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2009年4月20日 (月)

私の好きな作品たち~ 尾崎 紅葉編

 私は古い時代の作品を読むと、ほーっとする癖があり、時折昔の本を引っ張り出しています。 尾崎 紅葉さんは、明治18年山田美妙らと硯友社を設立し「我楽多文庫」を発刊。『二人比丘尼 色懺悔』で認められ、『伽羅枕』『多情多恨』などを書き、幸田露伴と並称され明治期の文壇の重きをなしました。明治30年から『金色夜叉』を書きますが、未完のまま没した。泉鏡花、小栗風葉、柳川春葉、徳田秋声など、優れた門下生がいました。

 明治16年に東大予備門に入りますが、それ以前から緑山と号Higashiyama_work21s して詩作にふけり、入学後は文友会、凸々会に参加し文学への関心を深めました。そして明治18年、山田美妙、石橋思案、丸岡九華らとともに硯友社を結成、回覧雑誌『我楽多文庫』を発刊しました。最初は肉筆筆写の雑誌でしたが、好評のために活版化するようになったとのこと。明治21年、『我楽多文庫』を販売することになり、そこに「風流京人形」を連載、注目を浴びるようになりました。しかしその年、美妙は新しく出る雑誌『都の花』の主筆に迎えられることとなり、紅葉と縁を絶つことになるのです。

 明治22年、「我楽多文庫」を刊行していた吉岡書店が、新しく小説の書き下ろし叢書を出すことになります。「新著百種」と名づけられたそのシリーズの第1冊目として、紅葉の『二人比丘尼 色懺悔』が刊行されました。戦国時代に材をとり、戦で死んだ若武者を弔う二人の女性の邂逅というストーリーと、会話を口語体にしながら、地の文は流麗な文語文という雅俗折衷の文体とが、当時の新しい文学のあらわれとして好評を博し、紅葉は一躍流行作家として世間に迎えられた。このころ井原西鶴に熱中しその作品に傾倒、写実主義とともに擬古典主義を深めるようになります。

 大学在学中ながら読売新聞社に入社し、以後紅葉の作品の重要な発表舞台は読売新聞となる。『伽羅枕』『三人妻』などを載せ、高い人気を得た。このほか「である」の言文一致を途中から試みた『二人女房』などを発表、幸田露伴とともに明治期の文壇の重鎮となり、この時期は紅露時代と呼ばれました。

 明治28年、『源氏物語』を読み、その影響を受け心理描写に主を置き『多情多恨』などを書きました。そして明治30年、『金色夜叉』の連載が『読売新聞』で始まりました。貫一とお宮をめぐっての金と恋の物語は日清戦争後の社会を背景にしていて、これが時流と合い大人気作となったのはご存知の通りです。以後断続的に書かれることになりますが、もともと病弱であったためこの長期連載が災いし、明治32年から健康を害しました。療養のために塩原や修善寺に赴き、明治36年に『金色夜叉』の続編を連載(『続々金色夜叉』として刊行)しましたが、3月、胃癌と診断され中断。10月30日、自宅で没しました。紅葉の墓は青山墓地にありますが、その揮毫は、硯友社の同人でもある親友巌谷小波の父で明治の三大書家の一人といわれた巌谷一六によるものであったそうです。

 紅葉の作品は、その華麗な文章によって世に迎えられ、欧化主義に批判的な潮流から、井原西鶴を思わせる風俗描写の巧みさによって評価されました。でも一方では、北村透谷のように、「伽羅枕」に見られる古い女性観を批判する批評家もありました。国木田独歩は、その前半期は「洋装せる元禄文学」であったと述べています。山田美妙の言一致体が「です・ます」調であることに対抗して、「である」の文体を試みたこともありましたが、それは彼の作品の中では主流にはなりませんでした。ただし、後年の傑作『多情多恨』では、言文一致体による内面描写が成功しています。1893年の『心の闇』では口語の口調にしばられていた言文一致体に「である」調を導入し、客観描写に耐える文章語として確立しました。

 紅葉は英語力に優れ、イギリスの百科事典『ブリタニカ』を内田魯庵の丸善が売り出したときに、最初に売れた3部のうちのひとつは紅葉が買ったものだったといいます。その英語力で、英米の大衆小説を大量に読み、それを翻案して自作の骨子としてとりいれたものも少なくありまん。晩年の作『金色夜叉』の粉本(絵手本)として、バーサ・クレイの『女より弱きもの』が堀啓子によって指摘されました。

