る作品となりえているでしょう。
 女子高生の同性愛という当時としてはかなり思い切ったテーマを扱っているのですが、本書で描かれる彼女たちの青春の日々は誰が読んでも共感をおぼえる苦悩に彩られた日々なのです。
この作品は、すべて日記、手記、メモなどの記録された文章によって構成されています。本来日記というものは、プライベートな心情を吐露する場。人に読ませるために書くものではありません。それを読むのだから、それだけでも読者にとってはかなり面白いと言えます。まして、そこに描かれる世界は思春期の多感な女の子の彩り豊かな世界なのです。本書を読んだのはもうずいぶん前なのですが、その鮮烈な印象は少しも薄れていなません。忘れることのできない佳品だと思います。一度読んでみてはいかがでしょうか。

 『濡れた心』は10代の女性にお勧めします。

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2008年12月13日 (土)

私の好きな俳優たち~石橋 蓮司編

 良いイメージの無い役が多い石橋さん。でもあなたではなければ出来ない役をきちんとこなしてくれる名脇役だと思います。

 1990年、第15回報知映画賞助演男優賞、第64回キネマ旬報賞助演男優賞等の受賞され、1991年、黒木和雄監督の『浪人街』他で第14回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。と華々しい気もしますが、役柄は悪役・犯人役・極道役を見事に演じきることで知られ、特にアブノーマルな悪役は名演技とされています。怪優の1人としても著名。

三池崇史監督作品の常連でもあります。近年は、従来の悪役のイメージを逸し、ベテラン刑事・警察官役や厳格な父親役、温厚な祖父役、コミカルな演技での出演(人の良い会社の上司など)も多くなり、違った一面を見ることができるようになりました。
 
 1991年、黒木和雄監督の『浪人街』にて居合抜きの達人の母衣権兵衛役で出演、その見事な殺陣は記憶に残っています。

70年代には劇団「現代人劇場」、劇結社「櫻社」で蜷川幸雄演出作品に出演し、現在は「第七病棟」主宰。原田芳雄さんと親しく、原田さんは「石橋蓮司は俺の知っている役者の中でも最高の役者だ」と賛辞を送っています。

竜馬暗殺 (映画)(1974)                           Isibasis002
赫い髪の女 (映画)(1979)
中国の鳥人 (映画)(1998)
らがほんの一部の作品です。

テレビ
雲霧仁左衛門 蘇る金狼 蝉しぐれ 慶次郎縁側日記
映画
半落ち 春の雪 着信アリ 理由 北の零年 竜馬暗殺 浪人街 中国の鳥人
舞台
リア王の悲劇 盲導犬 ビニールの城 雨の塔

のほうが解る方が多いかもしれませんね。

 妻は俳優の緑魔子さん。共に劇団・第七病棟を主宰。従来、基本的には悪役路線で、2時間ドラマでは性格異常者の殺人鬼や、陰湿な強姦魔など、彼の名前がラ・テ欄にあればほぼ犯人の推定が成立していました。もちろん例外もあって、私が以前見た「火曜サスペンス劇場」においては、客観的には石橋蓮司が犯人にしか見えなかったのですが (劇中でも一度逮捕された)、実は共演の森本レオが性格異常者の犯人だった、といった実に巧妙な配役がされていました。
 と、屈折した役柄の多い石橋蓮司氏ですが、95年4月~8月にNHK衛星第2で放送されていた「コレージュ・ダムール~恋の学校」では、理事長役で出演し、マザコンのまねなどの、従来全く見られることの無かったコミカルな演技を怒涛のごとく披露し、新たな一面をのぞかせました。さらにはニチレイの冷凍食品「新・レンジ生活」のCMでは、「おたくのレンジ、眠っていませんか?」と電子レンジのターンテーブルを模した回転台の上でコロッケをはふはふと頬張って見せるなど、新たな展開を見せています。

 巷間、佐野史郎氏などが個性派と最近言われていますが、やはり個性派の王道は、石橋蓮司氏を語らずにはいられませんね。

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2008年12月12日 (金)

私の好きな作品たち~乙川優三郎編

 会社経営や機械翻訳の下請を経て、作家に。この間に、酔った勢いで書いた小説が最終選考に残ったことから小説を書き始めた、という逸話があります。凄い!!

時代小説を数多く書き、好きな作家に山本周五郎を挙げています。2001年にその周五郎氏の名を冠した賞を『五年の梅』で受賞し、翌年に周五郎氏が辞退した賞を『生きる』で受賞しました。

『生きる』は直木賞を受賞して話題になっているときに読みそびれて、もう今更と敬遠していて後悔です。泣けました。

生きる勇気をもらいました。嫁いだ娘から義絶され、息子に死 なれ、妻に先立たれ、同じ条件の約束事に縛られた同僚は断食して果てるという現代になぞらえてもリストラ勧告されて窓際にいるサラリーマンからいじめにあっている学生まで様々な孤独な戦いを強いられている人にとって、身につまされるストーリーです。 そして、人間再生のドラマがあります。生きていくのに一番大切な“尊厳”とか“プライド”を思い出さされます。感動のラストシーンも下女のせきのキャラクターもすばらしいです。死、貧困、老いといったテーマを扱いながら、殺伐さを時代の差によって無理やり解消させることなく、あくまでその時代にとどまDeberuto01りながら観念的に昇華させていく手法は鮮やかですね。

 『五年の梅』では、友を助けるため、主君へ諌言をした近習の村上助之丞。蟄居を命ぜられ、ただ時の過ぎる日々を生きていたが、ある日、友の妹で妻にとも思っていた弥生が、頼れる者もない不幸な境遇にあると耳にし・・・「五年の梅」。表題作の他、病の夫を抱えた小間物屋の内儀、結婚を二度もしくじった末に小禄の下士に嫁いだ女など、人生に追われる市井の人々の転機を鮮やかに描いています。。生きる力が湧く全五篇です。

 この短編集は、人生の大事件が終わった後を丁寧に描いています。「小田原鰹」の、「その後」の描きぶりは感動的でした。『五年の梅』もまた、泣けます。人生のピークともいうべき大事件を起こした人物のその後を、作者は丁寧になぞっていきます。その描きぶりが独自だと思います。人生はまだまだ続いていく・・・見事に切腹したり、志を遂げて凶刃に倒れたりという、絵に描いたようなエンディングは、訪れません。確かに、多くの人生とは、そうしたものです。
 最終的に再生を描きながら、諸手を揚げての再出発ではないのです。何かそこにほろ苦さを混じえています。この雑味が、乙川氏の真骨頂ではないでしょうか。そこに味わい深さが生まれます。そういえば、直木賞受賞作の『生きる』も、そうでしたね。

 『霧の橋』は侍をやめて商人になったものの気持ちの切り替えがなかなかできない、という主人公の自戒が、充分納得がいくものでした。その前提に立って武士物語と商人物語の二股をかけたという観のある分、両方のバランスを保つのが難しいと思えますが、巧みにうまく纏め上げたという感じです。この点、大いに評価されるべきところだと思います。

  『かずら野』は作者の乙川さんが、今後の時代小説を担う作家の一人であることに間違いはありません。しかし、その作風は、これまでの時代小説(池波氏、藤沢氏も含む)と、一線を画すような違いのあることが感じられます。それはどんな点か。登場人物の心情を深く、
深く掘り下げていく、そんなところに、他の時代小説にはない乙川作品の特徴があるように思うのです。表面的には単純に見えても、その背後には深い心情が隠されている、そしてそれは時に連れて変わり、ますますその襞を深めていく、というよDeberuto05 うにです。さしづめ、フランス心理小説の流れを時代小説に持ち込んだと解釈すべきでしょうか?

