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2009年8月

2009年8月30日 (日)

私の好きな俳優~藤原 竜也編

 1997年 蜷川幸雄演出の舞台『身毒丸』主役オーディションでグランプリを獲得し、デビュー。バービカン・センター(ロンドン)での公演にて、「15歳で初舞台とは思えぬ存在感で天才新人現る」と大絶賛され、 翌年の凱旋公演でもその迫力を見せ付けた藤原さん。

 蜷川幸雄氏にとって無くてなならない存在になっていきましたね。

【舞台】                                   

「身毒丸」(蜷川幸雄演出)1997(英国)、1998、2002年       Tatuya001     
「大正四谷怪談」(栗田芳宏演出)1999年
「唐版 滝の白糸」(蜷川幸雄演出)2000年
「近代能楽集~弱法師~」(蜷川幸雄演出)
  2000、2001年、2005年ニューヨーク
「身毒丸 ファイナル」(演出:蜷川幸雄)2002年
「エレファント・マン」(宮田慶子演出)2002年
野田地図第九回公演「オイル」(野田秀樹演出)2003年
「ハムレット」(蜷川幸雄演出)2003年
「ロミオとジュリエット」(蜷川幸雄演出)2004年
「天保十二年のシェィクスピア」(蜷川幸雄演出)2005年
「ライフインザシアター」(ポール・ミラー演出)2006年
「オレステス」(蜷川幸雄演出)2006年
「ロープ」(野田秀樹演出)2006年~2007年
「ヴェニスの商人」(グレゴリー・ドーラン演出)2007年
「身毒丸 復活」 (蜷川幸雄演出)2008年
「かもめ」 (栗山民也演出)2008年
「ムサシ」 (蜷川幸雄演出)2009年

これだけでも藤原さんの魅力全開なのですが、ここまで蜷川氏が彼にこだわるのは何故なのか最初は解りませんでした。

でも舞台のDVDを観て、理屈ぬきで素晴らしいと思いました。日本物も洋物も蜷川氏と藤原さんのタッグを、組めば魅了されない人はいないはずです。
 最近、小栗旬くんもこの世界に足を踏み入れたようで、でも2人は仲がよく、『ムサシ』は楽しみにしていました。

 まるで時代劇の映画が始まるというようなイメージで開演した「ムサシ」。

大きく真っ赤な太陽を背景に「佐々木小次郎(小栗旬)」は「舟島」の浜辺で「武蔵(藤原竜也)」はまだ来ないのかと待っている。「小次郎」のじりじりとした苛立ちをこの太陽で表しているかのような演出。平静さを失っていた「小次郎(23歳)」は「武蔵(29歳)」に一撃のもとに倒される。第一場はいわゆる「巌流島」の戦いの場面でした。今回の井上「ムサシ」はこの決闘から6年後に鎌倉にある小さな宝蓮寺での参籠禅の3日間の話です。

舞台は禅寺、竹林、法話、座禅、読経の声、能(謡、舞、役者のすり足の動作)、嗅ぎ茶(聴き茶)、歌舞伎の拍子木音、笛の音、幽霊、狸と兎の童話「かちかち山」の挿入など日本的な文化や精神や童話を取り入れて進行されています。

 寺で修行をしていた「武蔵」に果し状を持って「小次郎」がやってきました。「小次郎」は死んでいなかったのです。6歳違いの二人が6年後にあわや再決闘というストーリーの中にこの劇のテーマが潜んでいると思いました。

 何場でどの様な言い回しだったか忘れまさしたが宝蓮寺に招かれていた「大徳寺の沢庵和尚(辻萬長)」が「小次郎」と「武蔵」に向かって、「何のために剣術修行をするのか」と尋ねた場面で「小次郎」の「一番になるため」との答えと「武蔵」の「相手がいるので」との答えに対し沢庵和尚が二人に愚か者と叱咤しました。

 作者井上ひさし氏は現代の競争至上主義や人を危めることに対し怒りをぶつけたのではないか思います。
また「沢庵和尚」は「人がどうしても人を斬らねばならない三条件は、自分の欲からでなく、怒りからでなく、おろかでないこと」と諭します。この三条件をクリア出来る人などいないので、結局は刀を抜くことはありえない。この三条件は仏教の三悪の「欲」、「怒り」、「無智」を意味しているのでしょう。

 「筆問屋の主人(鈴木杏)」の父の仇打ちの場面で、「筆問屋のTatuya002 主人」が「うらみがうらみを呼ぶので仇討をやめる」と宣言。
過去や現在の戦争でのうらみの連鎖による色々な難問題への作者の提言なのではないでしょうか。うらみを断ち切ることは非常に難しいことですが、誰かが決断しなければならないのです。

 この場面は「武蔵」と「小次郎」への決闘中止の示唆でもあると思いました。

「かちかち山」に関しては狸が兎を追い掛けて一刀両断で「ウサギ」を真っ二つに切ったら「ウ(鵜)」と「サギ(鷺)」になり空遠く飛び立って行ったというセリフが場内を笑わせました。
 
 これは「武蔵」と「小次郎」が決闘をやめ辺鄙な土地へ別れて行くエンデイングのイントロだったのでしょうか。単なる笑いをとるセリフとは思えません。それとも他の意味があったもでしょうか。「武蔵」が地方で農業でもやると旅発つことや「小次郎」も地方へ旅発つことは、現在の日本の地方分権や農業振興を意図していると思うのは勘ぐりすぎでしょか・・・
 今回の「ムサシ」はエンターテイメントとして非常に面白かったです。人を殺しあうというシリアスなストーリーに笑いを入れた喜劇。

 特に笑えたのは、二人の決闘を阻止しようと「柳生剣法の柳生宗矩(吉田鋼太郎)」、「沢庵和尚」、「坊主の平心(大石継太)」が「武蔵」、「小次郎」も含め5人6脚で動き回る場面や「筆問屋の主人」の父の仇打ちのために「小次郎」に剣術を学ぶ場面での「武蔵
」、「柳生宗矩」、「沢庵和尚」、「平心」、「材木問屋の女将(白石加代子)」、「筆屋の下男の忠助(堀文明)」がタンゴの音楽に合わせ動き回る場面でした。これらの場面は5回目の公演とは思われないくらいにみんなの息があっていたそうです。
脇役の「白石加代子」、「吉田剛太郎」の演技が光りました。また「鈴木杏」の発声も良かったですね。

 今回の中越 司の美術はシンプルでしたが日本人の心に訴えるものでした。特にたくさんの竹が舞台上を動きながら禅寺が現れてくるシーンは幻想的でした。また、舞台でのやりとりの転換時における風に揺れる竹と効果音のハーモニーがすばらしかったです。

『デスノート』でも話題になりましたが、こんなに若いのにやってくれるな、ムサシ!というのが本音です。これからもいい俳優として活躍を期待してやみません。

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2009年8月28日 (金)

私の好きな音楽家~ヨーヨー・マ

 バッハ 無伴奏チェロ組曲第1番から前奏曲 ヨーヨー・マ

 例のごとく兄に勧められて聞いたヨーヨー・マ。何故こんなに癒されるのか不思議な気持ちに陥ったことを思い出します。  

 1976年に、ハーバード大学を卒業、人類学の学位を取得。ジュYoyoma001 リアード音楽院でレナード・ローズと共に学んでましたが、教師に「君に教えることはもう何もない」といわれ、コロンビア大学を経てハーバード大学に入学したという逸話があります。それでも1970年代にパブロ・カザルスの偉大さに触れるまではまだ学習を続けるべきか否かを迷っていたといいます。

