« 私の好きな画家~サンドロ・ボッティチェッリ編 | トップページ | 私の好きな作品たち~手塚治虫編 »

2009年6月14日 (日)

私の大好きな作品~村上春樹・『1Q84』編

 もう読まれましたか?私、まだなんです。先週『大様のブランチ』を観て、どの書店も完売状態と知り、うれしいやら悲しいやら・・・読んだ方によると、村上ファンにはたまらない上下2冊になっているらしく、テレビでも絶賛されていましたね。

 この物語は、男女の話が交互に展開されていきます。1章が女性の話。2章が男性の話。そして3章が女性の話。4章が…という形で。最初は何の関連もない男女の話が同時並行的に語られ、徐々にその男女間につながり (関係性) が見えてきます。

主人公の名前はあえてふせておきます。しょっぱなに 「名前」 のHirosi001 エピソードが出てきた時点で私は心をとらえられました。「1Q84」という小説が私を引き込んだ最初のきっかけが、名前でしたから…。
名前という、一見小説にとってさして重要とも思えない要素で読者を引き込むなんてさすがだな、と感服してしまいました。
そして、その男女が暮らしているのは1984年なのですが、それが何かの拍子で1Q84年という世界に入り込んでしまうのです。
普通ではないことが次々と起こり、1Q84年の中へ、深く深く入り込んでしまう。そしてもう、その世界から抜けられない。入り口はひとつ。出口はない…。謎だらけでとても複雑な1Q84年。春樹氏の文章はとても読みやすく読者を引き込み、スラスラとページをくくらせますが、内容はけっこう難解です。今まで読んだ彼の作品と比べても、難しい…と感じました。後戻りのできない1Q84年に引きずり込まれた男女は、それぞれの役目を全うするしかありません。自分に与えられた任務をこなすしかないのです。最終的に、女性はある決断を迫られます。
選択肢は2つ。究極の選択です。そして彼女は・・・・という選択をします。
この彼女の決断は、とても切なかったです。そして、物語は 「謎」 という余韻を残して終わります。この後どうなるんだろうか? という謎を。その余韻はリアルに、波紋のように広がります。まるで今現在も、1Q84年は私たちの知らないどこかで継続しているかのような感覚を、私の中に残したまま、小説「1Q84」は最後の1行を迎えました。

 本当に読んでない私には謎です。でも村上ワールドを一つ一つ思い出し、私の描いている村上ワールドって他の方々と共有できりものなのか少々不安な面も無きにしも非ず。再三村上氏のことは取り上げてきましたが、今回の『1Q84』は久しぶりの長編ですし、今まで書いてきた作品と何らかのつながりがあるのではないかと思えてならないのです。

 私の言葉では語ることはできないので、読んだ方のレビューを紹Sasakura_work06s 介したいと思います。

 ・彼の小説はあまり万人向けとは言えないと思う。 ミステリー小説のように起承転結はあまりなく、謎は謎のまま放置されるケースも多い。 また本作のリトルピープルやかつての羊男、または空から魚が降ってきたり、 とにかく非現実的なこと、超常現象的なことが必ずといっていいほど盛り込まれている。 極めて不自然で非現実的なことが。 それでありながら文体はいささか比喩がオシャレすぎるきらいはあるが、 リアリティーがあり、生活感があり、存在感がある。 また彼が意図的に用いる芸術や文学、音楽などの表現も一般的な日本人には なじみにくいものが多いように思う。 多くの読者は村上氏の美しい文体に魅せられるのだろうか?  ちょっと過激で奔放な性描写に惹かれるのだろうか? 物語に非現実性と文体のリアリティーのギャップを愉しむのだろうか? 解説本を読むと驚くほど出てくる謎かけを探すのだろうか? それともただ流行っているから興味がわくのだろうか? 個人的には大好きな作家だし、本作もとりあえずBook 1は面白かった。 しかしこれほど売れるのは不思議だなあ・・・・・

