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2009年5月11日 (月)

私の気になっている作品~『チャイルド44』

 これはトム・ロブ・スミス氏は発表した作品なのですが、舞台はスターリンが君臨していた頃のソ連。ソビエト社会主義共和国連邦なんて言葉、段々と忘れられていくのでしょうね。国家保安省でエリートの立場に立つレオ。スパイ事件を追いかけている最中に上司の命令で一日だけ部下の息子が死んだ事件の捜査に向かう。おかしいとは思いつつ事故として片付ける。するとその間に件のスパイが逃亡してしまう。そこからレオの人生は暗転。左遷された先で見た事件は事故として処理した事件と酷似している。そこからストーリーは回り始まり・・・

 帝政ロシア、じゃなくてミスタークレージーこと、スターリン支配下が舞台のソ連、しかもサイコスリラーとくれば設定だけでドキドキものです。最近少しずつ出てきているとはいえ、鉄のカーテンの向こう側の世界、そこでの「事件」を扱う小説は極めて少ない中、『チャイルド44』はすごいの一言でも終わりそうです。体制下を生きるとはどういうことかを説明するだけで上巻の340ページかかり、先に書いた第二の事件が始まるのにそれだけ費やしたのです。それに飽きるかというと全くそんなことはなありません。ソ連に生きる、特にスターリンという腐った太陽の下に生きるとはどういうことか、ひしひしと伝わってきます。

 兵士たちは何回も出撃しているうちに精神を病んできます。もう辞Dorakuroa01 めたい。でも「俺は精神を病んでいる」と申告すると、「自分の心が病んでいると分かるということは精神を病んでない」とされ、申告しなければずっと出撃を強制されるのです。深刻なジレンマのこと
を「キャッチ22状態だ」なんて言ってみるとちょっとした物知り気分が味わえます。「チャイルド44」は殺される子供の数が44人ということです。
 一つ、とても印象的だったのは、ソ連は完璧な体制なので犯罪者など出てくるはずがないので、犯罪者というのはソ連の体制外の人間(障害者、西側の人間)に限られるという考え方なんですね。だから民警は本来必要な事ではないので低いステータスしか与えられないという現実に、ソ連らしいというかなんともやるせないような切ないような感を覚えました。

しかし、民主主義&資本主義を唱える国でも「自分たちの芝生で行われていることは常に正しく隣の芝生で行われていることは常に間違っている」という流布した考え、転じて「自分がしていること、自分たち(家族・親戚→友人→狭いコミュニティ内のメンバー)がしていることは正しく、それ以外の人たちのしていることはたまに間違っている」という考えもまた我々(の定義が難しいが)の間で共有されています。恐ろしい事です。

 本書の中心で扱われている少年少女大量殺人事件は実際にあった事件に着想を得て書かれていますが、決してノンフィクションではありません。本書を著者が書こうとした意図はやはり謎解きの殺人ミステリーというよりも残虐な連続殺人犯を野放しにする狂った社会システムに支配された共産主義国家旧ソ連の姿を描く事にあったのでしょう。そこには人間愛など皆無で裏切りや欺瞞、罪の捏造、邪魔者の処刑による抹殺等々非道で醜悪な描写に多く筆が費やされ、大袈裟でなく一頁に一度は苦々しく遣り切れない思いが込み上げて来ます。そんな腐り切った社会の中で体制の側に立って非道な行いに手を染めて来た国家保安省の捜査官レオがあまりに酷すぎる悪行の実態を知って真実に目覚め、やがて権力の座から引き摺り下ろされて初めて己の所業を悔い改め、死を賭して連続殺人犯人を追い詰めようとする姿に感動を覚えます。そして心の拠り所で真実の愛と信じていた妻ライーサを一転して殺す寸前まで行く程の強烈な愛憎劇の凄まじさに圧倒されます。悪役ではワシーリーとザルビン医師のサディズムに満ちた異常性格が際立ち嫌悪感が募りますし、中盤で鮮やかに反転するスパイ小説としての仕掛けが見事です。終盤近くの列車からの脱走シーンは映像を意識したあざとさも感じますが、胸がすく痛快な見せ場です。

この国家は連続殺人の存在を認めません。ゆえに犯人は自由に殺しつづける――。スターリン体制下のソ連。国家保安省の敏腕捜査官レオ・デミドフは、あるスパイ容疑者の拘束に成功。だが、この機に乗じた狡猾な副官の計略にはまり、妻ともども片田舎の民警へと追放されます。そこで発見された惨殺体の状況は、かつて彼が事故と遺族を説得した少年の遺体に酷似していた・・・なんと皮肉めいた運命なのでしょう。20年後、刑法も、刑事訴訟法も、憲法も、自由を守るものではないソビエト。
 人が簡単に逮捕され、有罪判決で処刑される現実。 お互いが密告におびえ、監視しあう、夫婦、同僚、上司でさえも。 足下の安全はまったく薄氷を踏むのと同じ。 そんな描写がリアルです。

 これは映画化されているようなので、是非観てみたい作品です。でも残忍すぎて描写は難しいかもしれませんんね。

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コメント

はじめまして、yukidarumaといいます。KOZOUさんのところから、遊びに来ました。
ソ連のことはあまりよく知らないのですが、最近歴史に興味をもち始めたこともあって、とても楽しく読ませていただきました。勉強になります(^^)

また来たいな、って思います。よろしくお願いしますsnow

投稿: yukidaruma | 2009年5月11日 (月) 23時30分

おはようございます。
今日は五月晴れでとても気持ちいいです。

興味深い本ですね。
それにしても幅広い読書にほんとに感心します。それと深い読み。
実際ソ連に異常な大量殺人犯がいて、国家はわがソビエトにそんな奴はいるはずがないと軽視していた話は聞いたことがあります。
本当に建前の世界だったのですね。
ストーリーもとても興味ぶかいですね。スパイ小説の性格もあるのですね。機会があれば読んでみたいと思います。映画化もされているのですか。

理想の国家を作るはずの壮大な実験はあっけなく崩壊したですね。人間の本性は相互扶助社会などには向いていないのでしょうね。それは相互無責任社会に転化していくのでしょうね。ソ連邦に西側のような殺人者はいないという建前もほんとに喜劇的ですね。労働者の国家が、特権官僚に支配され、官僚は自己保身のため悪にも目をつぶる。スターリン治下のソ連はほんとに異常ですね。
ただソ連はマルクスが描いた共産主義とは大きくかけ離れていたように思います。いまだかって、真の社会主義国家は歴上存在していなかったような気もします。
わたし自身解決を見ない問題ではあります。

とこさん、いつもコメント大変ありがとうございます。
以下レスをコピーさせていただきます。

いえいえ、どうかお時間のある時にです。(*^_^*)

お母さん、楽しくとても思慮深い方のようですね。
>時々、私の部屋のベッドに横たわり、「もう料理したくないよ~ん、ぷんぷん」
目に浮かぶようです(*^_^*)ほんとにいとおしいでしょうね。子供をいつまでも子供と思われるのも愛情の印ですね。
確かに男と女性では母親に対しての気持ちも違ってくるのでしょうね。とこさんの友達感覚というのもわかる気がします。一番いいですね(*^_^*)
わたしは後悔ばかりなのですが、とこさんはそんなこと無いと思いますよ。
ほんとに生きてるうちが花ですね。いっぱい楽しんで愛されてください(*^_^*)
書きました詩歌でも男が母を悼むのが多いですね。やっぱ自責の印なのでしょうね(^_^;)
ありがとうございました。

投稿: KOZOU | 2009年5月11日 (月) 09時59分

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