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2009年5月 9日 (土)

私の好きな作品たち~樋口 有介編

 サントリーミステリ大賞の読者小を貰った樋口さん。順調に筆を滑らせていらっしゃるようで安心しました。

やはり、この賞を取った方たちのその後を見ると殆どの作家さんが活躍しているので嬉しいです。ただミステリー大賞そのものがなくなってしまったことは遺憾に思います。

 その樋口さんの作品『ぼくとぼくらの夏』は、主人公の戸川春一はMojiriani_013 フォルクスワーゲンを乗り回している巨人ファンの刑事を父に持つ三多摩地区の高校生。ある夏の日、同級生の岩沢訓子が変死し、それをキッカケにテキ屋の酒井組の娘である酒井麻子と急接近する。春と麻子は訓子の死因を判明するために奔走するが、ひょんなことから酒井組の用心棒である秀松から麻子の母親と戸川刑事が高校時代恋仲になって駆け落ちしたという内緒話を聞かされ2人はビックリする。しかし、追い討ちをかけるように今度は別の同級生である新井恵子も変死。戸川刑事は春や麻子たちの担任である村岡先生に事情聴取するが、その戸川刑事自身が村岡先生に一目惚れしてしまう・・・というお話なのですが、すっと世界に入っていて、変な癖も無い物語に最後まで楽しませていただきました。このときは大賞を逃しているわけですが、おそらくストーリーがあまりにもありふれていたからだったからとしか考えられません。
 むしろ、本書の価値は文体と女性の描き方にあると思いました。 文体は、かなり1991年版に比べて直したのだろうと思いますが樋口氏の昔の文体は、あまりにもハードボイルドっぽすぎた気もします。それが本書では、くさいというほどではない、でもロマンチックなも
のとなっています。読みやすいし、引き込まれます。
 男性から見て魅力的な女性を描く、けれども女性の恐ろしいところも示してみせるというのも、著者の一貫したテーマですね。この点に関しては、比類のない腕前!!。だまされていると分かっていながらも、ヒロインに恋をしてしまう。 処女作とは思えない作品でした。

 「俺は、あんたたちみたいに、さっさと村を見捨てて出ていって、昔の感傷のためだけに戻ってくるようなヤツは嫌いでね」
作中英輝の冬子への発言。エロゲは、ある意味過ぎ去ってしまった青春への懐古でもある。懐かしさをも込めて、田舎を舞台にしたと考えるとこの発言は、なんというか。プレイヤーへの当て付けと考えると面白いかもしれなません。

 ダムによる廃村。――そんな大人な事情ではなく、私と、私たちの世界の喪失なんてあんまりだ。という貴理の訴え。しかし主人公は夏にしか、この村を訪れない。英輝との意識の違い。冬子との男女間、意識の違い。
しかし、どちらにせよ表ルートでの、主人公にしろ貴理にしろ、終盤の冬子へ吐く愚痴は、まさにそういった純朴性の脱却、村を捨てるという行為に他ならない気もする。どちらにせよ、村は廃村なのですが・・・
 裏ルートはずっと冬子の視点からです。そしてその視点は『僕ら』にずっと近いように思います。貴理や英輝たちの、幼さに対するある種の怒り、面倒くささ。そういったものを共有しているように感じました。そしてそれでいて主人公に惹かれて。そしてあっさりと。だからこれは裏ルートでありながら、ちゃんと、僕と、僕らの夏なんだと思います。

「綺麗なだけじゃないよ。良い思い出なんかにしたくない。」・・・思い出よりもこれからを大事にと言うメッセージのようでした。

「ここに戻ってきたときは、もう全てを失ったと思っていたわ」わたしはその手をギュッと握りしめた。「でもそんなことは、全然なかったのよ。」「そうなんですか?」「そうよ」「・・・失ったものは、取り戻せるんですか?」「はじめから、なくしてなんていないの。ただ若い頃は焦って、忘れているだけなのよ」純朴性からの脱却じゃない。回帰だ。18禁であるからこそ、裏ルートは映えるんだ。だから、表ルートでは、埋めた物は掘り起こされない。必要がないからだ。主人公は冬子さんです。裏ルートがお勧めです。表ルートの歯がゆい初恋に面白みを感じれない人はむしろしっかりと裏ルートをやりましょう。冬子さんみたいな方が嫌いな方もいますでしょうから、その辺りの引き際を。自分は十分に満足しました。潮騒も、期待します。

 『夏の口紅』では、15年前に家を出たままの親父が、死んだ。ひとりっ子のぼくに残されたのは、2匹の蝶と、妹と名乗る女の子だった。この不思議な女の子との出会いで、大学3年のぼくの夏休みはとびきり暑くなりそうだ・・・書下し青春小説です。
 主人公の設定など他の作品と似ているところも多いのですが、本作品はミステリー要素はほとんどなく(謎の多い亡き父親の遺言の意図、見知らぬ姉の探索というテーマではあるが)、大学生である主人公の成長物語かつ恋愛物語です。品のいいユーモラスな話、クールかつ行動的な主人公、ちょっと変わっているが魅力的なヒロイン、年上のガールフレンドやファニーな母親など女性との掛け合いの多さなど、著者の得意技が十二分に発揮されています。この瞬間に目の前を通り過ぎていく青春という時間を静謐に、時に熱く 見つめる主人公の内省的な視線こそ、永遠に古びないものなのですね。私は好きです、この作品。

 『月への梯子』では、入居者の一人が殺され、続いて住人全員が消えたアパート。大家のボクさんは謎解きを始め、やがて自分を取り巻くものが善意だけではなかったことを知る…。「知る」ことの哀しみが胸に迫る書き下ろし長篇ミステリーです。主人公の40歳のボクちゃんは母の後を次ぎ、アパートを経営していました。知能は中学生くらいなのですが、ご近所でも人のよいことで知られていたはずが、事件が起きて探偵まがいのことをし、だんだん人の裏側と表面の違いに戸惑ってしま・・これは知能の問題だけではなくて、人間、
表裏一体だという教えを学んだ気がします。読み終えて憂鬱な気持ちになるのはその為ではないでしょうか。ぼくちゃんが唯一まともな人間にみえてきます。(まともとは差別用語ですね。失礼しました。)

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コメント

読書量とともに作品の深い理解も感服です。
わたしは「ぼくとぼくらの夏」おもしろかったな~くらいしか覚えていないのですけれど(^_^;)

投稿: KOZOU | 2009年5月11日 (月) 09時38分

こんばんわ(*^_^*)
今日はちょっと曇って蒸し暑かったです。

「ぼくとぼくらの夏」読みました。受賞作品がどんなものかと思って(^_^;)
読者にたくさんの支持を得たようですね。
ストーリーはほとんど忘れたのですが(^_^;)
文章があっさりと読みやすかったのは覚えています。
その後も活躍してありますね。
そのほかの作品は読んでいないのですがおもしろそうですね。
とこさんがほんとにたくさん読書してあるのには驚きます。

投稿: KOZOU | 2009年5月 9日 (土) 22時55分

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