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2009年1月

2009年1月31日 (土)

私の好きな作品たち~目取真 俊編

 期間工、警備員、塾講師などを経て県立高校の国語教師を勤めますが、2003年に退職。1997年、『水滴』で第27回九州芸術祭文学賞、第117回芥川賞受賞。2000年、『魂込め』で川端康成文学賞と木山捷平文学賞を受賞しています。

 沖縄の自然や風土、歴史に根ざした小説を発表。『水滴』『魂込め』には、沖縄戦の記憶を背負って生きる庶民の姿が描かれています。2004年には小説『風音』を自ら脚本化し、東陽一監督によって映画化されました。同作品はモントリオール世界映画祭でイノベ
ーション賞を受賞しました。主に短編が多いのですが、『虹の鳥』は基地問題や沖縄の暴力団にからむ若者の姿を描いた長編です。季刊『前夜』1-12号に「眼の奥の森」という短編連作を発表し、沖縄語を使った表現も試みています。Isono001

『水滴』は、徳正という名の老人の片足が、ふくれあがり、中は「ただの水」のようですが、不思議な力をもっていたりします。これに気がついたのは、徳正と同い年の清祐という厄介者だけ。彼は一儲けをたくらみます。大学病院に入院を勧 められても拒み、徳正は苦しみ、妻のウシは不安ながらもせっせと看病と家事と畑仕事の毎日を送ります。徳正の戦争体験が織り込められていますが、経過した時間の長さがきちんとある書き方がされていて、徳正があざとく戦争体験を糧にして生きてきた様子も描かれています。徳正の足に溜まった水がなにを意味していたか色々考えたりすると、奥深え考えさせられました。 ただ、『水滴』『風音』は沖縄戦のその後を扱った作品です。
 作者は書き下ろした『沖縄戦後ゼロ年』で「カルチュラル・スタディーズや癒しの島ブームなどでこの作品が一時的に持て囃される」風潮を快しとしない旨語っているので、「いい作品だった」「全日本人必読」などといったいい加減な批評は慎みたいところです。これらの作品はもちろんあくまで文学であり、小説であることは承知の上で、やはり作者の訴えは「沖縄について、戦争の実態も含めて多くの人に知ってもらいたい、観光でイイトコドリだけしないで欲しい」ということなのではないかと考えたりもします。

 『魂込め』は戦争で両親を亡くした男の魂が肉体を離れて海辺をさまよう。親代わりの女は、なんとか肉体に戻るよう懸命に魂に語りかけるが…。表題作「魂込め」ほか短篇六篇を収録。戦争と沖縄、新感覚で描く、記憶をめぐる物語。芥川賞受賞後、初の作品集です。濃厚な死と畏れが不思議な気を漂わせるも、抑制の効いた語り口で順当にストーリーを展開させています。情緒に流されることのない鮮やかな感情表現は秀逸だと思います。     

 沖縄の伝説と米軍、島の現実を、抑圧や葛藤に歪んだ語り手がくっきりと紡ぎだしています。表題の『魂込め』と『面影と連れて』などはまさに沖縄出身作家の趣きが強く、好奇心も読ませる要素となってしまう作品ですね。一方、少年が主人公の『軍鶏』他の作品は、時に熱くほとばしりIsono009 ながら、色彩豊かな感情が美しく自然描写もさすがです。

 『虹の鳥』は繰り返される肉体的、性的暴力の前に読者は始め戸惑うだろう。その拡大再生産される 暴力が臨海地点に達した時、それは無力に昇華してしまったように思いました。被害者が加害者に、加害者が被害者になる混沌とした展開は沖縄が抱える基地問題は言うまでもなく、アメリカの イラク占領においてもあてはまるのではないでしょうか。何か暗示的なリアリスティックな物語でした。 また私たちはあの夜の森へのハイウェイは日本本土までにも繋がっていることを忘れてはいけないと思います。

 戦後日本の「平和」は戦争では本土の捨て石に、その後は米軍基地の要石にされた沖縄の犠牲があってのもの。この差別の現実を変えない限り沖縄の戦後はゼロのまま。家族らの戦争体験をたどり米軍による占領の歴史を見つめ直す、『沖縄戦後ゼロ年』。

 この作品が私に何かを語りかけてきます。軍隊は住民を守らない。節目の六十年の日本人に、おびただしい犠牲者の血が証し立てた「真実」を突きつけられた気がします。
 そう、沖縄は観光だけを目的にしてはもはやだめなんですね。

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2009年1月30日 (金)

私の好きな俳優たち~恩田三姉妹編

もたいさんとくれば三姉妹の残り、2人のことも書かざるを得ないでしょう。今だに『やっぱり猫が好き』ファンは多く、2007年8月14日Yahoo!ライブトークにて、恩田三姉妹を演じるもたいまさこ・室井滋・小林聡美が生出演。これは2007年7月4日に発売された「やっぱり猫が好き2007」DVD発売されました。

 第1話放送分の「かや乃おばさんが来た」は、広く知られているシチュエーションとは異なっていいます。出演者は小林聡美、森下愛子、もたいまさこの3人で、室井Satomi003滋は出演していませんでした。設定は、安藤きみえ(小林)と安藤さやか(森下)の姉妹が住むマンションに、伯母の恩田かや乃(もたい)が訪れるというものでした。しか し 第2話放送前に森下が急病のため降板、当時フリーで活動していた室井さんがが代役としてレイ子役を演じるようになろました。それと同時に「恩田三姉妹」という現在知られている設定に変更されていたこと。ご存知でしたか?第2話では変更された設定に出演者はまだ慣れておらず第1話での設定の名残があるます。

 例として、電話に出るきみえが思わず「はい、安藤です」と言っているし、レイ子の女優という設定も、この話の収録中に生まれた(当初は「学校の先生」が職業だと思って演じていたと室井は後に回顧しています)。脚本は数人がローテーションで担当していましたが、三谷氏が担当していた話は特に人気があありました。第1シーズン後半に移ってからは話数のほぼ全てを三谷幸喜が担当しています。これが縁で三谷は三女・きみえ役の小林聡美さんと結婚することになりました。

 マンションの一室を舞台に恩田家の三姉妹が繰り広げる騒動を一話完結(二話続きの例外もあり)で描いたシチュエーションコメディ。 基本的に、舞台はマンョンの一室、出演者は三姉妹と飼い猫のみという設定でした。しかし、初期はスタッフが出ていたり、屋外ロケが数回。スペシャル版では逸見政孝、三谷幸喜、大高洋夫、西村雅彦などが出演していましたね。 台本はあるもののアドリブもかなり多く、そのどっちとも付かないセリフが魅力でもあります。また、失敗やハプニングが起こってもそのまま放送されることも多く、男性スタッフの笑い声がときたま入ってましたね。 この番組の設定の半分はアドリブからきたものなのです。
 難解なセリフが数多くあり、ファンサイトなどではそれらに関する質問が必ずといっていいほど寄せられます。未だに謎に包まれている箇所も多くあり、それ らもこ014steiの番組の楽しみとなっています。

 と恩田家のことではなく小林聡美さんと室井滋さんについて書こうと思ったわけで、まず小林さん。中学2年の時に武田鉄矢氏主演のドラマ「3年B組金八先生」のオーディションに合格し、生徒役でデビュー。 1982年、大林宣彦監督の映画『転校生』で主演に抜擢され、ヌードを披露し話題となりましたね。同作で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞しました。あの映画は本当に面白かったというかドギマギした作品でした。

 『転校生』は、山中恒の児童文学『おれがあいつであいつがおれで』の映画化作品です。この映画が製作された当時、監督をつとめた大林宣彦は「CMディレクター出身の新進気鋭の映画監督」という位置づけであり、すでに監督経験はあったものの名声や地位が十分に確立されていたとはいえなませんでした。また、主演の尾美としのり・小林聡美もほとんど無名の俳優であり、さらに、「男と女の身体が入れ替わる」という内容が、当初は出資を決めていた会社(「学用品関連」とのこと)の内部で「破廉恥である」と問題になり、出資が中止されるなど、制作費の調達などは極めて厳しい状況でした。大林氏は「一時期はクランクアップが危ぶまれるところまで追い込まれた」と述べています。
 

 公開後、地味ですが極めて良質の映画という評価がなされ、参加スタッフ・出演俳優の代表作になりました。(尾道市でロケーションを行った本作『転校生』のほか、『時をかける少女』(1983年)、『さびしんぼう』(1985年)の三作を大林「尾道三部作」と通称し、「尾道三部作」と呼ばれるようになりました。コメディタッチですが、考えさせられることしばしばの作品です。

 この時のイメージが取れなくていつまでたっても高校生から成長しないんで困りますが、三谷監督曰く、『僕は彼女に勝てる事が一つも無いんです。』というほど役者としても、そして他の事にしても小林さんは優れた才能をもっているのだと痛感したのが『やっぱり・・・』の機転の速さなどに現れていますね。どこから台本でどこからアドリブだったか解りましたか?アドリブってとても難しいと思うんですよ。相手がいる場合はなおさら、どこで入っていいのかわからないわけですから。そしてあの早口も頭がよくないとできませんよ。尊敬しちゃいますよね。

 室井さんは、大学在学中の1981年、映画『風の歌を聴け』で劇場映画デビューしてたんですね。1995年、渡邊孝好監督『居酒屋ゆうれい』(94)で報知映画賞最優秀助演女優賞・日本アカデミー賞最優秀助演女優賞・キネマ旬報最優秀助演女優賞・ブルーリボン賞助演女優賞など数々の映画賞を受賞しています。原作は山本昌代の同名小説(河出書房新社・刊)を元に、萩原健一、山口智子、室井滋を迎え居酒屋を舞台に繰り広げられる幽霊(前妻)と飲み屋のご主人(主人公)と後妻の一風変わった三角関係を描いた喜劇映画でした。『風の歌を聴け』はおなじみ村上春樹の作品の映画化です。

 テレビだけでも相当数出演していますが、映画からバラエティまでMuroi001 こなしていらっしゃいます。最近のドラマだけでも

相棒 2nd Season
奥さまは魔女 鈴木恵美子 役
怪奇大家族 忌野幽子 役
松本清張 黒革の手帖 中岡市子 役
にんげんだもの 相田エイ 役
ナニワ金融道
愛と死をみつめて 河野里子 役
純情きらり 有森磯役
ブスの瞳に恋してる 里中花子 役
14才の母 桐野静香 役
新マチベン?オトナの出番? 新城里美 役
4姉妹探偵団 宮本加津代 役
あしたの、喜多善男?世界一不運な男の、奇跡の11日間? 宇佐美広美役(特別出演)
モンスターペアレント 第7話ゲスト 藤巻類子 役
疑惑(テレビ朝日開局50周年記念ドラマ、松本清張生誕100年特別企画)

映画では2000年以降でも

2002年、OUT
2003年、ファインディング・ニモ (ドリー※日本語吹替版の声優として)
2005年、MAKOTO
2005年、KARAOKE -人生紙一重-
2006年、闇打つ心臓
2007年、ゲゲゲの鬼太郎(砂かけ婆役)

と役に捕らわれず、細い(テレビで見ると一般体系に見えますが、実はちっとも太らないのだそうです。)身体で頑張ってくれてます。

それとは別にあの恩田レイ子ははじけすぎではないですか?・・・・

でも彼女達3姉妹が大好きな私でした。

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2009年1月29日 (木)

私の好きな作品たち~池澤 夏樹編

 今まで何故紹介しなかったのかと後悔するほど素晴らしい作品たちです。

1987年の芥川賞作品、『スティル・ライフ』は再読したいほどです。

 都立富士高校卒業後、1963年に埼玉大学理工学部物理学科に入学。1968年中退。南太平洋を中心に各地へ旅をしたり翻訳などをし、1975年にギリシアに単身移住。3年間同地で過ごす。このころ娘の春菜が生まれます。なお、1974年から、やはりギリシャを舞台にした、ジェラルド・ダレル(ロレンス・ダレルの弟のナチュラリスト)が少年時代を回顧した一連の本を翻訳し、人気を博しました。

 帰国後、初の詩集『塩の道』を出版。これは『ユリイカ』の編集長の誘いという[要出典]。1979年より『旅芸人の記録』(監督テオ・アンゲロプロス)の字幕を担当、これがきっかけでアンゲロプロスの作品の字幕を担当します。Higasiyama003
 詩は、1982年『もっとも長い河に関する考察』を最後に書いていません。以降数編のエッセイを出していましたが、1984年に短編小説『夏の朝の成層圏』を発表。小説家としてデビュー、中央公論新人賞を受賞した小説「スティル・ライフ」(『中央公論』1987年10月号)で第98回芥川賞を受賞となりました。

 『スティル・ライフ』はその文章を読んでその清清しい新鮮さ、文体の透明感に感動し、完成された小説として今すぐ読みたいという思いに駆られ、仕事の手を止め夢中で本屋までその本を探しに自転車で走りました。受験勉強中ということもあったのか、関係ないのかは不明だけど必死に本屋で見つけて読んだ文庫の『スティル・ライフ』はすごく心を潤してくれました。読んでいる途中も読み終わった後も喉だけでなく、精神的にもまるで清らかな水で癒されたような錯覚がしました。今もその時初めて買った文庫本を持っていて、時々読み返しています。何十回読んでも毎回新鮮な気分にさせてくれます。 そこにあったのは、ただただ静謐な世界。 派手なストーリー展開やどろどろした心理描写を一切排したところに、ただ在るだけで読ませる、そんな小説です。 詩人でもある著者の、原点にして真骨頂とも言うべき作品だと思います。

他にも『南の島のティオ』は受け取る人が必ず訪ねてくるという不思議な絵ハガキを作る「絵ハガキ屋さん」、花火で「空いっぱいの大きな絵」を描いた黒い鞄の男などの個性的な人々とティオとの出会いを通して、つつましさのなかに精神的な豊かさに溢れた島の暮らしを爽やかに、かつ鮮やかに描き出す連作短篇集です。第41回小学館文学賞受賞。

 清冽かつ理知的、明晰で的確な表現で知られる著者が、子供たちに向けて初めて書いた本。ということは、「子供向きの童話だろう」と思って読み始めると、それは嬉しい誤解だったことに気づきました。舞台は南の小さな島。主人公の少年は、精霊が引き起こす不思議な事件に巻き込まれたり、友達のために胸がどきどきするような冒険をしたり。自然だけでなく、人の優しさも心も豊かな島で、少年と、島にやって来た不思議な人々に、やたらに暢気な島の住人たちとの出会いを綴った十の物語です。読み始めてすぐ巧みなストーリーに引き込まれ、南国の花と果実の匂いの混じった濃厚な空気や高い山に吹く澄んだ透明な風、日向の乾いた太陽の匂いを深呼吸しながら読み進んでいくと、読み終わる頃には干したての布団にくるまっているように心がほかほかしています。日々の生活に心がちょっと疲れた時に効くビタミン剤。年に一度は読み返したい作品です。

『マシアス・ギリの失脚』は南洋の島国ナビダード民主共和国。日本とのパイプを背景に大統領に上りつめ、政敵もないマシアス・ギリはすべてを掌中に収めたかにみえた、日本からの慰霊団47人を乗せたバスが忽然と消えるまでは…。善良な島民たちの間でとびかう噂、おしゃべりな亡霊、妖しい高級娼館、巫女の霊力。それらを超える大きな何かが大統領を呑み込む。豊かな物語空間を紡ぎだす傑作長編です。谷崎潤一郎賞受賞作。
 主人公は大統領です。経済・政治の問題がいやおうもなく関わってきますが、それと同時に土着のファンタジーが領域を消してはいりこんでいます。マジック・リアリスムとして上出来です。かつては戦争であったものが、経済や政治の問題になっていると、感慨深いものがあります。
 私が感心したのは物語に関しての考察です。物語というのはKaii002 決して真実ではありません。そこには語り手と聞き手の存在があり、伝承という要素もあります。島の老人が子供たちに聞かせる昔話は現代の島の第七位の巫女を取り巻く環境そのままです。物語はすべて多角的な面を備えていて、だから無限の可能性を持っています。マルケスらが継承してきた物語性を現代日本でもっともよく発揮した作品といえるでしょう 。

池澤氏自身が『読んでも読んでも読み終らないような長い物語を書きたかった』と語っていますが、確かに、淡々とした語り口が『長さ』を際だたせ、書き込まれた細部・脇役の魅力のおかげで退屈さ、中だるみとは無縁の作品に仕上がっています。一人の日本の技術者が、チベットの奥地に農業用の風車を立てる。主人公は、科学のかの字も知らない現地の人々に、風車のメンテナンスのための授業をし、主人公は、現地の人々が信仰している素朴な仏教に触れ、感銘を受けます。 というのがこの物語の大筋です。特筆すべきは、この物語がもともと読売新聞の連載小説であったこと。というのは、この物語の連載の中で、素朴で純粋なチベット仏教のすばらしさを描いていたまさにその時に、同じチベット仏教であるはずのオウム真理教が地下鉄にサリンを撒いてしまった・・・。物語は一時脱線し、オウムについて、アサハラについての作者ならではの考察をくわえていきます。事件の全貌がまだ見えない中で、作者はなるべく誠実に答えを見出そうとします。それがそ以降の主人公の行動や思想に深みを与えたに違いないと思います。もろ手を上げてチベット仏教万歳というのでもなく、自分と仏教は関係ないと突き放すのでもなく、彼らしい結論に達する過程は、物語というよりは一種のドキュメンタリーにも思えますね。

 池澤 夏樹氏の作品ははずれが無いといっても過言ではないと思います。

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2009年1月28日 (水)

私の好きな俳優たち~もたい まさこ編

随分テレビや映画にでていらっしゃるのでどれが最初に観たものなのかわからなlくなっていますが、やはり、うむをいわせたのは『やっぱり猫が好き』でしょうね。1972年頃より女優活動を開始し、1979年、渡辺えり子さんらと「劇団3○○(さんじゅうまる)」
を結成する。当初は制作を担当していたが役者として舞台に立つようになり、特異なキャラクターと演技で演劇界の注目を集めることとなったそうですが、残念、知りませんでした。特異なキャラというのは当初から持ち合わせていたものなんですねえ。
 
 女性に使っていいかどうかわからないのですが、いぶし銀といったらぴったりしそうな代名詞だとおもうのですが・・・

 1984年、学園ドラマ『ビートたけしの学問ノススメ』に教員役で出演。1985年にはNHK大河ドラマ『春の波涛』やバラエティ番『OH!たけし』に出演するなどテレビ業界へと進出し、1986年には劇団3○○を退団しました。

同年、金鳥のタンス用防虫剤「ゴン」のCMで木野花と共演。同CMで使われた「亭主元気で留守がいい」のフレーズは流行語大賞の銅賞を受賞。
1989年、「恩田三姉妹」として室井滋、小林聡美と共演したコメデMotai002 ィドラマ『やっぱり猫が好き』がヒットし、一躍人気者となりました。以後、映画やドラマにおいて名脇役として現在まで活動を続けておられます。

1994年にはエッセイ『猿ぐつわがはずれた日』を、1997年には群ようことの共著『活!』を出版。

2007年、映画『それでもボクはやってない』で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞しました。これは、フリーターの金子徹平が朝の通勤通学ラッシュに大混雑する電車で就職面接に向かう際、女子中学生に痴漢と間違えられてしまう。無実の罪を被って示談で済ませるという妥協を拒み、あくまで濡れ衣を晴らそうとした徹平は、逮捕され、更には起訴されることとなる。そして、徹平と彼の支援者達の長い戦いが始まるというストーリーで、もたいさんは痴漢とおもわれた金雄徹平の母親役でした。周防監督は、2002年に東京高裁で逆転無罪判決が出された事件をきっかけに痴漢冤罪(ちかんえんざい)に関心を持ち始め、自ら取材した数多くの同種事件の実在エピソードを作品中に散りばめるなど、痴漢冤罪事件を通じて、日本の刑事裁判の実態を映像化しています。
 
