« 私の好きな作品たち~島崎藤村編 | トップページ | 私がやや好きな作品たち~乃南 アサ編 »

2009年5月19日 (火)

私が驚いた作品~『奇跡の脳』

 ジル・ボルト テイラー女史の『奇跡の脳』はもう読まれましたか?気鋭の女性神経解剖学者が、脳血管の生まれつきの異常があったために、ある日脳卒中を起こしました。なにしろ自分の専門領域なので、脳の機能がしだいに侵されていくのを、自分で体験する破目になります。「四時間という短い間に、自分の心が、感覚を通して入ってくるあらゆる刺激を処理する能力を完全に失ってしまうのを見つめていました。(中略)そして、人生のどんな局面をも思い出すことができなくなってしまったのです」
 
 養老孟司氏の書評によると、『その発作の間も、さすがに科学者Ratur001 である。自分の認知力が壊れていく様子を、しっかり記憶しておくように、必死で自分にいい聞かせる。そういう人だから、回復した後で、こういう本が書けたのである。病巣ははっきりしていた。左脳の中央部から、出血がはじまったのである。それによって、典型的な左脳の機能である言や、自分を環境から区別し、自分の位置を把握する方向定位連合野が働かなくなっていく。そうすると、残る右脳の機能が正面に表れてくる。それはどういう世界であったか。なんと著者はそれをまさに「悟り」の境地、ニルヴァーナと呼んでいる。自分が宇宙と一体化していく。脳が作っている自分という働き、それが壊れてしまうのだから、いわば「自分が溶けて液体となり」、世界と自分との間の仕切りが消えてしまう。つまり宇宙と一体化するのである。
 いわゆる宗教体験、あるいは臨死体験が脳の機能であることは、いうまでもない。しかしそれが世間の常識になるまでには、ずいぶん時間がかかっている。神秘体験としての臨死体験が世間の話題になった時期に、私は大学に勤めていたから、取材の電話に何度お答えしたか、わからない。あれは特殊な状態に置かれた脳の働きなんですよ。
 脳卒中結果、著者はすっかり変わってしまう。いわば右脳の働きに「目覚めた」のである。無理な理屈をいい、批判的になり、攻撃的になる。それはしばしば左脳の負の機能である。もちろん左脳の機能がなければ、さまざまなことができない。しかしリハビリを続け、左脳の機能を回復していく過程で、著者はそうした負の部分を「自分で避ける」ことができると気づく。個人的にお付き合いするとしたら、私は病後の著者と付き合いたいと思う。発作前の著者は、おそらく典型的な、米国の攻撃的な科学者だったに違いないからである。本書の後半を、ほとんど宗教書のようだと感じる人もあるかもしれない。でも、脳から見れば、宗教も特殊な世界ではない。脳がとりうる一つの状態なのである。本書を「科学的でない」という人もあるかもしれない。それは科学の定義によるに過ぎない。科学をやるのは脳の働きである意識で、意識は一日のうちのかなりの時間「消えてしまう」ていどのものである。その意識という機能の一部が、科学を生み出す。しかも科学を生み出す意識という機能は、「物理化学的に定義できない」。
 科学的結論なら信用できる。そう思っている人が、いまではずいぶんいるらしい。しかしその科学を生み出す意識がどのくらい「信用できるか」、本書を読んで、ご再考いただけないであろうか。訳文はこなれていて、じつに読みやすい。専門的な部分を最後に解説としたのも、親切な工夫だと思う。脳研究やリハビリの専門家に限らず、人生を考えたい人なら、だれでも読んでいい本である。』とありました。なるほど・・・

 テイラー,ジル・ボルトさんはインディアナ州インディアナ医科大学の神経解剖学者。ハーバード脳組織リソースセンター(脳バンク)で精神疾患に関する知識を広めるために尽力しつつ、ミッドウェスト陽子線治療研究所(MPRI)の顧問神経解剖学者として活躍しています。1993年より、NAMI(全米精神疾患同盟)の会員でもあり、タイム誌の「2008年世界で最も影響力のある100人」に選ばれました。インディアナ州のブルーミントン在住。

 私も、脳卒中で左脳の機能に障害を受けたが意識は失っていなかったと聞き、さすが科学者と思ってしまいました。生物学的には人は感じる生き物だけれど考えもする、という順序らしいです。彼女は脳卒中で言葉がしゃべれず動けない時、なんと幸せだったというのです。それだけではありません。その中では深い安らぎがあり、魂と宇宙の一体感さえあり、感情が自制でき、世界観までが変化していました。
 8年後、ジルは手術とリハビリによって奇跡的に回復します。そして、左脳が動かなかった間、負の感情を持った人が治療をすると辛く感じ、愛や喜びという感情こそが、人にいい影響を与えることもわかったと言います。また左脳が回復するにつれ、感情を自分でコントロールするより、他人のせいにする方が自然に思われたのだといいいます。
 本書には、脳卒中の回復のためにどうやって病状を理解してもらいたかったか、という脳科学者ならではの不思議で貴重な付録がついています。私は感情の行方を他人のせいにしていないだろうか・・・私は本当の自分についてどれくらい知Gohho006 っているだろうか・・・そんな疑問も投げつけられた気がします。
 痴呆や認知障害で社会生活に支障をきたした方々と(又、広い意味で動物等の生命に対しても)接する機会は私を含め一般の方も多いかと思いますが、どう接するべきか、について役に立つのではないかと思いました。 著者は左脳の障害で、右脳の深い心の平和(涅槃)状態を体験されたと書かれています。でも逆の体験談もあるということですので、損傷部位で個人差があるのでしょうか。右脳にはまだ解明されていない複数の扉があるのかもしれませんね。 個人的には認識の働きの記述の部分、至福状態や、認知機能の肉体の境目感や時間感がなくなったり等が、心のはたらきを勉強するのに読んだブッダの実践心理学等を振り返り、面白いものだと感服してしまいました。右脳を使うようになって多幸感が得られ、涅槃も感じられるという 言葉で便利になった世の中は、人間らしさを奪ってるのではないかとさえ思えてきます。ただ、ラマチャンドラン『脳の中の幽霊』(p.43)には、「左脳に卒中を起こした患者は、不安や抑うつに陥ったり、回復の見込みについて気をもむことが多いもの。これは左脳が損傷を受けたために右脳が優勢になり、あらゆることに悩むようになったからだと思われる。」とありますが、著者の状態はまったく逆のようです。右脳が優勢になったにもかかわらず、そのダメージをまったく受けていませんね。いくら脳の専門家だとしても、脳卒中患者本人の書く体験記をどこまで信用できるか悩ましいのも本音です。

