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2009年7月 7日 (火)

私の好きな作品~『第三の時効』

またまた横山さんの作品におぼれている私です。ひさびさのサスペンスですね。

 15年前、本間ゆき絵がレイプされ、その夫が殺害されるという事件が起きた。捜査は捜査一課二班が担当しながらも、犯人と思われる武内は逃亡し何も手掛かりのないまま時効成立の時を迎えようとしていた。捜査一課一斑・森隆弘は捜査一課長・田畑から時効成立防止のため、助っ人として二班の捜査に参加するよう命じられる。武内は海外渡航した記録があるため、表向きの時効の1週間後に真の時効(第Kaii21 二時効)が存在するというのだ。この事件のカギを握っているのは、武内との間に産またゆき絵の子供・ありさ。その事実を知っているはずの武内が、第一時効の成立後に彼女と接触を試みるだろうとの予測していた。しかし、二班班長・楠見は初め森に事件とは関係ない判事の素行調査を命じる。森は不満を感じつつ判事の調査をし、その後任せられたありさの張り込みを続けた。が、とうとう第一時効成立の瞬間を迎える。ここからが本当の勝負だと刑事達は息巻くが、めったに現場にも現れない楠見との連携が取れぬまま着々と第二時効が迫っていた。

  表題にもなってる本作ですが、タイトルどおり時効、すなわち公訴時効期間が問題になってます。そして殺人の時効15年が第一の時効で、海外渡航による時効停止期間が第二の時効となっています。では第三の時効とは何か? 法的にも論理的にもアクロバティックな荒業です。現実にはほとんど不可能でしょうが、本作の場合には伏線もちゃんと張ってありますから納得です。 

 ただ、作品は内容とは別のところで少々引っかかりを覚えました。
 本作では殺人の時効期間が15年として扱われています。初出時(平成14年)は確かにこれで良かったのです。しかし、実は平成16年に刑事訴訟法が改正されまして、殺人の公訴時効は15年から25年になりました(刑訴法250条)。で、文庫版は平成18年に出版されましたので作中と現在の法律との間で齟齬が生じていることになります。このことを以って本書は間違ってる、みたいなことを言うつもりは全くありません。殺人の時効が15年だった時代は確かにあったわけですから、それが25年に訂正されてたりしたら逆に興醒めというものです。
 でも、法律に詳しくない方が本作を読むと、殺人の公訴時効は今でも15年なんだなぁ、とは思っちゃうでしょう。それはよろしくないと思うのです。ですから、こういう場合には解説でフォローするか、もしくは巻末に注釈などを入れるとかするべきだったと思いますし、二刷以降(アイヨシの手元にあるのは初刷)からでもやるべきだと思います。
 細かいことと思われるかも知れません。ただ、助産婦→助産師とか精神分裂病→統合失調症なんかの変更にはすごい素早い対応がされたように思うのですが、それに比べると今回の場合は2年前の法改正であるにも関わらずちょっと鈍感なようにも思いました。

囚人のジレンマ
 本書収録の短編の中のマイベストはこれです。
 囚人のジレンマを物語の軸に、一班、二班、三班がそれぞれ担当する事件と、三つ班を監督する立場にある田畑第一捜査課長の組織人としての苦悩 が描かれています。複数の事件が同時進行するモジュラー形式は警察小説ならではの醍醐味ですが、それを読
者に分かりやすく伝える著者の手法には卓越したものがありますね。 部下が無能だと上司が苦労するのは当然ですが、有能なら有能で上司の苦労は絶えないという、結局組織人である以上苦労からは逃れられないわけですが、だったら、有能でいいから事件を挙げてくれという田畑課長はカッコいいと思います。報われないでしょうけど・・・ 横山作品の警察短編としては珍しくホロリとさせられるものがあります。情と論理の交錯が物語を奥深いものにしていることに驚かされます。

密室の抜け穴
 これもまた巧みです。被疑者はいかにして刑事たちの監視を逃れて密室から脱出したのか? 密室ものというよりは消失ものといった方本格ミステリ的には正確かもしれませんが、その謎が会議室という密室で解かれるという二重の密室の趣向が憎らしいほど見事に決まっています。解決に至る論理性と意外な真相は本格ミステリとしても傑作だと思います。それでいて、会議室の中で行なわれる責任のなすりあいという真剣勝負は手に汗握るものがありますし、イヌワシの雛のたとえで物語を引っ張る展開も見事です。ちなみに、岡嶋二人の短編に同じタイトルのものがありますが(『記録された[→fukkan.com]』収録、講談社文庫)、内容的に両者は全くの別物ですので念のため。