このような少し重たい演技も難なくこなし、かと思えば、どこにでもいる奥さんにも見え、また一皮むくと恩田かや乃ねえさンキャラでもあり。『やっぱり猫が好き』でもたいさんはわりとあの3人のなかでは普通に見えるのですが、もたいさんがいない場面は何か足りないきがするのが不思議です。こういうお姉さんが本当に一緒おこたに入っていっしょにみかん食べててもなんの違和感もなく、『ねえ、おねえちゃん、ちょっと相談があるんだけど・・・』なんて話し出してしまいそうなくらい身近な存在に思えたりもするんですねえ。『ALWAYS 続・三丁目の夕日』の大田キン役もよかったですねえ。『かもめ食堂』はこの個性的な面々がフィンランドの首都ヘルシンキを舞台に、のんびりゆったりとした交流を繰り広げていく様子を見るだけで幸せな気分になれます。『バーバー吉野』では口うるさいが親切な吉野のおばちゃん役を、個性派もたいさんが好演しています。小林聡美さんとの掛け合いもおねえちゃんをたてつつ、いいあい方ですよね。室井滋さんが入るともう収拾がつかないおもしろさ。

と恩田三姉妹にもどってしまいましたが、これからもいろんな役をやって驚かせてください。

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2009年1月27日 (火)

私の好きな俳優たち~竹中 直人編

 私が竹中さんを知ったのは遥か昔、『ぎんざNOW!』(TBS)の「素人コメディアン道場」で第18代チャンピオンに輝き、芸能界入りしたときです。その後、『TVジョッキー』(日本テレビ系)の素人参加コーナーへ出演しモノマネ芸でチャンピオンとなり注目される。当時の持ちネタでは「笑いながら怒る人」が有名になった方ですよね。面白い事ばかりする人だと思っていたのですが、1991年、つげ義春の漫画『無能の人』を映画化する際、奥山和由に才能を見出されて主演を務めると共に監督にも抜擢され、同作にて映画監督デビュー。1996年、NHK大河ドラマ『秀吉』で主演の豊臣秀吉役を務めました。

同作は平均視聴率30%を超え、後にモビットのCMで竹中が秀吉役を演じました。、パチスロ機『竹中直人のパチスロ太閤記』が登場するなど、社会現象と呼べるほど反響が大きかったのです。テレビ朝日『敵は本能寺にあり』(2007年12月放送)にて、他局ではありますが再び秀吉を演じています。1999年、遠藤周作を主人公とした遠藤夫人の回顧録が原作のTBSドラマ『夫の宿題』で遠藤周作役を好演しましたね。あれは感動的でした。

 大学時代から映像演出研究会に所属し、8ミリ映画の制作に没頭し、監督から出演までこなしていたそうです。それを知ったのは、1991年、つげ義春の漫画『無能の人』を映画化する際、奥山和由に才能を見出されて主演を務めると共に監督にも抜擢され、同作に
て映画監督デビューしたことでした。

 『無能の人』は、日本の漫画家つげ義春によりCOMICばくの1985年6月号より「石を売る」「無能の人」「鳥師」「探石行」「カメラを売る」「蒸発」と続くシリーズ連作で読切短編の多いつげ作品としては異例の連続シリーズとして知られますが、この作品を機につげは長い休筆期間に入りました。それを竹中さんが映画化したのです。
 
 主人公の助川はつげ自身がモデルという指摘もある主人公の助川助三は、かつてはそれなりに名の知れた漫画家であった。でも近年は仕事も減り、たまに執筆の依頼が入っても、自ら「芸術漫画家」を自称しているプライドがあるため、断り続けている貧乏な日々を送っていました。妻のモモ子からは漫画を描けと時になじられますが、助川は全く描こうとはしない。そこで助川は漫画以外の新たな道を模索するというもので、「石を売る」などの作品ができました。

 趣味はギター、映画のビデオ・DVD収集など。キャラクターや声を自在に操るので有名ですね。。俳優や監督としての注目が集まる一方、なおもコメディアンとしてオリジナルビデオ『普通の人々』やTV番組『東京イエローページ』、『竹中直人の恋のバカンス』、『デカメロン』においてシュールなコントを展開。番組終了後もCSにおける再放送やDVDソフト化が実現するなど、現在もお笑いファンからカルト的な支持を得ています。その他様々なラジオのパーソナリティやバラエティ番組などの司会を担当。歌手としても高橋幸宏プロデュースのアルバム『MERCI BOKU』、『イレイザーヘッド』を発表しています。

 好きな音楽は忌野清志郎、フィッシュマンズ、クラムボン、ホフディラン、SUPTakenaka003EBUTTER DOGなど。特にSUPER BUTTER DOGは彼らの楽曲「サヨナラCOLOR」にインスパイアされて同名の映画を制作したほどでです。
監督作品は
無能の人 (1991)
119 (1994)
東京日和 (1997)
連弾 (2001)
サヨナラCOLOR (2005)
山形スクリーム (2009)

ですがこれは竹中さんが監督をしたもので、出演映画やドラマは数え切れません。なかでも私が注目したのは『のだめカンタービレ』で、本ドラマは原作コミックスの第1巻から第9巻まで(いわゆる「日本編」)の内容を基に制作している(これは後に制作・放送されたアニメ版でも同様です)。主演は上野樹里と玉木宏の2人で、共に本作が月9ドラマ初主演となりました。
 クラシックの演奏シーンをよりリアルにするために主要キャストは担当の楽器を習い、サントラの演奏をするために「のだめオーケストラ(のだめオケ)」が公募の末、結成された(彼らはAオケおよびSオケ、R☆Sオケのメンバーとしても、画面にエキストラ出演している)。のだめオケの公募とサントラ音源の収録には、東京都交響楽団および、指揮者のジェイムズ・デプリーストが協力し、原作者とも交流のあるN響オーボエ奏者の茂木大輔、指揮者の梅田俊明らも音楽関連のアドバイザー、指揮指導をしていました。その中で、「ミルヒー・ホルスタイン(Milch Holstein ホルスタインの牛乳)」という、明らかにうさん臭い偽名を名乗る謎のドイツ人。一見ただのスケベ(エロ)ジジイですが、その正体はヴィエラと人気・実力を二分する大指揮者・・・。カズノコ、豆、ニンジンなど、好き嫌いが多いのが竹中さんでした。これだけ経験のある竹中さんがここまでやるか・・・と、実はあっぱれなのでした。

 映画では『スパイ・ゾルゲ』がなんとも気なる作品でした。映画監督の篠田正浩のラスト・フィルムという事や、全編がHD24Pによ
るデジタル撮影された事、CGによる大規模な合成などで、映像業界では非常に話題を集め、興行的には成功しませんでしたが、CGで描
かれた戦前の東京は、歴史の教科書を読んだだけではわからない、当時の雰囲気を伝えている。また、忘れられつつあった事件を掘り
起こしたことも、注目を集めたました。竹中さんが東条英機役をしたことも印象的でしたね。

 主役も脇役もすんなりこなしてしまう竹中さん。どれがシビアなことをいっているのか分かたない時ってないですか?素に戻った方が二枚目的な気がして・・・ホントは照れ屋さんなのかもしれませんね。

 舞台の『竹中直人の会』も見てみたかったです・・・これからも映画に挑戦してください。

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2009年1月26日 (月)

私の好きな作品たち~猫編

 新刊を探していたらまた、見つけちゃいました。ヴィッキー・マイロンさん著、羽田詩津さんが翻訳された『図書館ねこ デューイ―町を幸せにしたトラねこの物語』です。

 1988年、アメリカの小さな町の、こごえるような冬の朝。出勤してきた図書館長のヴィッキーは、本の返却ボックスのなかでうずくまる子ねこをみつけ、その赤茶色の子ねこは、救いだされると健気にしもやけの足で立ちあがり、ヴィッキーの手に頭をすりつけて挨拶をした。信頼しきった大きな目と、人なつこい表情――この子は図書館に必要な存在だ、とヴィッキーは直観する。こうして、2人の物語は始まったのです。

来訪者を出迎え、ひざの上で眠る「図書館ねこデューイ」に、Dtui001 子どもたちは笑顔になり、大人は心をいやされた。やがて人びとはデューイに会おうと図書館に集い、語らうようになる。そしてデューイとヴィッキーは小さな図書館にいながら、町の人を勇気づけ、アメリカ
街じゅう、さらに海外へとあたたかい物語を伝えていくこととなりました。
 自身の病気や子育てに苦労しながらも、デューイの世話をし、ともに図書館をもりたててきた図書館長が、町の人びとに、そして世界じゅうに愛された1ぴきのねこの一生を愛情をこめてつづっています。

動物ものは苦手な私でもこんな図書館があれば行って見たいと思いますね。ペットとか動物とかいうと『いいえ家の家族です。』といわれるほどのペットブームがズ~っと続いていますが本まで読んじゃう人っているのかしらと思ったら、アラ大変。特に犬、猫関連の本は驚くほどあるんですよね。

 吉行 理恵さん作の『湯ぶねに落ちた猫』もタイトルにもある通り、猫好きの作者らしい素敵なエッセイが大半を占めています。 そこに現れる作者と猫たちの心の交流の表現や、そこで起こる様々なエピソードは、猫好きの人には堪らなくなる作品ばかりです。 と同時
に、異常なまでに猫にのめり込んで行く作者の精神的なひ弱さは、過去のエピソードも含め考えさせられるものがあります。
この本の中には、「小さな貴婦人」も収められており、この本全体が、「小さな貴婦人」の解説本のような感じです。 従って、81年に芥川賞受賞時に読んだときよりも、ずっと深くその内容を理解できた気がします。

 また、半藤末利子さんの『夏目家の福猫』も『吾輩は猫である』のモデルになった仔猫は、漱石の妻鏡子との攻防の果てに、いかにして夏目家に住みついたのか。七人の子供を育て、座る暇もないほど忙しい生活をおくった鏡子と漱石の関係。“狂気の時”の恐ろしさと、家族しか知りえないおおらかな素顔。漱石没後の夏目家―。長女筆子から伝え聞いた夏目家のくらしと、文豪の孫としての日常をユーモアたっぷりに描く珠玉のエッセイです。ぜひ読みたい1冊です。

 『猫は魔術師 』と言う本があり、ここではかかってしまったら二度と解けない不思議な猫の魔術。犬ほど愛想がいいわけでも、忠実でもない。人の役に立つわけでも、芸が出来るわけでもない。生意気、自分勝手、わがまま、気まぐれ、マイペース…。でもなぜか愛してしまう不思議な存在“猫”に翻弄された40人の各界著名人たちが猫をこよなく愛する人へ贈るハードフルエッセイ集です。

 私の家でも猫が長く住み着いていましたが、もう天に召されてもうあんな辛い思いはしたくなと暗黙の了解のうちにペットを飼うのをやめました。でもおかしいもので、祖父母の写真は飾っていないのに、猫の写真は健在です。名前は2匹ともメスだったので静江と薫
という実に人間らしい名前を私が命名しました。静江は兄があべ静江さんのファンだったから、薫は私の好きな作家庄司薫氏の名を拝借しました。家は犬も飼っていた時期があるので、犬派とか猫派というのはどちらでもなく、どちらも好きなんですけど、飼ってあげられないのがちょっと淋しいと家族皆が思っているでしょう。そんな時、こんな本を両親にプレゼントしたら喜んでもらえるでしょうか?

 ただの写真集のほうが喜びそうなので、ここは思案・・・

 

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2009年1月25日 (日)

私の好きなミュージシャン~坂本 龍一編

 ちょっと畑違いな場にいるような気恥ずかしさを持って今書いています。教授のことはYMO時代から好きで、音楽もよく聞きましたし、村上龍さんとの対談形式の本を解りもしないのに読んでみたり・・・CDも何枚かあります。

 クラシック音楽が根幹にはあるものの、民俗音楽、現代音楽にも造詣が深く、ヘビーメタルとカントリー音楽以外はすべて演奏分野の範疇にあります。
 幼いころから作曲を学び、東京藝術大学在学中にスタジオ・ミュージシャンとして活動開始。1970年代後半よりソロとして活動する一方、メンバーとして参加した音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」が国内外で商業的成功を収め、人気ミュージシャンとなる。YMO時代にテクノポップやニュー・ウェイヴの分野で活動したことは広く知られていますが、その後は一つのところに留まらず、現代音楽の手法を使った作品の発表、ロックとテクノの融合、ワールドミュージック、ヒップホップやR&Bなどのブラックミュージックを織り交ぜたポップス、オペラの作曲およびプロデュース、クラシックやボサノヴァのユニット成してのワールドツアー、近年はアンビエントやエレクトロニカのSakamoto001_3 品を発表するなど、ジャンルを超越して多彩な作品を発表しています。

 自身の音楽活動のほか、プロデューサーやアレンジャーとしても活動し、他のアーティストへの楽曲提供も数多く行っています。また、映画『戦場のメリークリスマス』の音楽を担当したことをきっかけに映画音楽の作曲も手掛けるようになり、1987年公開の『ラストエンペラー』(坂本が書いたピアノスケッチ譜に基づいて、実際のオーケストレーションは、本人を含む、東京藝術大学作曲科後輩のアレンジャー川崎絵都夫、上野耕路、野見祐二、渡辺蕗子等が分担した)では日本初のアカデミー賞オリジナル作曲賞を受賞し、以降、国内外の映画音楽を手掛け、映画音楽家としての地位を築きました。

 近年は各メディアで環境問題や平和問題をはじめとした諸問題について発言する機会も多く、最近はPSE問題において、坂本も中心人物として参加した反対運動が実を結んだ。近年は「エコ」や「ロハス」といったキーワードを口にすることが多く、マクロビオティック
の実践者でもある。一時期はベジタリアンでもあったが、これは「人としての闘争本能がなくなりそうだから」という理由で後に挫折ていとか・・・

 1970年東京藝術大学入学。大学在学中、民族音楽学研究の泰斗小泉文夫氏の講義を受け、その内容の深さに坂本はそれまで培ってきた音楽観の根底を揺さぶられるような大きな衝撃を受けたといいいます。さまざまに遷してきたと見られる坂本氏の作風ですが、そのベースには、小泉氏から学び得た民族音楽学の知識や思想がたしかにあるようです。ただし小泉自身は作曲をしなかったので、坂本氏
に作曲技法上の影響を与えたというわけではなかったのです。また坂本氏は、大学在学中、一年ほど作曲家三善晃にも学んでいます。さらには、渋谷で開かれていた高橋悠治の勉強会にも高校・大学を通して顔を出していました。坂本氏が電子音楽に出会ったのは、そんな大学学部在学中のこと。1974年東京藝術大学の音楽学部作曲科を卒業し、同大学院音響研究科修士課程に進みます。1976年修了。

 1975年、大学院在学中に新宿ゴールデン街で意気投合したという友部正人の『誰もぼくの絵を描けないだろう』にピアノで参加。タジオ・ミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせます。翌1976年、竹田賢一と「学習団」という芸術-実践の運動体を組織し、
竹田のプロデュースの下、はじめてのアルバム『ディスアポイントメント-ハテルマ』(土取利行とのコラボレーション)を発表。以降、りりィのバックバンド(バイバイセッションバンド)に所属した他、初期の山下達郎の楽曲(「2000トンの雨」「パレード」など)、大瀧詠一のアルバム『Niagara Triangle vol.1』などにキーボードとして参加。また、大貫妙子のLP『サン・シャワー』『ミニヨン』『ロマンティック』等にアレンジャー、プロデューサーとして参加。この時期を、後に坂本はアルバイト時代と呼んでいます。

1978年2月、細野晴臣のアルバム『はらいそ』に参加。細野の誘Haruoinoue_2 いにより、高橋幸宏とともに「イエロー・マジック・オーケストラ」(以下YMOと表記)を結成、活動を開始。10月、坂本初のソロアルバム『千のナイフ』をリリースし、ソロ・デビューも果たします。
11月、YMO名義の「イエロー・マジック・オーケストラ」を発売、続く「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」で爆発的人気を博します。またこの年、風の旅団の前身となるテント劇団「曲馬館」の音楽にも参加した。翌1979年にはYMOと並行する形で渡辺香津美、矢野顕子、小原礼、村上秀一、本多俊之らとセッションユニットKYLYNや、ほぼ同じメンバで、各パート二人ずつで演奏技術を競わせるいうコンセプトのカクトウギセッションでの活動を行います。また一部の楽曲で第二ピアノを演奏した高橋悠治のLP『新ウィーン楽派ピアノ音楽集成』が発表された(後に『新ウィーン楽派ピアノ作品集』としてCD化。また参加楽曲シェーンベルク「四手のための六つの小品」は坂本のアルバム『フェイヴァリット・ヴィジョンズ』にも収録されている)。同年から1980年にかけて、YMOは2度にわたるワールドツアーを実施しました。

 2001年、TBS50周年特別企画番組「地雷ZERO 21世紀最初の祈り」に出演。同番組の企画において、親交のある国内外のアーティスト達を起用し、地雷除去のためのチャリティーソング「ZERO LANDMINE」を作曲、リリースしました。同年にはボサノヴァトリオ「Morel
embaum2/Sakamoto」を結成し、アルバム『Casa』を発表。このトリオとしての活動、および坂本がこれまで自身の音楽にボサノヴァを取り入れてきたことなどが評価され、翌2002年、日本とブラジルの友好化に寄与したとて、ブラジル政府より国家勲章を授与されま
す。2003年には、この年4月にオープンした六本木ヒルズのテーマソング「the land song-music for Artelligent City」を発表し、ネットで無料配信を行いました。

 音楽を担当した映画「ラストエンペラー」においてアカデミー作曲賞を受賞した際には、写真週刊誌フライデーにおいて『この賞を受賞したことよりもこれから仕事を選べるという点のみで今回の受賞は悦ばしい』と発言。活動の拠点を米国に移したのも「日本という小さなマーケットでCDを100万枚売るよりも、世界の10カ国からそれぞれ10万枚ずつCDを売るほうが作品のクオリティーを落とさないで済む」と雑誌「GOETHE」で述べています。

 YMOでの活動は国内外のオーバーグラウンド・ニューウェーヴに革新を起こしたが教授はそれと平行し、国内のアンダーグラウンドシーンにも接近。NY帰りの東京のパンクバンドフリクションのファーストアルバムをプロデュース、関西の女性パンクボーカリストPhew
のソロデビューシングルでのコラポレーション、山崎春美の音楽プロジェクトTACOへの参加などが挙げられます。しかし、TACOでの過激な楽曲提供はともかく、フリクションのアルバムはメンバー・ファン共に「ライブでの緊張感・硬質感が再現されていない」と不評
を買い、Phewも「(坂本は)仕事は速いがセンスは悪い」と評判は芳しくありません。国外ではNO NEW YORKで一際存在感を放っていたアート・リンゼイとの親交が有名です。DNAの頃のアートと始めて出会ったときは満足に言葉も交わせず一方的に敵意をむき出されてしまっていましたが、その後坂本が自身のソロアルバムへの参加をオファーしたらあっさり快諾、以後現在まで坂本の活動に欠かせない人物となりました。結構山有り谷有りの人生だったのですね。ただ成功したかどうかではなく、いかに積極的に動いたか、働きかけをしたかと言う点で私は教授を教授と呼び続けると思いまず。

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2009年1月24日 (土)

