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2009年5月13日 (水)

私の好きな映画~『恋人たちの予感』

 1989年の作品なのでご存知ない方も多いかもしれませんが、メグ・ライアンのお好きな方は必見です。
ある男女の11年にわたる愛と友情の軌跡を描いています。製作・監督は「スタンド・バイ・ミー」のロブ・ライナー、共同製作はアンドリュー・シャインマン、脚本はノーラ・エフロン、撮影はバリー・ソネンフェルド、音楽はハリー・コニツク・ジュニアが担当。出演はビリー・クリスタル、メグ・ライアンなど。「男と女はただの友達になれるのか?」という永遠のテーマに迫るラブコメです。男のハリーは「セックスが邪魔して男と女は友達になれない」と主張。女のサリーは「セックスなしの男友達だってありえる」と。この永遠のテーマを二人が身を持って証明していく物語。英題は「When harry met sally」。邦題の「恋人たちの予感」に軍配! くっつきそうでくっつかない“恋の予感”が散りばめられています。「男と女の間に友情は成り立たないッ!」とキッパリとこう断言して始まるお話でもありますね。ところが内容はというと、十何年もの長い年月をかけて、この命題をなんとか覆そうとチャレンジする形で進んで行くのです。なので、見ている方は、命題が覆るのが良いのやら、2人が無事ゴールインするのがシアワセなのやら、どっちに転ぶべきか分からん二人を、どっちに転ぶべきか観客も分からぬまま応援しつつ見守らされるということになるのです。

 77年のシカゴ、大学を卒業したばかりのハリー・バーンズ(ビリー・クリスタル)とサリー・オルブライト(メグ・ライアン)は、ハリーの恋人がサリーの親友であったことから経費節約のために同じ車でニューヨークに出ることになりますが、事あるごとに2人は意見を衝突させ、初めての出会いは最悪のものとなりました。

 それから5年後、ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港。出張の見送りに来てくれた恋人ジョンと長いキスを交わしているサリーのもとにハリーが姿を現わした。2人はお互いが相手の名前を覚えていたことに驚くが、飛行機の中で席を替わってもらって隣り合わせになったハリーとサリーはまたしても口論、しかしもうすぐ結婚するというハリーの様子は以前とは違ってみえました。

 さらに5年後、離婚直前のハリーと、ジョンとの別れから何とか立ち直ろうとしているサリーが再会。これを機会に2人は友達同士になり、デートを重ねるようになるのですが、2人の会話はお互いの恋の悩みばかり。ジョンとの恋にケリをつけたと思い込みたいサリーと、妻と離婚した現実を受け入れられないハリーの関係は、時として互いに振りかかってくる相手へのロマンティックな思いを振り払おうとしています。ある日2人はお互いの親友を紹介しあおうとするが、逆にハリーの親友ジェス(ブルーノ・カービー)とサリーの親友マリー(キャリー・フィッシャー)が意気投合し、2人を残してどこかへ消えてしまいます。

ある夜サリーの泣きじゃくる電話をうけたハリーは、彼女のアパートヘ駆けつけます。独身主義者のジョンが自分以外の女と結婚すると聞きショックをうけたサリーを慰めるうちに、どちらともなく2人は互いを求め、ついに一夜を共にしてしまうのです。それ以来2人の関係は、変に相手を意識しすぎてぎくしゃくしてしまい、ハリーの言い訳が逆に混乱を招いたりもしました。しかしニュー・イヤー・イヴの夜、相手への愛を確信したハリーとサリーは、様々な紆余曲折の末に自然な恋人関係を築きあげるのでした。

 この2人の間は最初は険悪、途中で何でも話せる友達、そして恋人としての予感・・・と来るわけですが、ここで私は友達と論争になりました。男と女で友達はあり得ないと友達は主張。男性は必ず下心があるといいます。でも、私はあっていいと思う派です。何故って男友達がいたら、「こんなとき、男の人だったらどうする?」といった意見が聞けるわけすし、逆もあると思うのです。同性同士が延々話して解決出来ないことが異性の一言で「ああ、そうかもしれないね」という話に変わることってありますよね。1対1じゃ無理なのでしょうか・・・

