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2009年7月28日 (火)

私の好きなミュージシャン~中島みゆき編

 私は今現在50代のミュージシャンの頑張りに励まされています。

50代、決して遠くない私の未来は彼らのように動的だろうかと考えた時、どうしても頭を掠めるのは彼ら、彼女らなのです。

今は『ダサい』で済まされてしまう例えば、中島みゆきの歌詞を よく聞くとこんな光景は今でも大いにあると思えるはずです。みゆきさんは、1975年5月、財団法人ヤマハ音楽振興会の主催による第9回ポピュラーソング・コンテスト(通称ポプコン、現在のTEENS' MUSIC FESTIVAL)に「傷ついた翼」が入賞。同年9月には「アザミ嬢のララバイ」でキャニオン・レコード(現ポニーキャニオン)から晴れてレコード・デビューを果たします。そして、1975年10月の第10回ポピュラーソング・コンテストに「傷ついた翼」から急遽差し替えた「時代」によってグランプリを受賞。つづけて11月の第6回世界歌謡祭 でもグランプリを受賞した(「時代」は同年12月にセカンド・シングルとして発売)。

 これをきっかけにミュージシャンとしての実力をヤマハミュージックの川上源一Miyuki002に見出されました。その後みゆきさんは川上氏を現在に至るまで師父のように仰いでおり、彼女のアルバムには、今日に至るまで、スタッフが記載されたクレジットに「DAD 川上源一」と記載されています。ヤマハ育ちでも、ヒットが出ると離れていくミュージシャンが多い中で、彼女はヤマハをそのまま自分の拠点としている数少ないミュージシャンです。
 
 この70年代は、歌手としてのブレイク曲「わかれうた」が収録されていた1978年発表の4枚目のアルバム『愛していると云ってくれ』には「世情」という楽曲が収められています」。この作品は後年にTBS系ドラマ『3年B組金八先生』の劇中に使用されて大きな話題を呼び、シングル・カットされなかったにもかかわらずみゆきさんの初期の代表曲のひとつとなっています。なお、『親愛なる者へ』以降、1985年発表のアルバム『miss M.』までの8枚のスタジオ録音アルバムは連続でオリコンのアルバムチャートで1位を獲得しているのです。

 

 1979年、ニッポン放送『中島みゆきのオールナイトニッポン』(月曜1部)がスタートし、番組においての軽妙な語り口がリスナーのあいだで大きな人気を集めした。ユーミンとよく比べられていたのを覚えています。1980年代前半にはミュージシャンとして更に大きな人気を集めており、1981年のシングル「悪女」はオリコンのシングルチャートで自身2度目の1位を獲得し、翌1982年の年間チャートでも6位を記録。
、また、この曲のアルバム・バージョンが収録された1982年発表のアルバム『寒水魚』が同年のオリコンの年間アルバムチャートで1位を記録するなど、1981年から1982年にかけてはその人気はピークに達しました。1983年には柏原芳恵に提供した「春なのに」が大ヒットし、第25回日本レコード大賞の作曲賞を受賞したほどです。みゆきさんは多くの詩を他の歌手に提供し、その後、『おかえりなさい』でそれらの曲を自分で歌ってそれもまた、情緒があっていいなと思ったものです。

ところが、それ以降アルバム・セールスは下降線を辿り、1980年代中期から後期にかけてはサウンド・アプローチや作風そのものについてもひたすら模索する時代が続きました。当時みいゆきさんは、甲斐バンドの甲斐よしひろやクリスタルキングなどをプロデューサーに迎えてアルバムを制作したり、テッド・ジェンセンやラリー・アレキサンダーなどによるニューヨークでのミキシングなどに臨んでいました。また、1985年発表のシングル「つめたい別れ」ではスティーヴィー・ワンダーの吹くハーモニカを大々的にフィーチャーしています。後年になって模索に励んだ1980年代中期を振り返り、『御乱心の時代』と称しています。自らのレコード・セールスが伸び悩む一方で、職業作家としては工藤静香の「MUGO・ん…色っぽい」、「黄砂に吹かれて」などの作詞を担当しました(作曲は後藤次利)。

 そんな「御乱心の時代」は、1988年のアルバム『グッバイ ガール』のプロデュースを手がけた瀬尾一三氏との出会いによって収まることとなりました。みゆきさんにとって「これまで自分がやってきたあらゆるスタイルに対処してくれる」という瀬尾は適任らしく、それ以降現在に至るまでの全てのオリジナルアルバムでアレンジ、プロデュース、演奏に携わっています。1989年からは、瀬尾氏が音楽監督として名を連ねる演劇とコンサートを融合した舞台『夜会』をBunkamuraシアターコクーンで毎年12月に上演するようにまりました。

「夜会」はみゆきさんにとってのライフワークともいえる舞台となり、1998年に一旦、年一回の公演という形を終了し、その後は不定期で上演されています。一度でいいから行きたいねと兄(兄は熱狂的なファンです)と話しても何年経つことでしょう。札幌にはなかなか来てくれないですね。

