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2009年4月25日 (土)

私の好きな作品たち~ギュスターヴ・フローベール

 若い頃は解った気になって、読んだのですが、さすがに難しい・・・と思っていました。そこでまた『ボヴァリー夫人』を読み返し、新たな思いを感じることができました。

 文学上の写実主義(リアリズム)を確立し、その系譜はギ・ド・モーパッサンに引き継がれました。でもl、それにとどまらず、多くの後世の作家に影響を与え、バルガス・リョサ、ウラジミール・ナボコフ、ヌーヴォー・ロマンの作家たちはその言語による創造に言及します。サルトルのフローベール論『家の馬鹿息子』は、よく知られていますね。日本での研究者には、中村光夫氏や蓮實重彦氏がいらっしゃいます。
 現実におこった事件を題材にした『ボヴァリー夫人』(1857年)は、写実主義文学の傑作とされます。その『ボヴァリー夫人』は、雑誌連載終了後、風俗紊乱の罪に問われ裁判となりますが、結局は無罪となりました。

 田舎の医者シャルル・ボヴァリーの妻、エンマ・ボヴァリーがヒロMyusha001 インとなり、平凡な生活から抜け出そうと無謀な恋に走り、破綻に陥るまでを描いた作品です。自由間接話法や非主観的視点など、現在の小説の技法のほとんどが使われているといわれました。 実際にあった事件をモデルに、写実主義的な手法で描かれた傑作です。『親和力』の無自覚的な乳幼児に対する冷酷な扱いに対し、「《女性美》のアウラを演出する小道具ないしはフェティッシュとしての乳幼児」の扱いの冷酷さを、自覚的に描写しているのがフロベール『ボヴァリー夫人』なのです。

事実、ウラジーミル・ナボコフやバルガス・リョサ、ヌーヴォー・ロマンの作家たちも高く評価しています。 中でもシャルル・ボードレールが発表した書評には、フローベールがいたく気に入り、よくぞ理解してくれたと喜びと感謝で満ち溢れた手紙を送っています。

 フローベールは執筆前に、物語の重要な舞台であり故郷でもあるフランスのルーアンを歩き回り、非常に詳細に記録した取材ノートを残しています。「ボヴァリー夫人」を読みながらルーアンを歩くと、風景描写がかなり正確であるのに驚くそうです。エンマが逢瀬を重
ねていた大聖堂や彼女を破滅に追いやった薬剤師のモデルとなった家は、今日も世界中から大勢の観光客が訪れています。主人公エンマのように理想と現実のギャップに苦しむ状態は、ボヴァリスムと言われるようになりまた。

『懐妊を知った)エンマは最初大きな驚きをおぼえた。やがて、早く産んでしまって、母になるとはいったいどんな気持か味わってみたくなった。しかし、存分に金をかけて、ピンクの絹カーテンのついた舟型の揺籃や、刺繍した赤ちゃん帽を買うことができないので、むかっ腹をたてたエンマは、赤ん坊のお支度一式を念入りに取りそろえるのをあきらめて、選り好みもせず、夫に相談もぬきにして、村の仕立屋のおかみへ一括注文してしまった。そんなわけで彼女は、母性愛が徐々にかき立てられる、あの出産の準備段階をじっくり楽しむ機を逸した。エンマの愛情はおそらくそのために子どもの顔を見る前からいくらか弱められたのである。』