本書はまさしくその傾向が典型的に現れた作品で作品としては、 前作『五年の梅』方が味わいありますし、気持ちよさも本書より優っていますが、乙川さんの特徴をはっきり印した作品として、強く印象付けられます。

 乙川さんの時代小説は何を読んでもグッときますね。硬派な文章と人間くさいテーマで長編でも短編でもあっという間に読めてしまうのです。
いろんな女性の主人公が出てきますが、みな様々な事情から身をひさいできた過去を持っています。好きでそういう世界に身を置いてきたわけではないので、どうしても心に傷を持って生きることになってしまう・・・。この傷は現代よりも深い傷でしょう。なんともやりきれない思いに胸をかきむしりたくなりますね。

山本周五郎氏にも多少ならずも興味をひかれたところです。

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2008年12月11日 (木)

私の好きな作品たち~鈴木 清順編

 私は監督としてだけでなく、役者の顔も好きでした。

作品は、やはり『ツィゴイネルワイゼン』、『陽炎座』、『夢二』などでは幽遠な映像美を見せてくれましたね。その独特の映像表現は「清順美学」と呼ばほどになりました。

 『ツィゴイネルワイゼン』での言葉のやり取り、「おじちゃん、お骨を頂戴?」といって出てくる女の子・・・無償にちぎりこんにゃくを作る大谷直子、そしてツィゴイネルワイゼンのレコードを夢中になって聞いている藤田敏八氏・・・
 ジプシーの如く各地をさすらう中砂(原田芳雄)は、旅の途中で親友であり士官学校独逸語教授の青地(藤田敏八)と共に不思議な妖艶さを放つ芸者小Rorannsann01 稲(大谷直子)と出会う。その後、中砂は名家の娘である園(大谷直子二役)と結婚するが、彼が持ち込んだ悪性のスペイン風邪に園は倒れ、幼い一人娘を残して死んでしまう。中砂は何と小稲と再婚する。やがて、青地は妻の周子(大楠道代)が中砂と密会していたという疑念を抱くが、確信を得られないまま中砂はシンナー中毒で死んでしまう。小稲は死んだ中砂の物をすべて自分周りに収めておきたいとの理由から、サラサーテ自身の声が入った「ツィゴイネルワイゼン」のレコードを借りていないかと青地を訪ねる。レコードを見つけた青地は中砂邸に赴くが、そこで彼が見たものとは・・・・・。4人の男女が、サラサーテ自ら演奏する「ツィゴ
イネルワイゼン」のレコードを取り巻く、妖艶な世界へと迷い込んでいく・・・その妖艶さが学生だった私にはなんとも言えず、心に引っかかって離れない映画でした

 この映画を見たときの衝撃はいまでも忘れられない。この監督の頭の中はどうなっているのだろう。魅力的な映画だけど、その素晴らしさを人に説明するのはとても難しい。ただ、長い時間を経過しても、いろんなシーンをいまでも鮮明に記憶している。蒟蒻をちぎるシーン、切り通し、奇妙な門付けの盲目の三人組などなど。ある意味で難解な映画ですが、私自身はあまり理解しようとはせず、不思議な世界に浸りました。映画全体に通底するものはなにかというと、やはりエロスと生死のような気がします。
キャスティングもよかったのですが、とりわけ、俳優としてはプロではない、藤田敏八に不思議な存在感と印象を抱いたものです。理屈
で理解は出来ないのですが、不思議と感情移入し、この映画のもつ空気感のようなものが濃厚に残ります。

 『ツィゴイネルワイゼン』(ドイツ語:Zigeunerweisen )作品20は、スペイン生まれのヴァイオリニストであるサラサーテが作曲、1878年に完成した管弦楽伴奏付きのヴァイオリン曲です。非常に派手で劇的なヴァイオリン曲として知られていますね。題名は「ロマの
歌」というという意味である(「ツィゴイナーヴァイゼン」とするほうがドイツ語の発音に近い)。この曲があってこの作品も色付いているのでしょう。

1981年 『ツィゴイネルワイゼン』で、ベルリン国際映画祭審査員特別賞受賞。
2003年 織部賞グランプリを受賞。
2005年 『オペレッタ狸御殿』がカンヌ国際映画祭特別招待作品に。

 1984年の読売テレビのアニメ『ルパン三世 PartIII』第13話「悪のり変装曲」で脚本を書いており、一風違ったミステリアスな作品に仕上がっているといいます。多彩ですねえ。

大森一樹が『暗くなるまで待てない!』(1975)『ヒポクラテスたち』 (1980)と続けて、清順を「特別出演」させて以降、彼をリスペクトする若手監督たちの間で、「鈴木清順のカメオ出演」が流行のようになり、大量の映画やテレビドラマに出演することとなったそうです
。敏八氏にしても清順氏にしてもいい味だしてくれるので役者としてもっと早く出演して欲しかったですね。

得に私が感動したドラマは『みちしるべ』(1983年、NHK) 脚本・井沢満、演出・望月良雄、プラハ国際テレビ祭グランプリ受賞。というものでした。老いた夫婦がバンのような車で旅をする、余命いくばくも無い夫人を労わって旅を続けるやりきれなさが伝わってくる作品
でした。清順氏だからよかったと私は思っています。

映画では、松竹、日活を経て日活解雇後、妻や彼を慕う人々に生活や仕事を支えられ、梶原一騎プロデュースの『悲愁物語』で映画界に復活。そして荒戸源次郎プロデュースの『ツィゴイネルワイゼン』で日本のみならず海外でも高い評価を受けました。
キネマ旬報ベストテン1位(黒澤明の『影武者』は2位。)。 多分DVDが出ていると思うので、もう一度(もう500円の劇場で何度も観ているのですが・・・)観たい気持ちが湧いてきました。

 

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2008年12月10日 (水)

私の好きな作品たち~伊集院 静編

 1981年、『小説現代』に『皐月』を発表し作家デビュー。代表作に『機関車先生』、山口県防府市を舞台とした自伝性の強い『海峡』三部作などがあります。

 民族名は趙忠來(チョ・チュンレ)、のち日本に帰化しました。韓国系日本人2世。山口県防府市出身。山口県立防府高等学校、立教大学文学部日本文学科卒。現在、宮城県仙台市に仙台出身で妻の女優篠ひろ子と共に在住。 女優で作家の西山繭子は実娘、ファッションコーディネーターの西山栄子は実姉、かつて読売ジャイアンツに在籍した高橋明投手は元義兄にあたります。

 1981年、『小説現代』に『皐月』を発表し作家デビュー。伊達  歩(だて あゆみ)の名で作詞家としても活躍。近藤真彦に提供した『愚か者』で、1987年日本レコード大賞を受賞した。その他『ギンギラギンにさりげなく』などのヒット曲があるんですね、驚きです。

 1992年7月15日、『受け月』で直木賞を受賞の短編集です。永年率いた社会人野球の名門チームからの引退を、自ら育てた後輩に告げられた老監督、亡くなった夫の好きだった野球を始めた息子がベンチで試合を見つめる姿に複雑な思いを抱く若い母親、母と自分を捨てて家を出た父親との再会を躊躇う男・・・。誰にも訪れる切ない瞬間によぎる思いを描いた作品です。
 野球好きの私にはたまりませんでした。いずれの作品も、野球が題材として盛り込まれてるのですが野球がメインではなく、野球を通して人間関係、心理のあやを描いています。これが上手いですね。心にしみます。 大人の小説ですね。Kawaguti04

 第12回吉川英治文学新人賞(平成2年/1990年)『乳房』
第7回柴田錬三郎賞(平成6年/1994年)『機関車先生』
第36回吉川英治文学賞(平成14年/2002年)『ごろごろ』

らの賞を取っていますのでこれらから少々。

『海峡』は 伊集院静さんの自伝的小説、三部作です。
大まかに言えば、一部が小学生。二部が中学生。三部が大学生となっています。 お話は伊集院さんの出身地でもある山口県防府市の小さな湾が舞台となっています。 時代はまだ戦争の傷跡が色濃く残る時代。 主人公の高木英雄は、朝鮮から海を渡り日本にやって来て一代で事業を大きくした父を持つ一家の長男として生まれる。家には常に50人程の人々が住み、皆、父の斉二郎を慕い盛り立て英雄にも優しくしてくれる。 父はほとんど家にはいず、厳しく大きな人。
 一方母は誰にでも分け隔て無く優しく、英雄にも優しく時には凛とした厳しさを持つ。 そんな英雄の周りには、朝鮮からやってきて祖国に帰って行く人達や、政府の移民政策で厳しい土地に行き体を壊して帰ってきた人達など、様々な思いや体験をした人がいる。
そして原爆の後遺症で死んでいく人など、死も常に付きまとう。 そんな中成長してゆく英雄は、やがて皆が跡継ぎとして期待されることに疑問を感じ始める・・・

話の中には性に対する話や恋の話もあったり、同級生との別れや死があったり、とてもヘビーな人生だけど、その時々の人々のふれあいが心情豊かに描かれていて読みながら涙したり笑ったりしてしまいました。

