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2009年5月 8日 (金)

私の好きな作品たち~樋口一葉編

 中島歌子に歌、古典を学び、半井桃水に小説を学んだ一葉。生活に苦しみながら、「たけくらべ」「十三夜」「にごりえ」といった秀作を発表文壇から絶賛されました。わずか1年半でこれらの作品を送りましたが、25歳(数え年、以下同様)で肺結核により死去去れています。
またも早すぎる死をみとどけならなくまりました。『一葉日記』も高い評価を受けています。

 家が没落していくなかで、自らが士族の出であるという誇りを終生Higuti001 持ち続けましたが、商売が失敗したのもそれゆえであるとみるむきもあります。生活は非常に苦しかったために、筆を折ることも決意しましたが、雑貨店を開いた吉原近郊での生活はその作風に影響を与えました。井原西鶴風の雅俗折衷の文体で、明治期の女性の立ち振る舞いや、それによる悲哀を描写しているのです。『たけくらべ』では吉原近くの大音寺前を舞台にして、思春期頃の少年少女の様子を情緒ある文章で描いいています。ほかに日記も文学的価値が高いとされています。
『たけくらべ』は勝気な少女美登利はゆくゆくは遊女になる運命をもつ少女で。 対して龍華寺僧侶の息子信如は、俗物的な父を恥じる内向的な少年ででした。 美登利と信如は同じ学校に通っていますが、あることがきっかけでお互い話し掛けられなくなってしまうのです。
 当時吉原の遊郭は、鳶の頭の子長吉を中心とした集団と、 金貸しの子正太郎を中心とした集団に分かれ対立していました。 夏祭りの日、長吉ら横町組の集団は、 横町に住みながら表町組に入っている三五郎を正太郎の代わりに暴行します。 美登利はこれに怒るが、長吉に罵倒され屈辱を受けます。
 ある日、信如が美登利の家の前を通りかかったとき下駄の鼻緒を切ってしまうのですが 美登利は信如と気づかずに近付くが、これに気づくと、恥じらいながらも端切れを信如に向かって投げました。でも信如はこれを受け取らず去って行く・・・美登利は悲しみますが、やがて信如が僧侶の学校に入ることを聞きます。 その後美登利は寂しい毎日を送りますが、ある朝水仙が家の窓に差し込まれているのを見て懐かしく思います。 この日信如は僧侶の学校に入ったのです。遊郭に身を投げようとした時の一葉の気持ちを考えると貧しいことへの鬱憤が貯まります。

 一葉は書き溜めていた作品「雛鶏」を改題して発表したといいいます。翌1896年、一括掲載された際には森鴎外や幸田露伴ら当時の文壇において着目され、鴎外の主催する「めさまし草」において高い評価で迎えられたましたが・・・一葉はこの頃結核が悪化し、同年11月には死去しているのです。再掲載時の原稿は口述して妹の邦子に書き取らせたものであり、「一葉」と署名された上下に別人による加筆があり「樋口一葉女」と記されています(発表作品における一葉の署名は一般に「樋口夏子」か「一葉」)。没後に『一葉全集』が刊行され、「たけくらべ」をはじめとする作品は現在に至るまで広く親しまれることとなりました。

 『大つごもり』は短編小説で、18歳のお峰が山村家の奉公人となってしばらくした後、お暇がもらえたため、初音町にある伯父の家へ帰宅。そこで病気の伯父から、高利貸しから借りた10円の期限が迫っているのでおどり(期間延長のための金銭)を払うことを頼まれ、山村家から借りる約束をします。総領である石之助が帰ってきますが、石之助とご新造は仲が悪いため、機嫌が悪くなり、お峰はお金を借りる事ができなませんでした。そのため、大晦日に仕方なく引き出しから1円札2枚を盗んでしまうのです。
 その後、大勘定(大晦日の有り金を全て封印すること)のために、お峰が2円を盗んだことが露見しそうになり、お峰は伯父に罪をかぶせないがために、もし伯父の罪にとなったら自殺をする決心をしました。ところが、残った札束ごと石之助が盗っていたのであったというお話です。 
 
 『たけくらべ』も『大つごもり』もどこか悲哀がただよっていつように思います。18歳で出会ってから24歳で死ぬまで、ずっと慕いつづけた半井桃水への恋心の変遷と煩悶を、美しく昇華して表出したのが『たけくらべ』。
 裕福だった少女時代から、坂を転げ落ちるように極貧生活に突入、立身出世の望みはかなえられないという深い絶望感を、強く、深く表出したのが『にごりえ』。その最後、お力が、捨てた男の手にかかって(?)死んでしまうという結末は、一葉自身の1年後の無念な病死を予期したようで、暗示的です。それにしてもこの作品群の魅力は何なのでしょう?貧しく不幸な人々、極貧ゆえに遊女や妾になる以外生きるすべがない女性たち、現代人にはもはやありえない必死な生きざま。これが明治の一般庶民、もしくは社会的底辺の人たちの姿だったのでしょうか。特に女性の場合、そういう不自由さとか不幸な境遇を甘受せざるを得ない、諦めとやるせなさを痛いほど味わってきたケースが多かったかもしれません。鴎外の「雁」や、川端康成が好んで描いた不幸で美しい女性達。そういう美しさと哀しさがいつも背中合わせになっている日本の女性の系譜が樋口一葉の作品世界にもあります。女性だけでなく男性達もなかなかうまく描かれているのも見事です。客観小説たりえていますね。文語体の読みづらさも多少ありますが、美しくリズム感のある味わいのある文章として楽しめるので、焦らずゆっくり読む気になれば苦になりません 。
 