私の好きな作品たち~江國 香織編

 私が最初に目にしたのが『きらきら光る』でした。

親のすすめで、医師の男性・睦月と見合いをすることになった笑子でしたが、その席で二人は互いの秘密を告白してしまいます。笑子はアル中であること、睦月はゲイであることを。初めは戸惑う二人だが、結婚を決めたのでした。その後、睦月の恋人・紺も加わわりますが、笑子の友人によって3人の関係が周囲に知れてしまうのです。
 主人公の笑子は器用に自分を生きれなくて、世間との折り合いもうまくつけれない、そういう自分を無意識の内に自分でも持て余している、そんな女性。 優しすぎる夫の事も、とても大切にしたいのについ憎らしくなって意地悪を言う。 そうして傷つけてしまった事に結局自分が一番傷ついてしまう。 手に日々を暮らしたいのに、なんだかうまくいかなくて、苦しい・・・
笑子のせっぱつまった泣きっぷりには、いつももらい泣きしてしまいます。胸にキュンとくるのは睦月の 『あんなに願うとは、笑子だってどこかで感づいているにちがいないのだ。いつまでもこのままではいられないことに。』 という独白と、 『たまIsono007 らなかったのは(略)それをお互いにコンプレックスにして気を使いあっていることの窮屈。』 と笑子の独白。

ラストのシーンでは、お互いのコンプレックスに気を使いながらも、いつまでもこのままでいることにした笑子に対して、溜め息をつきながらも笑顔でいる睦月の顔が浮かんでました。

 女性のみずみずしい感覚を描く作家として人気を得、2004年、『号泣する準備はできていた』で直木賞受賞を受賞しました。

 童話作家として出発し、、『きらきらひかる』『落下する夕方』『神様のボート』などの小説作品で作家として、詩作のほか、海外の絵本の翻訳も多数あるのには驚きました。翻訳本も読みたいですが、まず、『号泣する準備はできていた』について少々・・・
 
 様々な女性の恋や生き様を描いた短編集で生活の断面を切り取ったような生々しくも透明感のある綺麗な話が粒揃い。江國作品は日常のエピソードが語られる場面が多いので長編でも短編集のような感じがします。でも今作は、どの主人公もその後を知りたくなってしまうのでやっぱり短編集よりも長編小説の方がいいと思った所存。あと、「溝」が不気味で日常ホラーで面白かったですよ。

江國作品がすきな方々は、ひらがなの言い回し、特徴のある擬態語の使い方のせいかこの人の文章からはよい匂いが漂ってくるようでそれがとても好きなのでしょう。生きた花の香り、雨が降る前の水のにおい、石鹸の匂い、読んでいて、ふと様々なにおいがどこかから香るような気がすると言います。

 たしかに『間宮兄弟』などは、モテないって自覚は人生の中でも、 すごく大きなテーマになると思うんです。 下手すると人生が曲がるくらい。 そんななかでこの兄弟は、 このテーマとの付き合い方を自分の中に持っていて、 その上で女性を好きになり、実際に行動を起こします。 これは恐るべきほど正常で人間味のある部分だと思います。 確かに、兄弟の価値観や行動には 愛すべきほのぼのした部分がたくさんあるけど、 その根底には自分の納得のいく恋愛がしたいという 強くて普通の意志があります。 でも、兄弟の普通の部分は この小説に出てくる女性達には全く届きません。 自分の意図することが全く伝わらないこと自体 とても悲しいことな上に、女性達が兄弟の普通の部分をあまりに軽やかに無視していくのが、 とても残酷で、少し恐いです。

 で、私のお勧めは、『すきまのおともだちたち』と『左岸』です。Isono008 『すきまのおともだちたち』は「過去の思い出って淋しいのね」旅先で出会った勇ましい女の子と私との、いっぷう変わった友情の物語です。ふとした時に、現実の生活から心が離れて出会える世界がメルヘンタッチに描かれています。小さな女の子と擬人化しているお皿との出会いの中で主人公の新聞記者の女性はいろいろな事を学び、お互いに友情が生まれていきます。題材も内容もとても素敵だったのですが、特に私がお勧めなのはこみねゆらさんの絵です。色合いもい旅先で出会った女の子とのいっぷう変わった友情は、せつなくてきらきらしています。

 ファンタジックな物語だけれど、江國香織の恋愛小説とどこかつ ながっていて、友情も恋愛みたいに、一緒に同じ星をみて、同じごちそうをたべて、すばらしい時間を共有することなんだと思いました。部屋のすきまに、こんなにちいさな女の子が暮らしていたら、そして、ときどき会うことができたら、人生はすばらしいものになるだろうと思います。とてもおしゃれな絵で、この本は手元において時々ながめて幸せな気分になりたいと思います。

 『左岸』と『右岸』は直感的に行動し、恋をする茉莉。駆け落ち、同棲、結婚、出産、別れなど、重大な局面には果敢に飛び込み、不器用に真摯に解決する、辻仁成と再び組み、「人生」という川を女の視点から綴る意欲作です。江國の描く「右岸」のコラボ作品。

 50年に及ぶ時を、少女から母へと人生を重ねていく一人の女性の視点から描かれています。『右岸』と交錯していく時間と、けして交わらない時間「両岸」を挟む「河」と呼ぶべき、それぞれの生きる時間の隔たりを感じさせます。辻の描いた作品に比べ読みやすく、感情移入もしやすかったものの、生と死、激動する周囲の環境には窮屈な世界観を覚えました。物語の完走はそれぞれ一冊では表現できず、2冊あわせた1000ページを読み終えて初めて充実した気分にさせられるのですが・・・・ 
 
 久々に空調のよく効いた部屋の壁にもたれて読みたい作品でした。

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早稲田ラグビー優勝おめでとう!!

 と、話は1月10日に戻りますが、私、11日が試合だと思い込んでいたんです。もうちょっとで見逃すところでた・・・トホ

今年は早明戦を観て、ダメかもしれないと落ち込んでいました。一人一人の力はあるのに、ボールが回らない、これってチームとしてどうなんでしょうか?

横に出して出して最後にダッシュ、このパターンが一番好きなんです。

 『自分自身、2008年は『挑戦』というテーマを掲げ、守ったら何もToyota001 得ることができないという思いを持ってスタートしました。そして、中竹さんが今年のチームの状況、ここ数年のワセダの流れを見て、『Dynamic Challenge』というスローガンを提示してくださいましたが、聞いた瞬間から、すごくいい言葉だと思いました。何もかも果敢に挑戦するんだと、すんなり心に入ってきました。
 シーズンの途中は、みな挑戦することの方だけに意識がいってしまい、そのために必要な土台がないにも関わらず、挑戦、挑戦ばかりに走ってしまって、うまくいかないときもありました。しかし、大学選手権に入ってからは、自分たちのやるべきこと、戦い方をしっかり理解し、『Dynamic Challenge』を体現できたと感じています。
 ディフェンスではどこよりも前に出る。自分たちがどうあるべきかを考えれば、前に出ることも怖くはありませんでした。そして、アタックではどこからでも積極的に仕掛けていく。自分たちでは特別チャレンジしている意識はありませんでしたが、逆にそれが『Dynamic Challenge』できていた証拠ではないかと思います。』と語った豊田主将。

 『優勝した瞬間はすごく嬉しく、これで終わったんだという開放感がありましたが、時間が経った今は、何か物足りなさを感じています。その物足りなさを埋めるために、日本選手権ではトップリーグのチームに絶対に勝ちたい。残された時間で、そのための準備をしっかりやっていこうと思います。日本選手権も自分たちらしく、『Dynamic Challenge』します! 』

そう、次は日本一です。怪我だけには気をつけて、持っている力を全員が満足できる形で中武監督を男にしてあげてくださいっ!!

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2009年1月23日 (金)

私の好きな俳優たち~竹内 結子編

  1999年にNHK連続テレビ小説『あすか』のヒロインだった結子さん。私にはまだゆうこちゃんと呼びたい存在ですが、めきめきと頭角を現したと思ったら結婚してしまった・・・あれは唐突でした。でも結子ちゃんは私の中で咲いた小さなひまわりみたいな人でした。

 2001年にはTBSの『白い影』でブレイクしたそうですが、残念、私は見逃しました。その後、2002年の『ランチの女王』で月9初主演を務め、ショートカットと黒いタイトスカートが小悪魔的にかわいくて、これで私は一気に虜になりました。その後 数々のドラマや映画等に出演し、シリアスな役からおかしなキャラまでこなし、実際はどんな女性だろうと思っていたものでした。

 2003年の『黄泉がえり』の頃に東宝が「泣きたい夜には、竹内結子」というキャッチフレーズ入りポスターを作成され、その後かつての元気なイメージの役柄から『プライド』など清楚なイメージの役柄に変化し、2004年8月度にはビデオリサーチテレビタレントイメージ調査で女性タレント第1位になりました。

 『黄泉がえり』は梶尾真治氏の小説で、タイトルは、死んだ人が黄泉Takeuti005_2 (よみ)から帰って来るという意味であり、「蘇り」という言葉の語源です。 熊本市およびその周辺で突如発生した、死んだはずの人が蘇ってくるという超常現象をベースに、人々の絡み合いを描いていた作品です。熊本県阿蘇地方(原作とは異なる)で死んだ人が蘇るという超常現象が起こります。厚生労働省職員の川田(草薙クンです)は、現象の謎を探るため、自分の生まれ故郷でもある現地に向かう。幼馴染の葵(ゆうこちゃんです)に会い、一緒に調査を進める。ラーメン屋、学校、聾唖学校など様々なところで起こる「ヨミガエリ」。愛する人が生き返って喜ぶ人もいれば戸惑う人もいて・・・。そして、川田は葵の死んだ恋人を蘇らせようと努力するのですが・・・

 恋愛物への出演の多さから、スポーツ紙に「恋愛物の女王」と書かれたこともありました。松嶋菜々子さんに面影が似ているとの声もありましたね。西洋の女優での例えとしては、日本のメグ・ライアンと雑誌で評されたり、また根岸吉太郎監督は日本のヘプバーンと評しました。
 2007年公開の主演映画『サイドカーに犬』での演技が評価され、キネマ旬報ベストテン最優秀主演女優賞、日本映画批評家大賞最優秀主演女優賞など、多くの映画賞を受賞し、新たなイメージでの女優人生を歩みはじめます。
 2008年、月9ドラマ『薔薇のない花屋』にヒロイン役で出演し、3年ぶりにドラマ復帰を果たしました。思えばSMAPのメンバーと共演することが多いですね。

 『サイドカーに犬』は長嶋有さんのデビュー作の短篇小説の映画化で、役者たちの演技がとても光っている作品でした。物語自体は実はどこにでもありそうな話ですが、母親が父親に愛想を尽かして家出。その間に家にやってくるようになったのが父親の愛人で、型破りだが暖かい心を持つヨーコ(ゆうこちゃんです)という女性でした。そんなヨーコと次第に固い絆で結ばれるまだ小学校4年生の長女・薫。この物語はそんな薫の視点から描いた家族ドラマとなっているのです。劇的な変化があるわけでもないのですが、例えば一見すればヨーコはサバサバした豪快女なのに、物語が進むにつれてジワッと日陰者な寂しさがにじんできます。彼女の傷ついた心が次第に透けて見えてくる・・・またヨーコのことを好きなのはわかるが、どこか無愛想だったりする父親の微妙な心のサジ加減も次第に見えてきて胸が熱くなります。いろいろあって娘の薫が傷つき、何も言わずにそんな父親の腹をボコボコ殴るシーンがあるのですが、それを黙って殴らせ続ける様に、父親の気持ちと娘の気持ちが痛いほど伝わって涙がつい出てしまったほど。竹内結子、古田新太、子役の松本花奈ら主役級から端役に至るまで、リアリズムあふれる演技には本当に舌を巻きます。もちろんすべてのツボを抑えた、細部にまでこだわった根岸監督の演出も絶品です。
他に出演映画は

リング(1998年、東宝)- 大石智子 役
イノセントワールド (1998年、東北新社) - 珠泉アミ 役
ビッグ・ショー! ハワイに唄えば (1999年、東宝) - 高橋里美 役Takeuti003 
星に願いを。(2003年、東宝) - 青島奏 役
黄泉がえり(2003年、東宝) - 橘葵 役
天国の本屋?恋火(2004年、松竹) - 長瀬香夏子、桧山翔子 役
いま、会いにゆきます(2004年、東宝) - 秋穂澪 役
春の雪(2005年、東宝) - 綾倉聡子 役
サイドカーに犬(2007年、ビターズ・エンド) - ヨーコ 役
ショコラの見た世界(2007年)- 初子(ショコラ) 役
クローズド・ノート(2007年、東宝) - 真野伊吹 役
ミッドナイト・イーグル(2007年、松竹) - 有沢慶子 役
チーム・バチスタの栄光(2008年、東宝)- 田口公子 役
ジェネラル・ルージュの凱旋(2009年3月7日公開、東宝)-田口公子 役
 
 など、ドラマと共に賞を沢山貰っています。若いのに頑張ってるなと褒めてあげたいですね。ゆうこさん自身はどういう人かというと

、地震をとても恐れており、なにがあってもいいようにいろんな防災グッズを所有しているそう・・・。また、読書好き、この辺がいいのかなあ・・・
 また、頻繁に引っ越しをするそうで早い時で1か月ほどだといわれています。結構、引越し魔っているんですよね、特に芸能人は。

 同じ事務所の後輩であるYUIさんと仲が良く(YUIは不機嫌なジーン、サイドカーに犬、クローズド・ノートと出演作の主題歌を手がける事が多い人です)。『あすか』で共演した佐藤仁美さんとも仲が良いとか。先輩に可愛がられるタイプなのでしょうね、うんと先輩からのアドバイスを受けてもっとビッグな女優さんになってほしいですね。そして息の長い女優さんでいてほしいです。一本芯の通ったところが魅力ですね。

 『チーム・バチスタの栄光』の田口役も本では男性だったのですがあえてゆうこさんを起用したのは、神経内科医という役が女性だったら?・・・と言う話題性にもなったと思います。本の中の田中の役柄は不定愁訴外来(通称『愚痴外来』)。その仕事と名前から「グッチー」「行灯」などとあだ名される人です。血を見るのがいやだという理由で神経内科医となったのですから。ここを竹内バージョンに代えたことは映画的にきゅっと洗練されたと感じたものです。

 これからは母親役なども多くなるうでしょうが、いい親子関係が似合いそうで、楽しみにしています。

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2009年1月22日 (木)

私の好きな作品たち~藤原審爾編

 家にある古書の中に何冊があり、うる覚えで読んだ記憶がありました。今もう一度読みたいと思っても、転勤俗だった私の家は、あると思っていたものが紛失してしまうので、なんとか見つけ出したいのですが・・・

 幸運にもドラマや映画化された作品が多かったので原作を読まずしてドラマで読んだ気に待ってしまうものでしたが、原作と脚本が違う場合もあるので、しっかり読まなくてはと思っています。

『秋津尾温泉』とは、この秋津の町へ私は十七の初夏、伯母に連れられはじめてやって来た……。自然豊かな秋津の温泉宿を舞台に繰り広げられる、激しくも切ない愛の日々を描ききった作品。1962年に岡田茉莉子と長門裕之が主演し、吉田喜重監督の手で映画化された永遠の名作です。

『秋津尾温泉』は原点と言える作品で、作者自身にも重なるInoue001 境遇の、両親のない17歳の少年が伯母に連れられて山奥の秋津の温泉宿を訪れ、3年後、その5年後、また8年後と繰り返し秋津を訪れながら、そこで出会った女性と、妻子を持つ身となっていく主人公の関わりを叙情的に描いています。井伏鱒二氏は「底抜けに詩情ゆたかな筆致」「戦後の混乱した世相と対蹠的で特に引きたった」と評されました。
舞台の秋津温泉は、岡山県の奥津温泉がモデルの架空の地名となりました。

 この小説が認められ、1948年に上京して本格的に作家活動に入り、新宿で焼け跡闇市派作家として酒と麻雀の放蕩無頼の生活をしつつ、話題作『魔子を待つ間』などを発表しますが、肺結核が再発して入院、1950年に2度の大手術で肋骨8本を切除することになりました。

 でも家族への送金途絶えさせまいとして、中間小説誌ブームに乗って社会派風俗小説の書き手となり、1952年には『罪な女』で第27回直木賞を受賞、また『赤い殺意』『恐喝こそわが人生』などのサスペンス小説、犯罪小説を量産しました。1962年、「殿様と口紅」で小説新潮賞受賞。1970年頃から、『赤い標的』『薄毛の女』などのスパイ小説、『総長への道』『昭和水滸伝』などの仁侠ものを発表。1977年以降『死にたがる子』『落ちこぼれ家庭』『結婚の資格』など、家庭の問題をテーマとした作品を手がける。『みんなが見ている前で』『不良外人白書』などのドキュメンタリー風作品、『ろくでなしはろくでなし』、短編集『拳銃の詩』などのハードボイルド小説、『熊鷹-青空の美しき狩人』などの動物小説、『さきに愛ありて』などの教養小説、恋愛小説、『三行人生』『わが国おんな三割安』な
どのユーモア小説、『天才投手』などのスポーツ小説、『武士道地獄』などの歴史・時代小説、『藤十郎狸武勇伝』『妖怪の人間狩り』などの幻想的な作品などもあります。まさに、「小説の名人」の異名を取ったといえるでしょう。

『泥だらけの純情』は吉永小百合さん、山口百恵さんと2度も映画になりました。

 また、藤原氏と言えば『新宿警察』シリーズを思い出す方もいらっしゃるしょう。新宿警察を舞台に、根来刑事を初めとする刑事たちの活躍を描く警察小説。1975年に「新宿警察」としてテレビドラマ化されました。私の好きな警察小説が以外なところからみつけられ、とても読むのが楽しみです。

 夫と子供の不在の一夜、強盗に踏みこまれた、一人の平凡な主婦と強盗との接点を、誰にでも日常的に起こり得る恐怖と描く心理サスペンス『赤い殺意』。貧しく不幸に生まれ、ただ一筋に男に尽くすしかない可愛い女を浮き彫りにする直木賞受賞『罪な女』。

精細な心理描写の丹念な積み重ねと、定評のある女の情感描写の双方が響き合って、人間の哀しさと人間愛へと収斂されていく長短編の代表作を収録したもで必読の価値ありです。

 何故こんなに広いジャンルを描けたのでしょう。『昭和の短篇一人一冊集成』の藤原審爾自身のことを綴った作品を読む必要がありそうですね。それから『死にたがる子』『恐喝こそわが人生』等をじっくり読むとまた味わいが違っていいような気がしています。

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2009年1月21日 (水)

私の好きな俳優たち~オードリー・ヘプバーン編

 何故今ヘップバーンなの?と聞かれても困るのですが、優れた俳優さんを探していても女優さんがなかなか出てこなくて困ってたところ、昔、名女優とされた方々の顔ばかり浮かんできてしまい、今回は永遠のスターオードリーに決めました。

 第二次世界大戦終結後、オードリーの一家は無一文でロンドンに移り住み、母のエッラは様々な職に就いて家族の生活を支え、オードリー自身もエージェントの持ち込む映画やテレビの端役をこなし家族を支えていたが『初恋』で、主役の妹でバレリーナの役柄(準主役)を演じる幸運に恵まれます。『モンテカルロへ行こう』の撮影のために訪れたリヴィエラ(フランス)において、同地に滞在していた女流作家のコレットに見出され、彼女のブロードウェイ上演舞台作品である『ジジ』の主役・ジジ役に大抜擢。ジジ役を探していたコレットが、オードリーを初めて見た際に、「私のジジを見つけたわ!」と言ったのは有名なエピソードです。