私が好きな場面は第二部「春雷」の中の場面です。
中学を卒業する前に英雄とその仲間達と、彼らのマドンナ的存在である東京からきた積極的な少女・美智子と温泉へ行った時に、男子皆で告白し一人ずつキスしてもらうところです。
 美智子は中学を卒業すると東京へ帰ってしまうし、英雄は高校へ行くことになるけど、外へ働きに出てゆく仲間もいたりして、たぶんこんなに皆で楽しく過ごすのは最後になるだろうというところにも、寂しいのだけど楽しい日々があって、何ともいえない青春の香りがたまりませんでした。 今の時代では味わえないだろう別れが、とても切なく感じました。
 その後もいろんな出会いと別れがあり、英雄も将来の事を考えながら成長してゆくわけですが、そうしてどんな人生を送っていくのか、もしかしたらとこかで野たれ死んでしまうのかもしれない、そんな英雄の生き方に共感した物語でした。

『機関車先生』は美しく自然豊かな島。その中で暮らす人たちの悲喜交々。人々の日常は決してきれいごとばかりではない。悩みもあればいさかいもある。貧しさゆえの悲劇も起こる。それは大人たちばかりの問題ではなく、子供たちの中にもある。「機関車先生」と呼ばれる吉岡誠吾先生は口がきけないけれど、精一杯のやさしさで子供たちに接します。言葉にしなくても、心から心へと伝わるものがあるのだと痛感させられた作品です。ほのぼのとした思いが伝わってくる、かなり切ない作品でした。
 言葉がコミュニケーションになっている今の時代、言葉を発せ無い、自閉症などの保とびとのバリアフリーはどこにあるのでしょうか・・・

あと、イチオシなのが『MODESTY 松井秀喜つつしみ深い生き方 』です。松井選手のつつしみは日本男児でもありグローバルさは心を開く事ではないかと考えさせられる一冊です。

 伊集院氏の作品に拍手を送りたいですね。

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2008年12月 9日 (火)

私の好きな俳優たち~原田芳雄編

 私が原田さんを素敵だと思ったのは私がまだ中学生でした。チャールズ・ブロンソンのあと、同じ臭いを感じ、家族には内緒でドラマを観ていたものです。優れた役者として、いつもテレビに出ていたというイメージがあります。

     キネマ旬報賞
1975年 助演男優賞 『祭りの準備』
1992年 主演男優賞 『寝盗られ宗介』
2000年 主演男優賞 『スリ』『ざわざわ下北沢』『PARTY 7』
    ブルーリボン賞
1975年 助演男優賞 『祭りの準備』
1990年 主演男優賞 『浪人街』『われに撃つ用意あり』
     報知映画賞
1989年 助演男優賞 『どついたるねん』
2004年 助演男優賞 『美しい夏キリシマ』『父と暮せば』『ニワトリHyosio_001 はハダシだ』
    毎日映画コンクール
1989年 男優助演賞 『どついたるねん』『出張』『キスより簡単』『夢見通りの人々』
1997年 男優主演賞 『』
    日刊スポーツ映画大賞
1990年 主演男優賞 『浪人街』『われに撃つ用意あり』
1992年 主演男優賞 『寝盗られ宗介』

 74年の『竜馬暗殺』や『田園に死す』『祭りの準備』『柳生一族の陰謀』『ツィゴイネルワイゼン』 『ヒポクラテスたち』『陽炎座』
など名作を探そうとしても、それぞれが名作と言われる作品に多く出演しています。
 プライベートも実は好きで、タモリさんのトーク番組に(かなり前の話ですが)出られて禁煙中なんですといってもどうも手持ち無沙汰でお酒をグビグビ飲んでまぎらわしていることがおかしいとタモリさんにつっこまれてましたっけ。夫人が『ヨシオ』とよんでいたので自然と息子の喧太クンはおとなになるまで父親を『ヨシオ』と呼んでいたそうです。『窓際のホストちゃん』と言う役もおかしかったですね。

 『田園に死す』は監督である寺山修司の自伝的要素が強い作品です。また、菅貫太郎にとって唯一の映画主演作である。『幕末太陽傳』から影響を受けたと言われるラストシーンは非常に印象的なものになっています。

 昭和30年代の高知を舞台にした脚本家中島丈博の半自伝的作品。シナリオライターになる夢を胸に秘めつつ町の信用金庫に勤める青年が、地縁・血縁のしがらみの中でもがき苦しみながら旅立ちの日を迎えるまでを描いた『祭りの準備』もよかったですね。

つかこうへいの同名舞台劇を「われに撃つ用意あり」の若松孝二監督で映画化したコメディ。ドサ回り一座の座長とその妻の奇妙な愛憎関係を中心に、座員たちの面白可笑しい人間模様を描く。富士山を望むのどかな町。北村宗介一座の座長・宗介は、一座の看板スターで自分の女房でもあるレイ子の帰りを待っていた。レイ子は宗介自ら画策して妻子もちの謙二と駆け落ちしたのだった。客はすでに待ちくたびれ、やむなく場つなぎのショーを始めるが……。

残念ながらつかこうへい氏の『寝盗られ宗介』は読んでいるのですが観ていないのが唯一の汚点です!絶対はまり役だと思うので、DVDを借りなくては・・・

『われに撃つ用意あり』は 「実録・連合赤軍」が静かなるヒットとなっている若松孝二氏による12年前に発表されたハードボイルド。ストイシズムの薫り高い傑作。 全共闘世代として、68年当時活動家として運動し、"今"は、歌舞伎町で飲み屋の店主をやっている男の、自己のオトシマエを賭けた闘い。原作は、佐々木譲の「真夜中の遠い彼方」。彼が撃つべき対象は、もはや国家権力ではなく、新宿を牛耳る暴力団と香港マフィア。ベトナム人少女の窮地を救った事から、あの時代以降、彼の心の奥底に沈潜していた魂に炎
が灯る。
 多国籍入り乱れる不夜城の闇を切り取ったような血生臭さと大都市新宿の魔界ぶり、かつて全共闘でならした郷田(原田芳雄)、麿赤児、吉澤健、佐野史郎らハマりすぎの配役、新宿署のマル暴デカ蟹江敬三。飲み屋の閉店パーティで、かっての活動家仲間たちが集まってくる。嬉々として教え子たちに武勇伝を語る予備校教師、バンコクでの買春を自慢げに語る広告代理店社員、如才なく事業展開させている不動産屋、ベトナム難民救済運動に力を注ぐ事であの時代との接点を保ち続けようとする都議員、定職につかず新聞配達で生計を立てる巨人ファンの男、そして、主人公のかっての同志で恋人の編集者。あの時代をどう総括し、どうオトシマエをつけたのか?
若気の至りとばかりに社会人として成功する者、こだわり続けて取り残される者、いかにも、と思えるそのコントラストの描写が見事です。 原田芳雄と桃井かおり、文学座出身ながら、70年代より映画の世界で、その不良性とアウトロー的な生き様を見せてくれた2人
が、若松氏の思い入れ過多のまま躍動する。 エンドロールで、10.21新宿騒乱のニュースフィルムが延々と流れる。これは、撮影監督宮島義勇氏による新左翼運動史を綴った「怒りをうたえ」からの引用。鴻上尚史の舞台「僕たちの好きだった革命」でも使用されていました。
若松氏としては珍しいアクション映画。DVD化はされないのでしょうか?

  まだまだ頑張っていただきたいです。

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2008年12月 8日 (月)

私の好きな作品たち~阿刀田高編

 直木賞選考委員はいったいどんな方々がされているのかを知りたくて以前から注目をしてきました。現在の委員は

浅田次郎氏、阿刀田高氏、五木寛之氏、井上ひさし氏、北方謙三氏、林真理子女史、平岩弓枝女史、宮城谷昌光氏、渡辺淳一氏です。

 そこで私は少し疑問を持ちました。いろんなジャンル、いろんな年齢はよしとして、書評を読むとそうかなあと思うことしばし・・・
と思ったことはありませんか?私は女性に甘く、男性に厳しいなと思うことが時々あります。

 ある時期の選考で選ばれたA女史の作品を直木賞をとったのだからよしと思ってそそくさと買いに行き楽しみにして読んでみたところ、
『えっ・・・これが選ばれた作品?・・・』とかなり落胆したことがありました。そんな事は稀なのですが、どう考えても未来の無いお話で今の若者が好みそうだなとしか感想が言えなかったことがあります。選考委員の方々はどういう思いでいたのか・・・考えてしまいました。でも若い作家さんだったので将来性なども考えられたのでしょう。ま、そんなことは私が考えることではないので、この辺で。

 今回は選考委員もされえている阿刀田氏について書こうと思ったいたのでした。

 ミステリーやブラックユーモア分野でのショートショート、エロスが盛り込まれた短編で定評がありますね。ショートショートに関しては 『星新一ショートショートコンテスト』の審査員を引き継ぐなど、星新一死後の第一人者的存在となりました。  Davi05
 受賞暦は                                 