 1983年にバッハのチェロ組曲を録音。1994年-1997年にかけて再録音を行いました。室内楽にも熱心であり、ジュリアード音楽院時代から親密にしていたピアニストであるエマニュエル・アックスと共演しています。

 1991年にハーバード大学から、名誉博士号を授与されました。
2000年、テレビドラマザ・ホワイトハウス(原題:The West Wing)に本人役で出演と言うお茶目な目な面もあります。
 2009年、バラク・オバマの大統領就任式典にて演奏したのは有名ですね。しかし実際に会場にスピーカーで流された音はリアルタイムのものではなく、事前に録音されたものであったことがわかり、各方面で賛否両論の声が上がりました。式典当日の気温は氷点下であり、その寒さのために楽器の音程が狂う恐れがあったため、録音を使用したそうですが。ただし、演奏そのものは実際に行われました。

 TV-CMへの出演で、クラシック・ファン以外にもすっかり人気となった、現代を代表するチェリストの一人。傑出した技巧、色むらのない豊かな音色で、叙情に溢れる感傷性、洗練された美しさ、深い表情を、自在に歌い上げています。レパートリーも広く、バロックから現代にまで及びますが、近年はプロコフィエフやショスタコーヴィチといった近現代のロシア作品に重きを置いているようです。

そしてソロと並行して室内楽にも力を注いでおり、スターン、アックスなどと共演、高評を得ています。その他、クラシックの枠にとらわれず、ジャズ・ミュージシャンや、舞踊家などとも共演、またタンゴ演奏はCFでもおなじみとなり、CDは爆発的な売り上げを記録しました。

ヴァイオリニストの父とメゾ・ソプラノ歌手の母のもと、1955年パリに生まれ、6歳でパリ大学芸術考古学研究所にてリサイタルを行いデビュー。62年に家族で渡米し、ジュリアード音楽院でヤーノシュ・シュルツ、レナード・ローズに学びました。63年バーンスタイン指揮のテレビ番組に出演した後、アメリカ各地でコンサート活動を始め、アメリカの主要音楽祭にも参加。77年からはヨーロッパにも活動の場を広げ、ベルリン・フィル、ウィーン・フィルなど一流オーケストラとも共演を果たしているのです。

 もう、50歳半ばなんですが、名前が広く知られるようになったのは、確か、2000年代になってからですが、クラシック以外でも、エンニオ・モリコーネと共演したり、ブラジル音楽やったり、ピアソラ弾いたりした頃から好きになりはじめました。

 「シンプリー・バロックⅡ」は、とても穏やかで上品で謙虚なイメージで、きっと彼の人柄もこういう感じに違いない、と思ってしまうような演奏です。最後の2曲 「チェロ協奏曲」はポッケリーニの曲で、その他はバッハの曲。どれも仰々しいタイトルがついていますが、聞くと絶対に病みつきになること間違いありません。ただ部屋に流しておくだけで、とにかく心癒されます。

聴き覚えのある曲は、「G線上のアリア」と「マタイ受難曲」などでしょうか。ハイドン:チェロ協奏曲第1番&第2番/ボッケリーニ:チェロ協奏曲変ロ長調もいいですよ。

 ヨーヨー・マは、2000年の8月6日に広島で演奏しているんですね。自らのコンサートのため広島入りし、この日は平和記念式にも参列。
前日には広島平和記念資料館(原爆資料館)を見学ししたそうです。核被害の悲惨さに「何度見ても心を揺さぶられる」といい、「音楽は過去と未来をつなぎ、過去の苦しみをいやしもできる。その“いやし”を表現したい」と飛び入りを決めたそうです。 そういうところが、またたまりません。

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2009年8月22日 (土)

私の好きな演出家~蜷川 幸雄編

 今や押しも押されんぬ人物、蜷川氏。

俳優として活躍していましたが「自分は演出に向いている」と悟り劇団を結成し演出家に転向。アングラ・小劇場運動盛んな時期に演出家としてデビューし、若者層を中心に人気を集めました。70年代半ばから商業演劇に活動の場を移し、大劇場でのダイナミックな演出で話題作を次々と発表。90年代以降は中劇場の空間を好んで使っています。

 演出作品は、清水邦夫、唐十郎、井上ひさし、野田秀樹、岩松了Ninagawa_001 などの現代劇から、ギリシャ悲劇やシェイクスピア、チェーホフなど海外の古典・近代劇に至るまで、多岐にわたります。鮮烈なヴィジュアルイメージで観客を劇世界に惹き込むことを得意とする、現代日本を代表する演出家のひとり。海外でも評価が高く、「世界のニナガワ」とも呼ばれています。

 起用する出演者はトップスターや実力派俳優から人気アイドルまでと幅広く、意表をついたキャスティングで話題を呼んでいますね。

  短気な気質であり、俳優指導の厳しさでも知られ、世間一般的には「灰皿を投げる」スパルタ演出家のイメージが強かったのですが、現在は煙草を吸わないため、灰皿は投げないけれど、ごくたまに履いている靴などを投げたりすることはあるといいいます。

 俳優を稽古中に、「馬鹿」「ブタ」「死ね」「鼻くそ」「不感症」「でくのぼう」などと罵倒することもあるめ、敬遠する役者さんもいるそうです。

 しかしその厳しさの一方で人情的で心優しく『周りにだけでなく、同様に自分に対しても厳しい』姿勢で仕事をするため、数多くの俳優やスタッフから慕われています。

 現代演劇のフィールド外でも、小澤征爾の指揮による歌劇『さまよえるオランダ人』、宇崎竜童作曲によるミュージカル『魔女の宅急便』を演出しています。尾上菊之助の依頼を受け菊五郎劇団と組んだ歌舞伎『NINAGAWA十二夜』では、「歌舞伎国へ留学する」(本人談)と明言し、照明家と作曲家を除いては常連スタッフを起用せず、ほぼ単身で作品創りに臨みました。

演劇作品以外にも、映画、テレビドラマ、コンサート、ファッションショーやストリップショーなど、様々な媒体での演出を手掛けてます。 また、エッセイ集も出していますが、自身は、文章を書くことは楽しくはないが断れずにやっている、といいます。

 演出家の蜷川幸雄氏が脳梗塞を患っていたことがあり、蜷川氏によると、体調の異変を感じたのは朝だとか・・・。
「右足がグニャっとなる違和感を覚えた。直感的に嫌な予感がした。自分で(医師に)電話したら即入院。早かったから後遺症もなしです」と驚異的な回復力で仕事復帰しています。

重い後遺症が残りかねない箇所近くの毛細血管に病巣があったそうで1週間入院、治療に専念していました。
6月6日の新橋演舞場「NINAGAWA 十二夜」の舞台げいこ時の記者会見は体調不良を理由に欠席。
6月25日に行われた上演9時間の舞台「コースト・オブ・ユートピア」製作発表では何事もなかったように元気に振る舞っていました。

日本で一番忙しい演出家は、神経を酷使する日々で過去に十二指腸と胃の潰瘍で吐血(89年)、心筋梗塞(97年)、腹部大動脈瘤(2001年)の大病歴があり、ほぼ全快した時点で病気を告白していますが・・・

「この通り、ピンピンしています」と何事もなかったかのような元気な笑顔。
「酒やたばこはやらないが、今までは好き勝手にカツ丼や天丼ばかりを食べていた。でも、今は野菜サラダの日々です。情けない…」と笑わせていとそうです。

イギリス人に、シェークスピアを演出させたら誰がベストかと聞けば、必ず上位3人に名を連ねる日本人演出家・蜷川幸雄。シェークスピアの全37作品を全て日本で上演すると決め今現在格闘中の蜷川幸雄氏。

 シェークスピアの何が、蜷川氏をこれほどまでに駆り立てるのか?その秘密を探るために、蜷川氏は、悲劇「ロミオとジュリエット」でヒロイン・ジュリエットを熱演した女優・鈴木杏と共にシェークスピアゆかりの地を訪ねました。また、蜷川氏のシェークスピア作品に出演した名優たちがオールキャストで蜷川伝説の数々を語って蜷川氏の演出の秘密とその素顔をひもといてゆくと・・・・

 蜷川氏は鈴木杏と共に「ロミオとジュリエット」の舞台になったイタリShekusupia001 アの古都ヴェローナに旅立つ。何度もこの作品を演出している
蜷川氏ですが、彼にとっては初めての場所。以前、訪れる機会があったが敢えて拒否した町なのでした。実はシェークスピアもヴェローナには一度も行っていなません。それでも、ここを舞台に「ロミオとジュリエット」を書いたのです。二人はシェークスピアと蜷川には似ているところが多いことに気付きませんか?
 