 前後して、『ローマの休日』のアン王女役のオーディションにOdori001 合格。パラマウント映画と契約し、アメリカにおいて映画初出演を果たす。『ローマの休日』のアン王女役で一躍有名となり、女優業での成功がほぼ確実視されている状況となると、所属するパラマウント映
画は、オードリーの為に次回作を用意するも、彼女はブロードウェイの舞台『オンディーヌ』への出演を熱望。勿論、偉大な映画作家達の作品と名優との共演という筋書きを整えていたパラマウント映画は大反対するも、オードリーは反対を押し切るかたちで舞台への出演を行います。結果的には舞台作品『オンディーヌ』においてトニー賞の主演女優賞を受賞し、舞台女優としても大成功を収める事となりました。 華奢で日本人に親しみやすい風貌と言われ、その衣装も憧れの的となり、当時の女性達の間ではヘップバーンカットやサブリナパンツなどブームとなった現象も数多くあります。現在でもその人気は根強く、写真展等のイベントが開催されるほどです。

 映画への出演数はそれほど多くはないものの、『ローマの休日』ではアカデミー主演女優賞を獲得。 その後も『麗しのサブリナ』、『ティファニーで朝食を』、『マイ・フェア・レディ』等に出演。彼女の魅力が十分に生かされた作品ばかりである。本人によると『マ
イ・フェア・レディ』では歌唱部が吹き替えられ、また『ティファニーで朝食を』では主人公が彼女の本来のイメージとはかけ離れており、どちらもがっかりしたといいました。ただし、作曲家のヘンリー・マンシーニは彼女をイメージして名曲『ムーン・リバー』を作曲して、広く親しまれています。私もその一人で、特にお気に入りは『暗くなるまで待って』です。フレデリック・ノット(Frederick Knott) 原作の舞台劇の映画化ですが暗い部屋の中のシーンが多かったにも関わらず、じーっと画面に釘付けになっていた事を思い出します。

 スピルバーグ監督が 10年もの間、暖めてきた 愛の名作が ついに誕生した『オールウェイズ』のHap役も良かったですね。さんまさん曰く『あんな歳をとったオードリーは見たくない』というのはちょっと失礼ですよね。誰だって歳はとりますし、男性は歳をとってもいぶし銀などと褒められるのに、女性は皆ただのおばあさんというのはいかがなものでしょう・・・私は歳をとったほうが素敵に思える女優さんが沢山いらっしゃると思うのですが・・・

 彼女は1989年国際連合児童基金のユニセフ親善大使に就任し、当時内戦の続くソマリアやスーダンなどの子どもたちに笑顔を届けました。就任の際に、オードリーは「わたしは、ユニセフが子どもにとってどんな存在なのか、はっきり証言できます。なぜって、私自身が第二次世界大戦の直後に、食べ物や医療の援助を受けた子どもの一人だったのですから」と語っています。その一方で『世界の庭園』という番組のホスト役として、7ヶ国・16の庭園を訪れてもいます。

 黒柳徹子さんは彼女や有名な海外の女優さんは、手がごつごつしていたり、荒れ放題なのに驚いたそうですが、女優だからといって土いじりをしないなんてことはないそうです。ボランティアも積極的にする・・・見習うべき事が沢山あります。
 
 2008年現在、アカデミー賞、トニー賞、エミー賞、グラミー賞を全て獲得した9名の中の一人でもあります。日経リサーチが2004年12月27日に発表した「タレント・キャラクターイメージ調査」において、好意度ランキングで第1位に選ばれました。古びたイメージが無いん
ですよね。映画で歌った声は実は彼女の声ではなく選ばれた人の歌声だったのですがオードリーは歌も踊りもピカイチでした。

   今もオードリーファンに乾杯!!

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2009年1月20日 (火)

私の好きな音楽家たち~フランツ・リスト

 あまり馴染みの無いピアニストであり作曲家でですが、私は中学の時、リストのハンガリー狂詩曲を聴いて鳥肌がたったのを今も強烈に覚えています。素晴らしいと思いました。今まで学んできた作曲家とはどこか違う(勿論、皆個性的でしたが)、恐ろしさみたいなものを感じたのです。

 ピアニストとしては演奏活動のみならず、教育活動においてもピアニズムの発展に貢献をしました。演奏会形式としての「リサイタル」を初めて行なった人物と言われています。また、作曲家としては新ドイツ楽派の旗手、および交響詩の創始者として知られています。ハンス・フォン・ビューローをはじめとする多くの弟子を育成しました。

父親の手引きにより幼少時から音楽に才能を現し、10歳になる前にすでに公開演奏会を行っていたリストは、1822年にウィーンに移住し、カール・ツェルA70 ニーおよびアントニオ・サリエリに師事します。1823年にはパリへ行き、パリ音楽院へ入学しようとしたが、当時の規定により外国人であるという理由で入学を拒否されました(こうした規定が存在したのは学生数の非常に多いピアノ科のみでした。(他の科においては、外国人であることを理由に入学を拒否された例はありません)。そのため、リストはフェルディナンド・パエールとアントン・ライヒャに師事しました。

 また1823年4月13日にウィーンでコンサートを開きそこで、老ベートーヴェンに会うことができ、ベートーヴェンに賞賛されました。
でも1827年には父アーダムが死去し、僅か15歳にしてピアノ教師として家計を支えました。また、教え子であったカロリーヌ・ドゥ・サン=クリック伯爵令嬢との恋愛が、身分違いを理由に破局とりました。生涯に渡るカトリック信仰も深め、思想的にはサン=シモン主義、後にはフェリシテ・ドゥ・ラムネーの自由主義的カトリシズムへと接近していったのです。

 ピアニストとしては当時のアイドル的存在でもあり、女性ファンの失神が続出したとの逸話も残っています。また多くの女性と恋愛関係を結びました。特に、マリー・ダグー伯爵夫人(後にダニエル・ステルンのペンネームで作家としても活動した)と恋に落ち、1835年にスイスへ逃避行の後、約10年間の同棲生活を送ります。2人の間には3人の子供が産まれ、その内の1人が、後に指揮者ハンス・フォン・ビューローの、さらにリヒャルト・ワーグナーの妻になるコジマです。

マリーと別れた後、再びピアニストとして活躍しましたが、1847年に演奏旅行の途次であるキエフで、当地の大地主であったカロリーネ・フォン・ザイン=ヴィトゲンシュタイン侯爵夫人と恋に落ち、同棲。彼女とは正式の結婚を望んだが、カトリックでは離婚が禁止され
ている上に、複雑な財産相続の問題も絡み、認められませんでした。1848年にはヴァイマルから宮廷楽長として招かれました。カロリーネの助言もあって、リストはヴァイマルで作曲に専念しました。

 それらの事柄とは反面して、リストは超絶的な技巧を持つ当時最高のピアニストで「ピアノの魔術師」と呼ばれました。演奏技術と初見に関しては、どんな曲でも初見で弾きこなしたと言われ、いまだに彼を超えるピアニストは現れていないと言われていいます。その技巧と音楽性からピアニストとして活躍した時代には、「指が6本あるのではないか」ということがまともに信じられていました。

 高い演奏技術で万人受けの良かったリストの演奏に、初めショパンも「あんな風に弾いてみたい」と好意的であったが、あまりの技術偏重に呆れた後期は否定的でした。しかし、晩年のリストは技術よりむしろ表現力の追求にこだわった傾向が見られました。

 音楽史的には、ベルリオーズが提唱した標題音楽をさらに発展させた交響詩を創始し、ワーグナーらとともに新ドイツ派と呼ばれ、絶対音楽にこだわるブラームスらとは一線を画しました。彼の作曲人生は大きくピアニスト時代(1830年~1850年頃)、ヴァイマル時代
(1850年頃~1860年頃)、晩年(1860年頃~没年)と3つに分けられます。ピアニスト時代は、オペラのパラフレーズなどの編曲作品を始め、ピアノ曲を中心に書いた。このころの作品は、現役のピアニストとしての演奏能力を披露する場面が多く含まれ、非常に困難なテクニックを要求する曲が多くありました。

 ヴァイマル時代は、ピアニストとしての第一線を退いたが、作曲家としてはもっとも活躍した時代です。彼の有名な作品の大部分はこの時代に作られています。ピアノ曲もテクニック的にはまだまだ難易度が高く、過去に作った作品を大規模に改訂することも多くありました。また、ほとんどの交響曲や交響詩はこの時期に作曲されています。

 晩年になると、以前彼がよく作っていた10分以上の長大なピアノ曲は減り、短く無調的になりま した。この時期の音楽はピアニスト時代、ヴァイマル時代にくらべ、深みのある音楽が増えます。特に1880年以降、5分以上の曲はほとんどなく、しかもさらに音楽は深遠になっていきます。最終的に彼は1885年に『無調のバガテル』で長年求め続けた無調音楽を完成させました。

 リストの作品は同じ曲でも第1稿、第2稿……というように改訂稿が存在するものが非常に多く、改訂稿も含めて彼の作品を全て数えると1400曲を優に超えます。また紛失した作品や断片、未完成作品もさらに400曲以上あるといわれており、彼がどれくらいの曲を作ったのかを数えるのは不可能に近いでしょう。現在は彼の作品の再評価が着実に進んでおり、レスリー・ハワードのリスト・ピアノ曲全集(全57巻、CD95枚)はその代表例です。なお、この全集(補遺1巻、2巻を除く)での演奏時間は延べ117時間(1377トラック)・・凄い
の一言に尽きます。モーツアルトやベートーヴェンのような長調の曲より短調が多いと思うのは、たまたま私が聴いた曲が短調だったのか解りませんが、ハンガリー狂詩曲(S244/R106)(全19曲。第2番が最も有名) やパガニーニによる大練習曲等は』大変気に入ってます。心穏やかになれるかどうかは・・・・聞いて判断してみてください。

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2009年1月18日 (日)

私が最近知った作品たち~平野啓一郎編

 恐ろしいほどにタイムリーな小説『決壊』。私達は今、秋葉原で起きた連続殺傷事件・・・種の「無差別テロ」・・・に戦慄しています。このような事件がなぜ起きたのか、なぜ起こりえたのかに当惑し、恐怖を覚えています。この度の平野啓一郎氏の長編小説『決壊』は、この秋葉原の事件を彷彿とさせるような、あるいは秋葉原の事件を予見するような連続殺人事件を描いています。
 『決壊』の主人公の沢野崇は、国会図書館に勤める、有能で知的な調査員です。独身ですが、女性にはよくもてて、何人も恋人がいたりします。二〇〇二年十月、京都の三条大橋で、バラバラ遺体の一部が、犯行声明付きで発見され、やがて、その遺体が、沢野の弟で会社員の良介のものであることが明らかになります。良介が、殺害される直前に崇と会っていたこと、良介の妻佳枝が、良介が密かに作っていたブログにたびたびアクセスし、コメントを付していた人物を義兄の崇ではないかと考えていたこと等が原因となって、警察は、崇を犯人だとほぼ断定するのですが・・・
 Picaso2
 事件は、日本各地で次々と起き、それどころか海外にまで飛び火した、連続殺人へと発展します。崇への疑いは、十一月に実行犯の中学生北崎友哉が逮捕されたことで、晴れることになるのですが、事件の拡大は止まらない。クリスマスイブには、お台場のフジテレ
ビと渋谷で連続的に爆破テロまでが起きて・・・
 

 この小説と「現実」との意図した、あるいは意図せざるをえない、数々の共鳴には驚かざるをえません。たとえば、良介殺害の実行犯(の一人)友哉は、「孤独な殺人者の夢想」なるブログを開設しているが、それは、秋葉原事件の加藤智大容疑者によるネットの掲示板への大量書き込みを連想させます。無論、友哉が中学生であるのは、酒鬼薔薇聖斗(を始めとする少年殺人犯)を意識してのことでしょう。
 無差別的なテロや殺人の正当性を哲学的に語る、〈悪魔〉と名乗る人物が登場しますが、彼の主張は、加藤智大容疑者の「世界そのものへの怨恨」や、オウムの「ポア」の思想に通じています。秋葉原事件に関して、ターゲットとなった「秋葉原」という場所の象徴的
な中心性を考慮に入れざるをえないのですが、『決壊』のテロの標的となっているお台場や渋谷は、秋葉原と表裏関係にあるような、東京のあるいは日本の中心ではないのでしょうか・・・
 『決壊』が「現実」とのこうした共鳴を通じて格闘しているのは、意味と真理の間の乖離をどう埋めるのかという問い、言い換えれば「悪」の存在をどのように解釈し、それにどう対処すればよいのかという問いです。問いの中核を理解するには、これを宗教的な言葉に置き換えるとよい。もし神が全能であるとすれば、なぜ、神は、悪がはびこる不完全な世界を創ったのでしょうか? 神が創った有意味な世界という像と極端な悪の存在という真理とは、どのように両立できるというのか? これは、神学上の古典的な問いですが、特定の信仰など前提にしなくても、現代的に言い換えることができます。もし普遍的な説得力を有する「善」が存在するとすれば、「人を殺してはならない」という規範に代表されるような普遍的な「善」が存在するとすれば、要するに神の命令に匹敵する普遍的な「善」が存在するとすれば、連続無差別殺人や無差別テロのような極端な悪が、どうして可能なのか? ひどく異常ではないように見える(ほんのわずかしか変わっていないように見える)普通の人が、どうしてこれほどに極端な悪を犯すことができるのでしょうか?
 どうにも解釈しがたいほどのひどい悪を目の当たりにしたときの、最も直截な神学的解答は、神の全能性を、ひいては神の存在そのものを疑ってしまうことです。同様に、普遍的で基底的な善への信頼を放棄すべきなのでしょうか? このときには、もはや、善だ
けではなく、倫理的に罰したり、救済したりする対象としての悪すら存在せず、Picaso6ただ、「悪」と名づけられたシステムの意図せざる機能障害だけが残ることになります。『決壊』で、〈悪魔〉は、こうした結論を暗示していますが、これに抗することができるのでしょうか?

 主人公をとりまく日常を描写した幕開けから既に不穏な雰囲気 。どんな事件が起きているという訳でもないのに、登場人物たちが生活の中で感じている不安は、読者である我々が今現在抱えているもやもやしたものと同様であり、その分析力、および筆力に脱帽です
。人物描写がカテゴライズされすぎというきらいはありますが、ケータイやネット問題、雇用や生活不安、教育、政治等現代社会が抱える負の要素をうまく一人一人に背負わせて交互に語らせる展開はスリリングであり、読み手のページを繰る手を休ませられません。
 特に、絶対に好きになれないだろうエリート公務員でモテ度も高い「崇」は作者の代弁者のようでです。論理の肥大化した「悪魔」と徐々にシンクロしてきて同一人物か?と思わせ、ミステリー要素も抜群だと思います。

 大江健三郎氏が神話的、土着的であるのに対し、作者は現代的で都市的という違いはありますが、その小説の作法というか、文学に対する姿勢は非常に近しいものがあるように感じます。 10年の時を経てこのような作品を書けるようになるとは、さすがに芥川賞を2
3歳で取っただけの価値を持っている作家さんだったのですね。

 受賞作『日蝕』よりはるかに読み甲斐がありました。2002年、19世紀パリを舞台にショパン、ドラクロワ、ジョルジュ・サンドらの織り成す人間模様を描いた『葬送』を刊行。これら『日蝕』『一月物語』と合わせて「ロマンティック三部作」とされた作品も読むべ
きだと思いますが、最近の作品に私は注目しています。上述した『決壊』他、彫刻家クレザンジェは、ソランジュに求婚し、その母サンドはこれを了承した。病床にあったショパンは、ドラクロワとともに深い危惧を抱く。その彫刻家の軽佻・利己・浪費といった性行を知っていたからだ。事実、彼は二十万フランもの不動産を持参金という名目で略取しようとしていた。そして…。荘重な文体が織りなす人間の愛憎、芸術的思念、そして哲学的思索。感動の第一部完結編の『葬送』、AIBO、皇太子妃ご懐妊報道、略字体、口蹄疫、ピッキング、大リーグ、臓器移植、世界同時多発テロ、加工食品…。私たちを取り囲んでいるモノ、技術、現象、事件、情報…そうした文明のちっぽけなしっぽの一端から、巨大な憂鬱が見えてくる。明晰な論理と非凡な視点、そして鋭い感覚で日常に潜む微細な欺瞞をも見抜いてゆく。単行本未収録の24編を加えた全49編の文明批評エッセイ『文明の憂鬱』なども面白いですよ。

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2009年1月17日 (土)

私の好きな俳優たち~岩下志麻編

 私が物心がついた頃からテレビ・映画と引っ張りだこだった岩下さん。美貌は衰える事を知らず、夫の映画監督の篠田正浩氏は家庭でも女優扱いをし、それゆえあまり主婦という印象が無くいつまでも女優岩下志麻でいられたのかもしれません。

 私が印象に残っているのは映画では『鬼畜』の主人公の奥さん役でしたが、子供になつかれてはリアリティがなくなるというので、撮影の間も子供たちに対して怖いイメージを崩さなかったと言う逸話があります。ホントに怖い役でした。

 『聖職の碑』『悪霊島』『鬼龍院花子の生涯』『極道の妻たち シリーズ』『近松門左衛門 鑓の権三』『霧の子午線』『スパイ・ゾルゲ』などは後期の作品で私が大人になってから観た映画ですが、どれもかっこいいのです。普通の役より、アクの強い役が似合いますね。

 ドラマでは私のイチオシは倉本総氏脚本の『さよならお竜さん』を真っ先にあげてしまいますね。倉本氏らしい作品でお竜さんこと岩下さんはある大企業の社長秘書でずっと結婚もせず、若手社員に結婚や恋愛なんて止めなさいと言いつつ、Sima003 ある時期京都で知り合っ
た緒方拳の恋におち、寝物語のつもりで社長のことを会うたびに話していたら、拳さんはそれをゆすりのネタにしていたことが発覚。
 それに拳さんには体が弱い奥さんがいてお竜さんは愕然とするというストーリーなのですが、BGMに中島みゆきの『恨みます』が流れたりしてたまらなく面白い作品でした。珍しく三枚目の役でしたし。

 『早春スケッチブック』でも若い時にした不良のものまねをしていた時期があり、それを息子に隠していたのですが、岩下さんが当時つきあっていた山崎努さんと息子が仲良くなって、いつの間にか家族で、天蓋孤独の山崎さんと関わっていく・・・この物語は山田太一氏の作品でしたね。

『独眼竜政宗』でもきつい役をこなしていました。美人が恐ろい役をやるとそのイメージが離れないものですが、岩下さんがやると尾を引かず、『極道の妻たち シリーズ』では影響を受けた方も多いと思いますが、私はいつもド近眼の岩下さんの逸話を思い出してしまって親しみを感じてしまいます。

 女優デビューは、テレビドラマの方が先で1958年のNHKドラマ『バス通り裏』、映画では2年後の1960年の『笛吹川』(木下惠介監督)。映画界では松竹の看板女優として活躍しました。松竹には1960年から1976年まで16年に渡って在籍し、その屋台骨を支えました。

 1960年の映画『秋日和』の数シーンで岩下を起用した小津安二郎監督は、彼女の女優としての素質を見抜き、『10年に1人の逸材だから大切に育てるように』と松竹の幹部達に語ったといいます。1962年には、小津監督にとって映画『秋日和』以来の松竹作品であり、遺作となった映画『秋刀魚の味』のヒロインに抜擢され、小津映画のラストを締めくくった。小津は、次回作も岩下をヒロインに想定して構想を練っていたという。今でも海外に行った時には、小津監督について質問を受けることが大変多いと岩下さんはは語っています。

 日本メナード化粧品のCMに長く出演していることも業界では広く知られており、2000年に28年という専属タレント契約としては世界最長の記録が『ギネス・ワールド・レコーズ』に認定され、現在もその記録を更新中だということです普通じゃ考えられないですよね。

 バラエティにも以外と出演されていて、私は観たことが無いのですが、きっとまたド近眼の失敗談でも話しているのかと思うと、あまり崩れたイメージは作らないで欲しいとも思う私です。

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2009年1月16日 (金)

私の好きな俳優たち~西岡徳馬編

 すっかりお茶の間でも知られるようになり、コワモテから親父ギャグを言う三枚目までこなしていらっしゃる西岡さん。
 芸能界に入ったのは、学校をやめて途方に暮れていた時、父親に「お前は芸能学校に入れ」と言われたのがきっかけとの本人談。俳優になるきっかけを作ってくれた父に感謝してると語っています。幼少時は、そんな父に車で箱根にあちこち連れて行ってもらって、本人曰く「ちょぼっちゃま」(ちょっとしたおぼっちゃま)状態だったというのですからそもそもよいお育ちなのです。
 
 大学卒業後の1970年に文学座に入団。退団後はテレビ・映画での活躍を主体とし、「極道の妻たち」シリーズや初期のギャング映画などでヤクザの幹部を多く演じたことから、コワモテ役の印象を与えていましたね。

 1991年、テレビドラマ「東京ラブストーリー」では、部長役を演じまNisioka001 したが、原作では、赤名リカ(演じたのは鈴木保奈美)と子供を連れてアメリカから帰ってくるという設定で、「赤名リカと関係を持ちそうな部長というイメージから西岡さんを選んだ」ということでキャスティングされたと語っています。
 ちなみにこのドラマは、当時30%近い高視聴率であったため、ヒロインが会社の部長と不倫して子供も作るという内容を変更し、キャスティング当初とは違ったエンディングになったということをご存知でしたか?
 