1979年 - 『来訪者』で第32回日本推理作家協会賞。
1979年 - 短編集『ナポレオン狂』で第81回直木賞。
1995年 - 『新トロイア物語』で第29回吉川英治文学賞。

と私としては少ないのではないかと思うのですが、第15代 日本ペンクラブ会長や選考委員、文化庁文化審議会会長、同 国語分科会委員等最近は活動の場が増えて思うように書く事が出来ないのではないかと心配です。得にペンクラブはいろいろ問題が多いので心労もあると思います。

私の好きな作品(沢山あるのですが)を幾つかあげてみようと思います。『ナポレオン狂』はご存知の通り直木賞受賞の短編集です。自らナポレオンの生まれ変りと信じ切っている男、はたまたナポレオンの遺品を完璧にそろえたいコレクター。その両者を引き合わせた結果とは?ダール、スレッサーに匹敵する短篇小説の傑作集です。

 狂気と正常とは、ある明確な一線を境にしてキッカリと左右に峻別されるものではあるまい。もちろん大部分の人間は完全に正常であり、またひとめで狂気とわかる人間もいる。だが、その境界線あたりに位置する人というのも当然存在するはずである。正常と見なされていながら狂気の傾向を色濃く内蔵している人や、あるいはその反対に奇態な言動を示しながらもその実けっして病的とは言えない人格も私たちの周辺に生きて生活していることだろう。私はこれまでにそんな人間に二人めぐりあった。その二人がともにナポレオン・ボナパルトに関係があるというのも奇妙な偶然であった… (本文より)

 阿刀田さんの著書は、彼らしいオシャレさとエスプリが存分に生きています。発想や着眼点は、始めは星新一さんに似ていると思ったのですが、何の変哲もない日常生活の中にさりげなく紛れ込んだ恐怖の描き方は阿刀田さんお得意のもの、という印象を受けました。

とにかく彼のホラー小説の怖さは、決してグロテスクな化け物や殺人鬼が出てくるからではないのです。一見普通に見える人が、実は心の中で殺人計画を立てて笑っていたり・・・といった描写が、すごく怖いです。そういう意味で全く新しい感覚のホラー小説だと思って
読んだものです。『ナポレオン狂』はナポレオンのうんちく話かと思ったら、最後の最後の意外な、衝撃的なオチに、みぞおちを突かれたような気がしました。

収録作品は、「ナポレオン狂」、「来訪者」、「サン・ジェルマン伯爵考」、「恋は思案の外」、「裏側」、「甲虫の遁走曲」、「ゴルフ事始め」、「捩れた夜」、「透明魚」、「蒼空」、「白い歯」、「狂暴なライオン」、「縄」。
 

 私は『街のアラベスク』が好きで、闇を縫う怪しい香り、ふと甦る背徳の思い出、暗闇に蠢くとりとめのない恋心。生まれては消え、消えては浮かびあがってくるうたかたのような恋の記憶。都電荒川線、井の頭公園、池山、麻布十番、神楽坂、浅草、蒲田、銀座、新
宿・十二社、江戸川、北沢、善福寺―様々な貌を持つ12の街を舞台に描く、大人の恋の物語なのですが、大人というには私はまだ未熟だと思い知らされた作品です。
 

 短編集も面白いですし、『~を楽しく読むために』というシリーズ、古典を読むための本はとてもためになりました。

 それから『短編小説のレシピ 』もためになる作品でした。八百編もの短編小説を生み出してきたマエストロがみずから解説・案内する、短編小説の醍醐味。短いだけに、あらゆる技法を駆使した作品は、おもしろさも多彩。小説作りの源泉と技をも教えてくれる。向田邦子、芥川龍之介、松本清張、中島敦、新田次郎、志賀直哉、夏目漱石、ロアルド・ダール、エドガー・アラン・ポーなど十人の作家の、名作やユニークな作品を具体例として選んで特徴を解説し、短編の構造と技法に迫っています。短編小説をより楽しく読むためにも、また書くためにも役立つヒントが満載です。

 物書きと言うより教師のような存在の阿刀田氏。尊敬する人物の一人です。そして誰もが信頼する人物だと思います。

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2008年12月 7日 (日)

私の好きな番組たち~CSIを考える

 米ドラマで有名になったCSIシリーズ。私はまだ『CSI:科学捜査班』と『CSI:マイアミ』しか観た事がないのですが実はこれは三部作になっていて、『CSI:NY(ニューヨーク)』があることをご存知でしたか?私は以前、海外ドラマのことを書いたときに知ったのですが、
一般のTVでみられないのか、放送されていないのか、見ることができません。

 ではこれらはのしリーズの違いは?

『CSI:科学捜査班』では全米視聴率NO.1ドラマ「CSI:科学捜査Kurimuzon001 班」(00~)。AXNが放送するシーズン5、その第8話でついに第100話に到達するロングラン・ヒット作。巨大カジノが建ち並び、世界中から観光客が押し寄せる娯楽都市、ラスベガス。多種多様な人種、職業、年齢の人々が訪れるこの街は、華やかな表の顔を持つ一方、ありとあらゆる事件も起ます。全米で第2の規模を誇る科学捜査機関と言われるラスベガス市警 犯罪課 犯罪現場捜査研究所 科学捜査班(CSI:Crime Scene Investigation)のメンバーたちは、昼夜を問わず発生する事件の現場に駆けつけます。犯人の遺留品や証拠物件を検証し、犯罪を科学的に立証していく。CSIの3つのシフトのうち、夜間を担当するのがギル・グリッソム主任率いるチーム。シングルマザーのキャサリン、ラスベガス生まれのウォリック、ハーバード大卒の才女サラ、たまに失敗もするが仕事熱心なニックをわせ、研究員から捜査官への自立を目指します。若手グレッグ、また元CSIで今は市警殺人課のブラス警部、ベテラン検死官のアルもチームを支えるというものです。

 シーズン5最大の見ものとなるラストの前後編『CSI"12時間"の死闘』で「CSI:」シリーズに初参加し、監督・原案を担当したのは、「レザボアドッグス」(91)「パルプ・フィクション」(94)「キル・ビル」2部作(03~04)「デス・プルーフinグラインドハウス」(07)など、新作が常に注目される映画界の鬼才、クエンティン・タランティーノ氏ですこれに対し、『CSI:マイアミ』は全米視聴率No.1ドラマ「CSI:科学捜査班」(00~)に始まる「CSI:」3部作で第2の「CSI:」です。「CSI:マイアミ」(02~)。そのシーズン4がAXNに初登場。
 自然に恵まれ、セレブの豪邸・別荘が建ち並ぶ楽園だが、犯罪多発地帯でもある米フロリダ州マイアミ。そこを守るマイアミ=デイド郡警察のCSI(科学捜査班)が、最新捜査テクニックを駆使して凶悪犯罪に挑む痛快ポリス・アクション・ミステリーです。米国や日本以外も人気は高く、06年には世界で最もよく見られているTV番組に選ばれました。
知的ミステリー、洗練されたビジュアルとサウンド、科学捜査の最前線に迫るリアリズムなどの見ものは他の「CSI:」と同じですが、「CSI:マイアミ」にはプラス・アルファが。まず「CSI:科学捜査班」は砂漠の町ラスベガス、第3の「CSI:」であるNy002 「CSI:NY」(04~)
は大都会ニューヨークが舞台なのに対し、「CSI:マイアミ」は、海、ビーチ、湿地帯、空でスケールの大きい事件・事故が起きることがく、銃撃戦や爆破、カーアクションなも"「CSI:」兄弟"で一番派手。マイアミの土地柄と同様、ホットな捜査模様が展開されます。
ゆえに私はマイアミの方が好きなんです。グリッソムとホレイショの対比も面白いですね。      では『CSI:NY(ニューヨーク)』はどんな番組なのでしょうか。

