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2009年4月 4日 (土)

私の気になる作品たち~津村 記久子編

 直木賞の天童荒田氏の『悼む人』と同時期に芥川賞をお受けになった津村さん。『悼む人』に夢中になって津村さんの作品は手付かずにいました。ごめんなさい。そこでまたどんな作家さんなのか調べてみると、1978年生まれと聞いてまたびっくり。10年立たずしてで華々しい作家になったのですね。本格的に書きはじめたのが大学時代からというのですから元々文才はあった方なのですね。

  2005年に「津村記久生」名義で投稿した『マンイーター』(単行本化にあたり「君は永遠にそいつらより若い」に改題)で第21回太宰治賞を受賞し、小説家デビュー。2008年には『カソウスキの行方』で初めて芥川賞候補(第138回)となり、続く第139回でも『婚礼、葬礼、その他』がノミネートされる。同年、『ミュージック・ブレス・Shagaru016 ユー!!』で第30回野間文芸新人賞を受賞。2009年、『ポトスライムの舟』で第140回芥川賞受賞。「幼稚園や小学生のころから児童書のまねをして書いていました」。中学生の途中から大学入学のころまでは音楽が好きになり、“断筆”したらしいのですが、電車で遠距離通学をする合間に再び読書に目覚めたそうです。「夏休みを利用して大学3年から本格的に書き始めた」。チェスタートンやカート・ヴォネガット、マーガレット・ミラーという海外の作家に影響を受けたといいいます。現在は大阪市内で土木関係のコンサルティング会社に勤務。執筆は未明の2時から4時までと変則的な時間帯ですが、会社同様ほぼ週5日と決めている。受賞で今後はかなり忙しくなることが予想されますが、会社を辞める気は当分ないそうです。「自分が小説を書けるのは会社のおかげ。働いているほうが面白いですから」と笑っていたそうです。私もそんな気持ちになりたい!!

 『ミュージック・ブレス・ユー!!』では芥川賞受賞というと堅苦しいイメージがある人もいるかもしれなませんがこの作家さんはそうではないのです。笑いと共感とひんやりした冷たさが共存した、でも何か強いパワーに満ちた物語を書く人で、私が今一番共感を覚えている作家かもしれません。そして、普通の女性、よっぽど私って勝ち組で困っちゃうわって人以外は、この作家さんに共感する人はとっても多いと思います。

 物語は、高校3年生、バンドのベーシスト担当のアザミが、いきなりバンドメンバーに殴られてバンド解散!みたいなところから物語ははじまります。となると普通、アザミは新しいバンドに入ったり元のバンドが復活したりして最後の文化祭でライブやろうぜ!みたいな話の流れになりがち、ですがそんな普通の話ではありません。アザミは結局バンドも好きですが、聴く方が好きなタイプです。ずっと音楽を聴いていないと落ち着かなくて、聴いた曲の感想をせっせと書きためていきます。そんなアザミが受験という現実に直面、将来を見据える物語ではあるのだけれど。

 アザミにはチユキっていう友達がいて、チユキはとおても正義感が強い子で、正義を全うするためなら何をやっても構わないと思っていて、クールにすごいことをやるのです。それも友達とか、友達じゃない女の子でもいい、その人を傷つける人がいたら許せない・・・
そんなチユキの酷い仕打ちに胸がすーっとしてしまって、アザミも、チユキにひどいことを言った男に吐く暴言がまた爆笑もので、彼女たちの振る舞いには目が離せません。二人とも友情べったりな台詞は一切はかないけど、すごく信頼しあってるのがわかるし、こういう友達ってとてえもいいなあと感じましたね。ちょっと凶暴で驚きますが・・・

 アザミ周辺はまた個性的な人が多くて、歯の矯正友達のモチヅキや、音楽友達?のトノムラとかの男友達もいるのですが、彼らがアザミの将来を考えるのに影響を与えあったりもしていて、そういう関係、緩いけど濃いみたいな関係も好ましいですね。
 ライブ録音とか聴いてると、バンドのグルーブが絡み合ってその時しか作り得ない奇蹟のサウンドが生まれている時があります。それはたった1回しかできない・・・高校生活もそんな風で、アザミやチユキたちでなければ奏でられない一瞬のすばらしい日々、迷いやもやもやや不安や楽しいことやらを、全部切り取ってくれたようなそんな作品です。
 アザミの悩みがとてもリアルですし、だから私も高校の頃もやもやしてたなあ、と思い出しました。脚本が書いてみたくて放送曲に入って番組を自主制作して聞いてももらえないのにお昼休みに流したり、大会で出た事は私の高校の思い出になりました。そんな事を思い出させてくれる作品でした。