・「なぜこの本を手に取ったのか?」ということが、読み終わってからわかった。 共時性のような、ひらたく言えばタイミングがこの物語とピッタリ重なったんだな、と。 あらすじを書くのは無粋だと思うのでしないけれど、この作品をひとつのミステリーとして読む人もいるだろうし、社会主義的思想やカルト宗教に対する作者の問題提起であったり、それに代表されるようなひとつの時代の終焉を見る人もいるだろう。また、ラブストーリーだと思う人や、村上春樹自身の父へのレクイエムとして物語を聴く人、または数々のメタファーに示唆された個人の魂レベルでの変容から、普遍的なレベルでの『人(主に日本的近代人?)』の元型のようなものを象徴する(筆者がしたいように感じる)物語でもあると思う。 ほんとうに数学的で多次元的な物語。 主人公たちの年齢が“今年30になる”ということで同世代のシンパシーを感じるだけではなく、今まで走ってきた子ども時代から脈々と続くレールのポイントが切り替わって“新しいわたし”になっていく感覚は、個人のレベルだけではなくこの年齢特有のものとして、とてもリアルに感じた。特に、主人公の『親』に対する想いの変化は、反抗期を体験したことのある人なら誰しもが感じることなのではないかと思う。
 読後に感じたのは、「わたしたちの人生は(誕生から死へ)常に一方向にしか進まないレールのようなもので、一度ポイントが変わったら二度と引き返せないということ。それでも、途中で途切れることなく続いてきたレールの、生まれの呪縛を受け入れることによ
ってそれは呪縛ではなくなり、自分で選び取った能動的な“わたし”になること。」 「気づいたときには既に過去は過去でしかなく、動いてももうレールを逆戻りすることはできない過去を受け入れるということは、過去に囚われることではなく、大切なのは現在の“わたし”が過去をどう昇華させて自分のものとして大切にしていくかということ。」 そして、 「現在を大切にするために、傷つくことを恐れてばかりいるのではなく、自ら選び取る責任を負うこと。」
 初期の作品からこの作品までで若輩者のわたしが失礼ながら思うのは、村上春樹という人の心の変容(進化)だけれど、その変容の過程を普遍的な物語に書き換えて、あとから生きる若者たちに示してくれている気がする。「決して独りではない」というメッセージ
をくれている気がする。卵を大切にする人だから。 やっぱりこの人はやさしい。 

・よくも悪くもこれまでの村上作品の「おいしかったおかず」を詰め合わせた作品のように感じました。パラレルワールドは「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」だし、純愛要素は「ノルウェーの森」だし、カルト宗教は「アンダーグラウンド」だし。それを評して「新しい文化的挑戦」がないという人もいますが、僕はこの幕の内弁当はとてもおいしく食べさせてもらいました。どなたかのレビューにもありましたが「村Yoake001 上作品なら安心だ」と手にとる多くの人たちに幕の内的な安心感を与えられると思います。何の物語かわからない作品を手にとらせる芸当ができる作家が果たして日本にいや世界に何人いるでしょう?このレベルまで文学的高みに立ち得た村上春樹氏に対し、敬意を持たずにはいられません。 BOOK2である以上作品の続きは存在していくんでしょう。いろんな謎がまだ残されたままです。「物語に拳銃が出てきたら発射されなければならない」なら、この残された謎も発射されるべき銃弾だと思うのですが。 どっかで村上春樹氏は「長編というのは短編と違って、長い間その小説世界につきあってくれた読者に対する責任というものがある」というようなことを述べていましたが、もしまだ氏がその責任を感じているとするならば、近いうちにBOOK3,4は書かれることでしょう。 ただもし続編がないとしても、この小説は自分をどこかへ連れて行く力を持った小説として記憶に残る小説になると思います。自分が今いる現実より一段階深いフェイズでこの物語と対峙しなければならない、そんなオーラがある小説です。お天気のいい日に屋上でのんびりと読むような小説ではなく、地下の部屋でじっくりと静寂の中で読むような小説といえるのではないでしょうか。 とはいえ、気になる点がないわけではありません。華麗なるレトリックのスパイスが、少々トゥーマッチのような気がするのです。一個一個のレトリックはすばらしい、村上春樹らしい美しいレトリックなんですが、それが一ページに何個もでてくる場合もあるのは、スパイス過多のカレーのように、正直、もたれます。でももちろんそれがこの小説がもたらす圧倒的な小説的美味を損なうわけではありませんが。個人的にやや気になるなというレベルでの話です。

などなど・・・なるほど、いろいろな感想がありますね。たしかに幕の内的要素は強いだろうなとは思っていました。その前に『世界の終わりにとハードボイルドワンダーランド』を読み終えた時、続編が出るかもしれない、楽しみと思ったことを思い出します。