『CSI:NY』は北米大陸最大の都市で約800万人が住み、外国人居住者も多く、国内外からビジネスマンや観光客が押し寄せることから“人種のサラダボウル”とも呼ばれるニューヨーク(NY)。治安は1990年代から改善が進んだが、2001年にはあの忌まわしい同時多発テロ事件が起きるなど、すべてが揃った街だけに悲劇は尽きない。摩天楼の隙間を縫い、夢と欲望、愛と裏切りは、今日も人混みに溶け込み、思わぬスピードで渦を巻き、それらは時に犯罪を生み出す。何が起きるか分からない、何が起きてもおかしくない、それがNYなのです。
 そんなNYで起き続けるユニークな難事件に挑むのがNYPD(NY市警)のCSI(科学捜査班)。チームを率いるリーダー、マック・テイラー自身、同時多発テロで愛する妻を失い、その悲しみを背負い続ける男。部下たちもNYならではの個性あふれる顔ぶれです。他の「CSI:」との違いを強調するなら、やはり大都会NYならではの、フェティシズムにあふれる各事件のユニークさだろう。シーズン2も、超高層ビル、エンパイア・ステートビルの外壁を登っていた途中でクライマーが落下した事件、朝のラッシュで混雑する駅で起きた殺人、動物園のトラに人間がばらばらに食いちぎられた事件など、背筋が冷たくなるような異常事態が連発。しかし優れた犯罪学者でもあるマックのもと、捜査官たちは事件をあるがままに見つめ、掘り下げ、光を当てていきます。そこに集まった者が他人と距離を置きながら生きる大都会らしい、クールなプロフェッショナルたち。もちろん、中心人物マックに扮するのが「フォレスト・ガンプ/一期一会」(94)「アポロ13」 (95)「グリNy001 ーンマイル」(99)などのヒット映画で知られる名優、ゲイリー・シニーズなのも、「CSI:NY」の世界に厚みを増しています。シーズン2の最大の見どころは、兄弟編「CSI:マイアミ」(02~)とのクロスオーバー第2弾。「CSI:マイアミ」シーズン2の第23話でもマイアミ=デイドCSIのホレイショ(デヴィッド・カルーソ)がNYに出張し、NYPDのCSIと合同捜査するエピソードがあったが、今回
は「CSI:マイアミ」シーズン4の第7話「NYからの使者」を前編、「CSI:NY」シーズン2第7話「再びの地、NY」を後編とする合計約2時間の「CSI:」史上最強のクロスオーバー・エピソードです。ここまで言うと見たくなりますよね。
 
 AXNでは3シリーズとも新作を見られるのですが・・・スカパーやCATVでは観られるということです・・・羨ましい!!せめてシーズンの初め頃のでもいいので、ギャオででも放送してくれると嬉しいのですが・・・12月ですし・・・と媚びてしまう私なのでした。

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2008年12月 6日 (土)

時代小説と歴史小説

 実は私は時代小説と歴史小説は同じものだと思っていました。でも調べてみると境界線はあやふやになってきていますが、時代小説とは、過去の時代・人物・出来事などを題材として書かれた日本の小説で現代の日本では、明治時代以前の時代(主に江戸時代)を対象とすることが多いとされ、過去の時代背景を借りて物語を展開するのが時代小説であり、歴史小説は歴史上の人物や事件をあつかい、その核心にせまる小説のことで、大正2年、その出発点とされる、中里介山の『大菩薩峠』の連載が始まりました。

「大衆小説」という言葉が定着するのは昭和の初めですが、大衆小説といえばすなわち時代小説を指しました。大正15年、『大衆文芸』が創刊され、同人に直木三十五、長谷川伸などの作家がいました。

 また『キング』『オール読物』といった大衆雑誌が相次いで創Beine01 刊され、戦前、大いに盛り上がったそうです。『大菩薩峠』の翌年に登場した吉川英治は『剣難女難』『鳴門秘剣』を発表、そして『宮本武蔵』を書きました。

 剣禅一如の境地を求める主人公を描いたこの作品は戦争下において広く受け入れられ、大衆文学の転機となります。また大佛次郎の『鞍馬天狗』はアラカンこと嵐寛寿郎主演で映画化され、高い人気を博しました。一方、「捕物帳」というジャンルで岡本綺堂、陣出達朗らが活躍。
 このジャンルは時代小説の主流となりました。戦時中は股旅、探偵小説が禁止され、綺堂『半七捕物帳』、達朗『伝七捕物帳』などの捕物帳が盛んでした。ほかにも子母沢寛の『勝海舟』、山本周五郎の『日本婦道記』などが読まれました。

 戦後、GHQの監視が徹底されますが、山手樹一郎の明朗もののほか、捕物帳が依然高い人気を保ちました。しかし村上元三の『佐々木小次郎』で復活したことを期に、昭和30年代に剣豪を主人公とする「剣豪小説」ブームが起きました。

 五味康祐『柳生武芸帳』、柴田錬三郎氏の『眠狂四郎無頼控』などの作品が出、さらに山田風太郎氏による「忍法帖」ブーム、南條範夫による「残酷」ブームが起ました。
このほか、池波正太郎、藤沢周平は時代小説の代表的な書き手として活躍し、正太郎氏は『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』、周平氏は『蝉しぐれ』『たそがれ清兵衛』などを書きました。

 ジャンルとしては『捕物帳』、『伝奇小説』『剣豪小説』『市井小説』『股旅物』などがあり、時代背景や実在の人物を借りながら、架空の人物を登場させ現実離れした活躍を描く『伝奇小説』が馴染み深いところではないでしょうか。白井喬二、国枝史郎や初期の吉川英治などもこのジャンルに属されます。山田風太郎は、歴史を題材にする以上史実の改変は許されないとして、資料の欠陥部を補う想像力で多数の優れた作品を発表しました。

 SFとの融合を果たした伝奇ロマンと呼ばれる分野は半村良氏が開拓。このほかSF作家の高橋克彦氏、夢枕獏氏らが独自の世界を築きました。

 『市井小説』では、武士や公卿ではなく、一般の平民、すなわち職人や商人を主人公とした作品。下層の人々の人情を描いたものが多く、山本周五郎氏、藤沢周平氏らが代表作家です。

 これらに対し、歴史小説は主として歴史上に実在した人物を用い、ほぼ史実に即したストーリーが展開されるフィクションのことです。
 歴史小説は、主要な登場人物は、歴史上実在した人物で、主要な部分はほぼ史実の通りに進められています。著者がその主人公の生き方や思想に感動したことによって物語が生まれ、主人公の行動あるいは言動に、著者が訴えたいモチーフが込められており、純文学的な趣が強いのだそうです。山岡荘八の德川家康や丹羽文雄の親鸞、蓮如などは典型的な歴史小説といえるでしょう。

 司馬遼太郎は独自の「司馬史観」に基づいて『坂の上の雲』『竜馬がゆく』などを発表。その後の歴史小説に大きな足跡を残すこととなりました。江戸川乱歩賞作家の陳舜臣は、中国史に題材を求め『阿片戦争』などを書き、吉村昭は「記録小説」と呼ばれるジャンルを開拓。女流作家として、永井路子、杉本苑子、安西篤子らの活躍も目覚しいものでした。大物作家でも、吉川英治は『私本太平記』、海音寺潮五郎は『天と地と』
などを発表。中でも山岡荘八の『徳川家康』は、異例の長期新聞連載となり、空前の「家康ブーム」を巻き起こました。

 時代小説とは縁のない私も最近は半村良氏や高橋克彦氏の作品で面白さを知り、新作を待ちわびるようになりました。私もそうだったのですが時代小説は中年過ぎてから読むものだと決め付けないで、若い方でも充分楽しめるのでお勧めしたいと思います。

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2008年12月 5日 (金)

私がまだ未読の作品たち~生島治郎編

 結城昌治氏の作品について調べていてみつけてしまいました。筆名は結城昌治氏が考えたものとあり、こちらを調べだすと、はまってしまいました。

 26歳のとき、都筑の退社に伴って『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』の編集長に就任。約7年間の在社を経て、1963年、小説執筆を目的に早川書房を退社し、半年を費やして『傷痕の街』を完成。この作品が1964年3月、佐野洋の口利きにより講談社から刊
行され、作家としてデビュー。1967年、『追いつめる』で第57回直木賞していました。代表作に、『黄土の奔流』『片翼だけの天使』など。日本のハードボイルド小説の基礎を築きました。

 『傷跡シリーズ』、『黄土シリーズ』、『志田司郎シリーズ』、『兇悪シリーズ』、『賭けシリーズ』、『片翼シリーズ』他、シリーズ化したものが多く、それぞれのファンも多いのです。

『追いつめる』は暴力団浜内組の幹部を追跡中、同僚を誤射したHiga13 志田司郎は、刑事を辞し、妻子とも別れ、たったひとりで、波止場に単喰う巨大な暴力組織に立ち向ってゆく。近代経営の仮面の影に巣喰う悪との凄まじい闘い。日常を捨て“追いつめ”てゆく異常な執
念を描く、日本にハードボイルド小説を樹立した画期的長編小説。ハードボイルド小説の醍醐味は主人公と同じ目線で事件を追っていき、その主人公の熱い「想い」を共感すること。その意味では生島治朗は本書で高らかに「ハードボイルド宣言」を行ったのといえる
でしょう。はるか30年も前に書かれた本書。凄いですね。