 私が面白いと思ったことは、ハリーがまだ全然サリーを意識Jonsari001_2 していなくて、別れた奥さんのことばかり話す場面です。私もよく、若い頃は、この人、全く私を女として見ていないからこんなことまで話すのだろうなと思う男友達が多くて、これって喜んでいいの?と思った
ことが何度もあったので、それはそれで大事な友達として今でも思い出します。でも結局、ハリーとサリーはいつの間にか惹かれあっていたんですね。でも情事の後にそそくさと帰ってしまわれたサリーの気持ちを考えると、尋常ではいられなかったでしょう。ハリーの悪い癖がこんな形で自分の前で行われている・・・サリーはやられた、ハリーはやってしまったとお互い友人であるマリーとジェスに電話で報告。

 メグ・ライアンは、ホントに可愛いですね。そのお相手が、ビリー・クリスタルというところが、この映画を成立させているように思います。もし、メグのお相手が、誰が見ても好青年で文句のつけようのないハンサムな男性だったら、友情ではなく即、恋人でしょう。サリーとハリーが、お互いの親友を相手に紹介するシーンがありましたが、あれ、わかるんですよね。相手に彼氏・彼女ができてしまったら、今までの様につきあえなくなるけれど、自分の親友が彼氏・彼女だったら今まで通り会える・・・そんな気持ちがあったのでしょう。
サリーとハリーがけんかするシーンが観たくて、久しぶり にまた観てしまいました。もう20年近く前の映画になってしまったのですね。どこか懐かしさを感じつつ、楽しく観ました。これは原題「WHEN HARRY MET SALLY」のほうが絶対に好きですが。

 それからとても些細なことですがサリーはソースがかかっているのが嫌いで、「ソースは横に添えてね。かけるとベチャベチャニなるから」が口癖で、ウェディングケーキも勿論、ソースは横に添えたそうですよ。

 秋の紅葉も冬のツリーもちゃんと背景になってるところなど今観ても、綺麗だろうなと思います。とにかく賞はしとめませんでしたが、その年のアカデミー賞の司会をしたのがなんとビリー・クリスタルでした。こんなラブコメディならまた観てみたいです。

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コメント

おはようございます。
今日は少し曇っています。

おもしろいですね。
メグ・ライアンはほんとにかわいいですね。
前にとても人気ありましたね。
これは見ていませんけれど話の展開が軽妙でおもしろそうです。
男と女、友達になれるのか、ほんとに永遠のテーマでしょうね。人にも、そのひとの年齢とかにもよるのでしょうけれど、わたしはあり得る気がします。
ただ双方がそのような気がないとダメでしょうから、危うい気はしますね。
ちょうどこの映画のように(*^_^*)
この世は男と女しかいないのにどれほどのドラマが生まれたでしょうか、おもしろくて複雑でときに悲しいドラマが。

とこさん、いつもコメントありがとうございます。
以下レスをコピーさせていただきます。

ただのぐうたらオヤジ、確かに俳句がなかったらそれそのものですね(^_^;)
妻子も泣かせてそれ以下かもですね。
俳句もそのものはただのつぶやきのような気もしますね。彼の生き様が注目を浴び、それに俳句が着いていったような。
ただ不幸な男だったとは思います。
父と母に翻弄された幼い日、何よりオヤジが相当な極道ですね(^_^;)人間の宿命のようなものを感じます。
「捨てきれない荷物のおもさまへうしろ」、それをしょって、結局しょいきれなかったような。哀れとは思いますね。
太宰も大きな旧家の生まれですね。
それはかえって彼を苦しめたようですね。
太宰も何度も自殺未遂、山頭火とやはり似てますね。
山頭火も死に場所を求めてさまよったような。
ふてぶてしく生きる心はなかった、人間の業、弱さ、優しさ、反面エゴ、いろんなことを二人にわたしも感じます。
人間ほんとに様々ですね。けして尊敬はできないですが、これが人間だ、そんな気がします。

投稿: KOZOU | 2009年5月13日 (水) 10時43分

おはようございます(^^)

「男と女は友達になれるのか」まさに永遠のテーマですね。

「親友たちが逆に意気投合してどこかへいってしまう」ってところが、面白いですね(^^)

自分も恋をしてしまった時に、地元の女友達に相談したことで、うまくやっていましたね。やっぱり男には女のことがわからない、部分はありますし、「こういう場合って・・・」と考える時はよく相談していました。

しかし、友達から、女友達として会っているうちに惹かれてしまった、という話もよく聞きますね。

「男と女って友達になれるのか?」
本当に、永遠のテーマですね。

投稿: yukidaruma | 2009年5月13日 (水) 09時39分

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