 この節は怖さは今なおアクチュアルだと思います。エンマが産んだ新生児はただちに里子に出されますが、突然子供に会いたくなったエンマは「産後六週間の安静期間が済んだかどうか暦で確かめもせずに」外出したところ、互いに憎からず思っているレオン青年とたまたま出くわし、乳母の家まで同行することになります。乳幼児の養育が「責任と能力を要する大事な仕事」と広く認識されるに至ったのは20世紀に入ってからだった、と、確かどこかで読んだような。それまでは、女性が「乳幼児の母」たることによってなにがしかの自己愛の満足を得ようとするならば、赤子を抱いて「聖母マリアの活人画」を気取ってみるくらいが関の山だった、ということかもしれなません。
  フランス印象派の画家ドガは、生涯独身をとおし、周囲の人間に対する辛辣な警句と、もの事についての皮肉まじりの寸評によって、人間嫌いであったと言われています。そのため、ドガの私的な生活を知る者は少ないのですが、画家の晩年に、身辺の世話をした姪ジャンヌ・フェブルの回想録は、ドガの人間像とその芸術を考えるうえで貴重な証言となっています。ドガの書斎へも自由に出入りした彼女は、整然と並べられた蔵書を目にします。そこには、コルネイユやラシーヌなど古典の戯曲から、同時代の作家モーパッサンの小説にいたる多くの書物があり、私たちはジャンヌの記憶の糸を手繰りよせながら、文学好きで、また実際にいくつかの巧みなを残す詩人でもあった、画家の文学遍歴を辿ることが出来るのです。しかし、彼の絵画に比較して多少饒舌であると思われました。舞台の踊り子や競馬場の馬を題材に彩った誌の霊感の源泉や、友人たちへの書簡や警句に散在する、文学的な内容についてあれこれ詮索することは、ドガ芸術の本質を理解するうえで、あまり有益なものではないでしょう。ただジャンヌは以下のような、見逃すことのできない証言を残しているのです。「ドガはフロベールをとても賞賛していました。書斎に並べられたフロベールの小説を、彼は繰り返し読むことを楽しみにしていたのです。そのなかにはフロベールの書簡集もあり、クロワッセにおいて書き綴られたルイーズ・コレ宛の孤独な手紙の一節などはほとんど暗誦していた程です。 ルイーズ・コレは、フロベールより11歳年上の女流詩人で、彼が愛した女性のひとりです。」フロベールは『ボヴァリー夫人』を執筆中、数多くの手紙をその文学的隠遁の地、ルーアン近郊のクロワッセからルイーズに書き送りました。書簡には、彼女に会えない寂しさを訴えたものから、意外なほど悪戯っぽい彼の性格を伺わせる冗談などがちりばめられていますが、フロベールのそうした個人的な苦痛や快楽以上に興味深いのは、『ボヴァリー夫人』の草稿を前にした文学者としての頻闘の言葉です。

フロベールは遅筆な作家でした。しかし、『ボヴァリー夫人』を完成させるのに5年の歳月を掛けた時、彼は文学史上まれにみる、人間感情のリアルな表現を獲得していたのです。   それは平凡な現実を平凡なまま描くということでした。彼の小説には、英雄的な行為を誇示する主人公も、高尚な修辞法による慇懃な描く写も見い出すことはできません。1852年1月16日付のルイーズ宛書簡には、「美しい主題とか醜い主題というようなものは存在しない、(中略)文体はそれ自体で、ある絶対的なものの見方なんですから。」(『ボヴァリー夫人の手紙』工藤庸子編役・筑摩書房・1986年)ある美術史家は、ドガの肖像画を論じて、もっぱら身内をモデルにした画家ドガにとって、肖像画というジャンルは、もはや個人の社会的立場や性格・心理を表現するものではなく、むしろ人間の動きや周囲の状況といった対象をとりまく雰囲気を表現するための言い訳に過ぎず、誰が描かれているのかということ以上に、人物の色彩の微妙な感触、複雑な構図による大胆な画面構成など、どの様に描かれているのかということが重要であり、すでに肖像画というジャンルは、彼のなかでは崩壊していたのだというのです。ここで、絵画における表現様式(どう描くか)を小説の文体(いかに描くか)に置き換えてみると、フロベールは、すでに印象派を予言していたと言えるのではないでしょうか。そう考えながら、ドガの絵画をもう一度ゆっくり見ていくと、彼のルネサンス絵画の模写、プッサンやアングルなどへの敬意の真意は、実は伝統のなかに培われた技法への配慮であり、私達は、悪戯に伝統を墨守するあまり、伝統の本質を見落として、表向きの尊敬と皮相な模倣によって、剽窃による折衷主義に陥った同時代の多くのサロン画家と、ドガを明確に切り離して考えねばならないのだろうと思います。