また、NHK大河ドラマ『武田信玄』と『風林火山』で役柄は異なるものの、同じ上杉家家臣役を演じていました。無くてはならない存在感ある風貌も私は好きです。
 おしゃれな役より、3枚目の役のほうが親近感があってそれで好きになったのかもしれませんが。ただ主演が少なく名脇役で留まっているのがなんとも惜しいですね。ただシリーズものでいつも顔を出してくれるのは嬉しいです。

 『名探偵キャサリン』シリーズ、『音の犯罪捜査官響奈津子』シリーズ、『密会の宿』シリーズなど殆ど刑事役ですが、もし実は犯人だった・・・と言う設定のドラマがあったら、もうたまらなくいいでしょうね。そういうドラマ映画を作ってほしいものです。

 現場では謙虚でいい人と言われ、ムードメーカーなのでしょうね。

『女王の教室 SP エピソード1~堕天使~』や『演歌の女王』では父親役を熱演されていたことは記憶に新しいと思います。でも私には父親役というのっがピンとこなくて、いくつになっても憧れの女性を追い求める独身でいて欲しいというのが本音です。

 できれば舞台も観てみたいのですが、お金が無いのでそんなに通いつめられないのが残念です。あの口調でガア~と語るのは素敵です。
 

  これからも多くの作品に、出来れば主演で出演してくださること、祈っています。

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2009年1月15日 (木)

私の好きな作品たち~池端 俊策編

 また脚本家さんのお話です。実はドラマは沢山観ていたのにノーマークの作家さんでした。でも1984年、テレビドラマ脚本『私を深く埋めて』(TBS)『羽田浦地図』(NHK)『危険な年ごろ』(日本テレビ)の三作品で向田邦子賞、芸術選奨新人賞を受賞し脚光を浴びた方だったのです。映画『復讐するは我にあり』『楢山節考』以来の仲である緒形拳の出演作を、『羽田浦地図』『百年の男』(NHK)など多数執筆。初監督映画『あつもの』でも、緒形氏が主演しました。ビートたけしさんの主演作も、『昭和四十六年大久保清の犯罪』『イエスの方舟』『あの戦争は何だったのか 日米開戦と東条英機』(以上、TBS)などを発表しています。
 また、1990年の『忠臣蔵』では、両主演という形で、緒形拳さん(大野九郎兵衛役)、ビートたけしさん(大石内蔵助役)が共演しています。

 もともとは、1970年、明治大学政治経済学部卒業。在学中かYuboshi らシナリオ研究所に通い卒業後は竜の子プロに半年勤務。その後セールスマンなど職を変え今村昌平の脚本助手となり映画『復讐するは我にあり』(1979年、松竹・今村プロ)、『楢山節考』(1983年、映・今村プロ)の第1稿を手がけたのがきっかけだったのでしょうが、それにしても異色の作家さんだということがわかると思います。

 シナリオを本にした『池端俊策ベスト・シナリオセレクション』では全編ビートたけしさんが出演された作品集もあります。

 緒方さんとたけしさんには一方ならぬ魅力を感じていたのでしょうね。でもたけしさんだからこそ成り立ったドラマもありましたね。設定や人物描写さえしっかりしていれば、世界をそんなに広げる必要はないのです。むしろ、限られた空間の中においての世界観を体感できて、映像も鮮明に頭の中をかけめぐってきます。世間的には問題あるけど、いい奴なんだよ、あいつは! っていう人、自分の周りにいませんか? 池端さんの眼差しはそんな人たちにも優しさを与えています。たまには「家族」を考えてみませんか?私はこの本の中の「我等の放課後」で不覚にも泣いてしまいました!!語り継いでいかなければいけない作品集だと思っています。

 『あの戦争は何だったのか 日米開戦と東条英機』は1941(昭和16)年10月12日、陸軍大臣の東条英機は、外交でアメリカの和平を模索する首相の近衛文麿の私邸を訪れ、一刻も早い対米開戦を主張。程なくして近衛は、陸軍の強硬姿勢に対して、自身の内閣を維持することを断念し、総辞職を決断しました。これを受け昭和天皇は、主戦派ながら天皇への忠誠心が厚く、陸軍急進派の暴発を抑制できる人物として東条を首相へ任命し、対米和平工作へ望みを託すことに。天皇の意を汲み取った東条は、それまでの主張を撤回、戦争回避を目標に、国策を検討する政府大本営連絡会議へ臨むというもので、人物描写がとても素晴らしいと思いました。

 NHKドラマ『帽子』は最後まで反戦ドラマの空気など感じさせなませんでした。2008年現在の市井に、60余年も昔の戦争がいかに深く根をおろしているか・・・広島は呉を舞台にした本作において、「原爆」という主題がのっそりと姿を現すのは、開始後30分を過ぎてから。
田中裕子は胎内被曝に遭い、それを遠因として癌に侵されている。それだけ。でも「それだけ」だから恐ろしく、むなしいのです。
 かつて彼女と将来を誓い合っていた帽子職人の緒形拳は、ある偶然から今は東京に暮らす彼女に会いに行くことになりました。道連れを演じるのは玉山鉄二。玉山鉄二の演技へ向ける真摯さが表現の隅々に現われていて唸りたくなりました。それはともかく、原爆の問題は存在感を限りなく消されながらも、いつのまにか人物の生活にからみつき、侵食し、非情な結末を辿らせます。これに捕まったら「のほほん」と生きることなどできはしない・・・誰もかれもが多少なりとも前向きな生き方をし始めた矢先、ハッピーエンドと見えた幕切れに合わせるように、宿痾としての原爆は予告通りにキッチリと人の命を回収してゆきました。それはラストのたった一言で示されています。この酷薄さ、残酷さは池端脚本の持ち味でもあるのですが、「大久保清の犯罪」や「イエスの方舟」といった、過激な社会派ドラマで鳴らした氏が、技術面において、今や一筆書きの凄味を見せつけている事に圧倒されました。「一流の仕事とはこういうことだ」と作品それ自体で告げられたような気分です。軽佻浮薄に逃げるな。本物から目をそらすな。威厳のある脚本であり、ドラマでした。

『あつもの』(1999)と言う映画では厚物と呼ばれる菊を咲かせることに情熱を燃やすふたりの老人と、彼らを相手に援助交際する女子大生が織りなす人間模様を描いたドラマです。監督は、本作が初監督作となる「優駿 ORACION」の脚本家、池端俊策氏。第7回芥川賞を受賞した中山義秀の『厚物咲』を、池端監督自らが脚色。撮影を「大往生」の栃沢正夫が担当している。主演は、「流星」の緒方拳と「完全なる飼育」の小島聖、「アジアの瞳」のヨシ笈田。99年度ベノデ国際映画祭グランプリ受賞作品となりました。

 こうして脚本家さんを調べていると日本のドラマはまだまだ捨てた物ではないと嬉しい気になります。

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2009年1月14日 (水)

私の好きな作品たち~警察小説③

警察組織の内幕などを描く新機軸の警察小説が人気で最近取り上げてきましたが、組織と人間の葛藤(かっとう)に迫る最近の話題作を“捜査”した。(佐藤憲一)警察小説の変化を示す一番の作品は、吉川英治文学新人賞を受賞した今野敏『隠Higa12 蔽(いんぺい)捜査だろうと言われています。

日本の警察小説は、一匹狼(おおかみ)の「新宿鮫」シリーズ(大沢在昌)や公安警察を舞台にした「百舌」シリーズ(逢坂剛)が知られ
ますが、もともと地道に事件を追う刑事らの姿をリアルに描く集団捜査型が基本でした。

「ベイエリア分署」シリーズなどを長年手がける今野さんはこうした集団捜査作品の名手ですが、本書では警察庁の一人のエリート官僚が、連続殺人事件の真相を隠蔽(いんぺい)する内部の陰謀に立ち向かう新境地に挑んでいます。今野さんは「ミステリーが成熟し、犯人探しやトリックだけでない、組織の問題を扱う作品が増えている」と最近の警察小説を分析します。

こうした“異色作”の増加は、『半落ち』『陰の季節』など地方警察の内幕を掘り下げた人間ドラマで人気の横山秀夫の活躍がきっかけ。最近の『震度0(ゼロ)』、権力闘争を繰り広げる県警キャリアの密室群像劇です。

 ミステリー評論家の西上心太さんは「監察課、警務課など、あまり知られていなかった管理部門を舞台に、『非捜査系警察小説』という鉱脈を発見した横山さんの功績は大きい」と評価する。巨大組織と個人の確執というテーマが、サラリーマンの共感を呼ぶ側面もありそうです。

 警察の不祥事が相次いだことも、内幕ものへの関心を高めています。。佐々木譲『うたう警官』は、北海道警のスキャンダルをヒントに、不祥事隠しに対抗する警察官の活躍を描いた。新作『制服捜査も、事件の余波で駐在所勤務となった元刑事の目で、地方の町の荒廃をあぶりだしました。
 

 女性の社会進出を反映して女性警官ものも増えています。誉田哲也『ストロベリーナイト』は、異例の出世を遂げた27歳の女性刑事が魅力的です。男社会の重圧やおやじのセクハラにめげず、直感で猟奇的事件の真相に迫るタフさ。二人の対照的なヒロインを配した『ジウ』も評判で、この分野の期待の新鋭だと言えるでしょう。

 アメリカのローリー・リン・ドラモンド『あなたに不利な証拠として』も5人の女性警察官の人生の断面を切り取りました。犯人を銃殺した後の葛藤、悲惨な事件の被害者と向き合う苦しみ、死の恐怖と隣り合わせた職務の切迫感……。凶悪犯罪の多発する銃社会の現実と、女性警官を追い込んでいく黒々とした闇が、読むほどに感情を揺さぶられます。
 
 このほか、日本の警察小説の名手が競作した『鼓動』『決断』が刊行されるなど、ミステリーの中でもこの分野は一番の注目の的。単純な謎解きに終わらない深遠さにきっと心打たれるでしょう。

ここでは『うたう警官』と『ストロベリーナイト』を取り上げてみました。

『うたう警官』ではうたう=証言する、密告する。警官殺しの容疑をかけられた刑事に射殺命令が下された。有志たちによって、彼の潔白を証明するための極秘の捜査が始まるのだが…。追うも警官、逃れるも警官。北海道警察を舞台に描く警察小説です。

 捜査費流用の裏金疑惑と汚職スキャンダルで揺れる北海道警察。上層部の隠ぺい体質に現場の士気はガタガタという中、マンションの一室で美人婦警が殺害される。容疑者としてあがったのは、婦警の元恋人で刑事の津久井。津久井は姿を消し、道警上層部は即座に津久井を指名手配、さらに発見次第の射殺命令を出す・・・。だがこれには裏があり津久井は警察内部の裏金スキャンダルの重要証人だった・・・。

元同僚の刑事佐伯は、津久井の無実を信じ立ち上がる。警察の現状に危機感を覚える仲間たちを募り、真犯人を探す私的な捜査を始め、津久井をかくまう。口封じのため射殺を辞さず、警官の大量動員を行い執拗に津久井探すエリート上層部。対するは、光があてられることもなく地道に愚直に黙々と働いてきた中年男を中心とした現場の警官たち。
 

 警察組織を舞台にタイムリミットもののストーリーを見事に構築すHiga03_2 る。そのスピード感。横山秀夫とはまた違った警察モノの快作。でもいくら小説の世界とはいえ、ここまで簡単に殺人をでっち上げ、しかも「即刻銃殺」という命令が簡単に下りるのだろうか? あるいは、逆にどんなに優秀な捜査員をそろえたとしても、夜から朝までの数時間で事件を解決できるのであろうか?そして、真犯人がこんなに簡単に罪を認めるのだろうか? と疑問を投げかける声もあり・・・。

『ストロベリーナイト』では、青いシートにくるまれ、放置されていた惨 殺死体。警視庁捜査一課の主任警部補・姫川玲子は、直感と行動力を武器に事件の真相に迫る…。熱気と緊張感を孕んだ描写と、魅力的なキャラクター。渾身の長編エンターテインメントと評されています。

謎の殺人事件とそれに立ち向かう警視庁捜査一課。恐怖の光景は目を覆いたくなるほどに・・・。登場人物の性格も丁寧に描写されているからでしょう。キャラクターが立っていて、陰惨な事件なのにテンポ良く読み通せるストーリー展開が際だっています。しかし、女性主人公の「ひらめき」に頼るため、都合の良いストーリー展開となっており、ミステリーとしての仕掛けも弱いところが残念。ただ、楽しむための作品としてはエンターテイメント性も十分で価値があり、ブレイクしそうな作家と言う声もあり。

いつまで続く、私の警察小説論?・・・??

神田昌典「60分間・企業ダントツ化プロジェクト戦略構築・速習セミナー」

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私が見つけた面白そうな作品たち~レベッカ ブラウン

 また見つけましたよ、面白そうな作品たちを。レベッカ ブラウンさんの『体の贈り物』と『私たちがやったこと』『家庭の医学』です。

『体の贈り物』は11の話を収めた連作短編集。
主人公の女性は、末期のエイズ患者をホームケアする仕事に就いています。あと何ヶ月生きられるのか、死を宣告されたに等しい患者と
接する日々。彼らと言葉を交わすなかで、彼らの肉体的、精神的な苦痛に触れ、それを少しでもやわらげようとする「私」。
 
 食べる事、歩くこと、泣けること…重い病に侵され、日常生活のささやかながら、大切なことさえ困難になってゆくリック、エド、コニー、カーロスら。私はホームケア・ワーカーとして、彼らの身のまわりを世話している。死は逃れようもなく、目前に迫る。失われるものと、それと引き換えのようにして残される、かけがえのない十一の贈り物。熱い共感と静謐な感動を呼ぶ連作小説です。
ある人は孤独や絶望の中で死んでいき、ある人は死に面して、閉ざしていた心を開き、ある人は穏やかに命を終えるのだろうと。
そしてそんな想像は、あながち外れてはいない。 しかし本書の内容を漠然と、そしてステレオタイプに想像したとき、決定的に欠けているものがある。それは体の感覚です。彼ら一人一人の、生きている体です。 もう思い通りに動かせない体。食べものを受けつけなくなり、だんだん空っぽになっていく体。そこに最後に残されたもの。残していったもの。 作者はドラマチックな物語、感動的な物語を語るのではないと思Midorinohaiderberg います。ただ彼らの生活、その営みを綴るのです。そこには、並みの想像では決して及ばない力がある気がしてきます。HIVの人のホームケアを仕事とする主人公が、生と死に立ち会う中での気持ちの動きを、淡々と書いていて、決して深入りしすぎていない。「だから生きているって素晴らしい」なんて、一言も書かれていないのに、自然と気持ちが前に進むのは、著者の筆が素晴らしいから。
 
 レベッカの作品は、その「距離」の描写がばつぐんに上手いと思います。 近かったり遠かったり、その距離はさまざまですが、主人公も他の人々も、常にそれを意識して動いている用に思います。
 現代は、人との距離感が昔より少し遠くなっている気がする。 インターネットやケータイ、便利な道具は増えて人とコミュニケーションする機会は増えたように感じるが、さて、体や心はどうだろうかと問いたくなります。

 『家庭の医学』も今もっとも身近な出来事でありながら本格的な小説がなかった「介護文学」です。人気のアメリカ小説家、レベッカ・ブラウンが、癌に冒された母親の入院、手術、治療、そして看取るまでを描いています。「生きているあいだ、母はいろんなことを心配した。……私たちは母に言った。何もかもちゃんとやっているから、もう休んでいいのだと」──。痛々しくも崇高な作品です。

『私たちがやったこと』は、互いが不可欠になるために、耳を聞こえなくした“私”と、目を見えなくした“あなた”。その愛の行方を描く表題作。二人きりで過ごすはずの、新婚旅行先のコテージに、夫の知人がどっと押し寄せ、困惑する“私”―「結婚の悦び」。ホームケア・ワーカーの日常を描き、ラムダ文学賞などを受賞、静かな感動を呼んだ『体の贈り物』の著者が鋭く描く、人間関係と愛の不条理さ。幻想的で美しい短編集です。これはなんだかすごい物語でした。恋人同士が1人は目をつぶして、もう1人は耳をつぶして、お互いに支えあって生きていくという内容なのです。2人が望んだ完璧な関係はしかし、悲劇へとつながっていくという読み応えのある作品です。

でもこんな愛の形はあっていいのでしょうか・・・私には美しい短編集とは思えませんでした。悲劇が美であってはならない、そう思いたいのです。日本と外国の医療のあり方の違いにも戸惑いました。でも、この3作品で私が選ぶとすれば、『私たちがやったこと』なんですよね。表題作は私の心をえぐりました。今は考えたくないことだったので・・・

 でも3作品ともお勧めです。

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2009年1月13日 (火)

私の好きな作品たち~田向正健編

 『橋の上においでよ』で向田邦子賞を取った田向さん。
  土曜日のNHKのドラマは見逃せませんね。昔から、今に至るまでいろんな作品がありました。その中でやはりNHKドラマらしいNHKドラマを作る第一人者といえば田向正健氏です。この人のドラマは社会的に考えさせられ、しかも人の奥底にある心を揺さぶるような感動を与えてくれます。その田向正健作で当時流行りだした「テレクラ」を題材にしたものであり、堤真一は、テレクラに通う浪人生役。
テレクラでアポを取り、待ち合わせは大阪戎橋の上。女の子とデートできたのだが、その時に聞いた話は嘘で会うことができなくなっのですが・・・・
 脇を固める役者もよかったですね。同じようにテレクラで遊ぶ男に柴田恭平、さらに石田くみ。
人の人に対する虚構と真実、人の本当の姿とは何か。を求めていく堤真一。いろんな事が起きたのちに、実は故郷には17の時に生んだ子供が故郷にByakuyakou いると真実を話だす南果歩。しかしそれだけでは信じることができない堤真一は南果歩を故郷(富山)につれていく。
 ラスト近くに、南果歩の故郷に帰ったときに起こった体の変化に、南果歩と一緒に見る者は心をうち震わせられる。そして蜃気楼を二人で見る。蜃気楼は有名だが、ここで見るのはめずらしいと南果歩はいう。めていこうとする姿に私たちも感情を見事に移入します。この年のテレビドラマで賞をいくつかとっていたと思います。