 残念な事に結城氏は2003年に亡くなられ、シリーズ化はもう出来ませんが、シリーズ物意外にもある作品を発掘したい思いです。

私が今読みたいと思っているのは、『黄土の奔流』、『追いつめる』、定年間近の天野大作警部補は、東京郊外の花田駅西口にある警署に勤務している。西口側は小さな飲食店が多く、その中心にはコリアン・タウンと呼ばれる韓国人が住む一画があった。不法滞在者が多数おり、暴力団もこの町を食いものにすべく集まってきて闇の部分の気配が濃い。しかし、大作はこの町が好きだった。そんな大作に、韓国人三世の金森三郎部長刑事が新たな相棒となる『老いぼれ刑事(デカ)』。『天使と悪魔のあいだ』も上下巻読みたいですね。

 『片翼だけの天使』 のある『片翼シリーズ』は必読ではないでしょうか。ハードボイルド作家の生島治郎としては異色とも云える50万部を売り上げたベストセラー小説を映像化されました。「愛しているから、チラいんよ」と云う台詞の「チラいんよ」と云うラインが、プチ流行語にもなってりました。最後の劇場長編出演作としては実に微妙なキャラクターを演じる二谷英明と活き活きとした秋野暢子の魅力が、情緒豊かなシナリオに凝縮されているそうです。登場カットは少ないけれど、その役を地で行くタモリやケーシー高峰も充分な存在感を発揮しているそうで、そのあたりを想像して読むのもきっと楽しいでしょうね。

 天知茂主演で一世を風靡したテレビドラマ『非情のライセンス』は、生島治郎の“兇悪”シリーズが原作でした。

ハードボイルドと推理が冴える作品が無償に読みたい今の私です。

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2008年12月 4日 (木)

私には難しすぎる作品たち~森 鴎外編

 鴎外氏の基本的な特徴は、保守的エリートの地位を道徳的に弁護し肯定したことにあるといわれます。この特徴は、同時代の四迷、一葉、漱石と対照的です。

 鴎外氏は、エリートとして非難される側面を道徳的に弁護した点で漱石とまったく逆の立場にあり、二人がともに文豪と称されるのもそのためです。

 明治の日本が西欧諸国に追いつくためには、発展を担う人材の育成が急務であり、人材は少なく貴重であったために、一方で実質的に発展を担う優秀な人材を生み出すとともに、他方では、そのエリートの特権的な地位によって堕落する人材をも多数生み出しました。

 鴎外氏はこのエリート内部の対立のなかで生じる日常生活でのGohho59 瑣末な不満を表明し、また瑣末な批判に対して自己を弁護しました。エリートやブルジョアは上からの改革を担う積極的な力をもっていましたが、鴎外はその役割を担うことなく、その役割に対立しつつ、エリート内部で生ずる道徳的な批判から自分の地位と名誉を守るための独自の道徳的な精神をまとめあげました。
 漱石氏と鴎外氏の両文豪に見られる対立関係は基本的には明治の必然の反映ででした。大正時代には鴎外は自分の使命を終えています。漱石氏は明治の精神の終焉を客観化して描写し、新しい精神を形成するにいたりましたが、鴎外にはそれはできず、過去の歴史的な実証的な世界に住処を求めました。
 
 私も氏の過去の歴史的な実証的な世界のなかの作品を理解できず、随分迷ったものでした。いろんな分野で論評の多かった鷗外氏は代々津和野藩主、亀井公の御典医をつとめる森家では、祖父と父を婿養子として迎えているため、久々の跡継ぎ誕生でありました。
 幼い頃から論語や孟子やオランダ語などを学び、藩校の養老館では四書五経を復読。当時の記録から、9歳で15歳相当の学力と推測されており激動の明治維新に家族と周囲から将来を期待されることになった。このような経緯も彼を明治詩壇に大きな影響を与えた『於母影』(共訳)を発表し、弟の三木竹二などと文芸雑誌『しがらみ草紙』を創刊しました。

海外文学の翻訳も多く始め(『即興詩人』『ファウスト』などが有名)、以後、熱心に啓蒙的文筆活動をすることになります。当時、情報の乏しい欧州ドイツを舞台にした『舞姫』『うたかたの記』『文づかひ』を相次いで発表。とりわけ、日本人と外国人が恋愛関係になる『舞姫』は、読者を驚かせたとされています。ちなみに、そのドイツ三部作をめぐって石橋忍月と論争を、また『しがらみ草子』上で坪内逍遥の記実主義批判して没理想論争を繰り広げています。1894年(明治27年)から翌年まで日清戦争に軍医部長として出征させたのかもしれません。

 中学で学んだ時の作品があまりにも難しくてそれ以来、苦い思い出しかなかったのですが、せめて、『雁』や『舞姫』(は読んでおかなくては恥ずかしいと思い古くなったGohho42それらの本をさらっと読んでみてみましたが『雁』はとても読みやすく、高利貸しの妾・お玉が、大学生の岡田に慕情を抱くも、結局その想いを伝える事が出来なかったという、はかない心理描写を描いた作品です。ただしそれを、岡田の友人が語り手となって書いており、その友人が知りえないような、お玉と夫との諍いなども描かれており、鴎外氏の手違いではないかと思われました。この語り手がのちに高利貸しになってその男から聞いたという説もあります。結局、内容はなんとなく解ったものの何を言わんとしているのか、やはり理解に苦しむ事に・・・

 『山椒大夫・高瀬舟』はどれも優れた作品でしたが、個人的 には、彼の死生観が表れている『高瀬舟』は良かったと思います。この物語を読むと、「生とは何か?死とは何か?」ということを考えずにはいられなくりました。
 助かる見込みのない病魔に侵された事で喜助の弟は自殺を図りますが、それは「兄にこれ以上迷惑をかけたくない」という気持ちからでした。病気による肉体的苦痛、家族に迷惑をかけているという精神的苦痛、そして経済的負担と対峙しなければならなかった弟
の行為は、ある意味当然の事であったように思ええます。
 一方、兄の喜助は、自殺を図ったが死に切れなかった弟に懇願され、弟の喉元に刺さった剃刀をゆっくりと引く。「弟の苦しむ姿を見たくない」という気持ちから・・・。これも当然の行為ではないでしょうか・・・。喜助が弟を殺したのは事実であり、それが罪である事は間違ありません。しかし、弟を苦しみから解放するためにはそれ以外に手段がなかったとあるのですが考えさせられますね。
 それを殺人とし、殺人と同様の罰を与えるという事が正しいことなのか・・・
オランダやベルギーでは、厳しい条件の下で安楽死が合法化されています。日本でも、安楽死や尊厳死についてもう少し活発に議論されてもいいのではないでしょうか。・・・
医療の現場や寝たきり老人の介護をなさっている方々は常日頃考えている問題だと思いますが・・・

「人間の本質」についていろいろ考えさせられる作品でした。私の理解力が足りないか、もう一度鷗外氏の作品は読み直さなければならない気がします。

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2008年12月 3日 (水)

私の好きな作品たち~北方 謙三編

 北方氏は作品より先にご本人を観ることが最初となり、確かに『ハードボイルだド!!』的な風貌をなさった方でした。

 こんな話を聞いたことがあります。バーのカウンターで飲んでいたところ、数人のお客が入ってきて、どうやら北方謙三だと噂している様子。『ホントに強いのか?』と言うような事を話していてのが聞こえて、北方氏は尽かさず『マスター、アレ』の一言で、北方氏はボトルをグイグイ飲み干したのを見てお客が逃げ腰になったと言う逸話があります。

 これは北方氏の常等手段らしく、ボトルの中身はウーロン茶だった為、ある程度飲んでいた氏にとっては美味しくて止められなくなるらしいのです。それくらいハードボイルドの印象を意識していらっしゃるとは・・・でも笑ってしまいました。

 最近でこそ、『三国志』や『水滸伝』が有名になりましたが以前はこれこそ男だぜと言わんばかりの作品が多かったですよね。
 
1982年 - 『眠りなき夜』で第1回日本冒険小説協会大賞日本軍大賞受賞。
1982年 - 『眠りなき夜』で第4回吉川英治文学新人賞受賞。
1983年 - 『檻』で第2回日本冒険小説協会大賞日本軍大賞受賞。
1984年 - 『渇きの街』で第38回日本推理作家協会賞長篇部門受賞。
1984年 - 『過去 リメンバー』で第11回角川小説賞受賞。
1985年 - 『明日なき街角』で第5回日本文芸大賞受賞。
1990年 - 『破軍の星』で第4回柴田錬三郎賞受賞。
2004年 - 『楊家将』で第38回吉川英治文学賞受賞。
2006年 - 『水滸伝』で第9回司馬遼太郎賞受賞。
2007年 - 『独り群せず』で第1回舟橋聖一文学賞(滋賀県・彦根市)受賞。

