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2009年6月 5日 (金)

私の好きな作品たち~井上ひさし編

 1934年11月16日山形県東置賜郡川西町( 旧小松町) に生まれ、上智大学外国語学部フランス語科卒業。在学中から、浅草のストリップ劇場フランス座の文芸部兼進行係となり、台本も書きはじめた方です。
  戯曲『うかうか三十、ちょろちょろ四十』が芸術祭脚本奨励賞を受賞。放送作家としてスタートします。64年には、その後5年間におよぶNHKの連続人形劇『ひょっこりひょうたん島』(共作)の台本を執筆。現代的センスによる笑いと風刺で多くMoji5 の人々に愛されました。
 69年には、劇団テアトル・エコーに書き下ろした「日本人のへそ」で演劇界にデビュー。
 72年には、江戸戯作者群像を軽妙なタッチで描いた『手鎖心中』で直木賞を受賞。同年『道元の冒険』で岸田戯曲賞と芸術選奨新人賞も受賞しました。
  以降、戯曲、小説、エッセイなど多才な活動を続けて、戯曲「しみじみ日本・乃木大将」『小林一茶』で紀伊國屋演劇賞と読売文学賞(戯曲部門)、小説『吉里吉里人』で日本SF大賞、読売文学賞(小説部門)、また『私家版日本語文法』『自家製文章読本』『井上ひさ
しの子どもにつたえる日本国憲法』などもベストセラーになっています。
  最新刊は『ボローニャ』と『ロマンス』。
 84年にはこまつ座を旗揚げ。「頭痛肩こり樋口一葉」「きらめく星座」「闇に咲く花」「雪やこんこん」「人間合格」「黙阿彌オペラ」「連鎖街のひとびと」「兄おとうと」「円生と志ん生」他多くの戯曲を書き下ろして上演しました。  「昭和庶民伝三部作」でテアトロ演劇賞、「シャンハイムーン」で谷崎潤一郎賞、「太鼓たたいて笛ふいて」で毎日芸術賞・鶴屋南北賞を受賞しています。
  小説、「腹鼓記」「不忠臣蔵」で吉川英治文学賞、「東京セブンローズ」で菊池寛賞をも受賞。改めて幅の広い活躍に目が離せませんね。
  87年には、蔵書を生まれ故郷の川西町に寄贈して図書館「遅筆堂文庫」が開館。ここでは、こまつ座主催での生活者大学校を開校しています。
  こまつ座公演以外にも、新国立劇場に「紙屋町さくらホテル」「夢の泪」他を書き下ろしました。戯曲「化粧」「藪原検校」「父と暮せば」などは海外公演でも高い評価を得ています。2001年には、知的かつ民衆的な現代史を総合する創作活動で朝日賞を受賞。2004年、文化功労者に選ばれました。2007年、『私はだれでしょう』(こまつ座)、『ロマンス』(こまつ座&シス・カンパニー)を書き下ろして上演しました。戯曲『父と暮せば』は英・独・伊・中国語対訳本を刊行(8月にはロシア語刊予定)。これまで、フランス、ロシア、中国、イギリス、カナダ、アメリカ、ドイツなどで上演、リーディングされています。

 とにかく賞を総なめしているこの方、私が知ったのはよく巨泉さんと11PMに出ており、作家として知ったのは『手鎖心中』でした。勿論『ひょっこりひょうたん島』もかすかに覚えていますが・・・

 文体は軽妙であり言語感覚に鋭く、『週刊朝日』において大野晋氏、丸谷才一氏、大岡信氏といった当代随一の言葉の使い手とともに『日本語相談』を連載、『私家版日本語文法』など、日本語に関するエッセイ等も多いのが私が好きなわけでもありますが、 自他ともに認めるたいへんな遅筆で有名であり、書き下ろし戯曲が公演に間に合わず休演させることも度々で、それを逆手にとって自ら「遅筆堂」という戯号を用いることもあります。特に戯曲『パズル』完成に間に合わず雲隠れした「パズル事件」は悪名高いのです(笑)。

 休演や初日延期の事態になった場合の損失には私財を投じて補填してそうです。1983年に自作の戯曲のみを専門に上演する劇団「こまつ座」を創立、みずからを座付き作者と名乗りました。ちなみに親交のある永六輔氏によると「遅筆がひどいのでパソコンで字を書こうと考えていると話していたが、どちらにしても同じだからやめなさいと説得し、結果やめていた」と明かして、遅筆は字を書く以前の問題だといいます。ただし字は丁寧で大変読みやすく、編集者を手こずらせることはないそうです。