 ここヴェローナの町にはなんとジュリエットの墓があり、バレンタインの日には世界中から、ジュリエット宛に1000通を超える手紙が届くといいます。二人は墓のあるカプチーニ修道院を訪ねました。
 
 そのほか蜷川の発想の源であるフィレンツェ、シェークスピアの祖国イギリスでは生誕の地ストラトフォードをはじめ、シェークスピアの墓などゆかりの地を訪ね、シェークスピアの墓標の前に立って、二人はあることに愕然と……
 
 プロデューサーからのひとこと:(熊谷信也)
 そもそも、彼の世界的名声を決定的にしたのは1998年ロンドンのバーヴィガン劇場で行われた真田広之、松たか子主演のシェークスピア「ハムレット」であった……
演出家・蜷川幸雄はコワイ。稽古場では尚、コワイ。しかし役者の信頼は厚い。70歳にして女優にも男優にも大いにモテている。なぜか?
東京では蜷川作品にかかわりのある女優男優陣が、蜷川幸雄のコワサと優しさ、門外不出のエピソードを語り、ヨーロッパでは女優鈴木杏を旅のともに、過去に語ったことのない、自分のこと、家族のこと、演出のこと、発想創作の原点を蜷川自身がシェークスピアゆかりの地で語ります。人間蜷川幸雄の狂気と愛情にふれることができ……やはりコワイ----これじゃ解らないですよね(笑)。
 
 以前、NHKBS-hiでは「蜷川幸雄特集DAY」があり、舞台2本、ドキュメンタリー1本の計6時間が放送されたそうです。観たかった
・・・

 NHKはかなり蜷川氏の秘蔵映像を持っているようですね、また放送して欲しいです。

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2009年8月20日 (木)

久々に読んだ作品~『壺霊』

 私がミステリを読むきっかけとなったのが内田康夫氏の浅見光彦シリーズでした。かなり読んでからドラマで、光彦役を水谷豊さんが演じているのを見て嬉しくなり、ずっとファンだったのですが、水谷さんの服装が光彦らしくないと言うクレームがどこからかきて、日本テレビでの放映は中止。代わりに他チャンネルでこぞって浅見光彦シリーズ、信濃のコロンボシリーズとやるようになって、いつしか 私は内田先生の作品は読まなくなってしまいました。

 ところが風の便りで『壺霊』はいままでとは違う!と聞かされ、頭Hirosi001 の体操程度に思って読み始めました.

 舞台は京都。代々伝わる高価な壺を手に、老舗骨董品店の女将が姿を消した。秋の京都を取材で訪れていた浅見光彦は、彼女と壺の行方探しを頼まれます。その頃、清水寺の裏手で女性の他殺体が発見され……。
 
ヒロインの父・伊丹勝男が光彦に言います。「京都の女は怖いですよ」と。

 今回の浅見光彦は、謎のスポンサーのご指名により、京都・高島屋デパートにあるダイニングガーデン京回廊の全店舗の料理を紹介する記事を書くよう依頼を受けますそして、同時に兄の陽一郎直々に、京都の老舗骨董店・正雲堂の嫁の失踪と高麗青磁壺の紛失事件の解決に尽力するよう頼まれるのです。

 家出した旧家の嫁と、無くなった『紫式部』という名の高価な壺。その壺の名付け親の不審な死・・・殺されてしまう彼の隠し子・・・
京都を舞台に名探偵、浅見光彦が例によって、その謎を解いてゆきます。

上巻は、ゆったりと進みます。調査依頼した方も非協力的で、浅見も強引には進めようとしません。

下巻に入って、刑事と協力するようになって展開が早くなり、めざましく進展します。全体に文章は読みやすく、安心して物語を楽しめる上下巻あわせて650ページ近くの長編ですが、長いという感じがしませんでした。
 

 巻末を見ると、京都新聞に連載されたものだと解りますが、新聞連載のためか同じことの説明が何度も繰り返されるのが少々飽食感。
重複する所がいくつかありクドイ感じもしますが、これは内田先生らしさかもしれません。

ダイニングガーデン京回廊の仕事は付け足しのようになってしまうし、光彦の事件への取っ掛かりになる安井金比羅宮「縁切り碑」の形代(伊丹佳奈が失踪する原因と考えられたもの)が、実は伊丹夫婦の作り物であったとか、少々興醒めなトリックもありますが・・・

 京都通でないとなかなか知らないような場所やエピソードが物語に効果的に絡んでいて、内田作品ならではの、ひと味違うご当地ミステリーを楽しむことができます。今回面白いのは、推理に自信を持って事件の関係者と対決する浅見が、どういう目に遭うかです。

これまでどちらかというと、神懸かり的な推理力で事件を解決してきた印象のある名探偵ですが、今回ばかりは少し空回りします。

しかも、20歳そこそこのヒロインから40代の魅力的な女性まで、京女に翻弄されっぱなし。寂光院の放火事件や祇園祭での事故など、本当の事件もふんだんに出て来て、内容は盛りだくさん。読者は浅見さんとともに、京の町家暮らしやグルメを味わううちに、事件の謎を追い、意外な犯人にたどり着く……内田ミステリの王道的作品だと思います。

 読者は、我らが次男坊光彦とともに、京の町家暮らしやグルメを味わううちに、事件の謎を追い、意外な犯人にたどり着くでしょう。

下巻の終りに入っている小林由枝さんの「京都空想迷路」も面白く、ちょっとしたガイドブックとしても楽しめます。

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2009年8月19日 (水)

私の好きな作品~『火宅の人』

私は銀座の酒場の酒を浴びるように飲んで、禊ぎたいのである。この火宅の夫は、とめどなくちぎれては湧く自分の身勝手な情炎で、我が身を早く焼き尽くしてしまいたいのである。しかし、かりに断頭台に立たせられたとしても、我が身の潔白なぞは保証しない。

いつの日にも、自分に吹き募ってくる天然の旅情にだけは、忠実でありたいからだ。
それが破局に向かうことも知っている。
 かりに破局であれ、一家離散であれ、私はグウタラな市民社会の、安穏と、虚偽を、願わないのである。かりに乞食になり、行き倒れたって、私はその一粒の米と、行き倒れた果の、ふりつむ雪の冷たさを、そっとなめてみるだろう。

                                               - 檀一雄 『火宅の人』-

「最後の無頼派」檀一雄の代表作です。自分自身をモデルに放蕩を重ねる「火宅の人」。
 

「最後の無頼派」檀一雄の『火宅の人』といえばずい分と前から名前は知っていました。ところが初めて本を読んでみて、イメージと内容との違いに随分とびっくりしてしまいました。