 調べてみると田向さんの作品はNHKでの放送が多いですね。『雲のじゅうたん』を皮切りに『優しい時代』『ロマンス』『オアシスを求めて』『武田信玄』『徳川慶喜』『ハチロー~母の詩、父の詩~』などで、『ロマンス』は主役を演じた榎木孝明のテレビデビューで主題歌も担当しました。テレビ小説作品では最初期にこそ男性主人公の作品もあったのだが、大ヒット作「おはなはん」以降は女性が主人公(ヒロイン)である作品が続いていた。この作品はそれ以降でははじめての男性を主人公にした連続テレビ小説作品である。また青年男子が主人公となるのもはじめて。これ以後は男性を主人公にしたドラマもいくつか製作されました。

TBSでも『夏に恋する女たち』で、あるマンションに、わけありの男たち女たちが揃い、バツイチのカメラマン、母親にトラウマを持つ中年ホスト、レイプ経験のある女イラストレーター、画廊商人、離婚直後の独身女、不良娘などなど。反目しあい、理解しあった彼らは最後にはそれぞれの道へと戻っていくと言うストーリーはどこにでもあるようで心に引っかかっていたドラマです。原田芳雄が『窓際のホストチャン』といっていたことを思い出します。

 最初の作品『冬の旅』は木下恵介アワーで第8回放送批評家賞(ギャラクシー賞)、第13回期間奨励賞受賞作。木下恵介・人間の歌シリーズ第1作でもあります。

 紹介の仕方が逆になっしまいましたが、田向さんは1961年に明治大学文学部卒業後、松竹大船撮影所に助監督として入社。1969年『とめてくれるな、おっ母さん』で監督および脚本家としてデビュー。同年木下惠介プロに移籍し、それ以後は脚本家の道を歩みます。1976年、NHK連続テレビ小説『雲のじゅうたん』で人気脚本家となりました。1982年、『リラックス』で芸術祭大賞を受賞。1987年、『橋の上
においでよ』で第6回向田邦子賞受賞し、1988年、NHK大河ドラマ『武田信玄』を大ヒットさせ、大河史上2位の平均視聴率を上げました。
 
 本があればいいのになあと思う私でした。

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2009年1月12日 (月)

私の好きな作品たち~結城昌治編

まだ日本にハードボイルド小説というものが浸透していなかった時期にハードボイルドを書いたことから『ハードボイルド小説の先駆者』といわれています。生島治郎氏の筆名の名付親でもあります。

 1959年5月、『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』日本版の第1回短篇コンテストに応募した「寒中水泳」が入選し、7月、同誌に掲載される。日本人作家の作品が掲載されたのはこの短編が最初です。

 1959年12月、処女作品集『ひげのある男たち』を早川書房から上梓。1960年1月、東京地方検察庁を退 職し、作家活動を開始するようになります。その後は『ゴメスの名はゴメス』などのスパイスリラー小説、クライム・コメディ、ハードボイルド、一般ミステリを執筆し、また、日本推理作家協会設立当初は常任理事を務めました。

 『軍旗はためく下に』の5つの話が切ないのは、登場する兵士達Kaii17 は確固たる反戦思想の持ち主だったり崇高な精神の持ち主だったりするわけではなく、みんな「普通の男達」・・・心弱く、ちょっと狡いところや卑怯なところもあり、「お国のために戦う」ことに特には疑問を持っていない男達であることです。ごく素朴な「忠臣愛国」の念を持っていたりもします。それでもこっそりと「いつ国に帰れるのだろう。家族に会いたい」と愚痴を言い合い、「虫けらみたいに殺されたくない」と呟いたりするのです。そんな彼らが、ひょんなことで軍規違反に問われ、容赦なく殺されていく……。

 これは正面切った反戦小説、という趣の小説ではないと最初は思いました。登場人物が明快な戦争批判をおこなう場面はほとんどなかったはずだし(厭戦気分、はある)、戦争の悲惨さを大所高所から描いたものでもありません。登場人物達はいずれも「鬼畜米英」(の気分を叩き込まれており、その気分のままに敵を憎悪し罵っているし、平気で人種差別的な発言も繰り返します。そして描かれている悲劇はいずれも底辺の悲劇であり、その死は思想信条に支えられた崇高な?死ではなくそれこそ虫けらのような犬死にでなのです。しかし、いえ、だからこそ、これは逆に言えば強烈な反戦小説であるとも言えのだと感じ取りました。

 また、全く古さを感じさせない『ゴメスの名はゴメス』。失踪した前任者・香取の行方を探すために、内戦下のサイゴンに赴任した坂本の周囲に起きる不可解な事件。自分を尾行していた男が「ゴメスの名は…」という言葉を残して殺されたとき、坂本は、熾烈なスパイ
戦の渦中に投げ出されていた。香取の安否は?そして、ゴメスの正体は?「不安な時代」を象徴するものとして、スパイの孤独と裏切りを描いた迫真のサスペンスです。

 『暗い落日』も、私立探偵 真木を主人公とする本作こそ、日本において初めて登場したリアリティを持ったハードボイルド・ミステリです。 ロス・マクドナルドの強い影響を感じさせますが、昭和30年代の成熟と腐敗の気配を見せ始めた日本社会の暗部と悲劇を描写した、その世界は古びていません。

『終着駅』は、敗戦直後の焼け跡・東京で、ウニ三という正体不明の男がどぶにはまって変死。その位牌はまるで死のバトンの如く引き受けた男達につぎつぎと無造作な死を招き寄せる。絶対的価値が崩壊した後、庶民はいかに生き、いかに死んでいったか?独白体、落語体、書簡体等、章毎に文体を変え、虚無と希望の交錯する時代を活写。『軍旗はためく下に』の戦争テーマを深化した純度高い傑作ともいわれています。吉川英治文学賞受賞。終戦後、庶民はどのように死んでいったのか、というテーマの作品です。設定はシュールでミステリアス。プロットの興味だけで最後まで引っ張られます。そして驚愕と感動のラストを迎えます。 鬼才の傑作の名に恥じない名作です。

 この機会に是非お読み下さい。 

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2009年1月11日 (日)

私の好きな俳優たち~余 貴美子編

 いつからか彼女の魅力の虜になっていた・・・そう紹介するしかない余さんはいつも隣にいてくれるそんなイメージと、とっても遠い存在にも思える不思議な方です。

これまで、私の知る限り、主演だった事はなかったのが、なんて見る目がないんだろうと言いたくなるほど、演技も見映えも素晴らしい方です。そう思うのは私だけでしょうか?

 確かに助演女優賞はたくさん貰っています。それでいいにでしょうか?1976年から1984年までオンシアター自由劇場に所属(代表作は『上海バンスキング』のリリー役)。1986年に大谷亮介氏らと東京壱組を旗揚げします。原田宗典の戯曲をYokimiko001_2 中心に解散まで14公演を公演。

その後は活躍の場をテレビや映画に移しました。『学校』などでブルーリボン賞助演女優賞、毎日映画コンクール女優助演賞、日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。1999年度には『兄弟』などでギャラクシー賞個人賞を受賞。2003年には『ホテルハイビスカス』などでヨコハマ映画祭助演女優賞、高崎映画祭最優秀助演女優賞を受賞。演技力に定評があり、さまざまな役を器用にこなせるバイプレーヤーとして活躍中。ナレーションでの出演や兼務も多い・・・こんなにがんばっているのに・・・

 『さまざまな役を器用にこなせるバイプレーヤー』・・・これは褒め言葉だと思いますが、これで脇役や助演にとどまっているのは悲しいです。でも出演の量を数えると、すさまじくでてらっしゃることはそれだけでも喜ばなければならないのでしょう。いつも隣に住んでるお姉さんのほうが親近感がわいていいかもしれませんね。

 かなりの酒豪で「二日酔いの感覚が分らない」というほど強い。打ち上げで「美人演技派女優」と自身を紹介された際には「いえ、私は美人演技派女優ではなく美人女優です」とサラっと言い爆笑を誘うなど、明るくさばさばした性格で姉御的存在です。若い頃は横浜でハマのマリアと呼ばれテーマソングまであったそうで、そういう事を聞くと、嬉しくなってしまいます。

 『ちゅらさん』の池端容子役はもうストラップにして持って歩きたいキャラでした。よく転ぶ、これ私もそうで、人事とは思えなくておかしいのだけれど、うん、わかるって頷いている私がいるのです。後に柴田さん役の村田さんと結婚しても 一風館にいることが全然違和感がなかったし、ペアで牛模様の服を着ていたことも、なんとなく現実的で最高でした。

 寒い港に佇む女と言うイメージがあるのですが、以外に教師役が多く、『ヤンキー母校に帰る』『白線流し』『さよなら、クロ』等がそれで、こんな先生がいたら憧れただろうななんて思ってしまいます。

 『愛していると言ってくれ』の画廊のオーナー役は今時の役でサッパリして明るいようでどこか影かげりがあるように見えました。

代表作品は
学校III (映画・松竹)(1998)
萩家の三姉妹 (舞台)(2000)
ちゅらさん (NHKテレビ) 池端(柴田)容子役(2001)
わるいやつら (テレビ東京) 藤島チセ役(2007)

ジャンル別作品 テレビ
篤姫 パンドラ おいしいごはん鎌倉・春日井米店 わるいやつら 女タクシードライバーの事件日誌・だます女だまされる女シリーズ
映画
Dear Doctor おくりびと 初雪の恋~ヴァージン・スノー
舞台
あれから 錦繍 びっくり箱-姉妹篇-

などはほんの一握りでホントにいろんな役で楽しませてもらっています。これからも、テレビ、映画、舞台、ナレーションなど幅広くそして無理をしないでホドホドに頑張って下さいね。応援しています。

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2009年1月10日 (土)

私の好きな俳優たち~古尾谷雅人編

 私が最初に古尾谷さんと出合ったのは映画『ヒポクラテスたち』でした。てっきりそれがデビュー作だと思っていたのですが、初期は本名古尾谷康雅名義で活動。

俳優デビューは日活ロマンポルノ、特にエロス以上に社会派ミステリー的展開で絶大な評判をとった田中登監督作品への出演が多かったそうです。デビュー作『女教師』(1977年、監督は田中)では主演の女教師をレイプする不良中学生役。しかし苦しむ女教師に言い寄っておきながら、空き寺の一室で別の女教師とのセックスを繰り広げる男性教師に嫉妬と義憤交じりに乱入して説教するという役を演じました。この映画で主演した女教師役の永島暎子さんとは、23年後TVドラマ『永遠の仔』で再び共演することになりました。23年ですよ、凄い!!

 『永遠の仔』は家庭的な問題から、児童養護施設で育った3人Huruoya_001 の主人公が、弁護士、警察官、看護士となって、再会し、それぞれが過去のトラウマに悩まされながらも、助け合いながら生きていくという、現代の日本の親子関係の暗部をモチーフにした作品で、天童荒太さんのヒット作でしたね。

 一般作進出は、1979年のフジテレビドラマ『二人だけの儀式』ですが、本格的進出は1980年の映画『ヒポクラテスたち』(監督・大森一樹)。作品・古尾谷さんはじめ主要キャスト全員の演技力の高さが評判となっただけでなく、本作で共演して以来、斉藤洋介・内藤剛志と生涯の親友となりました(斉藤洋介とは前年NHKで放映され好評を博したドラマ『男たちの旅路』第4部第3話「車輪の一歩」の障害者役でも共演していますね)。 さらに1983年の日本テレビドラマ『若草学園物語』で主役の教師役をつとめ、その主題歌「見上げるだけの人間のようで」で歌手デビューも果たすなど、一躍脚光を浴びました。

 私の中でも『ヒポクラテスたち』と言う作品は忘れられないものです。当時学生だった私はどれほどあの作品で考えさせられたことか・・・DVDがあれば買ってしまうでしょうね。大抵の若者が経験することを等身大で訴えているのです。いえ、訴えてはいないけれど、こういう現実のあり方を問う形になっています。ヌボーっと背の高い古尾谷さんは冷めているようで実はとても誠実な役柄で、そのまま私などは20年近く経っているのですからいかに自分が成長していないか、彼を観るたび思ってしまいました。

 ですが、2003年3月25日、首吊り自殺により死去。享年47(満45歳没)。いろいろな問題を抱えていたそうですが、通夜・葬儀・告別式で俳優仲間の斉藤洋介は号泣し、同じく映画『ヒポクラテスたち』で共演した阿藤快は「彼はまさに役者らしい役者だったよ」と語っていました。本当に亡くなったなんて信じられません。せめて出演された映画だけでも紹介させていただきたいい思います。「人妻集団暴行致死事件」 

「ヒポクラテスたち」  主役
「スローなブギにしてくれ」 
「悪霊島」 
「丑三つの村」  主役
「旅芝居行進曲」  主役
「オイディブスの刃」 
「別れぬ理由」 
「嵐が丘」 
「花の降る午後」 
「宇宙の法則」  主役
「パチンコ物語」 
「BEST・GUY」 
「殺人がいっぱい」  
「略奪愛」 
「赤と黒の熱情」 
「月はどっちに出ている」 
「罪と罰」 
「シュート」 
「家なき子」 
「マークスの山」 
「蛍 II・赤い波止場」 
「お日柄もよくご愁傷さま」 
「不法滞在」 
「いちご同盟」 
「金田一少年の事件簿」 
「元気の神様」  主役
「群狼の系譜」 
「のど自慢」 

等に出演されています。あらためて観てみたい作品が沢山あって困ってしまいます。
昨年、古尾谷夫人が出された著書『 最期のキス!』には自殺から1年。俳優・古尾谷雅人夫人、全真相を綴る。「こうなって欲しかったんでしょ! お母さん」 父親の遺体を前にして、娘の麗は私に向かって叫んだ。トラウマ、うつ病、DV…。愛と憎しみの家族「再生の物語」も読んでみたいです。でないと納得出来ない、あまりの唐突さに・・・・

 ご冥福をお祈りしています・・・

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2009年1月 9日 (金)

私の好きな作品たち~『はじめての文学』編

 読みたい本を探していたらこんな不思議な作品たちに出会いました。それが『はじめての文学』と銘打った作品集でした。

その中には宮部みゆきさん、村上春樹さん、村上龍さん、吉本ばななさん、宮本 輝さんなど12人もの大物作家さんが小説の面白さ、楽しさを味わうために、著者自身が用意したスペシャル・アンソロジーだったのです。

 例えば春樹氏の場合は、この本は「年少者向け」になっていますが、そうじゃない人も十分楽しめます。作者自身が作品を選んでいるというのも その選択自体が作家からのメッセージとなっていますね。 また巻末に自身の作品解説もあり、作品の背景や作者の気持
ちをを知り、読むのもまた違った目で作品を 楽しむことができます。「沈黙」は採録にあたり、大幅に手を入れたそうで、以前に読んだことがある人も 読む価値があるのではないでしょうか。絶対クラスの中に何人かいるこの小説の「青木」のような人に傷ついている人はいると思います またいろいろなタイプの話が入っており、村Murillo01 上春樹ワールドの入門書としてもいいと思います。

 村上龍さんの場合は、短編9編の中、2編が日本昔噺の再話になっています。ただ、現代に引き寄せて身近な話にしようと工夫されています。
  まず、「鶴の恩返し」の主人公の若者は、デパートのアパレル売場の勤めに満足できず、自然に囲まれた山の生活に安らぎを見出しました。ある日、ボウガンで撃たれたツルを助けてまする。ある夜、ミニのワンピースを着たおんなが現れ、そのツウと同棲を楽しむのですが、暮らしは楽にならなりません。それでツウの織ってくれた布で生活を支えていました。それが評判になりテレビに出されたりするんもですが、その結果ツルになって飛び去ってしまうというお話にまっています。大筋は昔噺と同じですが、最後に洋服メーカーの偉い人の言った次のセリフが意味深長なのです。
 「幸せにしたいという気持ちだけで、ほかの人を幸せにできる時代は、とっくに終わっているんだ」…この若者の時代錯誤を作者は批判的にみているのか、憐れんでいるのか分からないにしても、最後にこういう含みのある言葉で読者に話しかけていると読み取りた
いと思いました。

次に、「浦島太郎」。この再話では、その時を「昔」とも「今」とも言っていません。主人公はその名のとおり浦島太郎である。亀をいじめる子どもたちとのやりとりが現代的です。太郎はいじめている子どもを殴りつけるのです。そして「なぜおまえをなぐったか分かるか」と問いつめる・・・。いじめとはどういうものかを彼らに身を以て悟らせようとしているのだと思いました。そこに作者の創作意図が伺えます。カメの恩返しで、竜宮城招待、楽しい生活を捨てて再び里帰りという大筋は変わらない。た
だ、「開けてはいけないものはいらない」と玉手箱をもらわなかったところが違っています。開けると年取るようなのは玉手箱ではない、という作者の見方が面白いですよね。

 宮部みゆきさんの場合は、心とろかすような・朽ちてゆくまで・馬鹿囃子・砂村新田の4編からなります。
 どの小説も読んだことがあるものなのですが、改めて読み返すはずなのにはじめて読むときと同じように引き込まれてしまいます。今まで直感、評判で読む本を選んでいた私にとってこのシリーズとの 出会いは価値のあるものになりました。

 全12巻を読み、贔屓の作者を見つけることが出来ました。ぜひとも全 12巻、読むことをお勧めします。あなたも贔屓の作者を見つけてみてください。人間観察がうまい12人ですから・・・

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2009年1月 8日 (木)

私の好きな作品たち~海老沢 泰久編

 海老沢氏は1974年に『乱』で小説新潮新人賞を受賞していますが、私は元ヤクルト監督を描いた『監督』で好きになりました。

 作家でもありノンフィクション作家でもあるのでこんな面白い作品が書けたのでしょか・・・広岡氏はまず,このぬるま湯体質の一掃から取り掛かる。当然,選手達からもコーチ達からも猛反発。家族的な愛に包まれた素晴らしきエンゼルス・・・がチームカラーであると信じていたからです。しかし広岡氏は選手達に,野球をする事が仕事でなく,勝つ事が仕事である事を繰り返し説き,勝つためにどういう事が必要か,野球とはどういうゲームなのかのです。
 選手達は勝つ事によって,自分達の持つ能力に目覚めていきます。勝つ事が自信を生み,監督への信頼感を生み,やがて一人一人が勝つためには何をすべきかを考え,プレーをするようになる。そう,勝つ事により,チームは成長し,変貌を遂げました。チームリーダーが初めて,個人成績を追求する事と,チームの優勝を目指す事がDorakuroa01 両立できる事を知る場面は,まさに感動的です。

 海老沢氏の文章は,あたかも翻訳ハードボイルド小説であるかのように,淡々と事実を積み重ね,余計な飾り立ても思い入れも意識的に避けています。文体に抑制が効いている、そのため逆に,感動が深くなっているのです。

 「最後までベストを尽くそう。もしそれで駄目だったとしても,われわれはそのなかできっと何かをつかむはずだ。私はその何かをきみたちひとりひとりにつかんでもらいたい。そして,最後は顔をまっすぐあげて,誇りを持って球場を出て行こうじゃないか。」
 こう言われて,発憤しない人間はいません。自分を最高に評価してくれる人間を裏切る訳にはいかない。信頼してくれている人を裏切る訳にはいかない。  監督は自分達を信頼し,自分達の力で戦え,と言っている。ここで力を振り絞らなければ,男じゃない!・・・そして彼らは,なけなしの力を振り絞り,残り2試合に挑みます。自分を信じてくれ,全てを任せてくれた人に応えるために。広岡氏はジャイアンツとも軋轢があり、なにかと問題にされていた人物でしたが、私は個人的に広岡節が好きで(球団は無論ジャイアンツファンですが)常に冷静・沈着な広岡監督の他の面も見られていっきに読みました。 