しかし、その戯曲の完成度の高さは現代日本おいては第一級のものであり、数々の役職を含め、日本を代表する劇作家として確固たる地位を確立している。特にデビュー以来40年近くにわたって話題作を提供し続けていることは、他分野の創作も含めて異例の息の長さだといえるでしょう。私は議曲を見に行くと言う事が無いのですが、一度でいいから「こまつ座」で観てみたいです。
 また、政治活動を行ったり、無防備都市宣言を支持しており、「Mojiriani005 (真の国際貢献をなすめには、)例えば医学の世界で、日本が世界最良の病院となるようにし、ノーベル医学賞は毎年日本人が貰い、日本人が癌の特効薬を開発し、世界中の医師が日本語でカルテを書くようになれば、ブッシュさんもプーチンさんも世界中の富豪も、日本に診療してもらいたくなり人質同様になれば、そんな日本を攻撃できない、してはいけないと思うようになる。」などと極めて大胆な発言をしていました。

そのような活動、思想、主義のため、何度か匿名による脅迫を受けたこともります。とりわけ第二次世界大戦における昭和天皇の戦争責任について、数々の戯曲で問題提起をし続けています。一方で今上天皇の園遊会に招待されて参加したこともあり、親と子は別の人格であると言う考えからも親近感を抱いているようにも捉えられます。このようなことは別にして、作品、作品。

 日本語は難しいです。母国語であるはずの日本語が一番解り難いと思うのです。当然、母国語だから読み書きや会話はできるのですが、その仕組みを意識して使っているわけではないですよね。私にとってこの程然様に不可思議な日本語をざっくりと解して大まかな理解に到達させてくれたのが『私家版日本語文法』でした。言語の仕組みの本など大抵は退屈なものなのですが、本書は読んでいて笑いがこみ上げてきます。

 『東京セブンローズ』は、国語とはなにか? 国家とは、市民とは?昭和二十年、根津の団扇屋主人による日記。そこには戦下の市民の真実と、戦後の占領軍による日本語ローマ字化計画が綴られていた ・・・時は終戦間際から終戦直後。舞台は東京下町。一介の団扇屋の親父が書き綴った日記帖、という体裁です。陰惨この上ない筈であったろう街の人々の生活が生き生きとユーモラスに描かれ、この時代を体験していない自分にも何やら懐かしい思いが浮かんできます。やがて人々は時代の歯車に乗って数奇な運命を辿り、ついにはGHQを向こうに回しての大作戦。物語の面白さは言うに及ばず。全編に井上ひさしの日本語に対するこだわり・愛着・美意識がこれでもかというくらいにギッシリ詰め込まれています。タネもシカケもてんこ盛り。至福の読書時間を約束してくれる快作です。     今や井上さんだけが、「日本語の問題」を、最高の日本語で、つねに適切な主題と意匠と惑溺するような感覚と起爆するような批評をもって、痛快きわまりない物語にできる唯一人の作家だということなのです。
 なぜ井上さんにそれができて、あとはあらかたダメになったかということを言うのも(石川淳氏・福田恆存氏・三島由紀夫氏以降、作家はしだいに日本語を勉強なくなっているようにおもので・・・)、ひとつの井上ひさし論だろうけれど、それではブンとフンを分断してしまうようなもの、肩凝りと頭痛を分離してしまうようなもの、愛嬌と愛国をとりちがえてしまうようなもの、それは勿体ない・・・
 それよりも井上の「日本語の問題」にはどんな素材も主題も細部もが吸収できる台所が用意されているということ、それが今日只今の日本人にとって重要な用意だということを説明していったほうが、井上さんになぜこんなことを“おねだり”したくなっているかの、説明
になりますね。そして、それがそのまま『東京セブンローズ』がどれほど凄い小説なのかという傍証になるはずなのです。

 また『父と暮せば 』は、先の大戦と原爆をテーマに、生き残った者たちについて語られた戯曲ですが、さまざまな立場の人が、さまざまに思いを抱いて読む脚本であると、思います。少し読んでは本を閉じ、自分の体験した震災や別れや、自分自身の心の動きと対話して、一段落つけなくては先へ進めなかったからです。そして、読み終えた今、心の蓋をとられた娘のように激しく動揺し、悲鳴のような嗚咽をあげて泣き伏してしまいMojiriani011ました。まだまだ、全然、この脚本の本当のところを汲み取れてはいないだろう、と思えるのに、です。これは本当に、人間すべての上に落ちてきた悲劇について書かれた作品でした。震災も戦争も知らない人でも、この悲劇を自らの上から払うことは出来ないでしょう。国も言葉も肌の色も習慣も、どんなに違う人たちがいようとも、人間と呼べるすべての人が、我がこととして受け取ることの出来る、優れた作品です。