『プレイボーイの人生相談―1966‐2006』を読みましたが、しかし、Tana02 ここで若者の悩みに真正面からぶつかって、ばっさばっさと斬りに斬っている教養人たちのすさまじいまでの本気ぶり。 でも、本気だから、読みごたえがあり、だから、ずっと40年も続いてきたんだなと思いました。

私の世代は、講談社のホットドッグプレスで連載されていた北方謙三氏の「試みの地平線」にお世話になったのですが、改めて、週刊プレイボーイの人生相談を読むと、これもまた面白く、ためになり、クリスチャンが聖書を常に肌身離さぬようにするがように、この書籍も我々男子のバイブルになりうると信じる次第です。

 略歴は 在学中の1970年、純文学作品『明るい街へ』を同人誌に発表。同作が雑誌「新潮」(1970年3月号)に掲載され、学生作家としてデビューを果たします。1973年同大学卒業。PR誌の企画スタッフをしながら執筆を続けます。
 この頃は純文学の短編をひたすら書いていましたが、「10年書いて、文芸誌掲載わずか四編」という状況。“文学”から“小説”へ。
“短編”から“長編エンターテインメント”への転換を決意する事になる。長編に着手した北方氏は『ふたりだけの冬』、『あれは幻の旗だったのか』、『第二誕生日』を次々と脱稿。

 当時担当であった集英社の山田祐樹(「すばる」掲載作品担当。後の『水滸伝』担当)の選定で、3作の内『第二誕生日』を出版することが決定しました。
 1981年、『弔鐘はるかなり』(『第二誕生日』改題)が出版。新人としては異例の、“書き下ろし長編”による処女出版であり、北方氏にとっては二度目のデビューとなりました。初版は8千部。出版に尽力した山田氏は、「北方ハードボイルドの生みの親」と呼ばれました。

 翌1982年には、『逃がれの街』(『ふたりだけの冬』改題)も出版。その後『眠りなき夜』、『さらば、荒野』、『檻』とヒット作を次々と生み出し、“ハードボイルド小説の旗手”として一躍人気作家に。執筆が極めて速いことから、『月刊北方』などとも言われました。

1983年には『逃れの街』が、主演水谷豊、監督工藤栄一で映画化。以降『友よ、静かに瞑れ』(1985年)、『黒いドレスの女』(1987年)などが次々と映画化され、作家としての地位を築き上げる。1989年、初の歴史小説として南北朝時代を舞台とした『武王の門』を発表。続く南北朝ものである『破軍の星』では、第4回柴田錬三郎賞を受賞し、歴史・時代小説へとジャンルを広げます。
 

 1996年、全13巻6500枚書き下ろしという大長編、北方版『三国志』の刊行が開始され、以降歴史小説は、中国史へとその裾野を拡大。
 1999年には『水滸伝』が小説すばるで連載開始。前作を超える全19巻9500枚の超大作は、「日本の大衆小説の最高峰」(北上次郎)と称されました。同作は2006年、第9回司馬遼太郎賞を受賞。
 2000年より、直木三十五賞の選考委員を務めます。第128回(2003年)選考においては、当時ベストセラーだった横山秀夫の『半落ち』について、自ら関係団体に問い合わせた上で「現実味に欠ける」と実証。横山が「直木賞決別宣言」をするという騒動に発展しました。

 「ハードボイルドの新星」であったデビュー当時は、かつての日活映画のような雰囲気のアクション小説を書いているつもりであり、ハードボイルドの大御所レイモンド・チャンドラーも眼中に置かなかったそう。そのため北方氏は、作家になってからしばらく、他の作家のハードボイルド小説に関する談話には入っていけなかったとい言っています。

 北方氏の同期デビュー組には、同じ冒険・ハードボイルド小説作家である大沢在昌氏(79年)、船戸与一氏(79年)、逢坂剛氏(80年)、志水辰夫氏(81年)らがおり、親交も厚いそうです。(皆私の好きな作家さんです!)

 若者向け雑誌『ホットドッグプレス』で「試みの地平線」という相談コーナーを持っていた時、男性読者からの女性関係での悩みに対して、「ソープへ行け」と豪放な回答をしていたことは、一部の人の間では有名ですね。

  『眠りなき夜』は弁護士・谷の同僚、戸部が失踪、つづいて彼と関わりのあった小山民子が殺された。彼女が書き残したメモを手がかりに、谷は山形県S市に飛んだ。事件の深奥を探る中、早速、3人組に襲われる。黒幕とみられる大物政治家・室井などの名が浮かぶが、事件の謎は深まるばかり。そして戸部の惨殺体発見・・・

 民子との間に何があったのか?室井との関連は?友の死を追っHoreisho1 て、谷は深い闇を解明すべく、熱い怒りを雪の街に爆発させる。谷の調査を妨害しようとする者たち、谷を事件の容疑者として捕らえようとする警察、事件の裏で見え隠れするS市最大の企業とある政治家とのつながり、そして、どうにもきな臭い雰囲気だけは感じられるのに、一向に見えてこない事の真相・・・

 徐々に自分の立場が悪くなっていくのもかまわず、ときに体を張った殴り合いをし、命の危険をさらしてまで事件の真相を追求する手をゆるめようとしない谷の孤軍奮闘ぶりは、まるで弁護士というよりはハードボイルドに登場する私立探偵そのもののようですが、物語のなかで次々と人が殺されていき、また血なまぐさい暴力シーンを描きながら、ときに自身の痛めつけられた姿にさえ冷徹な視線を崩さないハードボイルド特有の文体を踏襲しながら、じつはそうした文体だけではけっして隠しきれない、にじみ出てくるような熱さが、本書のなかにはあるのです。

他には“ブラディ・ドール”シリーズ、約束の街シリーズ、“神尾”シリーズ、『逃がれの街』『逢うには、遠すぎる』『檻』『黒いドレスの女』などシリーズ化の他、ハードボイルド集を出しています。

 北方氏の小説で目をさませ、心を冷ませと言いたい私です。   

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2008年12月 2日 (火)

私が知っている作品たち~渡辺淳一編

 私が言うまでも無く有名な作家である渡辺氏。医師として、小説家としてその圧倒的な存在は老いる事がありません。恋愛のエキスパートでもあるといえますね。私が物心ついた頃からその作品はドラマ化され、よく観ていたものです。

数年前は『失楽園』『愛の流刑地』が流行り言葉のように使われましたね。そして最近では『鈍感力』で話題を呼びました。

主題は、伝記(『花埋み』女優』『遠き落日』など)、医療(『白い宴』『麻酔』など)、性的描写の濃い男女関係(『化身』『失楽園』『愛の流刑地』など)の三つに大Sag1 別されます。概ね初期においては医療を場面とした社会派的な作品を多く手掛け、その後は中年の男女の性愛を描いた作品が多いのが特徴でしたが、『鈍感力』はそのどれにも属さない、あるいは集大成なのかもしれません。
 
 元首相の小泉純一郎は同年2月20日、国会内で当時の幹事長中川秀直、官房長官塩崎恭久らと会い、「目先のことに鈍感になれ。『鈍感力』が大事だ。支持率は上がったり下がったりするもの。いちいち気にするな」と発言して、その中で『鈍感力』という言葉
を引用したため流行語となった。同書は同年夏までに100万部を売るベストセラーとなっていますが賛否両論なのが実態です。

受賞歴は
1965年(昭和40年) 第12回新潮同人雑誌賞 - 『死化粧』
1970年(昭和45年) 第63回直木賞 - 『光と影』
1979年(昭和54年) 第14回吉川英治文学賞- 『遠き落日』『長崎ロシア遊女館』
1983年(昭和58年) 第48回文藝春秋読者賞 - 『静寂の声 ― 乃木希典夫人の生涯』
2001年(平成13年) アイスランド隼勲章騎士章[3]
2003年(平成15年) 紫綬褒章

とありますが、直木賞選考委員に関して批判の声も多く、ベストセラーも複数ある作家であるものの、年代において作風が全く異なるため作品そのものへの評価は大きく割れています。概ね初期の伝記や医療を主題にした作品には高い評価が向けられている一方、後期の一連のエロティシズムを主題とした作品群に対し、福田和也氏は『作家の値うち』において「亡国的作家」「紋切り型のポルノグラフィー」と斬り捨ててもいます。

