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2010年1月21日 (木)

私の好きな映画~『ソフィーの選択』

 1982年の作品です。この作品は原作が発売されてわずか3年で映画になっています。最初、ソフィーは優雅で男性2人を含んだ三角関係のお話かと思っていました。ところがソフィーには隠された過去が・・・

 1947年。ニューヨークのブルックリンに小説家になる夢を抱いSofi003 て南部から出てきた青年、スティンゴは、下宿先で、不思議な生活をするソフィーとネイサンという恋人たちと出会います。

「父はポーランドの大学教授でユダヤ人を助けようとした」と語るソフィーの腕には、強制収容所の囚人番号の烙印がありました。

 ネイサンは製剤会社ファイザーに勤めている生物学者で、強制収容所から解放されて渡米したソフィーが貧血と疲労で倒れたところを救い今は一緒に住んでいます。三人はコニー・アイランドで終日遊び、親友になりました。三人のほんのひとときの美しい友情の日々と、二人が持つそれぞれの心の闇が対比的に描かれます。

 しかし、スティンゴはネイサンがソフィーに言った「わかるかソフィー、俺たち死ぬんだ」という言葉が気になるのです。

ソフィーと同棲しているネイサンはユダヤ人。普段は理知的で愉快で、アイデアに溢れた人なのですが、とても精神不安定な人物です。いつも、騒動を巻き起こすのに、憎めないですね。 やがて、病気がどんどん重くなって、スティンゴとソフィーの仲を邪推して、銃を持ち出して二人を脅迫します。
 ネイサンは、平和な世界の心の闇を象徴しているのでしょうか・・・

 ソフィーの父と夫がドイツ軍に拉致されて処刑されたこと、自分は病気の母のため闇市でハムを買ったことがばれてアウシュヴィッツに送られたのです。カソリック教徒である彼女は、解放後、教会で自殺を図ったとも語りはじめます。

 ネイサンの部屋へ入ると、ナチ関係の本がいっぱい。ユダヤ人である彼はナチの犯罪が許せないのです。

 翌日、ネイサンとソフィーがいなくなりました。スティンゴは、ポーランド時代にソフィーの父の講議を受けたという教授から意外な事実を聞きます。ソフィーの父はナチ信奉者だったというのです。

 その夜、もどってきたソフィーを問いつめると、彼女は父、父の弟子であった夫が反ユダヤ主義者であったことを認めました。でも、ナチはそんなことはかまわず、父と夫を拉致し、彼女自身も息子ヤン、娘エヴァと一緒にアウシュヴィッツに送られたのだのです。

ヤンは子供バラックに、エヴァは抹殺され、彼女は収容所長ヘスの秘書にされます。

 父のナチ賞揚の論文を見せヤンをドイツ人化計画に組み入れてくれと頼むのですが、効果なく、ヤンのその後は知れずじまいに終ったと語るソフィー。

 ある日、スティンゴはネイサンの兄ラリーから弟は妄想性分裂Sofi001 症であると聞かされます。その夜、ネイサンはソフィーに求婚し、新婚旅行にスティンゴの故郷である南ヴァージニアに行くと発表。幸福そうなソフィー。

ある日、またネイサンが怒り出し、スティンゴはソフィーを連れてワシントンに逃げました。ホテルの一室で、ソフィーに求婚するスティンゴ。彼にソフィーが告白します。「アウシュヴィッツの駅でナチの医者が3人の前に来て、子供を1人だけ手放せと迫った。出来ないと言うと、医者は、では2人とも焼却炉行きだと冷たく言いはなつ。無情な選択を迫られ、ついに娘を連れてってと叫んだ」と。

 ソフィーとスティンゴはその夜、結ばれました。翌日ソフィーの姿がありません。ブルックリンにもどったスティンゴは、ソフィーとネイサンが自殺したことを知るのです。(goo映画より)

 ソフィーは、希望を抱いてアメリカへ来たのでしょう。でも親と夫と子供の無残な死にかたをどうしても忘れることが出来なかった、ソフィーが選んだ選択は間違っていたといえるでしょうか。「嘘をつきすぎてどれが本当か分からなくなった」というソフィーのさりげない
一言が重く響きます。

 そもそもソフィーの選択とは何だったのか、ソフィーはいったい何を「選択」しなければならなかったのか。

 ひとつはっきりしないことは、果たしてソフィー自身がそれを選択したという明瞭な自覚があったかどうかです。ソフィーの選択がもたらしたものはそれからの彼女の一生涯を貫いて背負い続けねばならなくなった重い十字架であり、消すことのできない禍根でした。

 そして子供を一人生かしてやる、どちらを選ぶ?と迫られた時、これもまた究極の選択だったに違いありません。選べるはずが無いのにと怒りを覚えました。

 私はこの映画を観てから、自分自身の無知さ加減を反省しましSofi002 た。あれだけ残忍なユダヤ人狩りを強行したヒットラーとナチスについて、ほとんどまともな知識がなかったのですから。そうして、ユダヤ人が「600万人」虐殺されたということについても、改めえ改めて考えることになりました。

「ホロコースト」という未曾有の惨事を告発するだけでなく、男2人、女1人の友情と愛情のドラマを絡めることによって、その悲惨さを更に浮き彫りにしているのですね。この世の地獄を経験し生きる気力を失ったソフィーと、狂気の中で漂っているネイサンの関係は非常に切なくていろいろな事を考えさせられました。これも選択だったのかと。

私たちはいつも大小の差こそあれ、選択を迫られることがあります。

そんな時この映画を観て、自分の選択は大きな問題ではないと気付くのではないか、私はそうでした。そして自分の辛さなど何てこと無いと思わせてくれる一級品の映画だと思いました。

