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2009年5月10日 (日)

私のお勧めの作品~『悪魔はすぐそこに』

 ハードゲート大学の数学講師ピーターは、横領容疑で免職の危機にある亡父の友人ハクストンに助力を乞われました。だが審問の場で、ハクストンは、教授たちに脅迫めいた言葉を吐いたのち変死しました。次いで図書館で殺人が起き、名誉学長暗殺を仄めかす手紙が舞い込みます。相次ぐ事件は、ピーターの父を死に追いやった8年前の醜聞が原因なのか・・・

 アガサ・クリスティやアントニイ・バウチャー、アントニイ・バークリーら、そうそうたる面々にその実力を認められ、代表作『兄の殺人者』、『五番目のコード』などで本格ミステリファンの心をわしづかみにした英国ミステリ作家D・M・ディヴァインの本邦初訳作『悪魔はすぐそこに』をご紹介します。
 巧妙なミスディレクション、伏線の妙、端正な構成――高度な技術によって形作られたミステリの骨格に、成長小説やロマンスの要素が盛り込まれているため、極めて完成度の高い本格でありながら、大変読みやすいというディヴァイン作品の特長が堪能できる一冊です。
 ハードゲート大学の若き数学科講師ピーターは、チェスの最中に亡父の友人である同僚のハクストンから助力を請われた。横領の嫌疑を掛けられて免Shagaru009 職の危機にあるというのだ。しかし教授たちによる審問の場で、ハクストンは脅迫めいた言葉を口にしたのち、不審死を遂げます。次いで図書館で学生が殺され、名誉学長の暗殺を仄めかす脅迫状が学長宛に舞い込んできました。彼は式典のために近く大学を訪れる予定でしが・・・。ハクストンは、自分が失職するようなことがあれば、高名な数学者であったピーターの父を狂死に追い込んだ、女子学生の死の真相を明かしてやると仄めかしていました。彼女は非合法の堕胎手術を受けて死亡し、ピーターの父こそが彼女の情人であると疑われていたのです。もしかして教授たちの中に真犯人が? でも、ハクストン殺しの疑いをかけられたのはピーターの婚約者ルシールでした。ハクストンを忌み嫌っていた彼女の抱える事情とは? ルシールの同居人カレン、聡明な法学部長ラウドンらとともに、ルシールへの嫌疑を晴らすべく事件を追うピーターですが・・・。
  
 この『悪魔はすぐそこに』は、ディヴァインの残した13の長編中、第5作です。社会思想社から出ていたのは、1・3・4・6番目の作品でしたから、空席がひとつ埋まったという感じ。『ロイストン事件』は第3作、人気の高い『五番目のコード』が第6作なので、『悪魔はすぐそこに』は充実期に入ってからの作品という位置づけになると思います。もっとも彼の場合、処女作の『兄の殺人者』の時点ですでに、かなりの完成度に到達してはいるのですけど。

 今回、『悪魔はすぐそこに』を読んでみて感じたことの第一は、『ロイストン事件』のプロットをグッと洗練させたような物語だな、ということでした。巻末解説で法月綸太郎氏も書いていますが、彼の描くキャラクターや人間関係には一定のパターンがあり、プロットの組み立てに合わせて、それぞれの役割がシフトするような書き方になっています。言い換えると、“ディヴァイン劇団”という、性格俳優ぞろいの劇団があって、上演する演目が変わると、配役も変化するような感じでしょうか。ある作品では俳優Aが犯人、俳優Bが探偵役、俳優Cが謎の人物……だったのが、別な作品ではAが探偵、Bが被害者、Cが犯人、というふうにシフトしていく、ということです。
 そして、その俳優たちがみんな名優ばかり、というのが、ディヴァインの最大の特徴でしょう。つまり、ひとりひとりが血の通ったキャラクターとして生きており、ミステリなのに作り物じみた感じがしないのです。といって、昔の一部の社会派ミステリのような、乾いた芝居にもなっていません。登場する男女の間の、微妙な距離感がうまく描かれているだけでなく、そういうロマンスがプロットの中に違和感なく溶け込んでいて、物語が適度に潤っているんです。そのあたり、ジル・マゴーンによく似ていると、前から思っていたのですが、『悪魔はすぐそこに』を読んで、さらにその意を強くしました。
 どんでん返しの妙や、サプライズの作り方のうまさも、ディヴァインとマゴーンに共通するポイントです。この2人が違うのは、ロイド&ヒルというシリーズ・キャラを持っていたマゴーンに対し、ディヴァインには複数の作品に登場する探偵役がいない、ということぐらい。ディヴァインを絶賛したというアガサ・クリスティの影響が良く言われますが、彼の作品はクリスティ作品より“大人の読み物”として優れています。反面、いわゆる“稚気”に欠けるところがあるので、それが地味な印象につながっているのかもしれません。

 『悪魔はすぐそこに』の舞台は、超一流とは言えないものの、かなりの権威を持った大学。時代設定は、この小説の発表年と同じ、1966年です。物語の主人公のひとりピーターは、25才という若さで数学科の講師に昇進しており、男子学生寮の長も兼任しています。   また、美女講師・ルシールと婚約しているという、誰もがうらやむ恵まれた境遇にありますが、それらすべてが、6年前に亡くなった父親の威光によるものなのでは、というコンプレックスも持っています。

 もともと大学職員だったという作者ディヴァインの経験が十二分に活かされているようで、教授・講師・職員・学生などを含む大学内の複雑な人間関係が、見事に活写されています。登場人物は非常に多数で、裏表紙の見返しにまで一覧表がのびていますが、端役に至るまで個性がハッキリ描き出されているため、ゴチャゴチャした印象は全く受けません。それどころか、とても読みやすくて、ページを繰る手がもどかしいほどです。訳文もスムーズで、社会思想社のときの野中千恵子さんの訳より、適訳になっているような気がします。創元推理文庫は引き続き、ディヴァインの作品を出してくれるようなので、大いに期待したいところです。

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コメント

こんばんわ。
今日はわりとしのぎやすかったです。

恥ずかしながら「悪魔はすぐそこに」、知りませんでした。(^_^;)
とこさんの記事を読んで雰囲気がよくわかりました。
複雑なようですが読みやすいのですね。
いつもながらとこさんの分析に感心します。
そして読書量に。
わたしは最近小説そのものをあまり読まなくなり(^_^;)
作品を書こうと思うなら読むことは必至なことはわかっているのですが。

うまいどんでん返し、サプライズもあるようですね。
しかもキャラもいい、書いてありますように大人の読み物という感じを受けました。
とこさんの記事を読んだだけでだいぶその本を読んだ気になります(^_^;)

ありがとうございました。

投稿: KOZOU | 2009年5月12日 (火) 20時25分

これもおもしろそうですね。
次にじっくり読ませていただきます。

投稿: KOZOU | 2009年5月11日 (月) 10時02分

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