 でも確かに面白いのです。医療現場を舞台にした最初の作家さんでもあり、草分け的存在は認めざるを得ません。

主人公である夫人の卵巣を医者である夫が取ってしまう・・・同僚と愛し合っている事を知って・・・こんな作品もありました(ドラマだったのでタイトルは忘れてしまいましたが)。テレビや映画で放映されたものは殆ど観ていますが、その中では『麻酔』は麻酔のミスで、目覚めないまま植物状態に陥ってしまう恐ろしさと意識が戻るようにと、夫の高伸は夜の病床で密かに愛撫さえ試みるのに、邦子はいっこうに目覚めない。仕事のできる中間管理職で若い不倫相手もいた高伸でしたが、突然妻が不在となった生活に戸惑い、些細な日常の中にあった幸せに気付く・・・医療過誤と、それをめぐる夫婦のあり方、子供たちとの絆、担当の麻酔科医の心境、病院側の対応などを描くストーリーで考えさせられるものでした。

 私のお勧めは『無影燈』です。主人公の私生活のふしだらさがエスカレートする反面、医療の現場における死にどう直面するかを、読者に問いかけている作品です。自分を追い込み、そのなかでしか生きられない直江。直江が死を覚悟した姿は悲しく、でも美しくも感じました。医師としての功績、子孫、何かをのこすこと、人の一生にはどんな意味があるのか考えてしまいます。

 ひとひらの雪にも似て、美しくもはかない愛の妖しさと哀しさ・・・この世に2つしかない男と女が緊張のなかで愛をたしかめ、持続していくにはどうすればよいのか。はたして、いまの結婚というかたちが最良なのかどうか。愛の作家渡辺淳一氏が男と女の関係を紐解いてくれる一冊、『ひとひらの雪』・・・これから歳を重ねて恋愛と言う感情がどのように形を変えていくのか、相手を信じる事だけではいけないのか・・・今後、きっとこういう問いかけを自分にするのかと思うと胸が苦しくなります。歳をとっても腕を組んで歩ける夫婦でいたいから・・・

 先日、テレビで長門弘之、南田洋子夫妻のドキュメンタリーを観ました。洋子夫人がどうやら認知症にかかってしまったようなのです。

 テレビの旅番組の最中、突然訳も解らず、怒り出した洋子夫人。それが始まりでした。夫の長門氏はおかしい、病院へ連れて行かなくてはっと思いつつ、現実を突きつけられるのが怖くて、自宅で献身的に介護しました。

 若い頃、女遊びなどで、散々苦しめたからこれからは恩返しをするのだと・・・涙が出ました。これが夫婦だと思いました。何でも手取り足取り介護してきたのですが、とうとう、病院へ行くことに。そして覚悟はしていたはずの認知症という言葉を医師に告げられ、ショックを隠しきれない様子でした。そして何でもやってあげるのは返って好くないともいわれてしまいます。そこで一回目の放送は終わったのですが、今後も2人の様子をカメラで取っていくそうです。

 私達がこれから背負っていく大きな問題、渡辺氏はどう捉えてくれるのでしょうか。そこまで踏み入った作品を是非書いて頂きたいと感じました。

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2008年12月 1日 (月)

私の好きな作品たち~天童荒太編

 紹介するのが遅れてしまったため、新作の『悼む人』についても書く事ができて良いのか悪いのか・・・今最も旬な作家さんですね。殆どが映像化され誰でもが楽しめるのと同時に、読むだけで私のように自分の中で映像化してしまう人も多いでしょう。

 『悼む人』は先日、大様のブランチの『松田チョイス』で始めて知りました。故にまだ読んではいません。でも松田さんや優香ちゃんの感想通り、これは読まなくてはもったいないという印象を受けました。天童さんといえば年に一度くらいのペースで書かれるので、今回の作品も7年越しに練りに練られた作品に仕上がっていると言うことでした。

 1986年 『白の家族』(栗田教行名義)で第13回野性時代新人文学賞 して以来、

『孤独の歌声』(1994年、新潮社)
『家族狩り』(1995年、新潮社 ※2004年に新たにリメイクの形で新潮文庫)
『永遠の仔』(1999年、幻冬舎)
『あふれた愛』(2000年、集英社)
『包帯クラブ』(2006年、ちくまプリマー新書)

等は常に話題になりましたね。また、寡作で知られ、文庫化のKaii5 際に大幅に改稿することが多く(『永遠の仔』以降は少々の改稿に留めている)、山本周五郎賞を受賞した『家族狩り』は物語の骨組みや結論はそのままだが、登場人物などの設定や性格、途中発生す
る事件の描写などが大幅に変更されており、まったく別の作品に仕上がりことがあります(このことについては、大ベストセラーとなった『永遠の仔』が強く影響しているらしいのです)。

 私は中学生時代に親友を失ったことがトラウマになっている女性刑事が、一人暮らしの女性ばかりを狙う連続猟奇殺人犯と対峙する中で、自らの過去とも向き合うことになるという内容で、孤独を抱える男と女の、せつない愛と暴力が渦巻く戦慄のサイコホラーになっています。新潮文庫版では犯人の狂気がさらに増しました。日本推理サスペンス大賞で、優秀作に選ばれた『孤独の歌声』も好きです。

また、再会は地獄への扉だった。十七年前、霧の霊峰で少年たちが起こした聖なる事件が、今鮮やかに蘇る―。山本周五郎賞受賞作から三年余。沈黙を破って放つ最高傑作ミステリー『永遠の仔』も深く考えさせられた作品でした。

 幼い頃の秘密を抱えた3人の若者が再会し、悲劇が……と書くと凡百のサスペンスのようですが、張りつめた文体と複雑に入り組むプロットがただならぬ雰囲気を醸し出すこの物語に一部でも接した読者なら、『永遠の仔』が特別な小説であることに気づくはずです。読み進むにつれて高みから眺める余裕や謎解きの興味は失せ、3人が受ける苦痛が我が身のことのように感じられてくる。救いのない苦しい世界なのに、ずっと3人と時間を共有していたいと感じるようになるはずです。トラウマとか、幼児虐待とか、分かりやすい言葉では片づけられない心の闇を、荒田さんがが掘り起こしたからなのでしょう。

幼児虐待や老人介護問題とか、現代を取り巻く重いテーマを見事 に書ききっています。見事な人物描写や息を呑むような情景描写の数々。一気に読むという感じではなく、じっく
りと時間をかけて読みました。時として救いのないほど重い展開ですが、人間の成長と挫折、生きるということの意味を考えさせてくれる作品です。ジャンルとしてはミステリーなのでしょうが、完全に謎解き小説の枠を超えた傑作だと思います。

 ささやかでありふれた日々の中で、たとえどんなに愛し合っていても、人は知らずにすれ違い、お互いを追いつめ、傷つけてしまうものなのか・・・。夫婦、親子、恋人たち。純粋であるがゆえにさまざまな苦しみを抱え、居場所を見失って、うまく生きていくことができない、そんな人々の魂に訪れる淡い希望を、やさしくつつみこむように描く四つの物語の入った『あふれた愛』も傑作だと思います。

 これら全般に一貫して私に見えてきたのは、あまりにも純粋すぎる登場人物の姿です。『包帯クラブ』もそうですね。人の痛みに敏感で自分の痛みとして同化してしHigashiyama_work19s_2まう純粋さ、心のどこかにそういうものを持っていないと痛みや苦しみにはならないはずです。

 そういう意味で今回の『悼む人』は私達が忘れてはいけない大事な心を思い出させてくれる作品になっています。

週刊誌記者・蒔野が北海道で出会った坂築静人(さかつき・し ずと)は、新聞の死亡記事を見て、亡くなった人を亡くなった場所で「悼む」ために、全国を放浪している男でした。人を信じることが出来ない蒔野は、静人の化けの皮を剥(は)ごうと、彼の身辺を調べ始めます。やがて静人は、夫殺しの罪を償い出所したばかりの奈義倖世と出会い、2人は行動を共にする。その頃、静人の母・巡子は末期癌を患い、静人の妹・美汐は別れた恋人の子供を身籠っていた・・・
 静人を中心に、善と悪、愛と憎しみ、生と死が渦巻く人間たちのドラマが繰り広げられます。著者畢生の傑作長篇です。天童さん曰く、

『七年をかけて書いたのは、この世界に今一番いてほしい人のことです・・・』

この言葉はずーんと突き刺さる言葉でした。読むのが少し怖くなりました・・・

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