 1990年代の日本の音楽業界では、テレビドラマやCMとのタイアップによってミリオンセラーを記録するシングルが後を絶えませんでしたが、その中においてみゆきさんも例に漏れず、「浅い眠り」をはじめとする3枚のミリオンヒットを記録しています。この3枚のいずれもテレビドラマの主題歌として起用された楽曲であり、なかでも安達祐実主演の日本テレビ系列『家なき子』の主題歌として書き下ろされた1994年の「空とMiyuki003 君のあいだに」は147万枚のセールスを記録しました。1983年発表のアルバム『予感』収録曲「ファイト!」との両A面扱いで発売されたこのシングルは、現時点での中島にとっての最大級のベストセラーです。また、この時期のアルバムはシングルほど芳しい成果を上げるわけではなかったものの、それでも1980年代後半よりも安定した成績を収めました(『EAST ASIA』から『パラダイス・カフェ』までの5作は全て20万枚以上のセールスとなっています)。1996年にはベストアルバム『大吟醸』がオリコンのアルバムチャートで1位を獲得し、日本における女性ソロアーティストのアルバムチャート1位獲得の当時の最高齢記録を更新(現在この記録を保持しているのは竹内まりや)。しかし、その後1997年から1999年にかけてのCDセールスは全体的に大きく伸び悩びました。

一方で、1989年から始めた舞台「夜会」に自身がかけるウェートはより大きくなり、1995年以降に上演されたものは書き下ろしの新曲を中心に構成される、より大掛かりなものへと変貌を遂げていきました。

 2000年には、NHKのテレビ番組『プロジェクトX?挑戦者たち?』の主題歌「地上の星/ヘッドライト・テールライト」が注目されました。このシングルは主にみゆきさんの作品にこれまで馴染みの薄かった中高年層のサラリーマンを中心に大きな人気を集め、最終的にオリコンのウィークリーシングルチャートTOP100に連続174週に渡ってランクインするという驚異的な記録を打ち立てたのです。

 中高年に応援歌のランキングを聴いたところ、『ファイト』がダントツだったというアンケート調査もあるくらいです。

女心を歌う歌手としてNO.1と言っても私じは過言ではないと思います。誰でも『化粧なんてどうでもいいと思っていたけれど、せめて今夜だけでも綺麗になりたい・・・』こんな思いをしたことがあるのは私だけではないはずです。女心を切々と歌ったかと思うと空、大地、銀の龍とテーマが大きく変ったり、でもよく聞くと弱きものが大きなものへ挑戦している姿だったりするところが彼女らしいと思うのです。

 確かに『根暗』といえるかもしれません。でも一度『夜会』を見てみて下さい。彼女がいつも歌う歌があるのですが、1秒たりとも音のずれがないことに驚くはずです。私はユーミンのほうが好きでしたが、最近じっくり詩を聞いて情けないくらい弱い女の部分を知らされたと思います。

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コメント

Very informative blog post.Really thank you! Want more.

投稿: orgy party | 2016年2月 3日 (水) 07時30分

こんばんわ。
中島みゆきさん、わたしのところでも掲載して重複でごめんなさい。
おかげで今回だいぶまた聞きました。
そして「歌姫」とか「アザミ嬢のララバイ」とか再認識。
ほんとになんでこれほど男の気持ちがわかると思います。
歌姫、「握り拳の中にあるように見せた夢をもう2年もう10年忘れ捨てるまで」、ずばりですね。涙が出ます(^_^;)
夜会も華麗なのでしょうね。
札幌ではないのですか。
まず先にと思いますけれどね。

投稿: KOZOU | 2009年9月 5日 (土) 01時10分

嬬恋で吉田拓郎さんと歌われた『永遠の嘘をついてくれ』には鳥肌がゾクゾクッっと立ったことを思い出します。
天才二人のオーラって画面からでも充分伝わって来ました。

私は同じ50代といえば『浜田省吾様』を神と崇めております。

投稿: じゃんぼおざき | 2009年7月30日 (木) 08時42分

こんにちわ。
こちらの豪雨ようやく峠を越したようです。

中嶋みゆき、懐かしいです。
今は「ダサイ」の一言ですまされるのですね。(^_^;)
力を入れず、脱力を気取るのが現代でしょうからね。ま、それだけまだ日本も余裕があるのでしょうね。ほんとに厳しい時代になればポーズも何もないとは思うのですけれど(^_^;)
彼女も詩がまたいいですね。
なかなかあのような言葉は出せないと思います。
わたしはやはりおじさん定番の「地上の星」や「わかれうた」、「ヘッドライト・テールライト」とかが好きですね。
ほんとに歌は当時の時代をまざまざと思い出させますね。
いい歌と一緒であったことは誇りです(*^_^*)

投稿: KOZOU | 2009年7月28日 (火) 12時21分

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