 『ポトスライムの舟』では、『群像』11月号掲載され、本題に入る前にまず、津村さん『真夜中』NO.2に「小説には書けない好きな言葉」というエッセイを寄せていて、とてもたのしい内容なのですがそれはともかく、書き出しでこう述べていました。「毎日文を書いているからといって、頭の中の引き出しにあるすべての言葉を華麗に使いこなしているわけではないのだった。当然のごとく。どちらかというと、引き出しの前の方に溜まっている語句を繰り返し取り出しては貼り付けている(略)なんなんだろうか、こういう言葉というのは、いったん引き出しの前の方に転がり出てくると、無意識に手に取ってしまうのだろうか(略)もっと粋なことを言え、とそんなものは芸風のうちに入っていないし誰も私に期待していないのに、勝手に憤慨したりする」のだ。と、もちろん、これを素直に鵜呑んだりするのは良くないのだろうけれど、意外と津村の文章がそうやって出来ているのだとしても納得がいってしまうよな、と思うのは、この『ポトスライムの舟』という小説の主人公が、自分の左腕に刺青で入れたいと考えているのが『今がいちばんの働き盛り』なるたいへん珍妙な文句であることに対し、読み手であるこちらは一瞬、いやいやいや、と面くらいながらも、しかし全体の構成からすると、決して違和感がなく、しっかりと収まり、むしろそれがアタマのほうに置かれているおかげで、後の展開が、作品そのものが生き生きとしているかのような印象さえ、受けるのです。裏を返すなら、引き出しのなかから持ってこられ言葉一つの扱いが、最初は無意識であったとしても、ちゃんとどこかで慎重に調整されているため、そうなっているのだとしても不思議はないからです。

 主人公のナガセは(長瀬由紀子)は、二十九歳の現在、大学の新卒で入った会社を心労から辞め、小型部品の生産工場に薄給ながらも契約社員として勤めています。そのほかにも、パソコン教室の講師を請け負ったり、大学時代の友人であるヨシカが開いたカフェで給仕のパートをしたり・・・そうした日々における無意識下のオブセッションが、たとえば『今がいちばんの働き盛り』の刺青を入れるという考えを浮かばせたりもしたのでしょう。

 その彼女があるとき、工場の掲示板に貼られていた世界一周クルージングのポスターを目にし、それに参加するための一六三万円という代金が「この工場での年間の手取りとほど同額なのだ」、と唐突に気付いてしまったことから生きるために薄給を稼いで、小銭で生命を維持していくのです。そうでありながら、工場でのすべての時間を、世界一周という行為に換金することもできるので、自分の生活に一石を投じるものが、世界一周であるような気分になりいけない、と思いつつも、しかしたとえ最終的にクルージングに行かないとしても、これからの一年間で一六三万円そっくりめることは少しもいけないことではない、という言い訳を思いつき、実際に節約を試みるようになります。こうしてナガセのうちにあたらしく芽生えた金銭への執着が、せこく、おかしく、でもそのせこさやおかしさが切実でもあるふうに綴られているのですが、一方で、ヨシカを含めた大学の同級生たち、既婚者のそよ乃やりつ子の存在が、独身であるがゆえに成熟の速度を違えているナガセとの、ちょうど対比となる感じで、物語を膨らませていく・・・とくに、夫の振る舞いに耐えきれず、母と二人暮らしをしているナガセの家に、娘の恵奈を連れたりつ子が070chag やって来てからのくだりは、たまたま二人きりになってしまった日の恵奈とナガセのやりとりなどは、この作者ならではのねじれたやさしさがユーモアとイコールで結ばれるセンスがよく出ていて、何度も読み返したい魅力を兼ね揃えています。

 たぶん、それなりの数の書評が出回れば、ワーキング・プア云々の現代的な若者の貧困を例に出しながら、作品を小難しく解釈するものも少なくはないのでしょうね、と予感させる内容であるけれども、いえもっと単純に、何気ない日々の寄る辺ない不安を、ただ無為を重ねながら生きている様子を、このように切羽詰まり、それでいて袋小路に閉じこめてしまわない手つきであらわすことができるのだ、という驚くべき清新さのほうが先にきました。ほとんど女性しか登場しないなかで、工場で一緒に働く岡田さんやナガセの母親の、正しく人生の先輩と呼んでも構わない存在感も、加齢することの畏れを払ってくれるからでしょう、実に頼もしく、効き、前向きな傾きをつくって、背中を押してくれるのです。

  若い人が主人公なことが多い作品ですが、決して未熟でも早熟でもない等身大の自分をみるようでとても面白かったです。今度読む時は熟年者対象というのはまだ早いですよね・・・期待しています。

 

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コメント

こんにちわ。
芥川賞受賞作はたいてい文藝春秋で読んでいたのですが、津村記久子さんは買いそびれました。
いつもながら深く的確に読まれ表現されていることに感服します。
津村さんまだ若いですね。現代の若い人の風俗や心理など的確に描写されているようですね。働きながら堅実に小説を。また働くことが社会を知る大きな手がかりなのでしょうね。ユーモアを交え個性的な若者の毎日、興味を持ちました。
それにしても最近の芥川賞、若い女性が多いですね。

投稿: KOZOU | 2009年4月12日 (日) 11時12分

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