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2009年8月19日 (水)

私の好きな作品~『火宅の人』

私は銀座の酒場の酒を浴びるように飲んで、禊ぎたいのである。この火宅の夫は、とめどなくちぎれては湧く自分の身勝手な情炎で、我が身を早く焼き尽くしてしまいたいのである。しかし、かりに断頭台に立たせられたとしても、我が身の潔白なぞは保証しない。

いつの日にも、自分に吹き募ってくる天然の旅情にだけは、忠実でありたいからだ。
それが破局に向かうことも知っている。
 かりに破局であれ、一家離散であれ、私はグウタラな市民社会の、安穏と、虚偽を、願わないのである。かりに乞食になり、行き倒れたって、私はその一粒の米と、行き倒れた果の、ふりつむ雪の冷たさを、そっとなめてみるだろう。

                                               - 檀一雄 『火宅の人』-

「最後の無頼派」檀一雄の代表作です。自分自身をモデルに放蕩を重ねる「火宅の人」。
 

「最後の無頼派」檀一雄の『火宅の人』といえばずい分と前から名前は知っていました。ところが初めて本を読んでみて、イメージと内容との違いに随分とびっくりしてしまいました。

読む前のイメージといえば、放蕩を続ける男の破滅的な物語だPikaso と思っていたのですが
、まるで逆の実に繊細ともいえるような、細やかな内容と言っていいと思います。

確かに内容として「桂(檀)一雄の破滅的な人生」を取りあげているのに間違いはないのですが、実に丁寧に自分の心情が吐露されています。それは単純な独白だけではなく、行動による表現も含まれています。
 

  年譜のように行動を羅列し遠目で見てみると単なる異常な男に見えます。少なくとも今の日本の常識では全く推し量ることのできない変人でしょう。しかしこの小説『火宅の人』からは「変人」という一言の枠の中に押し込むことのできない一人の本当の人間の姿が浮かび上がってくるのです。変人・わがまま・身勝手という言葉とはむしろ反対の、小心で正直な人間の姿です。 

 この作品は描いている内容的にいわゆる「私小説」と比較されやすいのではないかと思うのですが、そういう点で暴露的・俗悪的なレベルでいうところの「私小説」とは大きな違いがあります。著者の言葉(解説より)によると「私小説というみみっちい小説形態を存分
に駆使して、それこそロマンよりも大きなロマンにしてみたい」、桂一雄という一人の人間によるもっと「大きなロマン」が見事に描けていると思います。

 それはやはり単なる暴露的な物語ではなく、人間そのものが丁寧に、しっかりと描かれているからなのでしょう。
 とにかくこれは実に優れた小説だと私は思います。「豪放磊落」という小説の外見のイメージとはかけ離れている、という点が非常に面白いとも思うのです。

『火宅の人』というタイトルの持つイメージに対する野次馬的な興味でも、ぜひ一度読んでみることをおすすめしたい作品です。

 何はともあれ、生きると云うことは愉快です。或いは、愉快に生き抜くと云うこと以外に、格別な人間の道はないように思えてくるから不思議です。かりにそれが惑いであっても、槿花一朝の夢であっても、徒労の人生ほど、私にとって愉快なものはないと思えてきます。
花は咲いて、しぼんで、また咲く・・・。花はもとの花ではないかも知れないが、それでも、花は、それぞれに、精一杯に咲くでしょう。そんな気持ちにさせてくれた久々の一級の作品でした。

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コメント

おはようございます。
壇一雄、確かに最後の無頼派、太宰の盟友、これだけでイメージがわきますね。
火宅の人、自分で火をつけておきながらよう言うわと思いますが(^_^;)ここが無頼派たるゆえんなのでしょうね。
「かりに破局であれ、一家離散であれ、私はグウタラな市民社会の、安穏と、虚偽を、願わないのである。かりに乞食になり、行き倒れたって、私はその一粒の米と、行き倒れた果の、ふりつむ雪の冷たさを、そっとなめてみるだろう」、さすがの言葉ですね。実際あちこち放浪して、食い物には目がなく、好き勝手に生きた彼、この程度の覚悟はあったのでしょうね。
作品でも豪放で小心な彼の本性がよく出ていると思います。
「夜明けの街で」にも書いてありましたように「優しいんじゃない、ずるいだけ」そんな気もしますね。(^_^;)
結局はとても孤独な人間だったと思うのですが、人間大なり小なり結局は孤独ですよね。
私小説家はやはり因果な商売だと思います。彼も最後は私小説しか書けなかったのでしょうね。
自分の生を題材に作品になるように生きる必要もあるし、大変だと思います。
火宅の人は色んな意味でおもしろかったですね。
福岡には縁が深く、能古島の碑にも行ったことがあります。毎年記念祭が行われています。

投稿: KOZOU | 2009年8月19日 (水) 09時16分

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