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2009年5月23日 (土)

私の大好きな作品たち~村上春樹編その③

 何度も春樹氏のことは取り上げてきましたが、何故ここまで彼の作品にのめりこめるのは何故なのか、考えてみたことはあまりなかったように思います。主人公達のちょっと変わった生活ぶりや関わってくる女性達の魅力、ストーリー展開の面白さなどが私を駆り立てているのだと思っていましたが、深層はそんな単純なものではないのだと最近思えてきてならないのです。

 勿論、ノンフィクションの『アンダーグラウンド』や『約束された場所Schim_work05s で』を読み始めた頃から私の思考が変わっていったともいえるのですが、それまではむしろ内向的な作風で社会に無関心な青年を描いてきた春樹氏が、社会問題を真正面から題材にしたことで周囲を驚かされたことも事実です。春樹氏はこう語っています。
 『コミットメント(かかわり)ということについて最近よく考えるんです。たとえば、小説を書くときでも、コミットメントということがぼくにとってはものすごく大事になってきた。以前はデタッチメント(かかわりのなさ)というのがぼくにとっては大事なことだったんですが』『ねじまき鳥クロニクル』は、ぼくにとっては第三ステップなのです。まず、アフォリズム、デタッチメントがあって、次に物語を語るという段階があって、やがて、それでも何か足りないというのが自分でわかってきたんです。そこの部分で、コミットメントということがかかわってくるんでしょうね。ぼくもまだよく整理していないのですが』と。

 「コミットメント」はこの時期の春樹氏の変化を表すキーワードとして注目され多数の評論家に取り上げられました。また彼は作品の題材とした震災と地下鉄サリン事件の二つの事件について、この2つは彼にとって別々のものではなく『ひとつを解くことはおそらく、もうひとつをより明快に解くことになるはずだ』と考えたと語ってます。このため、『神の子たちはみな踊る』に収められている作品はすべて震災が起こった1995年の1月と、地下鉄サリン事件が起こった3月との間にあたる2月の出来事を意図的に描いているのです。この「デタッチメント」から「コミットメント」へ の移行は私にとってなぜか必然的であり、彼がこの問題に関わらない訳がないと思い込んでいたため、これらの作品は特別なようで、その後の作品に影響を与えてはいるものの決して彼らしさが無くなったわけではないと思うのです。

 平易で親しみやすい文章は彼がデビュー当時から意識して行ったことであり、春樹氏によれば「敷居の低さ」で「心に訴えかける」文章は、アメリカ作家のブローティガンとヴォネガットからの影響されています。また隠喩の巧みさに定評があり、斎藤環氏は「隠喩能力を、異なった二つのイメージ間のジャンプ力と考えるなら、彼ほど遠くまでジャンプする日本の作家は存在しない」と評しています。

 一方、文章の平易さに対して作品のストーリーは難解で、春樹氏自身はこの「物語の難解さ」について、「論理」ではなく「物語」としてテクストを理解するよう読者に促しています。一辺倒の論理的な読解ではなく、「物語を楽しむ」ことがなによりも重要なことだと言いま
す。また、物語中の理解しがたい出来事や現象を、春樹氏は「激しい隠喩」とし、魂の深い部分の暗い領域を理解するためには、明るい領域の論理では不足だと説明。このような「平易な文体で高度な内容を取り扱い、現実世界から非現実の異界へとシームレスに
移動する」という作風は日本国内だけでなく海外にも「春樹チルドレン」と呼ばれる春樹氏の影響下にある作家たちを生んでいるといえるでしょう。なお春樹氏が好んで自身の物語に使用するモチーフに「恋人(妻)の失踪」があり、長編、短編を問わず繰り返し用いられていることは読む側にその都度楽しみを与えてくれる(何故彼女らが失踪したかを考えるのもまた楽しみなのです)のです。