読む前のイメージといえば、放蕩を続ける男の破滅的な物語だPikaso と思っていたのですが
、まるで逆の実に繊細ともいえるような、細やかな内容と言っていいと思います。

確かに内容として「桂(檀)一雄の破滅的な人生」を取りあげているのに間違いはないのですが、実に丁寧に自分の心情が吐露されています。それは単純な独白だけではなく、行動による表現も含まれています。
 

  年譜のように行動を羅列し遠目で見てみると単なる異常な男に見えます。少なくとも今の日本の常識では全く推し量ることのできない変人でしょう。しかしこの小説『火宅の人』からは「変人」という一言の枠の中に押し込むことのできない一人の本当の人間の姿が浮かび上がってくるのです。変人・わがまま・身勝手という言葉とはむしろ反対の、小心で正直な人間の姿です。 

 この作品は描いている内容的にいわゆる「私小説」と比較されやすいのではないかと思うのですが、そういう点で暴露的・俗悪的なレベルでいうところの「私小説」とは大きな違いがあります。著者の言葉(解説より)によると「私小説というみみっちい小説形態を存分
に駆使して、それこそロマンよりも大きなロマンにしてみたい」、桂一雄という一人の人間によるもっと「大きなロマン」が見事に描けていると思います。

 それはやはり単なる暴露的な物語ではなく、人間そのものが丁寧に、しっかりと描かれているからなのでしょう。
 とにかくこれは実に優れた小説だと私は思います。「豪放磊落」という小説の外見のイメージとはかけ離れている、という点が非常に面白いとも思うのです。

『火宅の人』というタイトルの持つイメージに対する野次馬的な興味でも、ぜひ一度読んでみることをおすすめしたい作品です。

 何はともあれ、生きると云うことは愉快です。或いは、愉快に生き抜くと云うこと以外に、格別な人間の道はないように思えてくるから不思議です。かりにそれが惑いであっても、槿花一朝の夢であっても、徒労の人生ほど、私にとって愉快なものはないと思えてきます。
花は咲いて、しぼんで、また咲く・・・。花はもとの花ではないかも知れないが、それでも、花は、それぞれに、精一杯に咲くでしょう。そんな気持ちにさせてくれた久々の一級の作品でした。

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2009年8月17日 (月)

私の好きな作品~『夜明けの街で』

 またまた東野さんの登場です。『容疑者Xの献身』は言葉どおり献身的な石神さんと言う一人の男性のあくまでも献身的な愛で形作られたわけですが、この『夜明けの街で』は全く石神さんの対極に位置する約どころの男性が主人公です。これはいったいどういうことか東野さんのインタビュー記事から抜粋します。

 軽快な語り口、ミステリとラブストーリーの画期的な融合は東野圭吾さんの新境地。そこには主人公らの成長や家庭の崩壊と再生の過程、また男性の浮気に対する賢明な対処法などを読み取ることもできる、奥行きのある作品です。

 時効を間近に控えた殺人事件の真犯人は一体誰なのか? とJannsenn081 いうミステリと初めての不倫の恋にのめり込んでいく中年男性のラブストーリーをひとつの作品に詰め込もうと思われた経緯から教えて下さい。

東野: 「僕はサザンオールスターズの『LOVE AFFAIR ~秘密のデート~』がすごく好きで、あれをカラオケで歌っている時に“この世界を小説にしたいな”と思ったんです。あれは不倫の歌なのに少しもドロドロしてなくて、さっぱりとした感じがある“この主人公はどんなヤツだろう? どんな不倫をしてるんだろう”と興味が湧いたわけです。5、6年前かな。で、あの歌、歌い出しが“夜明けの街で”なんですよ」

―― 確かにそうですね。

東野: 「それともうひとつ別に“愛している人間が犯罪者だったらどうなるだろう”という話を書きたいなというのがあって。でも“犯罪者だった”や“犯罪者です”だと、答えは結構絞られそうな気はするんですよ。それで“犯罪者かもしれない”という場合はどうなんだろう、と。あと、犯罪者だとわかって捕まっちゃったら、もう絶対に別れなければいけないけど、時効がきたらどうなのかな、とか。
  そういういろんな要素を含んだものを書きたいな、という気持ちもありましたね。まあどっちにしても“犯罪者かもしれない人間”を愛するからには、その気持ちは相当強いものだろうし、気持ちは燃え上がっている。気持ちが燃え上がるのは、二人の間に障害があってこそ生まれてくる。それで不倫だな、と。そういうことから、そのふたつの世界をくっつけてみようと思ったわけです」

―― “新しい試み”書き進めていく感覚もいつもとは違うものだったわけですか?

東野: 「今までとは全然感覚が違いました。いつもとは全然違うことをやるんだ、という意識も最初からありましたしね。文章の雰囲気も、これまでとはずいぶん違う。実を言うと最初に書き出しの“不倫する奴なんて馬鹿だと思っていた”から原稿用紙三枚分くらいを書いて、担当の編集者に見てもらったんですよ。『こんな感じで書こうと思っているんだけどどうだろう?』って。そんなこと、今までしたことがない。だからやっぱり、こんな調子で書いちゃって大丈夫かいな、という不安があったんですよ」

―― “ふあん”ですか?

東野: 「ええ。恋愛感情をここまで中心に持ってくるのも初めてでしたからね。『容疑者Xの献身』のように、理屈抜きにこいつはこの人に惚れている、というところからスタートできれば問題はないんだけど、徐々に惹かれていって、のめり込んでいって…というのも、今まで書いたことはない。しかもそれをメインにして15年前の殺人事件と重ねなくてはいけないとなると・・・。これは普通の書き方でいったらしんどいな、と思ってました。主人公のキャラクターが最初に頭にあったので、そんなに重たい書き方にしたくないという気持ちも、強かったですからね」

―― 新たな試みの成果が本となって書店に並びます。今の気持ちを教えてください。

東野: 「この作品が成功するかどうか、全然わからなかったし、現実に成功してるかどうかも自信はないです。ただ、明らかに今までにやったことがないことをやったんで、『ちょっといつもと違うな、でも悪くないな』と思ってもらえたらいいな、と思ってはいます。男性と女性で読み方は違うだろうと思うし、同じ男性でも若い人と年寄りとで違うだろうし、女性も独身か既婚か、また不倫の経験が有る無しでも違うだろうし。どんな反応が来るか、楽しみですね」

とおっしゃっておられました。

 あらすじは、渡部の働く会社に、派遣社員の仲西秋葉がやって来たのは、去年のお盆休み明けだった.僕の目には若く見えたが、彼女は31歳だった。その後、僕らの距離は急速に縮まり、ついに越えてはならない境界線を越えてしまう。しかし、秋葉の家庭は複雑な事情を抱えていた。両親は離婚し、母親は自殺.彼女の横浜の実家では、15年前、父の愛人が殺されるという事件まで起こっていた。殺人現場に倒れていた秋葉は真犯人の容疑をかけられながらも、沈黙を貫いてきた。犯罪者かもしれない女性と不倫の恋に堕ちた渡部の心境は揺れ動く。果たして秋葉は罪を犯したのか。まもなく、事件は時効を迎えようとしていた・・・.