 ストーリーそのものは、「弱小球団の新監督が、選手たちと対立しながらもチームを変革し、優勝を争うまでに持っていく」という黄金パターン。細かい采配から選手たちの心理の動きまで、ハードボイルドな文章で精密に描き出しており、野球小説としてはきわめてよくできていると思います。欲を言うとこの小説、誉めている人はベタ誉めしているし、評価も非常に高いのですが、私はこの文章は好きです。一気に読めるおもしろさは認めるますが、このパターンの話なら、川上健一の『監督と野郎ども』の方が魅力があるかなとは感じてしますが・・・

 それとまた相違った作品で直木賞を受賞した『帰郷』。表題作の「帰郷」は、自動車工場から短期間F1グランプリのメカニック・チームに選ばれたものの、その後戻った元の職場に適応できず、恋人とも別れ、 職場も止めるに至った男の物語です。夢を追うロマンの高
まりと共に、その一方での現実の生活、興奮と平凡。相反する世界を行き来せざるを得なかった男の幸福と同時に不幸。
 短篇という短さの中で、良く2つのテーマを描ききったことと思いました。選考委員も『F2グランプリ』のスピード感は良かったけれど構成が今ひとつという判断が多かったようですね。返って『F1地上の夢』のほうがよかったとも。海老沢さんの文章は、スポーツのノンフィクションに向いています。短いセンテンスを、上手くつなぎ合わせて、わずか1行に人間の心のひだを描ききってしまいます。
『F2グランプリ』でモータースポーツを一般に知らしめた海老沢さんが、中島悟の1987年からのf-1参戦に合わせるかのように、ウイリアムズ=ホンダチームに密着した懇親のドキュメンタリーです。

 がらっと変って『青い空』では悲惨な時代の悲惨な出来事を描いていながら、不思議なほどからりとした、あざやかな世界観に包まれる小説です。700ページがあっという間の読書体験。シリアスであり、なおかつエンターテイニング。文章家海老沢泰久の面目躍如。
若い主人公の真っ直ぐさやさまざまな脇役たちの志や個性にも共感します。勝海舟も印象的。どちらの立場かなどという狭い考えにとらわれず、広く大きく世界をとらえ、人の肚を読み、用心深い一方で、豪放です。私たちにとっての神とは何なのかを自問自答させら
れながら読み進み、最後に「これなんだ」という解答をつきつけらました。その解答は、今の私には十分納得の行くものでした。

 私的には『彼女の哲学』も非常に面白く読めました。出来れば全部の著書を読みたいところです。

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2009年1月 7日 (水)

私が注目している作品~湯浅 誠 編

 今『反貧困―「すべり台社会」からの脱出』と言う本が売れているのをご存知でしょうか・・・今も時代にそんなこと、など思って無い方、要注意です。前回も少し触れましたが、内定取り消し、住居もなくしてしまったというニュースは日常茶飯事です。

 株で大損した人も少なくないでしょう。うっかり足をすべらせたら、すぐさまどん底の生活にまで転げ落ちてしまう・・・今の日本は「すべり台社会」になっているのではないでしょうか。そんな社会にはノーを言おう。合言葉は「反貧困」。貧困問題の現場で活動する著者が、貧困を自己責任とする風潮を批判し、誰もが人間らしく生きることのできる「強い社会へ向けて、課題と希望を語ります。

 貧困とは非常に古くから存在する問題であり、それは人類が誕生して有史以来5000万年以上前から例えば狩猟に於ける不平等分配の問題であったり、支配者と被支配者の問題、或は帝国と その人民の問題であったりと常に2儀的な側面を持つ、つまり持たざるものと持つものとの せめぎあいであったり、それが歴史の大きな局面にに於いて戦争の主たる要因であったりしてきました。

 21世紀に入ってここ日本ではいや世界において拡がる貧困と格差の問題はついにアメリカの崩壊によって益々混迷の極みに達するに至った訳ですが、今20世紀初頭に起こった大恐慌それ以上のショックで語られています。飢餓と貧困あるいはテロリズムの問題は常に表裏一体であり、今オバマ政権の誕生によってまるで彼が救世主のように語られてますが、果たしてルーズベルトのように、ニューグリーンディール政策が功を奏すのか、或いはアフガンに対する テロリズム撲滅が功を奏すのかは、今まだBuffet_work15s 誰の目にも明らかでは無いでしょう。

 ではここ日本はどうなのか・・全ての問いに対する答えはこの本に書かれています。これは、今誰もが読んでおかねばならないと思える本だと思います。

 非正規労働者が全労働者の3分の1を占めるまでになった日本社会で,働いても働いても人間らしい暮らしができない人々が急増しています。世界経済が失速し,企業の業績が急激に悪化しており,非正規労働者の突然の解雇が連日マスコミで報道されている。雇用,社会保険(雇用保険,健康保険,厚生年金,労災など),公的扶助という3つセーフティネットが機能していなければ,一たび職を失うといっきに最下層の生活に転落する危険があるといいます。社員寮を追われ,住む所さえ確保されない場合には,まさに生存そのものが脅かされる。解雇された人の中には,40歳以降の中高年の割合が高い。子育てや親の介護など,家族に対する責任が重くのしかかる時期です。
 1990年代以降,企業は国際競争に打ち勝つために,非正規労働者を増やし,正社員の数を圧縮することでコスト削減を進めました。国は相次いで規制緩和を行い,あらゆる業界での非正規雇用が一般化したけれど,社会保険料の負担を嫌ってこれに加入しない企業もあり,労働者にとってはいつ契約が打ち切られるかわからないため,生活はいつまでも不安定のまま・・・
 何かが間違っているし,このままではいけないと改めて思いました。新しい考え方,新しい価値観を見出し,社会のあり方,ひいては政治の方向を構想していく時期がきています。湯浅氏は,皆がこの問題に関心を持ち,連帯し合って,ともに「強い社会」を作ろうと読者に強く呼びかけています。多くの人にぜひ手にとって読み,この問題(貧困)について深く考えてほしいと願います。

 湯浅氏は,生活に困窮した状態を“溜めがない”状態と表現しました。この“溜め”は見ようとしなければ決して見えないものであると言います。学生でも日々の暮らしで何とか学費を捻出し,過重なアルバイトをしながら学んでいる者も多のです。大学は社会の縮図であり,貧困の問題は決して他人事でもなく,どこか別世界で起きている問題でもないと感じています。平成20年度大沸次郎論壇賞受賞作品です。

湯浅氏自身、こう語っています。『清潔感をまとった青年が淡々と、貧困問題の根を説く。1000件を超える生活保護申請に同行した体験は事の本質をとらえ、視点は低く優しく、だが、理論的である。宗教的いかがわしさとも左翼思想の押し付けがましさとも無縁であることの新鮮さと安心感が、人びとの耳目を彼に向けさせる。
 数年前から指摘していた「ネットカフェ難民」が、ようやく存在を知られるようになった。だが、「日本はまだ貧困層がいるかいないかという論争のレベルにある。解消手法の議論以前だ」と自覚する。社会全体に染み込んだ、「貧困層はいても少数例外」であり、しかも「自己責任の結果」という思い込みが壁となり、容易に壊れない。
 なぜか。「自己責任で片づけるのがいちばん簡単だから。それ以上、かかわりたくない。考える余裕もない。社会全体に溜めが失われている」。だが、社会分析は問題を解決しない。最近、言い方を変えた。「自己責任で転落した人なら死んでもいいんですか。それは動物の社会でしょう」』と。

 他、『貧困襲来』や『働けません。―「働けません。」6つの“奥の手”』も必読でしょう。高度成長期から豊かとされてきた日本の本当の姿を直視すべき時です。

 NPO法人もやい事務局長であり、東京大学大学院博士課程単位取得退学。友人に誘われ参加した代々木公園での野宿者支援運動を契機にホームレス問題へと関わる。炊き出しなどの救援活動の一環として、延べ1000件を超える生活保護申請に付き添ってきた。事務局長を務めるNPO法人では、生活困窮者にアパート入居時の連帯保証人提供と入居後の生活支援を行ない、一時は個人で300人の保証人にもなった、貧困問題現場の第一人者の言葉は私達に大きな問題意識を提示してくれる、貴重な存在です。

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2009年1月 6日 (火)

私が気になる作品たち~マーカス バッキンガム編

 新刊で、『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす』というのを見つけました。自己啓発本は苦手な私でさえつい、手にとって見たくなりました。本書の主張は,弱点をなんとかしようと苦労するのは労力の無駄なのでほどほどにして,自分にとっての強みである才能を伸ばしてそれを活かすようにしよう-ひいてはそれが成功につながるということにあります。この筋立ては非常に説得力があります。
 本書では才能にかかわる資質を 34 に分類しています。これはギャラップ社の 200 万人におよぶインタビューから抽出されたものです。人にはそれぞれこれらの資質のうち優位なものと優位でないものがあって、本書の読者は Web 上の簡単なツールによって自分の優位な資質 5 つを特定することができます。
 ただし本書が面倒を見てくれるのはここまでで,ツールで発見できた才能をどうやって磨いていくか,それをどのようにして自分の強みとして生かしていくかといったことは残念ながら言及されていません。その代わり,(管理職の視点から)組Vermeer05 織において各メンバー
の才能を活かしていく方法が後半で述べられています。この意味では,本書は自己啓発の面よりは組織論に重点を置いているのでしょう。
とはいえ,「弱点に気を取られるな」という視点と「自分の特徴的な資質」を教えてもらえただけでも本書を読んだ価値は十分あると思います。

 180項目の簡単な設問に答えて入力すると、自分の天性の「才能(特長的な資質)」の上位5つが、解説付きで示されるということです。紙の情報媒体である書物とインターネット・ツールが合体した新しいビジネスモデルであることが面白いと感じられました。
「目からウロコ」は、やはりこの書物の内容です。人間は「才能」に「知識」と「技術」の三つが組み合わさって「強み」として発揮できる。「才能」は天賦のものであり、これは一生変わらない。そして、この「才能」の芽は誰でも固有に持っているものですが、各人異なった独自のパターンを持っているといいます。要は人固有の弱みを克服するため無駄な努力をするより、個々人の持って生まれた資質(才能)にそって知識や技術を補強して「強み」にする方が、なんぼか近道で無駄が少ないということのようです。
 実際に私が試して見ましたところ、ピッタリ、ビックリの頷ける内容でした。この5つの才能を持ち合わせている人への対処法も本文中に書かれています。本書の中には、それぞれの資質を自分自身がビジネスで活かす方法や組織内で活かして、強い競争企業体質をつくるためのヒントやアドバイスが述べられていて役に立ちます。社員の活き活きした働きぶりで経営のクオリティレベルを向上するには有効な情報源です。社員の採用や能力開発で色々な試行錯誤を繰り返して悩んでいる方、自分の能力の分野を見極めておきたい方、個人の能力を活かす経営をめざす方には是非お勧めです。社員満足度調査や上司と部下の関係把握の有効な示唆も本文中に書かれています。

 出来そうで出来ないこういう手法は一つのきっかけになればと思います。マーカス氏は他のも『まず、ルールを破れ―すぐれたマネジャーはここが違う』を書いており、これも中間管理職も阿多方にはためになる本だと思います。すぐれたマネジャーは何をし、何を
しないのか。世論調査で有名なアメリカの調査機関ギャラップが、8万人のマネジャーと100万人の従業員に行ったインタビュー調査をもとに、その点を解明したのが本書です。
   調査は次のような道のりをたどって行われています。まず「すぐれたマネジャー」かどうかを見極めるため、各職場の従業員に一連の質問を投げかける。質問は調査の過程で抽出した12の項目からなり、従業員が最高のパフォーマンスを発揮し、高い生産性を上げているかを問うものです。そこで高得点を出した職場のマネジャーがすぐれた者になるのです。
 しかし、12項目にはマネジャーが一見、矛盾する責任をまっとうしなければならないものが含まれています。すべてに高得点を出すのは、常識では不可能になるのです。つまり、すぐれたマネジャーは、常識では考えられないアプローチをとっているのです。この結論から、本書はすぐれたマネジャーのアプローチを「4つのカギ」にまとめ、それを実践する方法を説き明かしています。経験や知識ではなく才能で部下を選ぶこと、部下の欠点を直すのは時間の無駄なので強みを徹底的に生かすこと、つまり誰もが持つ才能をパフォー
マンスとして開花させるのがすぐれたマネジャーである、というのがその骨子えです。これには、従来から信じられてきたマネジメントの基本的な考え方と隔たっている部分があり、非常に新鮮に映ります。  
 本書からこれまでのビジネス書にない説得力を感じる人も多いでしょう。その理由は、すぐれたマネジャーはどこが違うかという謎解きに、読者を引き込んでいく独特の叙述スタイルだけにあるのではありません。世の中の傑出した人物の言葉を即、真理と決めてしまうのではなく、それをあくまでサンプルとして扱い、より深い原則を見ようとする実証的スタンスにあります。この「調査結果」を信頼する人は、マネジャーとしての懐を広げることができるだろでしょう。

このような考え方はアメリカっぽい、日本では通用しないと思っているっもいるでしょう。でもこういう方法はこれからも増え続けつるでしょう。貴重なアドバイスとして私は素直に読もうろ思います。

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2009年1月 5日 (月)

私の好きな作品たち~杉森 久英編

 随分懐かしい作家さんのことをふと思い出し、書いてみようと思いました。

  『天皇の料理番』でも名を知られた方も多いと思いますが、私は直木賞作品『天才と狂人の間』を読んだ時のことをとても昔の事のように思い出しています。副題が「島田清次郎の生涯」で、島清恋愛文学賞にその名を残す石川県出身の小説家、島田清次郎の生涯について書かれた作品です。

 少年時代から自分を天才と信じた島田清次郎が、弱冠20歳で世に問うた長編小説『地上』は記録破りの売行きを示し、彼は天才作家ともてはやされ、いちやく文壇の流行児となった。しかし、身を処する道を誤まり、またたく間に人気を失い、没落した。本書は、島田清次郎の狂気にも似た足跡を克明にたどり、没落のよってGogh01 きたるところを究めようとした、傑作伝記小説といってもいい傑作だと私は思います。そしてつい太宰治氏を思い出してしまいます。

 島田清次郎氏のことはあまり知りませんでしたが、島清恋愛文学賞というものまであって恋愛小説を対象とした文学賞です。同市出身の作家島田清次郎にちなんで1994年に制定されました。選考委員は渡辺淳一、高樹のぶ子、小池真理子の3名です。受賞者には正賞としてブロンズ像、副賞として100万円が贈られるそうです。 阿川佐和子さんの『婚約のあとで』は今年度の受賞作品に選ばれています。

 話が横に逸れました、失礼。
杉森氏の作品で一番印象深いのはこの作品ですが、杉森氏は、作品の冒頭で書いています。
「島田清次郎が自分自身を天才だと信じるようになったのは、彼があまりにも貧しくて、父もなく、家もない身の上だったからにちがいない。」と。

 惨めな幼少時代のコンプレックスをはね返し、自負心の唯一のバネになったのが、自分を天才だと信じることだと。彼の創作意欲は、これまで自分を見下していた連中に復讐しようという高慢心、功名心であることは、本人が一番良く知っていたのです。そして、傲慢で尊大な自分自身の真の姿は、非常な臆病者であることも、重々承知していたはず。彼は、他人の前では、仮面を被らなければ、一瞬たりともいられなかったのです。私の中にも彼と同じような高慢心があります。時に心の中に相手を見返してやりたいという気持ちがあるんです。だから、人にアドバイスを受けた時も、攻撃されているとしか感じられなかったりして・・・。弱い自分を見せたくない、知らせたくないから、いつも虚勢を張っていたんです。そんなことだから、人に会うのは、極度に緊張。素直なありのままの自分を出せるのは、一人の時だけでした。
 虐められていた自分、惨めな自分、不幸な自分、劣等感の塊の自分、そんな自分を他人がたくさんいる外の世界へ連れ出すには、高慢心や功名心のようなバネがないと、どうしようもないのです。だから私はこの作品と切れないでいるのでしょう。

 杉森氏は伝記小説が多く、人間の観察、いえ、人間に関わらずいろいろなことに観察力、洞察力のある作家さんだと思います。

坂口安吾氏、太宰治氏、石原莞爾氏などについても書かれています。

 太平洋戦争前夜の難局のなかで、衆望をにない首相となるが、日米開戦を避けられずに辞職し、戦後、マッカーサーによる戦犯容疑での収監を拒み、その前夜に自決した!五摂家筆頭華族の家に生まれ幼少年期からの人間形成と、風雅を愛する心と政治の重圧とのはざまを生きた文人宰相の悲劇の生涯を、公私両面からあますところなく描いた『近衛文麿』も今は古書扱いなのでしょうね。

 太宰治好きの方ならきっと分かり合えると思います。

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2009年1月 4日 (日)

私の好きな作品たち~出久根 達郎編

 出久根 達郎氏といえば『佃島ふたり書房』を思い出してしまいます。
  

 雪が降る、東京・佃島渡船の上から物語は始まります。昭和30年も終わりの頃。明治生まれの梶田は、佃島にある古本屋「ふたり書房」に入ります。ここは梶田が仕事をしていた場所。病身の母のため、大学行きを諦めた澄子が古本屋をしきることになったので、亡くなった親友のこともあり、店を預かってきた梶田が身を引くことになったのです。澄子は意地っ張りで、独りで店をやっていこうとしますが、古本のことを勉強していくうちに、梶田の力や存在がどれほどのものだったか知ることになっていきます。そして自分が古本屋
の娘のくせに何も知らず、とても自分一人の力で商売をしていくことはできないということも。澄子は恥を忍んで梶田に再び店番を頼み、梶田のつてで古本の勉強をすることに。梶田は再び店番をしながら、若かった頃の自分のことを思い出します。あの年上の女性のことも。自分の生き方を貫いていく梶田と、梶田の親友ろくちゃんの生き方、そして若い澄子の生き方のコントラストが鮮やかです。

 私自身古本屋さんに通うのが好きで何かで紹介されていたのを思い出し読んだ事を思い出します。

『古本夜話』も古本屋の店頭で毎日のようにくりひろげられる人間模様。なぜか古本のまわりには、奇妙な話、泣かせる話、ぞっとする話などドラマがいっぱい。ほんとうなのかウソなのか、にわかには判じ難い出来事を絶妙な筆致で描き出す。古書店を営みながら、
作家デビューをはたした出久根達郎氏が自分自身の体験を書き綴った初期作品Ruso02を中心に選んだ古本アンソロジーです。

 古本屋さんに通うのは学生が多かった時代、お金が無くて全集を買えないもどかしさ、そして古本の懐かしい臭い・・・そんな時代をワープしたような風景が好きでした。

それから『作家の値段』も書と共に生きた出久根らしい目のつけどころが素敵です。「本邦初の、読んで損はない、どころか読めば儲る実益作家論」という「手前味噌」(あとがき)はウソではありません。
  文学作品であると同時に、市場に販売される商品であるという本の特性。また古本独自の価値体系についてよく理解できます。行間に出久根氏の本への愛情がにじみ出ています。
山本周五郎という筆名がウッカリミスでついてしまった話、彼を世に出した雑誌の編集長が山手樹一郎だとか、江戸川乱歩「陰獣」を掲載させた雑誌の編集長が横溝正史だったなどの挿話も多彩で興味を呼びました。
 古本の値段は珍しさの他に、帯つき、カバーつき、函つき、汚れ具合などに左右されることも、新聞の連載小説切抜き集が商品価値を持つことも、本書を読めば分ります。
取上げられた作家は漱石、鴎外、司馬遼太郎から寺山修司まで物故者ばかりですが、現存作家の本を将来高く売りたいならば、カバーの保存に気を付けることだと納得できます。でも私は自分で働いて買った本を売る事はしませんが・・・