  一高の学生の間貫一の許婚であるお宮鴫沢宮は、結婚を間近にして、目先の金に目が眩んだ親によって、無理やり富豪の富山唯継のところへ嫁がされます。それに激怒した貫一は、熱海で宮を問い詰めますが、宮は本心を明かしません。貫一は宮を蹴り飛ばし、復讐のために、高利貸しになります。一方、お宮も幸せに暮らせずにいました。やがて、貫一は金を捨て、お宮と再会し・・・。

 1940年頃に企画された中央公論社版の『尾崎紅葉全集』の編集過程で、創作メモが発見され、貫一が高利貸しによって貯めた金を義のために使い切ること、宮が富山に嫁いだのには、意図があってのことだったという構想の一端が明らかにされました。しかし、戦渦の中でこの全集が未完に終わったこともあって、再評価というほどにはなりませんでした。

 『伽羅枕』は お仙が12歳の時、西岡屋の商売が傾き、養父は失意の内に亡くなります。母子の生活はさらに困窮し、養母に諭され、お仙は「死んだつもりになって」島原に売られることになるのです。
 14歳で里花という太夫なったお仙は、やがて大坂の隠居に身請け されるが、太夫になった日がまさしく「一代の大邪淫、大妄語、大殺生、大貪婪、世間にあらゆる悪業仕尽くしの発端」となったのでした。
最初にお仙を身請けした老人はすぐに故人となり、その後もお仙の相手となる男ことごとく悲惨な目に合い、命を落とす羽目になりました。
 お仙は28歳で髪を落とし、その後62歳まで、亡き遊客たちのの菩提を弔う生活を送っているというところで物語は終わっています。

『多情多恨』では、多く人を好かない、多く人に好かれぬ鷲見柳之助にとって,妻は命でもありました。その最愛の妻を亡くし悲嘆にくれる鷲見は、最初ひどく嫌いであった友人の妻に深切にしてもらううち,まめやかに夫の世話を焼くその姿にひかれるようになる.朴訥な男が情をかけてくれる人物に傾いてゆく過程を描いた、紅葉の代表作とも言われる秀作です。

 『多情多恨』のなかで女性の衣装を描写するところがいくつかありますが、紅葉は実に細かく描写しています。このあたりは西鶴の衣装描写にそっくりです。また主人公の柳之助が亡き妻を偲んで涙に暮れるのは『源氏物語』の影響だといわれていますが、なるほど、柳之助は泣き通しです。いつも泣いている・・・
 私は読んでいて、泣いている柳之助よりもむしろ、柳之助の無頓着さ、そのHigashiyama_work25s友人葉山の寛容さ、そして葉山の妻お種の時に優しすぎる態度に不信を感じてしまいました。特に柳之助という男は、私に言わせれば実に図々しく思えます。そして実に無頓着な男です。
 友人の家に住み、それまでは大嫌いだった友人の妻お種の優しい態度に接するうちにいつしかその妻に恋心を抱くのですが、自分ではそれに気づいていないようです。 亭主が出張でいないときに「いつまでもやっかいになりたい」とか「病気でもしたら貴方にお世話してもらうつもりです」と言ったり、「お種さんが自分の寝付くまで枕元についていてくれるなら満足であろう」などと願ったり・・・こういう男性は大概嫌われますよね。
 亭主が出張中、柳之助が悶々として眠れず、ついには夜中にお種の枕元へ忍び込むにいたっては「柳之助、行動する前に回りへの影響を考えなさい!!」と小説の中の柳之助に怒る私でした。そう思って読んでいるところへ、あやしいぞと危険を察知した舅が登場したときにはほっとしたりして。
 明治29年。日清戦争に勝利して軍人が威張っている時代に紅葉はこの小説を書いたんですね。当時にしてはめずらしい口語文で書かれて
いますから読みやすいです。 ところで、この話に続きがあるとしたら、その後どういう展開になっていったんでしょうね。読者の想像をかきたてる終わり方でした。でも私は『金色夜叉』より『多情多恨』のほうが趣があって、いとおかし(趣がある)の心持でした。

 他にも今の先駆といっていいほどの作品が沢山あります。私など到底完読は出来ないでしょう。

やはり昔の作家はしっくりきますね。歳のせいでしょうか・・・

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コメント

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