 この本、私は「一粒で2度美味しい」本だと思います。
まもなく時効を迎えるある殺人事件をめぐった正統派のミステリJannsenn015 ーであり、主人公が不倫の恋に落ちた相手はその事件の容疑者・・・・という、苦めの恋愛小説でもあります。

 主人公・渡部は40歳前,当初は不倫を軽蔑する姿勢をとっていますが,秋葉に興味を持ち,一線を越えてしまいます.自分が築き上げてきた家庭を壊すことに躊躇いを覚えつつも,徐々に秋葉との関係に溺れていきます。一方で、ある瞬間からの秋葉の決意(開き直り?)には及び腰になる一面も。
「あたしはあなたを自分のものだと思うことにしたから」・・・
不倫中の女性にこんなこと言われたら及び腰になりますね…不倫にのめりこむ過程,妻をどうやって騙すかという工夫,そして妻バレを恐れる男性.恋愛小説というよりブラックコメディとしても読めるかもしれません。ラストは男性なら背筋が凍ります。

「男は優しいのではない、ずるいのだ!」と読めるリアル辛辣なメッセージにはゾッとするし、中年男性が恋に夢中になる様は、実に鋭く描かれています。

 これは、ミステリーと思って読むと期待はずれになると思ますね。 2人の出会いも、不倫の恋も、これといって特別に変わったことはなく、言い換えれば誰にでも起こりそうなことです。 だからこそ物語に入り込みやすかったのかもしれません。

 東野作品の良さはキレイごとがないことであると私は思うのですが、 これもものすごく純粋な不倫(恋愛)を書いているのに、そこに男の狡さ、女のしたたかさ、強さ、そういうものもちゃんと入れ込まれてあり、なるほどその通りといちいち納得しながら読みました。

  結婚に夢見てる女性にはお勧め出来ない作品かもしれませんね(笑)。

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2009年8月15日 (土)

私の好きな画家~ジャン・ジャンセン

 ジャンセンは私の好きな現代作家の一人であり、これまでも挿絵として使わせていただいてきましたが、それがジャンセンという画家の作品とは気にもかけずに、ただ気に入った絵としていろんなギャラリーや美術館のサイトから見つけて保存していたものでした。

 それが私のブログを観てくださっていた方に何と言う画家の絵ですJannsenn013 か?と聞かれ、思わず息をのみました。こんな素敵な絵を描く画家のことを私は何も知らなかったのです。そこでネット上のあらゆる方面から調べ、有名な画家である事を知らされました。

 ジャンセンが描いた、生物画に、裸婦に、ダンサーに、魅了され、時間の経つのを忘れてしまいました。特に、ダンサー達の、華やかな舞台に立つまでの、レッスン場での、迷い、悩み、悲しみを抱えながら、自分自身と闘っている姿を捉えている絵からは、彼女達の心情が伝わって来るようで、胸が痛くなりました。
 

ジャン・ジャンセン(Jean Jansem,1920年 - )はフランスで活躍するアルメニア人で、 卓越したデッサン力により様々なコンクールで受賞を重ね、現在に至っています。 日本では1993年4月24日、安曇野に世界で初めての彼の美術館「安曇野ジャンセン美術館」が開館しました。 また、アルメニア大虐殺のシリーズを描いた後に画家としての功績が認められ、フランスのレジオンドヌール勲章と故国アルメニアの国家勲章を受章した素晴らしい画家です。

『人はひとりでは生きていけない。しかしその事実を描いた画家はまだ数人だけだ。1966年の国際形象展。ジャン・ジャンセンは”踊り子”を出品して人気画家に迎えられた。繊細な線描表現と、華麗に落ち着きのある色彩。そして踊り子の表情の聖らかさが胸を打った。流浪の民俗アルメニア人として、また戦渦のパリに青春を過ごしたひとりとして、愛の孤独が深く刻み込まれているからだ。
  画家は言う。「私は幸福を探さない」と。
   テーマはプロセッション(宗教行列)、闘牛士、マスカラードと変っていったが、純朴な人間達の魂を追う姿勢はさらに深まった。今、時代はジャンセンという声が世界中に響き始めた・・・・。』

このようにプロフィールを紹介されていたのを読んでまさにそのJannsenn011 通りだと思いました。

            =ジャン・ジャンセン略歴 =
1920年
小アジアのソールーズに生まれる。ギリシャのサロニカで少年時代を過ごす。11歳でフランスに渡り絵を描き始める。
1938年
パリ装飾美術学校を卒業。モンパルナスのデッサン学校ラ・グランド・シュミエールや様々なアトリエを訪れ絵の勉強をする。
1939~46年
サロン・ドートンヌ展、サロン・デ・アンデパンダン展、サロン・デ・ チュイルリー展、エコール・ド・パリ展、時代の証人画家展に
出品。
1946~48年
アカデミー・グラン・シュミエールに通い様々な画家と親交を深める。
1958年
サロン・デ・ジューヌ・バンチュールの会長に推される。サロン・ドートンヌの会員となる。メキシコのコンパレゾン賞を受賞。
1966年      
ベニスを訪れ運河を描く。国際形象展に招待出品を受ける。以後'86年まで19回出品。
1967年~
パリ、パームビーチ、シカゴ、東京、ヨハネスブルク、大阪、アントニー等で「ベニス展」「ダンス展」「闘牛展」「デッサン展」「
過ぎ去った時展」「風景展」「イタリアの風景展」「仮面舞踏会展」「マスク展」「回顧展」「石版画展」「宗教行列展」「パステル
・グワッシュ・デッサン展」「カーニバル展」等を開催。
1996年
安曇野・東京・大阪で「愛と哀しみを描いて60年」展開催。
2002年4月
祖国アルメニアに招待を受け、アルメニア正教の生誕1700年を記Jannsenn110 念し同国立美術館にて大々的に「虐殺展」を開催。アルメニア国家勲章(カラヤン/シラク大統領に続き三人目となる)を受章。(当館館長も同行)
2003年
フランス国家勲章、レジオン・ド・ヌール勲章を受章。
*ジャンセン本人が『生あるうちに必ず描きたい』と言い続け実現した、アルメニア大虐殺を描いたシリーズの展覧会。開催期間アルメニア国立美術館前には連日長蛇の列が出来、国をあげた凄まじいまでの反響がありました。また、この展覧会はパリでも開催
されシラク大統領もご覧になりました。

 光と翳の詩人。 自然を愛し、また自然であることをこよなく愛する画家『ジャン・ジャンセン』の世界は素晴らしいにつきます。

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2009年8月12日 (水)

私の好きな俳優たち~笠 智衆編

 忘れ難い俳優さんの中の一人、笠さん。誰もが温厚なおじいさん役として心に残っている事でしょう。

小津安二郎監督の『一人息子』(1936年公開)でまだ32歳だったのに初めて老け役を演じ、好演。この老け役の成功が、笠の俳優としての地位を築くものとなりました。そして『父ありき』(1942年公開)では小津作品で初の主役を演じました。『Ryuutishuu_003 若人の夢』に出演後はほとんどの小津作品に出演していた笠さんですが、極度に感情を抑え、淡々とした語り口という日本人の「父親」としての役どころは、この作品が原点です。以後、小津さんの遺作となる『秋刀魚の味』まで主役・脇役を問わず、すべての作品で重要な役を演じています。

 小津氏亡き後は山田洋次監督作品の『男はつらいよ』シリーズに出演し、御前様として知られるようになります。第40作からは出演シーンも少なくなったものの、亡くなる直前まで出演した『男はつらいよ 寅次郎の青春』が遺作になりました。出演としては第45作が最後ではりますが、第46・47作では劇中で御前様が生きているとの言及があります。

  またテレビドラマにも出演し、山田太一氏が「笠さんに主役を演じてもらいたい」(NHK笠智衆の追悼番組より)として書き下ろした『ながらえば』、『冬構え』、『今朝の秋』に主演、高い評価を受けました。なお、『今朝の秋』放映時笠さんは83歳で、現時点でテレビドラマで主役を演じた最高齢の男優でもあるのです。