 『風がページをめくると』もいいですね。作家であり、古本屋主人でもある出久根達郎氏による、本をめぐるエッセイ集です。古い本、新しい本、有名な本、誰も知らない本など50数冊を紹介しています。読書の楽しみは書物の内容だけにあるのではなく、本と読者の出会いのドラマにもあると思いませんか?作家の日記や映画・芸能関係書に見つけた、夏目漱石や三島由紀夫、黒澤明などの意外なエピソードを取り上げながら、ページをめくる喜びを伝えます。

 私のお勧めは『セピア色の言葉辞典』で、小さい頃に聞いた言葉、若い時の思い出の言葉、本で読んだ明治の言葉…今ではあまり使わなくなった言葉を拾い集めていくと、懐かしい風景が浮かび上がります。「お膝送り」「欄干渡り」「お腹立ちさま」「御線美」「悩殺「カルタ箱」「永日」「トッポイ」「ちゃら」「香箱」「あたじけない」「乃木式」など、懐かしい言葉・懐かしい風景が登場します。日本語を大切にしたい私にとってとても有り難い本です。

『今読めない読みたい本』や『本を旅する』も本好きにはたまらないはずです。

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2009年1月 3日 (土)

私の好きな俳優たち~綿引 勝彦編

 私は悪役ばかりやっていた頃から好きでした。日大鶴ヶ丘高校卒後、日本大学藝術学部を中退し、劇団民藝に入団。『極道の妻たち』シリーズなど一連の東映ヤクザ映画やテレビドラマ『鬼平犯科帳』の出演などでコワモテのイメージが強かったものの、TBS系で放送された昼ドラ『天までとどけ』シリーズでの良き父親役以降、人がいいイメージが定着していましたね。正直あの番組でファンが増えるのではないかとヤキモキしたものです。

  綿引氏は、宇野重吉氏らが創設した劇団民藝で育ちました。細木数子の番組で「軽~い気持ちで、宇野の付き人になった」と司会進行のくりぃむしちゅー・有田が水を向けると、綿引氏はここはバラエティーにできないとばかり、「そんなことはない」「たまたま選ばれた」とキッチリ否定。その反面、妻で女優の樫山文枝との関係については、「(軽~い気持ちで)結婚してシマッたと思った」などと言って笑わせるサービス精神を発揮。離婚すれば100歳まで生きられる」と綿引氏にアドバイスするなど相変わらWatabiki001 ず好きな事言ってるな後と思いつつ、結婚した当時は、(ギターの)弾き語りのアルバイトをするような生活、一方の樫山は有名女優で収入も多いのが悔しかった。女房よりも稼ごうと、それを励みに頑張ってきたと言っていました。
 TBSドラマのおかげで、いまや稼ぎも女房を抜き、そして年齢も60歳を越え、一昨年は大病を患ったという綿引氏。センセイは「72、3歳で健康には気をつけなさい」とアドバイスする。しかし、続けて「74歳で宿命大殺界を抜けるから、結構お金掴んで、お陀仏かな」。これでは、気をつけても無駄ですよね。 苦笑いするしかない綿引氏に、センセイは「環境を(劇的に)変えれば長生きできる」と救いの手をさしのべ、具体的には、最愛の女房と離婚するか、俳優の仕事を辞めるかすれば、104歳ぐらいまで生きられるというのです。
 綿引さん、番組は選んで出てください(細木先生は好き嫌いが激しく、それによって言うこともきつかったり、ゆるかったりするので・・・)。
 
 綿引さんにとって『役を演じることは自分を客観視し、見つめ直す行為』と言います。『昔から野球少年で、しかも日大鶴ヶ丘高校という野球の名門校に入学した僕にとって、10代は硬球を使っていかにいい球を投げるか、バットでいかに遠くに飛ばすかってことしか頭ににありませんでしたよ。そんなある日、同じクラスの女子生徒から「お芝居のチケットあるんだけど、観にいかない?」と誘われたんです。「冗談じゃない。お芝居なんかに興味ないよ」と即座に答えたんですが、3日たっても売れなかったらしく、何度も誘われまして。最後にはこっちも根負けして「仕方がない。オレが一緒に行くよ」ということになったんです。俳優座が初演した、ストリンドベリの『令嬢ジュリー』の翻訳劇でした。

 当時の俳優座は、主演の栗原小巻さんをはじめ、仲代達矢さんなど、そうそうたる俳優が活躍していた時代で、そのお芝居には圧倒されました。いや、内容をすべて理解していたわけではなくて、それどころかストーリーもチンプンカンプンだったんです。ただ、俳優たちが目の前で熱演するその姿に衝撃を受けたんですね。世の中には、こんな世界があるんだ。テレビや映画と違う、こんな表現活動があるんだと、目を開かされたんです。
 自分では覚えていないんですが、一緒にそのお芝居を観たその同級生の話によると、帰り道、僕は興奮して、お芝居の感想を駅まで熱心にしゃべり続けていたそうです。強烈な体験だったんでしょうね。
 その後、深い考えもなしに日大藝術学部に進むわけですけど、在学中にやることがなくて劇団をやろうと思ったのは、このときの体験が大きかったと思うんです。
 ちなみに俳優になったあと、僕は『鬼龍院花子の生涯』という映画で仲代達矢さんと共演するんですが、憧れの人と同じスクリーンに映ることができて、とてもいい思い出になりました。「僕が俳優になったのは、仲代さんのお芝居を観たのがきっかけなんです」とは、結局言いませんでしたけどね。
 劇団民藝の門を叩いたのは、たまたま劇団員募集という誘い文句に惹かれたからなんですが、野球にたとえれば補欠で入れてもらったようなものなんです。実際、あとから聞いた話によれば、演技も何もできないようだけど、体が大きくて、大道具要員にも使えるだろうってことで入れてもらえたようですよ(笑)。
 ただ、主宰の宇野重吉先生が当時は多忙を極めていた時期で、カバン持ち兼運転手をつけたほうがいいということで、運のいいことに僕が抜擢されることになりまして...。
 先生は、新劇の世界でも目覚ましい仕事をするかたわら、テレビや映画の世界でもスターでしたから、控え室で出番待ちしている時間などに、僕が先生を相手に読み合わせすることもありました。読み合わせといっても、先生が台本の流れを知るためのものですから、女性アシスタントのセリフなんかは流し読みです。すると、ときどき先生が怒るんです。「お前、どういうつもりでそのセリフを読んだんだ」とか、「お前の声はダミ声で汚いなぁ」とかね。最初は、なんで僕が怒られなきゃならないんだと思いましたけど、よくよく考えてみると、宇野先生から直々に芝居の稽古をつけてもらってるようなものですよ。これはチャンスだと思ってね。そこで、台本をしっかり頭に入れて、自分なりに芝居をつけて読んだりしたんですが、今度は「お前が芝居なんかしなくていいんだ。普通に読め」なんて、また怒られたりして(笑)。
 結局、先生のそばには1年間いましたけど、いい経験でした。劇団にいても大道具の仕事ばかりで大きな役もつかず、普通なら途中で腐って辞めていたかもしれないですが、それでもやり続けてこれたのは、この1年間があったからこそだと思っています。』綿引さんの、そういう謙虚さが私は好きだったのだとしみじみ思いました。

『僕は、ヤクザや刑事もやれば、善人の父親役、それからコミカルな役など、俳優としては硬軟善悪、幅広い役柄を演じましたけど、自分では決して器用なタイプだとは思ってないんです。むしろ、「なんでこんなことができねぇんだろうなぁ」と落ち込んだり、「どうしてこんな役を引き受けちゃったんだろう」と後悔することの連続です。役を演じるということは、自分を客観視して見つめ直すという行為が必要ですから。そのたびにそういう自分と向き合うわけです。そう考えてみると、作品一つひとつが僕のターニングポイントだと言ってもいいかもしれません。その後、座長として自分の劇団を持ち、公演をするようになっても、必ず最後には反省点が残っていて、意気揚々と楽屋を出たなんてことは一度もないでね。
 ただね、3年前、還暦をむかえる直前に胸部動脈りゅう破裂という大病を経験しまして。舞台稽古が終わった直後に脂汗と動悸が止まらなくなり、ほうほうの体で家に帰ったんです。たまたまそのとき、女房が地方公演から帰ってきて在宅していて、僕の顔を見た途端に「あなた、病院に行きましょう!」と言ってくれたこと、それからその後、自分で車を運転して病院にむかったときに、いつも渋滞している道路がたまたますいWatabiki002 ていて早く到着することができたこと、心臓の名医と言われた先生がそのときたまたま病院にいて、すぐに診てもらえたこと、そんな多くの幸運が重なって一命をとりとめることができました。
 あとから聞くと、女房は先生から「覚悟して下さい」と言われたそうです。こういう経験をすると、人というのは生かされているんだなぁということを強く感じます。いただいた命ですから、自分で仕事を選り好みするなんて申し訳ない。誰であれ、望まれた仕事には100%の力を注がないといけないなと思っています。』私もそう思います。一人で生きてるって思うのは違うんですよね。仕事もさせてもらえるだけでもありがたいと思わなければ生けないと心から思う昨今です。内定取り消しされた学生さんや切られてしまい、ハローワークに通い詰める人たちをみると、自分がどんなに幸せかわかりますよね。

 これからもお身体に気をつけて頑張って下さい。

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2009年1月 2日 (金)

私の好きな俳優たち~小栗旬編

  私が始めて彼を観たのは『花より男子』の花沢類役でした。せんの細い人だなあと思っていましたが、あっという間に上り詰めたあの魅力はいったいなんなのだろうと考えたら眠れなくてこうして書き始めました。

 小学校6年の時に児童劇団に入団し、子役エキストラからスタートしたそうです。1998年の『GTO』(いじめられっ子の吉川のぼる役)で連続ドラマ初のレギュラー出演。その後、高校に進学するも芸能界と勉学との両立はできず中途退学しました。その後はテレビ(
アニメの声優としてレギュラー出演の経験もある)・映画・舞台など各方面で活躍したことは知りませんでした。

 高校生役を演じることが多く、1998年放送のドラマ『GTO』から20 08年放送のドラマ『花ざかりの君たちへ?イケメン♂パラダイス?
卒業式&7と1/2話スペシャル』までで10年間高校生役を演じておOguri002 り、2009年公開予定の映画『クローズZERO II』で11年目になります。

 2000年に放送されたドラマ『Summer Snow』で堂本剛演じる篠田夏生の弟・耳に障害を持つ篠田純役で注目を集めました。この役は5度のオーディションの末に勝ち取ったもので、以降コンスタントに仕事が来るようになったと後に語っています。

 調べてみるとなるほど、テレビドラマの他、単発・ゲスト、映画、舞台、ラジオドラマ、声優となんと多忙なこと!

舞台では、あの蜷川幸雄氏の作品に何度も出ており、第2の藤原竜也と言えるでしょう。でも実は2人は中がよく藤原君の紹介で蜷川幸雄氏に紹介したとのことです。

  交友関係も広く、同世代の俳優とは広く親交があり、本人も「仲良く話せない人はいない」と発言しています。また一度共演した俳優とはその後も関係を続けていることが多いそうです。
 大泉洋さんとは『救命病棟24時(第3シリーズ)』で共演して以来、親交がある。当時は楽屋が共同で、掛け持ちをして出演していた『義経』のセリフ合わせに付き合ってもらっていたと言います。通称“洋ちゃん”。

 ドラマだけでも200年からみてみると、

葵徳川三代(NHK大河ドラマ・2000年)細川忠利 役
Summer Snow(TBS・2000年)篠田純 役
明日を抱きしめて(読売テレビ・2000年)城戸和彦 役
X先生(TBS・2001年)濱崎輝樹 役
Pure Soul?君が僕を忘れても?(読売テレビ・2001年)高原学 役
ハート(NHK・2001年)小峰海人 役
ごくせん(日本テレビ・2002年)内山春彦(うっちー) 役
お義母さんといっしょ(フジテレビ・2003年1月7日-)荒巻健介 役
Stand Up!!(TBS・2003年)江波功司(コーくん) 役
ディビジョン1 ステージ4・ハングリーキッド(フジテレビ・2004年)森川速雄 役
救命病棟24時 第3シリーズ(フジテレビ・2005年)河野和也 役
あいくるしい(TBS・2005年)矢口淳一 役
義経 第16-38話(NHK大河ドラマ・2005年)梶原景季 役
電車男(フジテレビ・2005年)皆本宗孝 役
花より男子(TBS・2005年)花沢類 役
エル・ポポラッチがゆく!!(NHK・2006年) こうた 役
花より男子2 リターンズ(TBS・2007年)花沢類 役
花ざかりの君たちへ?イケメン♂パラダイス?(フジテレビ・2007年)佐野泉 役
貧乏男子 ボンビーメン(日本テレビ・2008年)主演 小山一美 役
天地人(NHK大河ドラマ・2009年)石田三成 役

と、この倍は他の舞台や単発で出ているのですから二宮君より凄いことになっているかもしれません。舞台も観てみたかったのですが
せめて紹介だけでもさせてください。

COLOR(1998年、演出:足立信明)山崎充 役
人生はガタゴト列車に乗って(2000年、演出:山田孝行)
宇宙でいちばん速い時計(2003年、演出:白井晃)フォックストロット 役
ハムレット(2003年、演出:蜷川幸雄)フォーティンブラス 役
JOKER(2004年、演出:水田伸生)三橋 役
お気に召すまま(2004年、演出:蜷川幸雄)オーランドー 役
偶然の音楽(2005年、演出:白井晃)ジャック・ポッツィ 役
間違いの喜劇(2006年、演出:蜷川幸雄)主演 アンティフォラス兄/アンティフォラス弟 役(一人二役)
タイタス・アンドロニカス(2006年、演出:蜷川幸雄)エアロン 役
お気に召すまま(2007年、演出:蜷川幸雄)オーランドー 役 ※2004年の再演
カリギュラ(2007年、演出:蜷川幸雄)主演 カリギュラ 役
ムサシ(2009年、演出:蜷川幸雄)佐々木小次郎 役

です。ちなみに映画『蛇にピアス』も蜷川氏が監督・脚本をてがけちゃんと小栗君が出ています。

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2009年1月 1日 (木)

の好きな作曲家~ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

 ベートーヴェンの曲は中学生の時病みつきになり以後、バッハ、モーツアルトと方を並べるほど熱狂したものでした。でも彼の生い立ちなどは殆ど知りませんでした。ただ心に残る作品が多いのに感動したものです。

 ここで生い立ちを少し紐解いてみることにしましょう。

 1774年頃よりベートーヴェンは父から苛烈を極める音楽の教育を受けるようになり(そもそも、父ヨハンがベートーベンを天才少年ピアニストとして売り出そうと考えたのはモーツァルトがいたからです。)、
 1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事しました。
 1787年、16歳のベートーヴェンはウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトに弟子入りを申し入れたといわれますが、母の病状悪化の報を受けてボンに帰郷。母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり、仕事を掛け持ちして家計を支
え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる日々を過ごしたのです。1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンに才能を認められ弟子入りを許可され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノのHimawari02 即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として名声を博しました。
 20歳代後半ごろよりベートーヴェンは持病の難聴(原因は諸説ある)が徐々に悪化、26歳の頃には中途失聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死に等しい絶望感から1802年には自殺も考えたが、『ハイリゲンシュタットの遺書』と呼ばれる文書を書くことによって、強い精神力をもって自らの苦悩と向き合い、再び生きる意思を得て新しい芸術の道へと進んでいくことになりました。
 1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(作家ロマン・ロランによる命名)と呼ばれる時期となります。
 
 40代に入ると、体調の悪化、恋愛事件・甥カールをめぐる養育権争い等もあり一時作曲が停滞しましたが、それらを経て作られた『交響曲第9番』や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は未曾有の境地の高さを示しました。

 中期の交響曲はスケルツォの導入(第2番以降)、従来のソナタ形式を飛躍的に拡大(第3番)、旋律のもととなる動機やリズムの徹底操作(第5、7番)、標題的要素(第6番)など、革新的な技法を編み出している。その作品は、古典派の様式美とロマン主義とをきわ
めて高い次元で両立させており、音楽の理想的存在として、以後の作曲家に影響を与えた。第5交響曲に典型的に示されている「暗→明」、「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」という図式は劇性構成の規範となり、後のロマン派の多くの作品がこれに追随しました。

 ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどでした。ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係を拒否し、大衆に向けた作品を発表する音楽家の嚆矢となりました。音楽家=芸術家であると公言した彼の態度表明は、音楽の歴史において重要な分岐点となります(ただし主たる収入源は貴族の援助によるものであることには注意しなければならないでしょう)。

 彼の未完に終わった『交響曲第10番』においては、キリスト教世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされています。
これはゲーテが『ファウスト』第2部で試みたことでしたが、ベートーヴェンの生存中は第1部のみが発表され、第2部はベートーヴェンの死後に発表されました。権威にとらわれない宗教観が、『ミサ・ソレムニス』や『交響曲第9番』につながったのです。

 確かに第9以外は宗教色がないですよね。宮廷好みではなく一般大衆のための曲だと明らかにそれまでの作曲者たちとの違いが解ります。
 
 そして私はピアノソナタも大好きで、父からのピアノレッスンで、音楽家としてのキャリアを積んでいったベートーベンは、生涯に32曲のピアノソナタを作曲し、ピアノを使用する楽曲を30曲近くも作曲しています。ベートーベンを音楽家に育てたのがピアノなら、ピアノはベートーベンにもっとも愛された楽器なのです。

 ベートーベンは番号付きのピアノソナタを全部で32曲も作曲していますが、その中でも特に第八番「悲愴」・第十四番「月光」・第二十三番「熱情」を「ベートーベンの三大ピアノソナタ」と呼んでいます。しかし、この通称と組み合わせは生前のベートーベンが決めたものではありません。レコード会社によって、抱き合わせにされたものが「三大ピアノソナタ」の正体なのです。
 1801年に作曲されたピアノソナタ第十四番「月光」は、ベートーベンの恋愛遍歴でも有名な楽曲です。当時、ベートーベンがピアノを教えていた伯爵令嬢のジュリエッタ・グイチャルディに捧げるために作曲したものの、失恋してしまったというエピソードが伝えら
れています。「月光」の題名は、ロマン派の詩人ルートヴィヒ・レルシュタープによって後けられたもので、ベートーベンは「幻想曲風ソナタ」として発表しています。この二つの題名をあわせて「月光ソナタ」と呼ばれることもあります。

 ベートーヴェンといえば交響曲第五番「運命」か第九と思われがちですが、彼の曲は本当に奥が深いです。何度聞いても飽きることがありません。機会があればじっくり聞いてみてください。

自由テキスト

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明けましておめでとうございます。

 もうすぐブログを始めて1年になりますが今だ誤字脱字が多くて申し訳ありません。

そしてアクセスしてくださる方々、有難うございます。今年はもっと掘り下げた中身の濃い内容にしていきたいと思っていますが、何上勉強不足で満足できる内容の記事が書けないのが現状です。
 

今までは書籍中心の記事が多かったのですが、音楽・絵画についてももっと記事を増やして以降と思う所存です。勿論、俳優さんの記事も芸術の一冠として取り上げていこうと思います。

日本芸能も取り上げてみたいのですが、勉強する時間が今以上取れないと思いますので、もう少し余裕が出来たら書いてみたいと思います。

『ひとりごはん・ふたりごはん』共々っ宜しくお願い致します。

良い年にしましょうね。

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