 ですのでこれらのレビューはあくまでも参考にさせて頂き、読ませて頂こうと思います。とはいえ、何時書店に並ぶやら・・・というか、何時私が読める状態になれるかどうかが問題ですが・・・。

|

« 私の好きな画家~サンドロ・ボッティチェッリ編 | トップページ | 私の好きな作品たち~手塚治虫編 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

こんばんわ(*^_^*)
一眠りしました。

前に書いたと思うのですが、現代文学は読書量が少なく、村上春樹さんも数冊しか読んでいません。
IQ84が評判なのは知っていましたが。
タイトルと言い名前の謎と言い、最後の決断と言い興味を惹きますね。
またレビューもすごいですね。
よく読み込んであると思いました。
「わたしたちの人生は(誕生から死へ)常に一方向にしか進まないレールのようなもので、一度ポイントが変わったら二度と引き返せないということ。それでも、途中で途切れることなく続いてきたレールの、生まれの呪縛を受け入れることによってそれは呪縛ではなくなり、自分で選び取った能動的な“わたし”になること。」 身につまされますね。確かに生まれは一つの呪縛なのでしょうね。それを受け入れる、困難でしょうがよく生きるにはそうするしかないのでしょうね。
村上氏がいかに多様な才を持った作家かよくわかりました。
わたしも読んでみようかな(^_^;)
それにしてもそんなに品薄とは。
結構商売もうまいのですね(*^_^*)
ありがとうございました。

投稿: KOZOU | 2009年6月15日 (月) 02時31分

こんばんわ~。溶け気味ゆきだるまです。

僕も「1Q84」は予告されたときから、読みたいなぁ、とずっと思ってたんですが、あれだけ熱狂的に皆が読んでいると、ちょっと、あー後で読もうかなー、とひねくれています(^^;)

先日も大型書店でみかけたら、売り切れてました。どこもそうですねぇ。。村上さんの作品はなんだか関連性があったりすることもあるので、楽しみにしています★

そうですよね~とこさんは毎日更新していてすごいなぁと。。しかも量もすごいですよね!

投稿: yukidaruma | 2009年6月15日 (月) 00時32分

こんばんわ。

読ませていただきました。
今日ちょっと疲れていまして、翌朝ゆっくりまた読ませていただきます。(^_^;)
興味あるないようですね。

とこさん、いつもコメント大変ありがとうございます。(*^_^*)
レスを書いていますのでご覧になってください。

とこさん、二酸化炭素に、ユニークですね(*^_^*)
なにか理由がおありなのですかね。
わたしは宇宙の粒に、二度と生まれ変わりたくはないですね(*^_^*)
粒も二酸化炭素も似たようではあるですね。

投稿: KOZOU | 2009年6月14日 (日) 23時24分

何度か見に来ていただいていたようで、どうもありがとうございます。
最近、いつも家で使用しているPCが壊れ、ネットに繋がらない症状が出た状態のままいろいろと触っていたら、もっと状況が悪化してしまって、結局、新しいPCを買いに行ったのです。
そしたら、「いいな。」と思ったPCの在庫が無く、1週間待つ事に…。
って、とても立派な言い訳なのですが、そんな言い訳を考えている間に、とこさんはすごい更新していらっしゃって、「おお!すごい!」という状態です!!

そうそう、私も、「1Q84」を読みたく思い、6/29に本屋へ行き、「うんうん。沢山並んでいるな。今度買おう。」と確認だけし、帰って来て数日後にNHKのニュースを見たら、ものすごい売れ行きだとかではないですか!!
「欲しい~!!」とは思うのですが、「欲しい~!!」と思って買って、読みきれずに家に積み上がっている本達の高さが、最近異様に私の目線の高さに近づいて来たのは気のせいでしょうか?…いや、これは、本当、ヤバイです。
今は、同じ村上ですが、龍さんの本を読んでいます。
早く春樹さんの本を手にとる日が訪れるよう、切に願っております…。

投稿: Marunaga | 2009年6月14日 (日) 10時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/528484/30092785

この記事へのトラックバック一覧です: 私の大好きな作品~村上春樹・『1Q84』編:

« 私の好きな画家~サンドロ・ボッティチェッリ編 | トップページ | 私の好きな作品たち~手塚治虫編 »