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2009年4月14日 (火)

私の好きな作品たち~吉目木晴彦編

 芥川賞受賞作の『寂寥郊野』はだいぶ前に読んだのですが、そのときっはピンときませんでした。今回、読み直してみて、その素晴らしさに感動を覚えずにいられませんでした。

 朝鮮戦争で来日したリチャードと結婚して幸恵がルイジアナ州バトンルージュに暮らしはじめて三十年。その幸恵の言動崩壊が始まり症状は目に見えて進んでいきます。夫は妻の欝病に心あたりがない訳ではなっかたのです。国際結婚と老いの孤立を描いたものです。

 この小説は、「本当の小説」という印象がある作品です。何故かと言うとと、この小説によって伝えられている内容は、小説以外の媒体で伝えるのは、ちょっと難しいと思うからです。主人公のアメリカ人男性と、その「戦争花嫁」である「ユキエ」は、お互いがお互いに、非常に尽くしているのに、結局老境に入っても、お互いのことがわかGohho006 っていない・・・。そのせいで、お互いの誠実さがむしろ、お互いに対する不信感として間に残ります。これは悲劇なのですが、その悲劇性が、ユキエの「うつ病」とも「アルツハイマー」ともはっきりしない「心の病気」のせいで、はっきりと目に見える形に変わっていきます。

 社会問題、男女の葛藤、日米の文化的差異、人種差別、地域的な偽善。それらのどれもがユキエの「心の影」を説明する理由にはなりうるのですが、どれもたんなる解釈とも取れ、結局何が真の問題なのかがはっきりわからないうちに、ユキエは次々に記憶を失っていき、コミュニケーションによって心の裡を明らかにしようという試み自体が、できなくなってしまのです。こういう、多くのの言葉を持っても説明し尽くしがたいような心理的事件を、かなりよく伝えています。さすが芥川賞と思わせるような作品でした。

 作品冒頭・・・

 一九九〇年十月二十三日、四日続きの細い雨が水はけの悪い庭土に溜まって、芝生一面を湿原に変えてしまったその日、幸恵は、満六十四歳の誕生日を迎えた。
 前の週の金曜日に、夫とニューオーリンズまで出かけ、用をすませて家に帰り着いた夕方から、雨が降り始めた。まるで、日本の梅雨のようだった。透き通った晩秋の陽射しの下で息を休めていたバトンルージュの街を、鉛色の雨雲が覆い、冷たく湿った空気の底に、州都全体が閉じ込められてしまった。この分では、悪魔の沼(デビルス・スワンプ)の対岸にある、ベルモントの荷揚げ場や、混血児の荷揚げ場(ミユラトウ・ペンド・ランデイング)は、閉鎖されてしまうだろう。市街でも、土地の低いところでは、そろそろ道路まで、雨水に浸されているかもしれない。
「一九六七年に大雨があって、ダウン・タウンの辺まで水浸しになったことがあったわね。覚えている?」
 食堂のテーブルに陣取って、古い友人へ宛てた手紙を書いている夫に、訊いてみた。
「そんなことがあったかな」リチャードは生返事をした。「随分、以前の話だろう」
「私は覚えているわ。グリーンデールに住んでいた頃よ」・・・

 「どれ、芥川賞の小説でも読んでみるか」というような読者は、人物中心に読みますね。そういう場所では、『寂寥郊野』がとりあげられることが多いんですが、中年の女性の方ですと、「あの旦那はやさしい」という話になります。
 私は、タフな人だなという印象を受けました。もう引退という年齢になって、事業が失敗した上に、奥さんが精神に変調をきたしたのに、へこたれずに、奥さんを支え続けるわけですから、やさしいということになるのでしょうか。主人公の女性に感情移入しているんでしょうか。自分の夫だったら、あんな風には面倒をみてくれないだろうとかおもってしまったりするような気もしますが。

 前にも書きましたが長門弘之・南田洋子夫妻も今洋子夫人のアルツハイマーと日々戦っていることをつい思い出してしまいます。長門さんの献身的な介護を洋子夫人はどれくらい解ってくれているのかと思うと、涙が出ます。

