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2009年6月19日 (金)

 私が気になる作品~『利休にたずねよ』山本兼一編

 売れているようですね、この作品。直木賞候補だからばかりではないようです。

 掌にすっぽりおさまる緑釉りょくゆうの平たい壺。唐三彩の緑よりはるかに鮮烈な色と優美な形を持つ壺を、利休は最期の日まで懐に抱いていました。壺の底には「あの女」の形見、小指の骨と桜色の爪があったのです。切腹のその日、利休は花のない無窮花ムグンファ(木槿むくげ)の枝を床の間に飾り、秀吉から遣わされた使者を待っていました・・・

 堺の魚屋に生まれ、町衆の間に発達した侘び茶の伝統を茶道Higashiyama_work15s にまで高め大成させた千利休。織田信長、豊臣秀吉の御茶頭おさどうを務め、権力の中枢まで上りつめた希代の美の司祭であった利休が、なぜ秀吉の逆鱗に触れ切腹の命を受けねばならなかったのか、真相は謎に包まれています。
 罪科はあきらかな言いがかりでした。陳謝して命乞いをすれば生きながらえる道もあったのですが、利休は一言の弁明もしなかったと伝えられていいます。本当の謎は、利休という男の心です。利休が命を賭しても守りたかったものは何だったのか。そも利休とは何者・・・。
  十九のとき与四郎(のちの利休)は、売り物として土蔵に囚われている高麗の美しい娘に恋をして駆け落ちをしました。しかし助け出そうとした娘は落命してしまいます。大胆な設定の大団円に向かって、物語は利休切腹の瞬間ときから時間を遡さかのぼっていきます。
「悔しいが、ただ者でないことは認めねばなるまい。あの男は、こと美しさに関することなら、誤りを犯さない。それゆえによけい腹立たしい」秀吉は利休の才気に魅入られ、畏れを抱いていました。
 利休は思います。「美の深淵を見せつけ、あの高慢な男の鼻をへし折ってやりたい・・・」と。

 大徳寺の禅僧・古渓宗陳は「利休居士ほど摩訶不思議な茶人はおりませね。天にゆるりと睡ねむり、清風に吹かれているような方と存じます」と評します。「なぜ日本人は、あんな狭苦しい部屋に集まり、ただもそもそと不味まずい飲み物を飲むのかね」宣教師ヴァリニャーノには茶というものが奇怪な風習にしか見えません。
「あの男は、じぶんが天地の中心にいるかのごとく、倣岸不遜な顔をしている」石田光成は人を見下したような利休がどうしてもゆるせないらしいのです。「あなたには、わたくしよりお好きな女人が、おいでだったのではございませんか」妻の宗恩は思わず訊いてしまいました。各人各様の利休が浮かび上がります。しかし、近づけば消える逃げ水のように利休の正体はつかみどころがない。その技、その振る舞いに幻惑された各々の感情だけが置き去りにされています。
 「侘び」と言いながら、そのじつ自由奔放。超然としていてひとつの像をむすばない利休という存在。そのはてに、高麗の娘との狂おしい恋物語が語られます。娘を殺あやめたのは利休でした。彼岸の美しい無窮花ムグンファのようなその女とKaii013 逢うために、利休は一畳半という牢屋のような茶室を生み出しました。求道のはてにたどり着いた数奇屋の空間は、時空を超える装置でした。
 言葉の通じない二人の心の通い合いがとても美しい。利休はきっとほんとうに、そんな永遠を求めていたに違いない。新しい利休像に迫る筆者の御点前は見事だと思います。

 飛び抜けた美的センスを持ち、刀の抜き身のごとき鋭さを感じさせる若者が恋に落ちた・・・。堺の魚屋の息子・千与四郎。後に茶の湯を大成し男・千利休のことです。女のものと思われる緑釉の香合を肌身離さず持つ利休は、おのれの美学だけで時の権力者・秀吉に対峙し、気に入られ、天下一の茶頭に昇り詰めていく。利休は一茶人にとどまらず、秀吉の参謀としてその力を如何なく発揮。秀吉の天下取りを強力に後押ししました。しかし、その鋭さゆえに、やがて対立。秀吉に嫌われ、切腹を命ぜられのです。

