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2009年6月22日 (月)

私のやや好きな作品たち~池澤 夏樹編

Kaii12 両親(原條あき子と福永武彦)の間に、疎開先の帯広で誕生ししました。これは存じませんでしたが、また同郷の作家現るです。そして『スティルライフ』で芥川賞を受賞しました。この作品を読むと村上春樹氏の初期の作品を思い出してしまうのは私だけでしょうか・・・

 バーのシーンでチェレンコフ光の話が出てくるのですが、これはちょっと出すのが早すぎると思いました。春樹氏なら、作品の虚構性を読み手に十分アピールしてから、このような話を切り出すでしょう、おそらく。しかし、池澤さんは唐突にこんな話を始めているように思えてなりません。ここで読み手の気を惹こうという戦略なのかもしれませんが、少なくとも私は戸惑うだけでした。
 

 それでも文章は整っているし、ストーリー展開も自然ではあるので、おおらかな心で読み続けることにしましたが・・・
 しばらくは詩的な表現を散りばめた文章が続いていたのだが、途中で「ぼく」が佐々井の株の売買を手伝うようになってから、いきなり話が泥臭くなって、文章のトーンも変わってしまっていますね。前半までの張り詰めたような透明感が、ここへ来て一気に下世話になってしまっているのは、非常に残念に思いました。そして2000年9月に刊行された池澤夏樹氏の『すばらしい新世界』は、環境と現代社会、ボランティアのあり方、サステイナブルなテクノロジー、そして、人の生き甲斐、といった現在、もっとも注目されるべきテーマが、静かに淡々と描かれていて、まさに‘現在の小説’だと感じることができました。そこで象徴的に描かれているのが、本の表紙にもなっている風力発電の風車だ。風力発電の技術者である主人公が、NGOの依頼で小型の風力発電機を開発しネパールの奥地に赴き、そして、その体験が徐々にサラリーマン技術者の内面を徐々に変えていく・・。静かな語り口の中にも、しっかりと現在の社会と向き合おう、という作者の姿勢が感じられた。芥川賞を受賞したかっての代表作でもある『スティル・ライフ』とは、ずいぶん作風が変化しています。また、久々に発

 表された小説でもありました。この間、池澤氏の中に何が起きていたのでしょうか。

 「英語で言うと、かつて僕の基本姿勢は、脱離だったと思います。一歩Higasiyama001 離れる。渦中から身を引いて、外に身を置く。『スティル・ライフ』はまさに、一歩外に出る話でした。僕は、どうしてもあの話からしか始められなかった。現代の日本に対する違和感というか、居心地の悪さが強くて、自分は典型的な現代日本人ではないだろうと考えていた。ちょっとずれた置にいて、ちょっとすねている、そっぽを向いて
いる。ところが、それからほぼ10年近くたって、そろそろすねていられなくなった。理由の一つは、 『楽しい終末』(93年・文藝春秋刊)を書いて、世の中全体に蔓延している悲観論、終末論を一つ一つ検証していったこと。その途中から、僕自身、これは希望の不足している時代だ、と感じていた。

 しかし、それに対して安易な希望を安売りしてもしょうがない。「誠実に見ていく限り、あまり希望はない」というこを『楽しい終末』で突き詰めて書いたら、次の話を非常に書きにくくなってしまった。つまり、「明るい未来はそう簡単には見つからない」と話を書いた以上は、そうそう明るい未来の話は書けない。かといって、小説や文学というのは、基本的に希望で書くものだ。

 なんらかの希望が必要。そうすると、自縄自縛の状態になって、言ってみれば作家としてフリーズしてしまったというところ。で、そこからどう抜け出そうかと、安直でない出口を探して、とりあえず、ずっと旅を続けた。沖縄に引っ越しをしたというのもその一
で、移動してみる、違うものを見る、それから、やっぱり普通に暮らしている人たちを見る。『楽しい終末』の最後は、「絶望ではない、待つしかないじゃないか。事態が良くなるのを待つしかない。その、待つという姿勢において、生きるということがあるんじゃないか」
と考えた。あの本の最後で『ゴドーを待ちながら』を引いたのはその為だった。で、待ちながら何をしたかというと、そんなに終末論にとらわれずに、普通に、どちらかといえば、慎ましく生きている人たちを見る。そういう旅をした、と思う。この長い旅の中から二つの話が出てきて、一つは『花を運ぶ妹』(文藝春秋刊)。これは、昔僕が書いたものと同じように、南の方の島を舞台にして、そこで本当の絶望と絶望の底で、いかなる神かわからないけど、とりあえず心を祈りの姿勢に持ち込むこと、その先に救いがあらわれるかどうか・・そんな話を書いた。もう一つが『すばらしい新世界』だった。」と言います。

