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2009年7月22日 (水)

私の好きな作品たち~道尾秀介編

 最近知った作家さんなのですが、これが間髪入れず面白かったですね。今回直木賞候補と聞き、やはり来たかという感じです。

私が最初に面白いと感じたのが、『向日葵の咲かない夏』でした。

 ここ一年ほどのあいだに、このN町で、犬や猫のおかしな死体001bear が立てつづけに見つかっていました。その数はぜんぶで八体にものぼっています。すべての死体には、二つの共通した特徴があり、一つは、後ろ足の関節、人間でいえば膝の部分の関節が、すべて逆方向に曲げられているということ。そしてもう一つは、死んだ犬や猫の口に、白い石鹸が押し込まれているということでした。

 明日から夏休みという終業式の日、小学校を休んだS君の家に、プリントと宿題を届けることを引き受けた僕(ミチオ)は、彼が家の欄間からロープを垂らして首を吊っているのを発見した。慌てて学校に戻り、岩村先生が警察と一緒に駆けつけてみると、なぜか死体は消えていました。そこでいつも親身になって話を聞いてくれる、近所に住んでいるトコお婆さんに相談してみるとそこであの力を使ってお告げをもらったところ、トコお婆さんは、小さな、掠れた声で、こう囁いた。臭いが――それだけだったのです。

 一方、S君の死んだあの日の朝、古瀬泰造は隣接するクヌギ林の中からS君の姿を目撃していました。それとともに、S君の声も聞いていましたが、それを聞いたときには、ただの独り言だと思っていました。しかし、あとで思い返してみると、あれは、誰かに話かけていたのではないか、と考えるようになります。

 それから一週間後、ミチオ兄妹の部屋へ突然の訪問者が現れた。S君の生まれ変わりと称する蜘蛛でした。そして、「さてはあいつ、僕を殺したあと、死体を持ち去ったな…。僕は自殺なんてするもんか。僕は、殺されたんだ」、と蜘蛛のS君は訴えました。半信半疑のまま、ミチオと妹のミカはS君に頼まれ、S君の死体を探すことと真相を探る調査を開始しました。
 ミチオ少年の調査パートと、古瀬泰造のパートが平行して、ストーリーは進行して行きます。人間的に破綻している人物たちが次々に登場するのですが、これがホラー部分よりも怖かったりするのです。その人間の暗い情念というか怒りのパワーというか負のエネルギーは、読んでいてざわざわとしてくるものがありました。

 そんな歪な世界で、あいつが怪しいと思わせて、ぱたりと一転、こいつだったのかと惑わせて、またぱたりと一転。よくこれだけ二転三転させるものだと感心してしまった私。そして複線の使い方もさすがに上手いです。そんなわけで早々と謎解きは放棄していたので、ラストを楽しみに読んで行くとこれまでうやむやな物事が次々に明らかになっていくのが、これががとっても読後感がわるいんです。ピタッとはまるのだけど、ここには快感がない。しかし、読み終えてすぐさま冒頭部分を読み返すと、ここに快感があったりするのです。まい
りました。

 そして今回注目の『鬼の跫音』です。

 心の中に生まれた鬼が、私を追いかけてくる。―もう絶対に逃げ切れないところまで。一篇ごとに繰り返される驚愕、そして震撼。ミステリと文芸の壁を軽々と越えた期待の俊英・道尾秀介、初の短篇集にして最高傑作といえるのでは・・・

 『ラットマン』が最高傑作と思っている方も多いでしょう。ですが期003bear 待を裏切らない傑作であるのは間違いありません。
 そもそも作者はホラー大賞でデビューした経歴があるだけに、今回はホラー色の強いミステリばかりです。少年視点の物語が多く、読んでいてワクワクします。。少年視点のホラーは、ニューウェイブの三津田信三さんもよく書いていますが、ホラーの質で言えば、そちらかというと乙一タイプのホラーですね。