 『感情教育』は、19世紀も半ば、2月革命に沸く動乱のパリを舞台に多感な青年フレデリックの精神史を描く。小説に描かれた最も美しい女性像の一人といわれるアルヌー夫人への主人公の思慕を縦糸に、官能的な恋、打算的な恋、様々な人間像や事件が交錯していきます。ここには、歴史の流れと人間の精神の流れが、見事に融合させられています。フローベール最円熟期の傑作。大学に入るためパリにやってきた主人公が出会うのはアルヌーという美術商の妻。「アルヌー夫人」という人の妻。この2人を囲む、その仲間の気まぐれな青年たちと大人たち、それにパリが横糸。縦糸には気まぐれな偶然と歴史です。 フレデリックに絡むのはアルヌー夫人だけではありません。娼婦やブルジョワの貴婦人、幼なじみとの関係が交錯。恋と同じでフレデリックは、法律Resonance222 家になる、詩人になる、思想家になる、政治に身を投じる、と態度を目まぐるしく変貌させます。友人たちと政治談議をしたり遊興に走ったり、娼婦のもとに通ったり。きっと才智もあるのでしょうが「生一本でやらない」から成功しない。情熱も行動力も、転がり込んだ遺産もあるのに、彼はそれ以上何も手にできない。それに周りの青年たちも、みじめな日常にすり減らされ同じように埋没してしまいます。主人公の性格は、一言で言って「浮薄」。バルザックやロシア文学の主人公のような強迫観念じみた激しい感情=思想=理想が無いのがこの人の特徴です。いつの時代にも、どこにでもいる人物。何らかの理念と繋がっている倫理的葛藤や性格的偏執がありません。
 したがってその行動は、ひたすら周囲に流され、場当たり的で、態度はどこか傍観者的なものに思えます。だからこの小説には劇的場面があまり無いのではないのではないのでしょうか。美しいが無意味な描写が抑揚無く続く箇所が多く、こういう性格の主人公を、あえて革命と不倫という人間社会における最も激しい感情・思想・理想の葛藤と、強迫観念じみた偏執の争闘劇に遭遇させてみようというのが作者の趣向なのでしょう。人を食った趣向ではありますが、その結果作品の基調は、革命と恋愛の一切を喜劇として没理想的・シニカルに描くものになっています。それが最も良く出ているシーンは、革命宴会の場面です。どの理想家も聖人じみた人物も実務的に誠実に世を変えようとする人も、みな卑小でみみっちく滑稽に描かれています。この作品は人間に絶望し、社会から自己疎外してきたインテンツ型人間フローベールが、思う存分、この世の全て、全ての人間を嗤ってみせることで憂さを晴らそうとしたものです。

 革命と恋愛の持つ祭りの要素ー人と人との間の壁が一時的に崩れ落ち融和されるような気持ちーと、その融合感に魅せられる人間の孤独心と押し潰されてきた自尊心とが、犀利なタッチで抉り出され意地悪く嗤われています。人生と歴史の「華」である、恋愛と革命とが共に嗤われているのです。でも、作者の芸術家としての腕前が最高度に発揮された作品でもあります。したがって思わず陶酔させられてしまうシーンは多くありました。カタカナの名前が覚えられない私でも結構読めちゃいました。でもちょっとしんどいですね・・・

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コメント

こんばんわ。
いつもながら旺盛な執筆に感服いたします。

「ボヴァリー夫人」はほんとにおもしろかったですね。あの時代にほんとに書かれていますように現代文学の描写、素材等の基礎を作ったのでしょうね。エンマの葛藤、情熱、そして哀れな最期、よく描かれていますね。
「乳幼児の養育が「責任と能力を要する大事な仕事」と広く認識されるに至ったのは20世紀に入ってからだった」、やはりそうなのですね。
それまではほんとに数多く生んで生き残ればもうけものくらいですかね。ほんとに命とは哀れですね。
「美しい主題とか醜い主題というようなものは存在しない、(中略)文体はそれ自体で、ある絶対的なものの見方なんですから。」、これは現代でも十分通用する主題や文体論ですね。彼に学ぶことは多いのでしょうね。
「感情教育」読んでいませんがとてもおもしろそうですね。
よく読まれているのに感心します。
フローベールは相当にシニカルで厭世的であったようですね。
また読ませていただきます(*^_^*)

投稿: KOZOU | 2009年4月29日 (水) 22時44分

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