 一葉は早くから、零落し転居を繰り返す自分の人生を、彷徨し行く手を阻まれる<漂う舟>のイメージと重ね合わせていました。一葉は晩年の病床で

「身はもと江湖の一扁舟、みづから一葉となのつて葦の葉のあやふきをしる」

と雑記に書き込んでいます。流転する舟の意識は一葉の生涯を貫いていましたから、これが筆名の発想になったと考えるのが最も妥当ではないかと思われます。

 一葉は学業半ばの11歳で進学を断念。小学校も満足に卒業してKaiii021 いません。歌塾「萩の舎」入門後は和歌や王朝文学や習字を学びますが、小説を書くようになって、自分がいかに物事を知らないかに気づき、以後せっせと上野にあった東京図書館へ通います。当時一般の閲覧室とは別に婦人閲覧室があり、一葉はそこで調べものをしたり、貸し出しを利用して本を読んでいます。
 小説を書き始めたころ一葉が図書館から借りた本は、依田学海『十津川』、饗庭篁村『むら竹』、黒岩涙香の著作集、湯浅常山『雨夜のともし火』、藤原明衡編の詩文集『本朝文粋』、松平定信『花月草紙』、『日本書紀』『日本外史』『吉野拾遺』『十八史略』『小学』
『太平記』『今昔物語』などで、日記に出てきます。小説の師だった半井桃水からは、蔵書や桃水の著作本を借りています。
明治25年9月、「うもれ木」を書き上げると、翌日には次の作品の種探しに図書館へ行き、『奇々物がたり』『くせ物語』『昔々ものがたり』『各国周遊記』『雨中問答』『乗合ばなし』などを借りています。図書館の本とは別に近松の浄瑠璃や『源氏物語』に親しみ、一葉が進学を断念したあと父が買い与えた『万葉集』『古今集』『新古今集』等は愛読書でした。

雑誌では「文学界」「文芸倶楽部」「早稲田文学」をよく読み、一葉の小説の批判文を掲載した雑誌「めざまし草」「明治評論」「青年文」の名が日記に出てきます。新聞は「改進新聞」「読売新聞」「東京朝日新聞」を図書館や知人からの借用、一時購読などで読んでい
たようです。一葉の妹邦子さんはのちに「とにかく姉は勉強家でした」と語っています。

もっと作品を読まなくてはいけない作家さんの作品だと思いました。

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コメント

おはようございます。
今朝も少し冷えるようです。

樋口一葉、男からすればなんと痛ましく哀れな生涯、俺がいたならと(^_^;)
冗談はぬきで、本当に切なくなりますね。詳しい生涯、とこさんの記事でよくわかりました。ほんとに詳しいことをよく調べてありますね。感服です。
時代も悪かったのですね。武士の没落、父も無念でならなかったでしょうね。彼女が小学校も満足に卒業していないことにはほんとに驚きます。学校に行きたくて行きたくてたまらなかったでしょうね。どう考えても彼女に商売がうまくできるはずはなく、本当に苦労に苦労を重ねたのでしょうね。今は5000円札、皮肉なものですね。現代であれば女流作家として颯爽とデビューしたでしょうにね。このような境遇であれほどの作品を生み出した彼女の才能と努力に敬服します。

たけくらべ、ほんとにいいですね。文章も典雅でリズムもよくほれぼれしたことを思い出します。勝ち気な美登利が魅力的で、田舎もののわたしは彼女の江戸弁にしびれたです(^_^;)書かれていますように情緒深く、哀れな物語でもありますね。彼女はよく周囲を観察していたのでしょうね。
「雁」もそうですが、ほんとに明治の女性の悲哀、あこがれ、そして強さもよく書かれていますね。現代とは比較にならない女性が生きがたい時代だったでしょうからね。
わずか24年の生涯、どれほど無念だったでしょうか。哀れでたまらないですね。
改めて一葉の生涯を知ることができました。ありがとうございました。

いつもコメント大変ありがとうございます。深く感謝いたします。
以下レスをコピーさせていただきます。

昨夜は遅くまで起きていられたようですね。

ショパン、夭折ですね。ほんとにポーランドに帰りたかったでしょうね。亡くなる前の気持ちはいかばかりだったかと、哀れになります。
わたし、もちろん彼の有名な曲しか知らず全容はわからないのですが、優しい美しい曲が多いですよね。たとえ、大砲が隠されていたとしても。音譜も読めないわたしは音楽家はすごいと思うのですが、様々なことを克服してあれほどの曲を作ったショパンに乾杯したいですね。
ありがとうございました。


とこさん、いつもコメント大変ありがとうございます。

いえ、わたしもみんな覚えているわけではないです。気に入ったのがあればパソコンに書き記していったりしています。
解釈も人それぞれあるのでしょうね。明らかにまちがった解釈でない限り自由に思うことができるのも魅力なのかもですね。
「君かへす朝の…」わたしも最初読んだとき、しびれたですね(^_^;)とても官能的ですね。
「ああ空も泣いている…」、たましいの欠片、などの表現がとてもいいですね。
とこさんはとても真面目だから、そう思われるのでしょうね。
わたしはあれこれ物好きにいいなーと思ったものをあせっているだけです(^_^;)
でも確かにいい詩歌は言葉に対する感覚を養ってくれるのは間違いないようですね。

楽しくゆっくりとですね(*^_^*)

投稿: KOZOU | 2009年5月 8日 (金) 08時37分

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