 でもまず一読をお勧めします。かなり売れているようですし・・・

|

« 私の好きな作品たち~島崎藤村編 | トップページ | 私がやや好きな作品たち~乃南 アサ編 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

こんばんわー。

大学で脳科学を専攻していたこともあり、とても興味深く読みました。脳の世界はとても不思議ですよね。高校のころ「サヴァン症候群」をTVでみて、彼らの驚くべき能力や「損傷した脳の部位を他の正常な部位がカバーする」ってとこに興味をもったんですよね(^^)

刺激すると神を実際に感じれる部位がわかっていますし、最近は進んでますよね。

大学に勤めてらしたんですね。臨死体験の取材・・やっかいですね(・・;)お疲れさまです。

高校時代は無意識とか右脳とかに狂ったようにはまっていたので、なんともその頃のことを思い出しました。頭の中がほとんど「右脳」のことでいっぱいでした(笑)授業中に瞑想してましたし(苦笑)あぁ、はずかしいですね(笑)

ラマチャンドラン博士の「脳の中の幽霊」は大学の頃に読みましたね。今ちょうどぱらぱらめくってみました。めっさ付箋がついてます(笑)

僕も科学でどこまで脳が解明できるのか、というところに思うところが多々ありますね。特に人間は意識でもって科学しているわけですから・・・脳の解明していくにあたって何か矛盾があるような気がします。

投稿: yukidaruma | 2009年5月20日 (水) 21時14分

こんにちわ(*^_^*)
今日は曇っていて暑くなくちょうどいいです。

またとても興味深いですね。
幅広く読んであるのにほんとに感服します。
わたしは短い解説文を読んだくらいでした(^_^;)
実に貴重な人の貴重な体験ですね。
そうですか。
右脳の作用によりそのような状態に。
養老氏の書評も興味深いですね。
臨死体験が脳の働きであることは大賛成ですね。
「意識という機能は、「物理化学的に定義できない」
これは確かにそうでしょうね。
古来から哲学上も大問題ですね。
まさに人間たるゆえんでしょうから。
ただ意識も肉体の消滅により完全に消滅することをわたしは信じていますけれど。
「『脳の中の幽霊』(p.43)には、「左脳に卒中を起こした患者は、不安や抑うつに陥ったり、回復の見込みについて気をもむことが多いもの。これは左脳が損傷を受けたために右脳が優勢になり、あらゆることに悩むようになったからだと思われる。」
の記述もおもしろいですね。
正反対なのですね。
損傷の部位、程度とうによるのですかね。
おもしろそうですね、いつか読んでみたいと思います。

とこさん、ちょっと長いものを読んでいただきコメント大変ありがとうございました。
以下にレスをコピーさせていただきます。

アップしてから実はちょっと後悔しました(^_^;)小説としては最も短いものですがブログにすると長くなるし、第一こんな辛気くさいもの、敬遠されるだけだと(^_^;)削除しようとも思ったのですが、こうして読んでいただき、わたしの書こうとしたものを汲んでいただき、ほんとにアップしてよかったと思っています。
おっしゃるとおり「母親と子の絶妙なタッチ」が一番書きたかったものです。そして母の人生への理解と反発、不幸な結婚は3代たたるといいますからね(^_^;)最後の自転車はわたしとしてはキモだったのですが言及していただき嬉しいです(*^_^*)。あれを書きたいがために書いたようなものです(^_^;)。あれは実際父と母にありました。
30枚の制限があったもので説明が多くなりましたが。その点宮本輝の短編は絶品ですね。

浩三の境遇はちょっと似たところもありますが、心理的にはわたしとほぼ同じでした(^_^;)
実は選者は宮本輝でした。彼は大好きです。現代文学としては古いのかも知れませんが、彼の文章はいいですね。及ばずながらわたしも今までで一番推敲しました。(そしてこの程度ですが(^_^;))
「或る意味人間の死は美しい思い出だけが残る物なのかもしれない」、わたしもそう思いますね。医学的にも多くの断末魔、脳内物質が発散され幸福感に包まれると考えられているようですね。臨死体験もそのなせることとわたしは考えています。何ヶ月もチューブにつながれ、身動きもできず悶死するのは、あまりにも悲惨ですね。脳内物質、麻薬のようなものでしょうが人間そこはよくできていると思いました。

文学は因果なものですね。肉親の死さえ書こうとする。やっぱ天国には行けないようです(*^_^*)
ほんとにありがとうございました。

とこさん、どうかお母さんをケンカしながら、愛してやってください(*^_^*)

投稿: KOZOU | 2009年5月20日 (水) 12時13分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/528484/29680080

この記事へのトラックバック一覧です: 私が驚いた作品~『奇跡の脳』:

« 私の好きな作品たち~島崎藤村編 | トップページ | 私がやや好きな作品たち~乃南 アサ編 »