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2009年5月31日 (日)

私の好きな俳優たち~常田富士男編

 決して主役ばりの俳優さんではないのですが、その笑み、優しい声には癒されるものがある俳優さんですよね。こういう方となら結婚したいとも思えるのです・・・

 劇団民芸・養成所終了後、昭和41年演劇企画集団66結成し、以Tokita001 来、舞台中心に活動を続け現在に至っています。舞台活動の他にも映画・ラジオ・レポーターとしてもその才能を発揮。また、「日本昔ばなし」「YAWARA!」他などの声優でも活躍し、昭和62年にはアニメ映画「銀河鉄道の夜」「天空の城ラピュタ」「源氏物語」の3作で、第4回日本アニメ大賞声優部門・特別演技賞を受賞しました。平成7年には第30回モービル児童文化賞を受賞しているのです。すっかり声優が板についてしまったかのようですが、飄々とした演技と喋り方が特徴的で、黒澤明監督映画『赤ひげ』でも脇役を抜擢されるほどの演技力には定評があります。

 すぐに『混浴露天風呂連続殺人』を思い出すのはちょっと・・・あれはあれでよかったのですが・・・私のイメージから外れてしまうので今は忘れてください。それならば『巨泉・前武のゲバゲバ90分』や『カリキュラマシーン』を思い出してほしいです。あの時期に特徴ある存在感を持ったといってもいいでしょうね、私の場合。

 『カリキュラマシーン』は「ねじれてねじれて、きゃっきゅっこ♪」なんて歌って踊ってお勉強が出来る、今ではない斬新な教育番組でした。学校へ行く前は必ず観ていました。吉田日出子さん、宍戸錠さん、藤村俊二さん、岡崎友紀さんなど今はそうそうたるメンバーがまじめにおかしなことをして、それで学べる、こんな番組があったのです。大人気バラエティ番組「ゲバゲバ90分」のスタッフによる子供向け教育番組だけあって、おもしろいことこの上ないといえるでしょう。その頃から常田さんのことが好きだったのだと思います。
 「さようならは、うと書いておと読むのよ~」という波止場の別れのシーンはいまでも忘れられないものです。

 黒澤映画『赤ひげ』では、地廻りの役でしたし、東宝映画 『悪魔の手毬唄』では辰蔵という役でしたが、そういう役を地道にやってきて60本以上の映画やテレビでひっぱりだこだったことをここに記したいと思います。

 主役といえる役になったのが『日本昔ばなし』のナレーション、いえ、語り部だったと言えるでしょう。市原悦子さんと2人で昔話を語ったあの番組は大人でも楽しめたのではないでしょうか。

 それから、映画では名画と呼ばれるものに多く出演なさっていて、『黒い雨』、前述した『赤ひげ』などは必見の価値ありです。

 『黒い雨』は、井伏鱒二氏の同名小説を「楢山節考」の今村昌平監督氏が映画化。原爆による“黒い雨”を浴びたたために人生を狂わされた一人の若い女性とそれを温かく見守る叔父夫婦のふれあい、そして被爆後遺症に苦しむ人々の姿を静かに淡々と描いていくというものです。1945年8月6日、広島に原爆が投下され、。その時、郊外の疎開先にいた矢須子は直後に降ってきた真っ黒な雨を浴びてしまうのです。5年後、叔父夫婦に引き取られた矢須子のもとへは縁談の話が持ち込まれますが、“ピカに遭った女”という噂からいつも破談になってしまうのです。叔父は矢須子が直接ピカに遭っていないことを証明しようと必死になるのですが・・・。深い小説であり、映画です。

 また、『赤ひげ』は、山本周五郎氏の小説『赤ひげ診療譚』を、黒澤明監督が「日本映画の危機が叫ばれているが、それを救うものは映画を創る人々の情熱と誠実以外にはない。私は、この『赤ひげ』という作品の中にスタッフ全員の力をギリギリまで絞り出してもらう。そして映画の可能性をギリギリまで追ってみる。」という熱意で、当時のどの日本映画よりも長い2年の歳月をかけて映画化した黒澤ヒューマニズム映画の頂点ともいえる名作です。完成した作品を観た山本周五郎をして「原作よりいい」と言わしめ、興行も大ヒットを収めました。

 物語はテレビ番組にもなりましたが、江戸時代末期、エリート青年医師・保本登(加山雄三)は心ならずも貧民たちの施設・小石川療養所に配属されます。しかし、そこで出会った「赤ひげ」の異名をとるベテラン医師・新出去定(三船敏郎)に感化され、真の人間愛にめざめていくというものです。貧困にあえぐ人々のさまざまなエピソードから、逆に人間の尊厳が醸し出され、強い希望をもって生き続けていくことの大切さなどが、パワフルな説得力を伴って描かれていました。

2007年には『新・あつい壁』で、駆け出しのフリー・ルポライター卓也が、取材で知り合ったホームレスの男・友田から、55年前に起きたある殺人事件の話を聞かされることから始まります。「俺は、その犯人のせいにして盗みをはたらいてな。ところが後で、その犯人が死刑になったって聞いた。無実かもしれねえという話も…。」卓也は、これを取材すれば、もしかするといい記事が書けるかもしれないと考え、知り合いの編集長・福島に相談します。しかし、福島は取り合ってもくれなません。あきらめきれない卓也は、友田の話を手がかりにしながら、事件のことを少しずつ調べはじめます。それは、熊本県で起きたハンセン病患者が犯人とされた事件でした。卓也は熊本行きを決意します。熊本県にある国立療養所恵楓園の自治会を訪れた卓也は、そこで、当時のことにくわしい入所者、増井と佐伯らに出会い、その入所者たちから、当時の事件や裁判についての詳細な話を聞かされるのです。それは、聞けば聞くほどに、犯人とされ死刑となった男・勇吉の無実を思わないではいられない話ばかりでした。さらに卓也は、勇吉の最後の教誨師として関わった牧師・坂上から、当時の裁判に直接関わった書記官の証言として、「みんなで勇吉さんを、ボロ雑巾のように死に追いやった」という話を聞かされます。そこにあるあまりにも深い差別の闇に、卓也は言葉を失います。卓也はさらに、増井と佐伯から、ごく最近、熊本県内でおきた宿泊拒否事件と、そのいきさつの中で恵楓園入所者に送りつけられてきた数百を超える誹謗中傷の手紙やメール、電話のこと、その内容のひどさを知らされます。50年前の事件の中にあった偏見・差別は、決して過去のことではなかったのです。記事になるという興味本位な気持ちで取材を思い立った卓也の中に、少しずつ変化が生まれてきていきました。取材を終えて東京に帰った卓也は、再度、福島に原稿を記事にしてくれるよう頼みに行きます。そこで卓也は、さらに新しい事実を知ることになるのでした。この映画では常田さんはいいポジションにいます。

 このように常田さんが出た映画を全て紹介しようと思うと、どれだけの長い文章になることやら・・・

 私にとって名脇役とは常田さんのような存在なのです。これからも身体を壊さず、がんばって笑顔を振りまいてくださいね。

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