 『今朝の秋』は、今は亡き 笠智衆。杉村春子。体の元気な樹木希林。若くて美しい倍賞美津子・・・と豪華な俳優陣。

脚本(山田太一さん)が良くていい演出(深町幸男氏)がそこここに光っていてすべてに無駄がない、球形のような作品でした。
 

 木漏れ日の美しい自然のなかで 老いた(70代 80代)の両親に支えられて終わりの日を迎えようとしている50代の息子。 両親は20数年前に離婚しており ・・・・ 息子には 2人の子がいますが、 妻から 離婚を請求されている・・・。 
 それでも、今は3世代の毀れた家族が、ガンの息子を中心として肩を寄せ合い「生」をみつめていきます。
満ち足りた夜。家族で歌う「恋の季節」・・・・・ それは母親が20年前 家を出てから 父親がよくうたった歌だった。

錯覚しそうだなァ・・・・・。 家族ていいなァ。

(返)錯覚ていうことはないでしょう・・・・。 あんたのためにこうやって集まっているんだもの。

歌が遠のき・・・・・ 家族の映像が遠のき・・・・・ モノクロになり 暗転。

次のシーンには、 鳥の鳴き声と木漏れ日、 緑をわたる風が映し出され、カメラは部屋に置かれた祭壇へ。そこには息子の位牌が・・・
 

 例によって深町演出の見事さです。なにも説明はいりません。カメラがなめるだけで視聴者はの間に流れた厳かな温かい時間を感じることができます。

 この会話で 元夫婦が二人きりで 数日息子の位牌といたことが分かります。

作品をとおしての笠智衆さんの顔がいいんですよね。病む息子の横に座った笠智衆の視線。元妻を見つめる笠智衆の視線。人間の内面が育っていないと、 こういう顔は出来ないと思う顔。
 人はもしかしたらこういう顔ができるようになるために年をとるのかも知れませんね。役者笠さんに拍手です。  

NHKでは笠さんの亡くなった直後に追悼番組として『今朝の秋』 を放映しまDaisougenn_005したが、放映後笠を悼む感想が多数寄せられたそうです。その中でも多かったものが、笠さんを自分の祖父のように思い、笠の死が自分の祖父が亡くなったように思えて悲しい、という内容でした。NHKではこれらの感想を中心に構成された番組を放映。笠さんとの共演が多かった杉村春子がナレーションを担当しました。杉村さん自身も手紙の多さに驚き、笠さんの人気の高さに感動したと述べています。

 もう1つ、『あ・うん』のおじいさん役も印象的でしたね。一癖も二癖のありそうなおじいさん、でも『ありゃ、駒犬さんだな。』という一言が全てをを語ったドラマでした。

 とにかく素晴らしい俳優さんでした。

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2009年8月10日 (月)

私の好きな一冊~『片思い』

 東野作品で最初に読んだのが『片思い』でした。それまで東野圭吾という作家も知りませんでしたし、兄が『これ最高だよ。』という言葉がなければ読むこともなかったでしょう。東野症候群に陥ったのは『片思い』を読んだ後に始まりました。

 この片想いという作品は元アメフト部のマネージャーでジェンダー問題に悩む美月と もう一人のマネージャーだった理沙子との夫婦問
題に悩む元スタープレイヤーのQBこと哲郎 ・・・
そして学生時代に美月と付き合ったことがあり、今は資産家の娘婿である中尾の3つの家族の物語だと私は解釈しています。 

1.氏のその経験
2.時折みせる社会的なテーマへの挑戦というかそのテーマを深 堀りした氏なりの読者へのメッセージ
3.ストーリーテラーとしての緻密な複線が絡み合う物語の上手さJansem_work02s 

が見事に折り重ねられて生まれた超一級の小説です。

3つの家族のメンバーはそれぞれに悩みを抱えながら、そして自分の信じた・選んだ道を進み、やがてそれぞれある終点へと辿り着きます。
そこはまた各人の新たな人生の出発点でもあるのです。

最後まで読み終えた時、この小説が伝えるメッセージの感じ方は 読む人の人生経験やその時の心の状態で大きく変わるでしょう。
私は2回目に読んだ時は前回に比べて、前向きなメッセージを強く感じました。

 かの村上春樹氏は優れた小説とは、読む人の年齢・性別・時代の変化に多面的に対応できる要素を備えていて、 いつまでも陳腐化しなことだと言いましたが、この片想いという作品は正にそんな作品です。

 ただのミステリーに留まらず、昔の仲間との友情、恋、社会問題などを盛り込んだ、読み応えのある長編小説です。

 主人公は30代のスポーツライター、そして彼の学生時代のアメフト部の仲間たちがある事件をめぐって苦悩し、やがて秘密がひとつひとつ明らかになり・・・というようなお話なのですが、なんだか失われた青春、変わってしまったそれぞれの仲間たち、それでも変わらない友情などがないまぜになり、とてもせつない気持ちで読みました。

  仲間達の一人一人の個性が、アメフトのポジションの役割と重ねてすごくよく描かれています。主人公を始め、私は仲間みんなに感情移入しながら読みました。そういう人間ドラマ的な魅力がまずひとつ。それから、実はこのお話の縦軸になっているのが「ジェンダーの問題」です。いわゆる「性同一性障害」とか「半陰陽(男女両方の特徴を持った体で生まれてきた人)」とか、一般的にマイノリティの人たちの悩みとか暮らしが小説とはいえ説得力をもって描かれているのがとても痛々しくも有り、興味深くもありました。

 性同一性障害という最近話題になっているテーマと、それにサスペンスがうまく絡めてあって目が離せませんでした。

事件の進展についても、犯人側から確信に迫ろうとする哲郎と、新聞記者の立場から真実を追究する早田の駆け引きが見事です。

 東野作品に出てくる人物は「これでも人間か」と言いたくなるほど冷酷さを持っていたり、温かく心根の優しい人物、機械が相手の一見、何を考えているのか解らないような人物が次々と謎とともに出てきます。この『片思い』は相手を思う気持ちが時に空回りしますが、最後までどうなるか解らない展開に頭をひねったり、こんな時、自分ならどうするだろうという考える機会も与えてくれます。

 私には満点の作品でした。

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2009年8月 8日 (土)

私が好きな作品~『私が語りはじめた彼は』

 三浦しをんさんの作品はまだ数冊しか読んでいないのですが、この作品は今まで読んだのとはまた違った赫々で読めたことが嬉しいです。

とにかく懐の多さに驚きますね。「風が強く吹いている」や「格闘する者に○」を書いた作家と、この「私が~」を書いた作家が同一人物だなんてにわかには信じられません。

文章力は有り余るほどに持っているでしょうし、文才がある人っていくらでも文体変えれるものなのですね。

でも、作風は違います。ここまで180度に色々な作品がそれぞれGadenn003 の作風を覗かせていると、本当に作者の脳内はどうなっているんだろう、って気分になります。このドロドロとした重苦しく陰気で、しかし熱い人間性を残した執着質で鬱陶しい登場人物たち…このぐるぐるとした後味の悪さ。何か禁忌の小説でも読んでしまったかのような感触。現代的な物語の切り口。たまらないです。

 桐野夏生さんや桜庭一樹さんを思い出させる…女流作家ならではの作品ではないでしょうか。男性ではここまで「オンナ」を書くことはできないんじゃないだろうかと今まで私がおもってきたことの逆を垣間見た気がします。美しく可憐な女を書く男性作家はたくさんいます、けれど粘着質でウザい女を書くことは女性作家にしかできないんでしょうね。それがいやだったはずなのに・・・。