 ミステリとしては「鈴虫」「悪意の顔」がとっても面白かったです。
 
 「鈴虫」は作者が得意とするミスリードが冴え渡った一品で、真相読むと読者の考えがいかに手玉にとられていたかがよく分かります。ここまでのものが書けるのは、現役作家で道尾さんしかいないと思います。
 「悪意の顔」は論理では割り切れないホラーの性質と、ミステリに求められる合理性が見事に結実した作品で、最後の最後までどちらにも振れているあいまいな物語です。どんでん返しの冴える作品です。これは「世にも奇妙な物語」でドラマ化したら面白いんじゃないかなと思いました。

 「冬の鬼」などは、日記を過去へさかのぼっていき、ゼロ地点でなにが起こったかを徐々に明らかにして行く構成がホラーとしての恐怖を煽っています。最後の一行もすばらしく、確かにある人物のとったある行いは確かに合理的で説明がつくんだけど、それはいわば狂人の論理というやつで、一般人にはとうてい真似できない。この「どこかズレてる」感覚を一瞬の驚きで表現してみせた良作。

 「よいぎつね」は過去と現在、自分と他人、の境界線をあいまいにして、万に一つの偶然を自然に描いてみせた作品。これは幻想性、ホラー色が、ひょっとしたら収録作中一番強いかもしれません。こういう表現ができるのが小説の強みなんですよね。ほかの表現媒体ではなかなかうまくいかないと思います。小説書きとしての上手さを見せ付けた作品です。

 「助・iけもの)」は、後味の悪い作品で、これも作者らしさが表れたものといえるでしょう。ラスト直前までは親子の仲直りを描いた、なんだかんだでハッピーエンドないい話になりそうだったのに、ラストでは道夫秀介の暗黒面がいかんなく筆を振るいます。親子のギク
シャクした関係、ふとしたきっかけで、自分と同じ境遇の人物が引き起こした事件を調査することになった少年、旅を通じて自分を見つめ直す姿、そして取り返しのつかない突きつけられる現実、などなどこれは書きようによっては純文学の傑作になり得そうです。

 「箱詰めの文字」は収録作中一番残念な出来で、読み終わってからも「結局なんだったんだろう」という余韻を残してはいるものの、ミステリとしてもホラーとしても爆発力不足な印象をぬぐえません。ミステリとしての真相がとって付けたようで、その不発が尾を引き、最後のホラーとしての趣向もいまいちに終わっている感じです。

 全編に渡って「鴉」が凶事の象徴として登場し、さらに「Sさん」なる人物が物語に絡んできます。これらによって、全編が共通した陰鬱な雰囲気で統一されているのも悪くないですね。
 本書は、読者の意表をつく大胆な構成と 人間の暗部を鋭く抉り出す描写に定評がある著者による初の短編集だと思いました。

短編という形式のため 大がかりな構成上のトリックは見られませんが そのかわり、人が心の闇におぼれる瞬間と、 それに抗うことができない悲しさを鋭く切りとります。 個人的にとりわけ印象深いのは 刑務所で作られた椅子に刻まれたSという名前です。それを手がかりに、椅子を作った受刑者と彼が起こした事件を探る『(ケモノ)』 徐々に明らかになる事件の秘密や、「驚愕のラスト」もさることながら、 Sや事件にかかわった人々の苦悶が伝わり、 「罪」というものについて深く考えさせられます。
 誰もが持っている狂気や暗部と それが引き起こす悲劇を真正面から見据えた本作。 決して楽しい作品ではありませんが 著者のファン以外の方に限らず多くの人に読んでいただきたい著作でした。

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コメント

いつもながら感心します。
道尾秀介さん、最近名前をようやく知っただけです。
でも大変興味持ちました。
「狂気や暗部と それが引き起こす悲劇を真正面から見据えた本作」、こんなのは好きです(^_^;)
向日葵の咲かない夏、鬼の跫音、タイトルからしてそそりますね。
巧みなとこさんの要約でまたそそります。
わたしも下手なこのようなものを書いたのでわかりますが、つい予定調和になりがちで陳腐な作になります。(わたしの場合)
そこを読者を最後までひっぱり驚かせる、むずかしいですね。
読んでみたいと思いました。
ありがとうございました。

投稿: KOZOU | 2009年7月23日 (木) 04時23分

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