ペルソナの微笑
 間接正犯というのは、他人の行為を利用して自己の犯罪を実現する正犯のことでHaruoinoue、法律用語なわけですが、そんな一般にはなじみのない概念も横山氏にかかればすんなりと読めてしまう作品に仕上がるのですから不思議なものです。
 操る側が操られる側になる入れ子構造とでもいうべき物語の構図が後期クイーン問題を彷彿とさせる、というのは考えすぎでしょうが、なかなかに味わい深い作品だと思います。

モノクロームの反転
 一家三人殺害、しかも一人は小学校に上がる前の子供ということで、田畑課長は三班だけでなく手の空いていた一班も事件に投入します。
 一プラス一がいくつになるのかが問題になるわけですが、お約束どおり、一班と三班は手柄を競い合います。縄張り争いに情報の断絶といった露骨なまでの殺伐とした争いに、いっそ清涼感を覚えつつも、最後になって一班班長朽木と三班班長村瀬の間で行なわれるやりとりにホッとさせられます。なるほど、モノクロームの反転とは良くぞ名付けたものです。もちろん、一義的には目撃証言の真実を暗示したものではあるのですが、巧妙なタイトルだと思います。

 以上、各短編それぞれが傑作です。
 加えて、それぞれの短編の通奏低音として流れているのが各班同士の対立です。一班の班長朽木は犯人の心理に容赦なく緻密に迫る正攻法のやり手、二班の班長楠見は女性を物扱いするフェミニストならずとも非難したくなるダメ人格ですがその思考は冷徹そのもので違法スレスレの手段も辞さない策略家、三班の班長村瀬は事件の真相が早見えする天才肌と、それぞれの班長が有能にしてキャラが立っています。こうした捜査班内部の争いはこれから先もとても楽しみなので、ぜひ少しでも早い時期に続編が出ることを切にお願いします。

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コメント

こんばんわ(*^_^*)
こちら今日もだいぶ降りました。

とこさん、いつも丁寧に読んでいただきコメント大変感謝します。レスを書いていますのでいつかご覧になってください。
旧暦が日本の行事はしっくりくるのでしょうね。七夕も梅雨は終わるし夏の祭りとして旧暦がいいように思います。

ひとつ提案ですがとこさんの記事へのコメント、メールアドレスが必須になっていますね。公開はされなくてもメールアドレスを書くことに抵抗のある人は多いし、第一最初はちょっと手間だし、任意にされたがいいと思います。コメント書こうとしてそれでやめた方もいるのではと思います。同時にURLも任意になるようですが、交流を望む方はきっとURLは書き込みされると思います。

それとあし@のとこさんのクッキーが無効になっているようですね。とこさんが他のサイトを訪れてもとこさんの足跡は残らないことになります。
あし@のマイページ左上に「ようこそ とこさん」とあると思いますが、その横に「足跡クッキー発行」とあると思います。それをクリックして足跡クッキーを発行されたが断然いいと思います。

以上長々とすみません。ご検討くだされば幸いです。

投稿: KOZOU | 2009年7月 8日 (水) 23時22分

 とこさん、こんばんは!!!深夜にお邪魔致します。
 私はかつて横山さんに溺れていました。図書館派なもんで手に入れられる本は片っ端から読んでしまい、今は溺れたくても溺れない状況です。
 「第三の時効」は読みました。ラストの苦さを含めて面白かったですね。
 時効の件は初めて知りました。お詳しいんですね。確かに注釈は必要だと思います。
 
 横山さんの作品は「男の物語」というような感じもしますが、全くそれに抵抗を感じず読ませる力はたいしたものだと思います。

 早く溺れたいです。

投稿: おりえ | 2009年7月 8日 (水) 01時18分

こんばんわ。
また精力的な執筆に感服します。

これも読んでいませんがとてもおもしろそうですね。
とこさん、もしかしたら法学部ですか。
法律知識が的確ですね。
第3の時効は何か興味を惹きますね。
確かに殺人15年の時効は短いとわたしも思いますが、それが長い間続いたので的確な注は絶対必要でしょうね。
密室の抜け穴のような本格物も彼は書くのですね。
囚人のディレンマはタイトルからしておもしろそうですね。
半落ちの時も現実性でだいぶ問題になり林まりこ嬢がとくとくと批判していましたね。彼女は顔からして嫌いですが(^_^;)
あれは横山さんが正しかったと思います。

とこさん、いつもコメントありがとうございます。
レスを書いていますのでいつかご覧になってください。

投稿: KOZOU | 2009年7月 7日 (火) 04時44分

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