本書は、利休好みの水指を見て、そのふくよかさに驚き、侘び茶人という一般的解釈に疑問を感じた著者が、利休の研ぎ澄まされた感性、色艶のある世界を生み出した背景に何があったのかに迫った長編歴史小説です。

著者の山本兼一氏は、直木賞候補になること2回。いま最も勢いのある時代小説作家でしょう。気骨ある男を描いて定評がある山本氏の新境地は必読の価値ありと思いました。

 利休切腹の日から始まって利休のうちに「美」という病を生ぜしめた若き日の事件へと時間をさかのぼっていきます。この間、多くの人物の目を通して様々な角度から利休の追い求める美の姿を浮かび上がらせていくさまは、細かな伏線や言葉遣いという技術的な意味でもなかなかに良く練られた小説です。 読ませるのです。著者の伝えたいことが強いせいかあざとさは感じませんでした。

大事なのは歴史的な事実ではなく、 前半を読んでいるときには、寂があるのは荒ぶるものがあってこそと感汁ことが出来ました。 中盤を読んでいるときには、美の絶対性と同時にその脆さ・危うさを感じるほどでした。 そして最後に、人間を突き動かすものは、実はしょうもないことであったりするということを感じました。話してしまえばしょうもないこと。 ただ、内に沈んだことで恐るべき力となって人を突き動かすもの。 歴史に名を残したような人物・事件であってもそのようなものは多い。美もまた美しくないものから生まれているのです。いえ、「美」自体が気づいてしまえばさして美しくもないもの、なのかも知れないとさえ思えてきます。
 この小説には綻びもあります。矛盾も。どんな大人物の人生であっても、所詮人生などうたかたにすぎません。
 しかし、うたかたにすぎなくとも、しょうもないものから始まっていようとも、美しいものは美しいのであると感じることの出来る作品でした。

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コメント

利休の記録は少なそうですね。なにしろ秀吉にたてついたのだから仕方ないところ。
しかし、その心の奥行き、深さは茶室や道具や作法から彷彿としてくるものがありますね。

秀吉は最初は茶頭などただの使用人のひとつと思ってたのでしょうが、その哲人ぶりが大名たちから一目置かれ、自分より尊敬されてるかもしれぬと悟ると、許せなくなったんでしょうね。そこで娘に無理な要求をするなど、口実を作って殺した。
そこを利休の側から描くという発想がユニークですね。

>十九のとき与四郎(のちの利休)は、売り物と
>して土蔵に囚われている高麗の美しい娘に恋
>をして駆け落ちをしました。しかし助け出そうと
>した娘は落命してしまいます。
この部分、てっきり史実と思ってしまいましたが、この部分は作者の創作だそうですね。時代物でもこういう創意工夫が物語を一気に面白くさせてくれますね。

投稿: 銀河系一朗 | 2009年6月27日 (土) 00時52分

こんばんわ(*^_^*)
今日も雨降らずです。

とこさん、いつもコメント大変ありがとうございます。
レスを書いていますのでいつかご覧になってください。
昨夜ちょっと一杯加減で書いたもので本文とデジブックのナレーションにいささか過激なものが(^_^;)
しらふで読み返し(^_^;)状態で手直ししました。

山本兼一氏、忘れもしません。
この人が清張賞をもらったとき「春の城」というので応募していました。彼の受賞作は「火天の城」同じ城なのに(^_^;)
歴史小説は好きで結構読むのですが彼のはそういう事情で「火天の城」だけでした。
この小説もとてもおもしろそうですね。
千利休には興味あります。
書かれていますように利休の死の真相はやはり謎なのですかね。結構権力中枢にも取り入っていたのでしょうね。
小説でも多面的な利休像が浮かび上がるのですね。
わたしは美の殉教者であるとともに、結構権力好きな俗物面も「思うのです。
前半を読んでいるときには、寂があるのは荒ぶるものがあってこそと感汁ことが出来ました。 中盤を読んでいるときには、美の絶対性と同時にその脆さ・危うさを感じるほどでした。 そして最後に、人間を突き動かすものは、実はしょうもないことであったりするということを感じました。」
これはわたしもまったく同感です。
利休の荒ぶる魂、いつか探ってみたいと思いました。

投稿: KOZOU | 2009年6月19日 (金) 21時24分

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