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2009年6月20日 (土)

私の好きな作品~『きのうの世界』

    アマゾンで買いたい本を探していたら、ふっとこのタイトルが目に留まりました。調べてみるとなかなか面白そうなのでここで紹介したいと思います。

「いつの頃からだったのでしょう、あなたにとって世界がつまらない「日常」になってしまったのは……。そう、あなたが子どものころの世界は違っていた……。町はずれの木橋、森陰の祠、古びた水道塔、境内に鎮まる苔むした石……

世界は何か不思議を隠しているような、そんな匂いに満ち満ちていたはずでした。あなたがいつも「あたりまえ」と思っていたきのうまでの世界が実は不確Yumeji_004 かなもので、自分がそう思っていただけにすぎない、もしかしたら本当は別の全く逆の世界があって、あなたに対して隠されているだけなのかもしれない……

そんな漠然とした不安に包まれた足もとがおぼつかない感覚。それは恐ろしいようでいて決して不愉快なものではなかったはず。そう、あなたの毎日、あなたの時間は、その秘密を解き明かすためにこそありました。

そして、あなたは感じていたはずです。いつも見慣れた街角や、駅、家の裏手の何気ないものやちょっとした出来事に秘密の鍵があることを、毎日通りですれ違う優しそう笑顔のなおばあさんや、時々見かける近所の物静かなおじさんが、その秘密の扉の開き方を知っているかもしれないということを……。」
  本書は、あなたがいつのまにか忘れていた、そんな「世界を疑う」密やかな楽しみを思い出させてくれる本です。                            

 本書のストーリーはどこか、音楽にも似ていますね。
それは、たとえて見るならば「循環形式」で描かれたクラシック音楽のようなものかもしれなません。「循環形式」とは、ベートーベンやリスト、ワーグナー、セザール・フランクといった第一級の作曲家が得意とした手法。

 一見無関係に見える複数の楽章のテーマやモチーフが、実は相互に深いところでつながっていて、最後にすべてが絡み合いひとつになって戻ってくることによってその本来の姿が圧倒的な存在感とともに立ち現れるような、楽曲全体が巨大な円環に回帰するような高度な作曲スタイルをいいます。
 

 最初は、たわいのない、ちょっとした疑問、どこか腑に落ちない、心の隅にひっかかった小さな棘のようなものだったはずなのに、ストーリーが進むにつれて、“あなた”をはじめ、様々な登場人物が発する言葉や体験する出来事が、すれ違い、記憶の中で重なり、響き合うことで、何かとてつもない秘密が、世界の闇のようなものが、隠されているのではないかという疑問が、次第に予感から確信に変わっていきました。それは、未知なる体験というよりは、どこか既視感を伴うなつかしくも楽しい感覚まもです。

 そう子どものころに誰もが一度はもったに違いない不思議な体験の記憶につながるものです。子どもたちは、世界の秘密の一番近くに住んでいるのでしょう。なぜなら、世界の秘密は、きっと無垢な感性でしか見ることができないものだから・・・そして、秘密を持つ世界は美しいものです。
                                                      
                            
   
 恩田陸さんの超絶的な「かたり」の技巧が炸裂している作品です。ミステリー、ホラー、ファンタジーといったあらゆるジャンルの要素を鏤めつつ、あらゆるジャンル小説として中途半端です。でも、この作品は、そもそもどんなジャンル小説でもないように感じました。読み方いろいろあるし、結果としてこの作品を気に入る人もそうでない人もいると思いますが。

 私はこの小説を視点に関する技巧を凝らし、物語世界を俯瞰する 視点とは何なのかについて思いを凝らした物語として読みました。というか、読み終えてそう感じ入りました。目次を見ても、この小説にとって視点が重要であることが明示されていると思います。

この小説の冒頭は二人称という珍しい視点ではじまります。しかも、中心となるHosino003「あなた」が知り得ないこともどんどん語られ、二人称としての整合性が簡単に破られていきます。違和感のある描写の行間に登場人物を「あなた」と呼ぶ「語り手」の存在が暗示されているように感じました。                            

 19章と3つの「幕間」からなる物語は、変幻自在に視点を変えていきます。物語としてのクライマックス、今日と昨日を隔絶するある大掛かりな出来事が描かれたあと、短い2章を添えて、物語は締めくくられます。この2章では、主にある一人の人物について語られますが、それぞれの章で視点が切り替わります。そして、最後の1ページで、さらに語りの視点が異様なものに変容します。

 最後の1ページに現れたこの視点こそが、冒頭である人物を「あなた」と呼んだ語り手の視点なのだろうと、解釈しました。そうした異形の視点の存在そのものが、この物語を象徴しています。「これ」を「このように」書こうとする着想が凄まじいし、素晴らしいと思います。

 郷愁的な情景を描くのが巧みで、“ノスタルジアの魔術師”と称される。ファンタジーの賞からデビューしたが、ジャンルの枠にとらわれず、SF、ミステリー、またはクロスジャンルの作品と、幅広く執筆している恩田さん。

『ユージニア』で第133回直木賞候補にも上げられ押しも押されぬ作家となりました。そしてこの作品も直木賞候補でしたね。私はあまり読んでいないのですが、これを期にお気に入りに入れようと思います。

 『光の帝国―常野物語』も良かったのでいずれ書きたいと思います。

夏休み早期特典プランのある宿。じゃらん。

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コメント

こんにちわ。
ようやく今日だいぶ降りました。

恩田陸さん、ほんとにすごい才能と思いますね。
多様な作品を次々と、わたしは夜のピクニックしか読んでないのですが、24時間で80キロ歩く青春オマージュ、おもしろかったです。
「きのうの世界」もとても技巧を凝らしてあるようですね。
視点は確かにある種の小説では重要なポイント、この作品は視点によるマジックを使ってあるようですね。
二人称というのもおもしろいですね。
とこさんの紹介でかなり興味を持ちました。
タイトルもいいです。
きのうの世界、忘れていることが多いのですが、すこしづつ思い出していけば自分でも驚くような世界が広がっていくのでしょうね。
ありがとうございました。

投稿: KOZOU | 2009年6月21日 (日) 14時17分

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