 しをん先生にこんな懐があったなんてといっては失礼ですが、しかもこれ20代って・・・。解説でも金原さんが仰っていましたがが、なるほど鬼才です。

 先日、また、『大様のブランチ』を聞いていると(一応仕事をしていたもので、耳だけ音声をキャッチしてくれていて)、しをんさんがBOOKコーナーに出ていました。本当に本が好きで家中本だらけだそうです。それもジャンルを問わず、コミックでも本気で読んじゃうんだ
そうです。
 私は、『風が強く吹いている』で、惹かれたのですが、やはり、腐女子、三浦しをんらしい作品が読みたいですね。

 『私が語りはじめた彼は』の“彼”とは、大学教授の村川。その村川を複数の“私”が綴る物語です。

 村川が子供のように無邪気で絶望的なまでにロマンチストであったために起こった不幸の数々。村川の元妻、彼の不倫相手(のひとり)である女の夫、村川の息子、再婚した妻の連れ子、元妻の娘の婚約者、村川の教え子が、彼について思い出して語られます。彼らが、村川、村川によって狂わされた自分の生活や滅ぼされた未来と過去、傷ついた心を語ります。またそれを語る彼らを点にして繋がる第三者についても描かれます。

 正直、前半の『結晶』『残骸』『予言』までは普通に読めました。ありきたりでステレオタイプな言い分ばかりで興味を惹かれないこともしばしば。作家の「どうにか人物に深みを持たせたい」気持ちばかりが浮き彫りになり、登場人物が語る村川像よりも、「作家の村川と現在の主人公像」を読まされるので、少したらっとしてしまいますが、続く『水葬』『冷血』は素晴らしいです。

まず、主人公がいきなり狂っています。

『水葬』の主人公は、学生を名乗る探偵だが、彼が監視しているのは、村川が再婚した妻の連れ子の綾子。

 綾子は義父にも新しい家族の型式にも馴染めないし、「染まりたくない」と、黒服を着る。彼女を監視する渋谷は雇い主を知らなけれど、綾子は母親だと勘づいているのです。「母親は、自分と義父が密通していると思い込み、自分を見張らせている」と言うが、真相は薮の中。

母親はかつて、自分と村川の家族を崩壊させて村川を手に入れました。奪える相手なら、奪われる可能性もあると猜疑心の塊と化しています。
 

父を奪われ、替わりの父をあてがわれ、母親に憎まれていると思Gadenn010 い込む綾子は、入水自殺する自分を見守って欲しいと渋谷に頼みます。
退屈な監視生活に辟易していた渋谷は、嵐が起こるのを驚喜する・・・1本に2人の狂人ですよ、たまりません。

そして『冷血』。

 血の繋がらない遠い妹が死んだと知り、その真相を探って欲しいと、村川の実娘である婚約者から頼まれた教師が主人公です。白い腰骨の上に、蜥蜴の刺青を持っています。婚約者の義理の妹の死の真相を探り始めるのと同時に、この蜥蜴が、うずき始める。彼の過去も、蘇り・・・
このあたりの変質エロ描写がすこぶる凄い! さすが腐女子、三浦しをん!!

〆の『家路』は、趣味の問題ですが、上の2本の変態的な狂いっぷりは特筆に値するでしょう。

三浦しをんさんが描く狂気は、暴力となり発散される描写となるとまだまだ物足りないですが(『まほろ駅前~』で、行天の腹に刃物が刺さってるところとか)、無表情でも内面は静かに狂って生活している隠されたものとなると、なぜこんなにも魅力を増すのでしょうか?

「私はまだまだこんなものじゃない」と、暗闇で目を光らせているようで、やっと片鱗を見せ始めたなぁ!と嬉しくなります。

多くの女流作家さんのように、女性に幅広く支持される読みやすい読み物ではなく、「触るなキケン!!」のような劇薬指定されかけてこそ本領発揮の作家だと思います。果物が腐りかけが最も美味しいように・・・

村川という嵐に巻き込まれ、倒壊された家屋のような人物たちがいくら彼を語っても、村川という男がどんな人物であったか一切解らないのですが、そういう意図ではないので、それでにかまわないと思うのです。実際彼はそこまで魅力的ではないし、作家もそう思ってるんだろうと思いますし・・・(?!)

  私は好きでした、この作品。

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2009年8月 6日 (木)

私の好きだったドラマ~『大草原の小さな家』

 1975年から1982年まで毎週土曜の18時台に放映されたドラマですが何度の再放送されて覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。いまやDVDとなりいつでも観られるようになりましたが、あの頃はテレビにかじりついて見ていました。

 原作とは次第に変わっていったそうですが、原作はローラ・Daisougenn003 インガルス・ワイルダ(1867年2月7日-1957年2月10日)による一連の半自叙伝的小説シリーズです。原作シリーズは『大きな森の小さな家(Little House in the Big Woods)』に始まり全9作を数えますが、テレビシリーズでは第3作の『大草原の小さな家(Little House on the Prairie)』以降を描いています。

 西部開拓時代のアメリカを舞台にしており、インガルス一家はウィスコンシン州―オクラホマ州―ミネソタ州―サウスダコタ州と移り住むお話です。

ローラが生まれたウィスコンシン州を後にオクラホマ州へ移り、その後ミネソタ州へ向けて旅立つまでの話がまず2時間のパイロット版として制作され、続いてミネソタ州のウォルナットグローブという町を主な舞台とした連続ドラマが、9シーズンに渡り制作されました。

 インガルス一家とそこを囲む人々の姿にはとても勇気付けられました。
ローラの成長ぶりには本当にも驚かされたものでした。

 私がとても印象火かかったのは、ローラがまだ幼かった頃、神様に会いに行くと言って一人で山を登り、湖で顔を洗っていた時、不思議な老人が現れて、ローラのこういうのです。

 『神様の声がちゃんと聞こえるように耳の中も洗うんだよ。』『洗ったわ。』

私はこの回を観て神様の声は聞こえるのだと真剣に思ったものです。

メアリー(ローラの姉)は失明してしまいますが、心は尊いまでに清く、大人になって盲学校の先生にまでなりました。

ローラも教師になり、いろいろな問題に立ち向かっていきました。彼女達がこんなにまっすぐ育ったのには父のチャールズ、母のキャロラインの信仰深い育て方が大きく関与していると私は思いました。

 働き者の両親の背中を見ながら、時にキャロラインにどうすればいいのか訪ねた時の母の深い愛情のこもった答えには、今の私達に必要なことに思えます。

 また、テレビシリーズということでかなり脚色されており、原作とはいささか趣を異にしています。このことから、原作を愛好する者からの批判もかなりありましたが、テレビシリーズがきっかけで原作を手にした者も多く、また原作もテレビシリーズも両方好きだという者も多くなりました。

テレビドラマ化される際、先住民(いわゆるインディアン)の問題Daisougenn002 をどう扱うのか、アメリカ本国では特に大きな話題になったと言われています。原作ではキャロライン・インガルスが先住民に対し好感情を持っていないと見られる描写が多く(当時のアメリカ人の一般像でもあった)、そのままドラマ化するのかどうかが興味の対象でした。実際には第1話にほんのわずか先住民との邂逅が描かれていますが、以後のストーリーに先住民に関するエピソードはほとんど登場しませんでした。その一方、黒人への人種差別に関するストーリーは何話か存在します。現実から目をそらさない撮影はやはり必要だと感じました。

