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2009年5月 4日 (月)

私の好きな作品たち~ジョルジュ・ルオー編

 異例ではありますが、私はルオーの絵も大好きです。今まで私が好んだ画家と一線を博すものがルオーにはあり、辛い時に観ると涙が溢れます。ルオーは、ひたすら自己の芸術を追求した孤高の画家でした。後年のルオーの画風、特に黒く骨太に描かれた輪郭線には明かにステンドグラスの影響が見られます。ルオーは修業のかたわら装Ruor002 飾美術学校の夜学に通った。1890年には本格的に画家を志し、エコール・デ・ボザール(国立美術学校)に入学、ここでマティスらと知り合った。同校でルオー、マティスらの指導にあたっていたのは象徴派の巨匠、ギュスターヴ・モローでした。教師としてのモローは自己の作風や主義を生徒に押し付けることなく、ルオーとマティスという、モロー自身とは全く資質の異なる2人の巨匠の個性と才能を巧みに引き出したのです。ルオーは終生、師モローへの敬愛の念が篤く、1903年にはモローの旧居を開放したモロー美術館の初代館長となっています。ルオーは同美術館に住み込みで働いていたが、給料は安く、生活は楽ではなかったようです。
 ルオー20歳代の初期作品にはレンブラントの影響が見られ、茶系を主とした暗い色調が支配的でしたが、30歳代になり、20世紀に入ったころから、独特の骨太の輪郭線と宝石のような色彩があらわれました。画題としてはキリストを描いたもののほか、娼婦、道化、サーカス芸人など、社会の底辺にいる人々を描いたものが多く、ルオーは版画家としても20世紀のもっとも傑出した作家の一人で、1914年から開始した版画集『ミセレーレ』がよく知られていますね。

 ルオーは、いったん仕上がった自作に何年にも亘って加筆を続け、納得のいかない作品を決して世に出さない画家でした。晩年、ルオーは「未完成で、自分の死までに完成する見込みのない作品は、世に出さず、焼却する」と言い出すほど自分の絵に執着していました。
 このことが原因で1917年、画商ヴォラールはルオーと契約を結んでいたルオーの「全作品」の所有権はヴォラールにあるものとされたのですが、この契約が後に裁判沙汰の種にまでなりました。ルオーは300点以上の未完成作をヴォラールのもとから取り戻し、ボイラーの火にくべたのです。。それが彼の芸術家としての良心の表明でした。ルオーは第二次大戦後も制作を続け、1958年、パリで86年の生涯を終えました。

 ルオーは『一生を通じて、私は大人数の家族のために金の心配をしてきた! 未来への、貧乏への不安があったんだ!』 私はいつもセザンヌの言葉を繰り返していた。『“恐ろしいものだ、人生とは”。どうしたら生きていけるだろうと思ったことさえあるRouault_30 。みんなに見離されていたんだ。そして何だって起こるのがいつも遅すぎるんだ。若い頃夢見ていたオランダやフランドルのイタリアの傑作を、私がようやく見られたのは77歳になってからですよ、知っていましたか? 幸なことに、こんなへとへとの生活をしていても、不機嫌にならなかったのが私の支えだった。そのおかけで私は不運にめげずにすんだんだ……。』

 批評家たちは激しく攻撃してきました。『私が不健全な芸術家であり、“醜さの専門家”であり、ぞっとするようなグロテスクなものを毒々しく描く、と彼らは非難しました。ポルノグラフィだと非難されたことさえある…。でも、悪を描くこと、腐敗を、いかがわしい快楽を、つくりものの楽園を描くことは、ポルノグラフィだろうか? たしかに売春婦や娼婦たちは、私の作品の中で、聖人や士師やキリストと同じような地位を占めている。しかし現実はさまざまで、悲しく下劣なものであるのと同様に楽しくうきうきするものではないだろうか?
 そして汚らしい、あるいは卑しいものからでも、美は引き出せるのではないだろうか?』と・・・それくらいルオーの作品は暗いイメージがあり、黒く縁取られた作品たちは今まで目にしてこなかったものでした。
 ですが、他にキリストを崇めるように、売春婦や娼婦を崇めて書いた画家がいるでしょうか?彼は従順なクリスチャンです。神の御名により、選ばれし人なのだと私は思います。その彼が描いた作品だからこそ、出せる味わいがあるのでしょう。私はそれに気付くのが少し遅かったのかもしれません。

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コメント

こんばんわ(*^_^*)
今日は天気もよく気温もちょうどで最高でした。

いつもコメント大変ありがとうございます。
レスを以下コピーさせていただきます。
また読ませていただきます。

とこさん、いつもコメント大変ありがとうございます。
いつも精力的な執筆、ほんとに感心しています。

いえいえ、わたしの考えを押しつける気はもちろん全然ありません(*^_^*)わたしはヒマだったのか若い頃からこんなことを考えるのが好きでした。いろいろ迷ったのですが、今の考えが一番納得できるし、心も安らぐというだけです。ただテレビで何とかというおばさんや、メタボの若年寄りが「霊がどうのこうの」とほざくのだけは頭にきますね。肉親を悲しませ、自らも苦しむ「霊」、人間それほど罪深いのかと思います。
とこさんの状況、お聞きして少しわかったような気がします。そうだと思います。子に先立たれることは親にとってもっとも辛いことではないでしょうか。金銭にとても変えられることではないと思います。お母様はとこさんの世話を少しも迷惑だったとかは考えられていないと思いますよ。愛し愛される人のために生きる、尊いことだと思います。そう言う人がいる限り自ら命を絶つことはやはりできないのだろうなあと思います。
ありがとうございます。母も今は宇宙の光となってあちこち巡っているのだと思って(*^_^*)

投稿: KOZOU | 2009年5月 5日 (火) 18時21分

こんばんわ。
こちらかなり雨が降りました。

あまりよく知らないのですけれどルオー、アップされている分だけ見ても独特ですね。
なるほどステンドグラスの影響は感じますね。
300点以上もの自分の絵を燃やした、驚きますね。
それほど純粋に自分の絵を追求したのですね。
クリスチャンとしても大いに同意できますね。
キリスト自身が娼婦や最低階層の人たちの救いを真剣に考えたのですからね。
形式的になり偽善にまみれた教団はきらいですね。
信ずるとするなら神に自らだけが帰依するのでしょうからね。
彼を見直しました。

ブログ更新しましたのでのぞいていただけると嬉しいです。

投稿: KOZOU | 2009年5月 4日 (月) 21時40分

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