 文体も安定したこの作家の持味のままで、着実な成果をあげている吉目木さん。とくにアメリカ人と結婚して老年をむかえた日本女性が、夫とも、また息子の嫁とも、じつにクッキリとした対立をあらわす両シーンは、そのような個人の対立が描かれることの少ない日本文学において、個性確かな新人の出現といえるでしょう。アメリカならずとも、現代、大工業主義的な生き方をする国の寂寥感が伝わってきます。登場人物の間をわたる寒々とした寂しい風の音が聞こえませんか?。苦しんだいろいろな記憶が遠ざかり、ボケた日本人妻が、夜更けに焚火をする炎が狐火のように見えたり・・・描かれているのは、まさしく、あるカップルの・・・それも豊かな物語の印象が強いです。
その夫、その妻をはじめ作中人物のそれぞれに人間としての誇りを見出しているからです。つまり、人物を人格において捉え方は見事です。日本文学としては、こういう例はまだ少く、そもそも未発達の分野です。

 吉目木さんは、父親の仕事の関係で、子ども時代をアメリカやタイなどで過ごしました。アメリカでは、作品の舞台になったルイジアナ州のバトンルージュにも住んでいたことがあるそうです。江馬修『山の民』に感動し、影響をうけました。会社Gohho33_2 勤務のかたわら小説を書き始め、1985年に『ジパング』で第28回群像新人文学賞優秀作に選ばれる(佳作入選)。1988年に『ルイジアナ杭打ち』で第10回野間文芸新人賞、1991年に『誇り高き人々』で第19回平林たい子文学賞を受賞している。その後、1993年の上半期に、『寂寥郊野』で第109回の芥川賞を受賞しました。これは1998年に松井久子監督の第1回監督作品として『ユキエ』というタイトルで映画化されていますね。作品のタイトルを考えるのが苦手といい、文学賞を受賞した主要作品の多くも担当の編集者のアイディアでタイトルがつけられているそうです。

 他に、『ノーライフ・キング』は、ゲームの中に閉じこめられた者たちがゲームの中に超越者を求めることによって脱出しようとする「物語」です。作者が認めているように、これは「小説」ではありません。でも、ここにはある切実なアクチュアリティがあります。たとえば、読みながら、私は今年起こった中学生の親殺しの事件を思い浮べました。

『ルイジアナ杭打ち』は、一見さりげない南部生活スケッチですが、光った細部が随所にあって、しかも結びがぐっともり上って、アメリカ生活の怖さが読者の身に沁みます。『ルイジアナ杭打ち』の作者の硬くシャープな非適応感覚は本当に凄いです。
 問題は私が一番注目している『誇り高き人々』という長編です。この小説は周美という山陰地方の架空の田舎町に住む、ほんのすこしだけの風変りな普通の人々を描いていて、アメリカのスモール・タウンものに通じるものがあります。シャーウッド・アンダーソンの『ワインズバーグ・オハイオ』を意識されたのだと思いますが、『ツイン・ピークス』を思わせる部分もあって、印象深い人物が何人も登場します。
 すでに『ルイジアナ杭打ち』をアメリカで発表されていますし、『寂寥郊野』の英訳の話もあるとうかがっています。

これからも実体験をもとに、書かれるのでしょうか?期待を持てる作家さんですね。

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コメント

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こんにちわ。
昨日はよく降ったのですが今日はいい天気です。

寂寥郊野は受賞当時読みましたが、あまり憶えていなく、とこさんの記事を読み思い出しております。
タイトルがまずいいですね。
夫と妻の寂寥、誰も悪くはないのにどうしようもない人間の切なさ、文章がよかった思いが残っています。
ぼけるまで生きる、長寿を願ってきた人間への復讐ですかね。いや本人は苦悩もなくなるのでしょうから恩寵なのか、母が最後ぼけて何の苦悩もなかったことを思い出します。

コメントいつも大変ありがとうございますm(__)m
レスをコピーさせていただきます。

とこさん、いつもありがとうございます。
「私みたいに何時死んでもいいと思っている」
わたしもそう思って生きてきたような(^_^;)
わたしは多分に観念的な考えで、実際死を意識したことがなかったからのような気がします。
今から先はいやでも(^_^;)
ほんとに個々の人間の実存にとっては遺伝子うんぬんは全く関係ないですね。
いえいえ、わたし自身が書きながら勉強しています。書くことはやはり考えを整理し、いいですね。


投稿: KOZOU | 2009年4月15日 (水) 14時21分

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