 最初の方のシーズンでは原作に基づいた話が基本でしたが、第5シーズンあたりから物語の内容が原作とは離れていきました。

 しかしその物語の根底にあるものは原作と通じるところがあり、原作とは別のものとして十分に楽しむことが出来ます。たとえば、第5シーズには一家は一旦ウイノカという大きな町に移住し、その数回後にウォルナットグローブに帰って来るのですが、これは原作に
はありまえん。

 しかし、実際のインガルス一家は、ウォルナットグローブで農業に失敗したたDaisougenn007めに、都会に移って知人のホテル経営を手伝っていたことがありました。その頃の暮らしは実際のインガルス家にとっては、都会の騒々しさに辟易したり、また旅の途中で生まれて数ヶ月の長男を失くしたりしたためにあまり幸せなものではなかったらしく、原作には全く出て来ないのであるが史実です。

 チャールズ(マイケル・ランドン)は、91年4月8日に癌に侵されていることをマスコミに公表し、「奇跡を信じて癌と闘う」ことを宣言し、共感を呼びました。同年7月1日、闘病むなしくこの世を去りました。ああ、これでこのシリーズはテレビで観られなくなったと思うと涙が止まりませんでした。

 DVDのシーズン6は殊にお勧めです。このシーズンでは悲しいエピソードがあります。 ガーベイの奥さんと、メアリーの赤ちゃんが火事で亡くなります。 大草原の小さな家は、試練が次々と襲いかかってきて、皆、乗り越えるのに苦労しています。

 もちろん、そのことを通して、心に痛みを覚えながらも、生きていき、大人になっていきますが、メアリーの試練は、いくらなんでも悲しすぎました。病気、失明、子供を失う・・・メアリーの呆然とした表情にはいつも胸がズキズキとして、涙ぼろぼろこぼしていました。でも、これを見て、幼いながらに、生きる意味を考えさせられたドラマなのです。

今度は原書を読んで観たいいと思います。忘れてしまっている、小さなことへの喜びや大きな悲しみが私に教えてくれることは、きっと多いはずですから。

私がお祈りを捧げることを覚えたのはこの時期だったかもしれません。

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2009年8月 1日 (土)

私の好きな作品~『ツァラトゥストラはこう言った』

 『神は死んだ?Gott ist tot

★おなじみニーチェの作品です。と言っても晩年の作で、がその根本思想を体系的に展開した第一歩というべき著作です。有名な「神は死んだ」という言葉で表わされたニヒリズムの確認からはじめて、さらにニーチェは神による価値づけ・目的づけを剥ぎとられた在るがままの人間存在はその意味を何によって見出すべきかと問い、それに答えようとするものです。

 ツァラトゥストラとは、ゾロアスター教の開祖の名前であるザラスシュトラをドイツ語読みしたものです。しかしこの著作の思想はザラスシュトラの思想とはあまり関係がありません。

                                      Mojiriani005

★ニーチェ自身の解説(『この人を見よ』)に拠れば、ニーチェがツァラトゥストラの名を用いた理由は二つ。

  ◎第一に、最初に善悪二元論を唱えたゾロアスターは道徳についての経験を最も積んだ者であり、道徳の矛盾を最も知る者である筈という理由。

 ◎第二に、ゾロアスター教では「誠実」を重んじ、ニーチェの重んじる「真理への誠実さ」も持つ筈という理由によるものです。

この著作は、「神は死んだ?Gott ist tot」など、それまでの価値観に対する挑発的な記述によって幕を開け、ツァラトゥストラの口を通じて超人の思想が説かれています。

★第三部あたりから、この作品を決定づける思想である永劫回帰が説かれます。

 この作品の中には、スイスのシルス・マリーアから、まだら牛の町(トリノ-市の紋章を参照)を経て、ナポリまで下っていく途中の風物が、そこここに盛り込まれていて、シルス・マリーアはスイスのエンガーデン地方にあり、彼がそこによく避暑に出かけた土地でした。ツァラトゥストラが、山を下りていく道は、スイスの高原から南イタリアへの下っていく空間的な道、地理的な距離とも重なっています。そして、その道をまたもどっていく・・・

 

★ニーチェは、人を衝き動かしてきた意志というのは、力への意志だったと説きます。 すなわち、自らを権威あるものとして、他人を屈服される力を持とうとする意志です。この意志を元に、人々は権威を形作り、それは、善悪の基準付けを行ってきました。

しかし、この意志を持つ人間は弱い存在でした。 だから、同情、隣人愛を自らを権威あるものとするための道具としました。 その産物が国家であり、キリスト教であり、神であったとニーチェは喝破します。 このような弱い人間というのは、動物と超人の間にかけられた橋のような、過渡的な存在であり、乗り越えられないといけない存在なのであると、ニーチェは考えました。

★人間がこれまでの弱い人間を乗り越えるとき、神とその愛、同情により作られていた世界観は終わりを告げます。 ニーチェはこれを、「神は死んだ」と表現しました。 神の死んだ世界で生きていくのは、人間を乗り越えた超人です。 この超人は、意志、自由、創造力、孤独、自分自身への愛といった特質を備えた人間です。 同情されなくても、他人に思いやられなくても、生きていける存在。

★キリスト教的な世界観をもっていた時、人々は、自らの人生の終焉を、審判の日とそれ以降の天上での生活に落ち着ける事が出来ました。
 しかし、それら世界観が崩れたとき、大きな精神的危機が襲いかかってくることになります。 ニーチェは新たにとって代わる世界観を永劫回帰と考えました。 これは、生がまるで何回も同じ場面を繰り返していると考える世界観です。 
事実、この永劫回帰の世界観に陥ることは、現代における無宗教で「自分主義」の人々にとって深刻な問題なのではないかと僕は思います。 

 

★信じるものは無い、生はただ進むことのないルーティンでしかない、となれば、人生が虚無に思えてきます。 
 このような、神から脱却したのちにも虚無に陥らないための方法としてニーチェが主張した事は、自らと自らの人生を愛することでした。
 もし自分の生が永遠の円環の輪の中で逃れられないものなのMojiriani015 だとしたら、その人生を受け入れるためには、この永遠の円環である人生を愛さねばなりません。 他人への愛は、その自分への愛の中にこそ存在するべきものなのだとニーチェは考えたようです。 そして、本書の中では、その自分を愛することから得られる喜びがうたわれています。
 
 本書その他を読む限りでは「人間は乗り越えられなければならない」というのは、ニーチェの価値判断であり、論理的な帰結ではなかったように思われます。 でも、本当に乗り越えられないといけないのでしょうか 人間の持つ弱さを抱いて、お互い弱さを援け合いながら生きることは、それはそれで素晴らしい人生なのだと思います。 

 ニーチェが、吐き気を催すような奴隷道徳と批判しようと、人間の弱さというのはそんなに簡単に変わるものではないので、今は、自らを超克することを考えつつも、周りの人と援けあって生きていくことこそが一番なのだと思います。 もっとも、1000年後には、分かりませんが。

 

 ★この作品は数社から日本語訳がでていますが、岩波のが一番分かりやすいかもしれません。 ただ徹底的にこの作品を理解したい方は、ちくま書房が出している訳本が、注が豊富でよいかと思います。 文章の内容はとにかく難解で読み解きにくい内容となっています。
 

 ただこの本によって大いなる勇気を与えられる人も多いかと思います。
個人的感想としては、確かに思想的には深く、人間としての生き方に対して深い示唆を与えてくれる作品であるとは思いますが、何か現実性に欠けているような気がしました。
 

 特に永遠回帰の思想については人それぞれさまざまな感情を抱くでしょうが、結局のところ、人間はここまで飛躍した思想を得られない限り、生きる意味を見出せないのかもしれませんね。

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