 また、春樹氏は1990年代後半より、しきりに「総合小説を書きたい」ということ言っています。「総合小説」というとき彼が引き合いに出すのはドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』であり、村上自身の言葉によれば「総合小説」とは『いろいろな世界観、いろいろなパ
ースペクティブをひとつの中に詰め込んでそれらを絡み合わせることによって、何か新しい世界観が浮かび上がってくる』ような小説のことをさしています。そして『パースペクティブをいくつか分けるためには、人称の変化ということはどうしても必要になってくる』という
意識のもとで「私」と「僕」の物語が交互に語られる『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、一人称の中に手紙や回想が挿入される『ねじまき鳥クロニクル』、すべて三人称で書かれた『神の子どもたちはみな踊る』、一人称と三人称が交互に現れる『海辺のカフカ』、三人称に「私たち」という一人称複数が加わる『アフターダーク』と、作品で人称の変化について様々な試みを行なっていますね。

 「僕」という言い方が一番しっくりしていましたが、『海辺のカフカ』のような作品(世界背景は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と『ねじまき鳥クロニクル』を融合したものを下地にしていると思われます)もなるほどと頷ける使い方だと思い、私の好きな作品でもあります。ギリシア悲劇と日本の古典文学を下敷きにした長編小説であり、フランツ・カフカの思想的影響のもとギリシア悲劇のエディプス王の物語Schim_work09s と、『源氏物語』や『雨月物語』などの日本の古典小説が物語の各所で用いられているところがとても感慨深いところで、2005年には英語翻訳が「ニューヨーク・タイムズ」紙で年間の「ベストブック10冊」に選出されるなど、海外での評価は非常に高いのも解る気がします。20代後半から30代前半の主人公が多い村上小説にしては珍しく、15歳の少年「僕」が主人公で、不思議な世界を自ら行きながら、心の成長を遂げていく物語で、特別読み難いものではありません。読み進めていくうちに謎の全貌が明らかにされていくといった、推理小説風の手法と、世界を異にした2人の主人公によって語られるパラレル進行も彼らしさだと思います。

 春樹氏の作品は彼の実生活に支えられています。かつては一日3箱を喫うヘヴィースモーカーでしたが、『羊をめぐる冒険』の頃から禁煙。身体を鍛えるためにマラソンを続け、最近ではトライアスロンにも参加していますね。冬はフルマラソン、夏はトライアスロンというのがここ数年の流れです。これは、小説を集中して書き続けるために体力維持に励んでいる、という理由によるもの。したがって、生活は非常に健康的なのです。毎朝4時か5時には起床し、日が暮れたら仕事はせずに、夜は9時すぎには就寝。ほぼ毎日10km程度をジョギング、週に何度か水泳、ときにはスカッシュなどもしているそうです。もう不健康で病弱な小説家のイメージは消えようとしているかのように・・・

 W村上と言われた村上龍氏とは学生時代、村上春樹の経営する「ピーター・キャット」に通っており、デビュー前からの顔見知りでした。
 初期には互いのエッセイで頻繁に言及しあっており、1981年には対談集『ウォーク・ドント・ラン』を出版しています。以前は猫を譲ったりするような間柄ででした。村上龍氏は春樹氏の姿勢(特にその作品が海外で広く高く評価されている点や海外に自己の作品を積極的に問う点)とその仕事を評価しています。

 2006年、特定の国民性に捉われない世界文学へ貢献した作家に贈られるフランツ・カフカ賞を受賞し、以後ノーベル文学賞の有力候補と見なされています。

 機会があれば、本訳ものも読みたいと思います。『1Q84』も楽しみにしています。

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コメント

とこさんへ

はじめまして。
私のブログへ来てくださって、どうもありがとうございました。私も訪問させていただきました。(o^-^o)

すごいです。深いです。
村上春樹さんの小説はいくつか読みましたが、ここまでも深く考えていませんでした。「ぶんげいたんさく」っていう名に相応しい内容だと思います。

投稿: Marunaga | 2009年5月24日 (日) 23時12分

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