 『吉里吉里人』では、一農村が吉里吉里国として日本から独立を 宣言。日本政府の妨害を如何に対処し目的を達成するか。吉里吉里人達が繰り出す奇想天外な対抗策とその行く末がこの小説の骨子であって、私が読み進む上での大きな誘因だったのですが、それだけを追うと大きな肩すかしを食らうでしょう。 読後に私の心に残るのは、そこかしこに散りばめられたエピソードに秘められた著者の持つ縦横無尽の博学さと、農業や医学や政治など諸制度に対する主張の根源性でありました。著者が抱く理想郷の片鱗を寄せ集めた結果が吉里吉里国なのだと思います。 やっつけ仕事の様に感じるどたばた喜劇の進行と猥褻表現と鋭い言語感覚と炸裂する知性と、ごった煮のアンバランスさにすっかり飲まれてしまいました。

  私はもっと読んでいるはずなのですが、ちょっと頭の中がごっちゃになってしまっています。しかし、彼の作品が好きな理由は日本語、国語を愛して止まない作品が多いことからも言えるのです。
 
 

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コメント

とこさんへ

リンクを張っていただき、ありがとうございます;:゙;`(゚∀゚)`;:゙。
とても嬉しく思っています。
今後とも、よろしくお願いします。

私も、「日本語って、なんて難しいのだろう。」ってよく思います。一つの言葉に色んな意味を含んでいるから細かく説明しなくていい場合がありますけど、
「でも、この一言でいいの?言葉足らずじゃない?私の思いと違って解釈していない?」って。
英語だったりすると、とてもストレートだから、本当に思ったその事を話せばいいんですよね。相手も理解不能だとストレートに聞いてくるし。
曖昧さも、和の美しさなのでしょうかね…。
『私家版日本語文法』って、そんなに面白い本なのですね。
日本語をまだまだ勉強したいし、一度読んでみたいですっ。

あと…私が気になったのは、モディリアーニの絵でして、(…すみません。視点がちょっとずれていまして。)井上ひさしさんと何か関連があるのでしょうか?芸術に通じていらっしゃる様なので、何か意味があって載せているのかなぁ。と。

では。また来させていただきますっっ。

投稿: Marunaga | 2009年6月 5日 (金) 22時26分

こんばんわ。
雨は降ってないですが蒸し暑くなりました。

とこさん、サルコイドシース、病名も知りませんでした。今も療養されているのでしょうか。どうかどうかお大事にです。
結核も今もなお患者はいらっしゃるし注意の必要なことは変わらないのでしょうね。本当に健康でいられることは宝ですね。

井上ひさしさん、飄々とした感じでもなかなかの硬骨漢、尊敬しています。
ひょっこりひょうたん島は本当に懐かしいです。
出てきたときは本当に新鮮で今までと違うおもしろさで話題を呼びました。
博識もすごいようですね。確か親に恵まれず施設で育ったようですが、これは彼の強さを育むとともに、やはり並々ならぬ向学心と天才があったのでしょうね。
父と暮らせばも異様な迫力に感動しました。
日本語も書かれていますが非常に大事にしたのですね。
あまり類を見ない才能でこれからもますます活躍してほしいですね。
知らなかったのですが、戯曲『パズル』完成に間に合わず雲隠れした「パズル事件」、休演や初日延期の事態になった場合の損失には私財を投じて補填した、彼の性格を表しているようでおもしろいですね。私財を投じては感心します。
思想的背景と言い背骨が一本通った感じですね。
ありがとうございました。

投稿: KOZOU | 2009年6月 5日 (金) 20時16分

とこさん、おはようございます。今朝も冷えます。今年は冷夏かな。
いつも丁寧に読んでいただきコメントありがとうございます。
レスを書いておりますのでいつかご覧になってうださい。

井上ひさしさんはわたしも敬愛します。
一応読ませていただきましたがまたじっくり読んでコメント書かせていただきます。

投稿: KOZOU | 2009年6月 5日 (金) 07時55分

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