 『素晴らしい世界』は、池澤氏らしく、物語は沖縄で始まり北海Kaii007 道で終わります。その間はネパール奥地のナムリン王国が舞台。風力発電技師の林太郎がナムリンの風を灌漑エネルギーに変えるためにネパールに出張します。これがカジマヤー(琉球語で風車)計画。
 といってもプロジェクトX"ヒマヤラの奥地に風車が回った"篇というわけではなく、物語はもっぱら林太郎と妻アユミとのメールのやりとりで、"現代の諸相についての二人の考え"が語られる展開です。例えば、「ボランティア・NPOと企業」であり、「インテリ世代の子育て」であり、「チベット仏教」などについてです。
 一つの夢のあるプロジェクトを縦軸に、異国でのエピソードをきっかけとした思索が横軸に交差して、爽快感とともに物語を読み終え
ことができました。池澤氏の物事を見る眼に今回は共感できた気がしました。

 『きみが住む星』は、世界を旅する主人公が離れ離れになって待っている恋人に各地から送る手紙と写真という形式で書かれています。
手紙なので短い文章です。淡々としてるけど、時々恋人に対する気持ちがちらりとのぞくところがロマンティックです。
世界を旅する。そういう雰囲気がいいですね。といっても、世界各地の名所が登場するわけでもなくて主人公の詳しい説明も舞台の設定の説明もなく毎回幻想的な話になっています。
 花を踏まないように歩く馬の話。ある国の風習で一生に一度は誰もが外国に行く国。旅立って、2週間で戻る人もいれば、何年か行く人もいる、一生戻らない人もいる。そんな摩訶不思議な話です。

 

『きみのためのバラ』は、8編が収められたこの短編集は言葉の持つ癒しの力への信頼と期待が交錯する作品集であると思います。

『レシタションのはじまり』は、アマゾン奥地のジャングルで出会った原住民達の不思議な呪術の物語。意味はわからなくとも聞くだけで癒されるその言葉。重要なのは、意味がわからなくても効果はあるのですが、動物には効果がないこと。つまり、何かしらの意味を相手が伝えようとしていることを解する者であれば、その言葉は限りない癒しの効果を持つのです。意味が伝わることではなく、伝えようとすることに意味があるんですね。それは、表題作の『きみのためのバラ』でも同じで、主人公は、メキシコであった女性にほとんどゃべれないスペイン語をもどかしく思いながらも、一言だけ「君のためのバラ」と言って花を渡す。伝わらない気持ちを伝えようとする行為、それ自体に
意味があるのです。

『都市生活』『ヘルシンキ』『20マイル四方で唯一のコーヒー豆』では、いずれも登場人物はほとんど見ず知らずの初対面の相手にきわめてプライベートな告白を一人語りのように語ります。語ることで癒され、そしてそれを聞く者も、聞くことで癒されてゆく。そして、その
物語を読む私も、少しだけ癒された気分になりました。

  『花を運ぶ妹』・・・イラストレーターとして世間に認められている兄・哲郎。一年の半分を旅で過し、インスピレーションの源にし始めた哲郎はヘロイン中毒に転落していく。バリでおとり捜査に引っかかり、人権もないような留置所へ。ルボンヌに留学し、語学を生かし
てテレビクルーのコーディネートや通訳をしている妹・カヲル。兄を助けるために妹はバリへ飛ぶ。彼女も23歳で、どうしていいかわからないまま。哲郎とカヲルのそれぞれを交互に語りながら哲郎の旅の話、彼を救い出そうとするカヲルを追っていきます。
 それぞれのシーンで書き込まれる世界情勢や、アジアや欧米への思索、絵画や美学、

 生や死の哲学は読み応えがあります。
 物語の根底には、西欧とアジアの違いを浮かび上がらせようとする意図があります。現在は欧米がアジアを「理解する」という、ヨーロッパ優位の姿勢ばかりが目立ちますが、これからはアジアが欧米を「理解する」時代になってくると示唆しています。そこには哲学さえも含まれます。池澤夏樹の一文にそれが現れている。

  あるいは、ここのデーヴァターを世界唯一の美と認めて
  他のすべての美を捨てる。マルローはあのままパリを
  捨ててここに住めばよかった。しかし彼は西洋人だから
  捨てることを知らなかった。(431ページ)

 兄と妹の物語はそれぞれが、自分と家族、世の中との距離や、生活、人生を取り戻す癒しの物語になっています。
 単純なバリ礼賛、アジア礼賛ではなく、欧米の価値観とただ相容れないだけ。どちらが優れいているということではありません。

こういう誤解を招かないのも、池澤哲学の優れているところと思います。

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コメント

あ、肝心のことを。
いつもコメントありがとうございます。
レスを書いていますのでいつかご覧になってください。
DVDはあります。
レンタル店にもおいていると思います。

投稿: KOZOU | 2009年6月22日 (月) 21時34分

こんばんわ。
今日はこちらよく降りました。

とこさんがいつもたくさん読まれていることに本当に感心します。
芥川受賞作をすべて読もうとした(^_^;)時期があり「スティルライフ」は読みました。タイトルの通り静謐な感じでしたが、書かれてあるとおり泥臭い犯罪もからんでいますね。
最近も結構活躍されていますね。イラク問題への発言等は共鳴しました。日本人の枠に収まらない人のようですね。
ネパールは最も好きな国、とこさんの記事読んでいて読みたく、二度行ったことはあるのですが、また行きたくなりました。

投稿: KOZOU | 2009年6月22日 (月) 21時32分

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