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2009年7月14日 (火)

私の好きな作品たち~貫井 徳郎編

 私が最初に読んだのが『慟哭』でした。

★ 作者は、精緻で冷徹な文章で、男の堕ちていくさまを書いています。作者の主人公に対する観点は、愛情というより徹底的なまでの観察眼でしょう。だか らこそ、心痛む残酷な事件や描写にもめげず、登場人物にそこまで感情移入することなく、成り行きを見守る一歩引いた感覚で事の次第を追っていくことができたのだと思います。特にカルト的な宗教団体の緻密な描写には目を見張るものがあり、普段目に触れるものではないだけに、想像上の世界だとしてもすごく興味を引かれてページをめくる手が止まりませんでした。しかし、最初は一歩引いた感覚で見られていたものが、人物を取り巻く環境が酷くなればなるほど、その感情が激しさを増せば増すほど、だんだんと心に、あくまで客観的に書かれている男の感情が、食い込んできたのです。感情を前面に出した小説よりも、事実を客観的に述べて、読者にその感情を類推させる類の小説のほうが、実は読者へ与えるショックは大きいのかもしれなません。最後、慟哭は、まさにそうとしか言いようのない、強さで、大きさで、私を襲ってきました。

 

★ この小説の内容からしてこういう言葉は似つかわしくないのかもしれませTadanori003んが、すごく、面白かったです。なかなか忘れない作品になると思いましたし、しばらくはミステリーといえばこの作品を思い浮かべるでしょう。まだ読んだことのない人は、小説の裏表紙に書かれているあらすじさえ読まずに、この作品を読んでほしいと思います。この作品を読む前には、ただ、おもしろいミステリーだという前知識以外は邪魔になる気さえします。クライマックスで「あっ」と言わざるを得なません。 衝撃が走る・・・完全に作者に踊らされました。

 この『慟哭』がデビュー作なんて、凄すぎますよね。さすがに第4回鮎川哲也賞の最終候補作に残っただけの作品です。 

2006年『愚行録』で第135回直木賞候補。2009年、『乱反射』で第141回直木賞候補となりました。

★ この『乱反射』はどんな作風になっているのかというと、本書は、法的には罪にも問えないちっぽけな悪事の集積が、大変な事態を生み出す顛末を描いています。凄いと思うのは、章題でカウントダウンすることで、緊張感をじわじわ高めているところ。ネタバレを避けるために詳述しませんが、幼児を襲う奇禍の正体は、おぼろげながらもかなり早い段階から予見できます。そのため、「取り返しの付かない事態」の準備を作者が着々と進めているのが、手に取るようにわかってしまうのです。作者は事件への過程を描く中で、事件の伏線をリアルタイムで張り巡らせていきます。読者はそれを、まざまざと見せ付けられるのです。これは色々な意味でたまらないですね。少なくとも第「0」章に至るまでは、良い意味でイヤな感じの読書が楽しめることを保証します。

 

★ というわけで、幼児が死ぬところで話が終わっても、『乱反射』はかなり読ませる佳作になっていたはずです。しかし本書はこの後、幼児が死んで以降に、さらに深みのある話が続くのです。幼児の両親は、自分の子の突然の死に納得が行かない。なぜ自分の愛息は、死なねばならなかったのか。特に父親・聡は、自身が新聞記者であることもあって、背景に何かあるはず、何かないとおかしい、そうでなければ我が子があまりにも不憫だと切実な感情をもって事件の背景を調査します。しかし調べても調べても、人々の、ほとんど無意識の「ちっぽけな悪事」しか出て来ないのです。これでは社会的に制裁を加えることすら難しいではないか・・・。愕然としつつも聡はなおめげずに、本人たちに直接対面し、事故と彼らの行動の因果関係を伝えて、糾弾します。

 

★ この結果、幼児の死の原因を作った人々は、自分の行為が何をもたらしたか自覚することになるのです。これはなかなか面白い展開だと思いました。 自覚のないまま、登場人物が事故・事件の原因を作ってしまう、という話は、実はそれほど珍しくありません。しかしほとんどの場合、彼らは自分が事件・事故の片棒を担いでいたことを最後まで知らないことが多いのです。ところが『乱反射』は違います。知ってしまうどころか、被害者の父親(広義では、この父親も被害者自身に他ならない)から直接、非難されるのです。
 この指弾を受けての各人の周章狼狽と、それを通して父親が徐々に形成していくある種の諦念が、本書最大の読みどころであり、本書の真のメッセージもここにこそ込められていると思います。

 

 ノワール小説やサスペンス小説であれば、この後に幼児の親がTadanori002 ブチ切れて「加害者」を殺して回る、などといった更なる波乱があってもおかしくないのですが、『乱反射』において、貫井徳郎の筆は、ここで止まるのです。いえ、あえて止めたと言うべきでしょう。派手な展開はエンターテインメント性を高める反面、本書で提起されたような「ちっぽけな悪事」を濃やかに拾うには、あまりに大味です。貫井徳郎氏はこれを避けて、あくまでも身近でより現実的で、ゆえに全くスカッとしない苦い落着を用意し、真のテーマに肉薄するのだと思います。
 果たしてこの物語に救いはあったのか。悲劇を避けるためには何がどうあるべきだったのか。扱われている問題は(幼児の死という結果はともかく)非常に「ありがち」なだけに、読者全員が無関係ではいられないはず。モラルの欠如が叫ばれる現代社会において、一度とっくり考えてみてもいいテーマと言えるでしょう。

というわけで、本書は「黒貫井」を強調しつつも、後半は一転して、卑近であるがゆえに重いテーマについて、「本当にこれでいいのか」と読者に強く訴えかけてきます。世の中なんてこんなものと皮肉に嘯くような前半と、次第に真面目な問いかけが浮かび上がってくる後半の対比は、非常に鮮やかで素晴らしいです。貫井氏の新たな代表作として、お勧めしたい作品です。

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コメント

 とこ様、お邪魔致します。
 
 貫井さんは私もだいたい読んでいます。「慟哭」は私も読みました。
 ただ正直後味の悪さと途中で結末が見えてきたのが私的には今少しの印象です。
 貫井さんの作品で一番好きなのは「殺人症候群」ですね。これは凄かったという印象があります。色んな問題を突きつけられたというか。。。この作品はあまり評価されていないのが残念です。

 「乱反射」はまだ読んでいません。図書館派の私にはいつ読めるやら。面白そうなのでゲットとしたらしこたま読みたいと思います。

投稿: おりえ | 2009年7月16日 (木) 01時24分

変わらず精力的な執筆敬服します。

慟哭だけ読みました。
二人の男の心の暗闇を濃密に描いてありましたね。
確かに「感情を前面に出した小説よりも、事実を客観的に述べて、読者にその感情を類推させる類の小説のほうが、実は読者へ与えるショックは大きいのかもしれなません」なのでしょうね。
わたしも下手な小説書いていることもありこれは実感です。つい初めは感情を表に出しすぎますね。
確かにこれがデビュー作とはすごいです。

乱反射、興味深いテーマですね。
「自覚のないまま、登場人物が事故・事件の原因を作ってしまう、という話は、実はそれほど珍しくありません」ほんとにそうでしょうね。
こんな微妙なことを書く腕はたいしたものだと思います。
法律はそこに一線をしくための人工物なのでしょうね。
法律で罰せられない罪はいくらでもありますよね。
突き詰めると存在自体が悪のような(^_^;)ついペシミズムに走ります。

投稿: KOZOU | 2009年7月14日 (火) 07時54分

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