 

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コメント

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投稿: iphone5カバー ブラン | 2014年2月20日 (木) 08時51分

アリファティックさん、こんばんわ。
本当に救いの無い作品で、戦争への怒りだけが残ってしまうような映画でしたが、本当にナチスだけでなく日本人も加害者ですよね。そういうことを改めて感じることができたのは皆さんのコメントのお陰だと思っています。
 哀れなソフィーに心ははりさけそうです。美しく着飾ったソフィーと対象的に映像に表れるぼろきれみたいになって彷徨う姿が今も鮮明に残っています。
 アリファティックさんが言うように、人は環境によって、誰でも狂気となりえる資質を持っているのかもしれませんね。

 カインの末裔、そうかもしれませんね。深く納得です。
でもどうか救いのないことを引きずらないで下さい。落ち込ませただけのようで気が引けます。
 誰にとっても辛いお話でしたが、今のぬくぬくとした生き方に私は自分を戒めるつもりで書いたので、どうか追い詰めて落ち込まないで下さい。今のアリファティックさんには辛さだけが残ることを恐れていました。でもこの世もまんざら・・・ですよね、あの時の思いを忘れないで暖かい心をもちつづけたいです、私も。
 本当に読んで頂いて深く感謝します。今度は明るい話題で以降と思います。
 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年1月23日 (土) 02時43分

コメントをいただきながら、消してしまい失礼しました。
ソフィーの選択の名前は聞いていましたが、見たり読んだりしたことはありませんでした。
我が子のどちらかを選べというのはまさに究極を選択を迫れられていますね。そういうことを平気で出来たナチス。
何が人を狂気に走らせるのでしょうか。
ナチスという政策でしょうか、それともヒトラーのカリスマ性でしょうか。
いえ、ナチスだけが虐殺をしたわけではありません。
異論はありますが、日本も中国で大勢の民間人を殺しました。
世界の警察と言われるアメリカでさえ、日本に無差別爆撃を行い、そしてその後もベトナムではベトコンのみならず一般市民さえも枯れ葉剤やナパーム弾の犠牲にしました。
人は環境によって、誰でも狂気となりえる資質を持っているのかもしれません。
悲しいけれど、それが人の本質なのでしょう。
カインの末裔である私達の宿命でもあるのでしょう。
救いはあるのでしょうか。
私には今その救いを見ることが出来ないでいます。

投稿: アリファティック | 2010年1月22日 (金) 20時22分

m(_ _)mごめんなさい。とこさんからいただいたコメントを間違えて削除してしまいました。うっとうしい迷惑メールはしっかりと残っていて、イライラっときて焦ってしまいました。
本当にごめんなさい。

投稿: アリファティック | 2010年1月22日 (金) 18時51分

KOZOUさん、こんがんわ。また来てくださって嬉しいです。
KOZOUさんとしてはいてもたってもいられないほどのお気持ちになったのですね。私が書き足りなかったことを補充してくださっているようで、ありがたいです。原書も「選択」という言葉を使っているのですね、知りませんでした。
確かに父も夫も処刑されますが、ソフィーに生涯癒しがたい傷を負わせたのはわが子を選んで死に追いやったことだというのはとてもよく解りますね。残酷な言葉を人間吐けるのはもはや人間の皮をかぶった、いいえ、人間だからこそこんな醜い言葉をはけたのかと思ってしまいました。狂っているというより、何かに憑かれてしまっている、そんな人たちが権力を持つことは恐ろしいです。でもそうやって繰り返されてきた争い、もうやめにしようと言う人もなく永遠と続いてきた戦争。そこにはKOZOUさんのいうように、宗教絡みでの戦争が一番達が悪い気がします。私の兄は何故無宗教jなのかと聞いたとき宗教を持った人間は戦争をするからだと答えました。それが今になって解ってきたように思います。戦い終わってもなお痛み、苦しむ人が絶えないことも肝に銘じなければならないですね。考えれば考えるほど、自分が書いた記事がこんなに
大きな問題として捉えてくださったことに感謝したいです。
 これjからの世のため、今いる私たちに出来ることは何なのか深く問われた気がします。
 本当に素晴らしいコメント、ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年1月22日 (金) 09時42分

おりえさん、こんにちわ。お返事遅くなってごめんなさい。
もう、皆さんが書いてくださることで、私が言うことなくなっちゃいましたが、『夜と霧」でも触発されました。
こんな救いの無いお話は辛くなるばかりですが、やはり夕日を見て綺麗だと思うラストのほうがすがすがしい思いですね。
でもこれが史実として多くの人が苦しめられたことは封印してはいけないように思います。
おりえさんの言うとおり、選択する時は後悔しないように(出来るものなら)したいですね。お
お忙しい中、読んでくださり、ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年1月22日 (金) 09時11分

こんばんは。
また来ました(^_^;)
わたしも映画を久しぶりに見た興奮冷めやらぬようです(^_^;)
入らぬことですけれどソフィーの選択、原題もSophie's Choiceでまさに「選択」がキーワードになっていると思います。確かに父も夫も処刑されますが、ソフィーに生涯癒しがたい傷を負わせたのはわが子を選んで死に追いやったことだと思っています。
「選ばねば二人とも殺す。一人を選べ」こんな残酷な言葉を人間吐けるのです。そして狂乱したとはいえソフィーは実際女の子を死に追いやるのです。女の子の泣き叫ぶ瞳は一日たりとも彼女から消えたことはなかったでしょう。
「選択」には常に責任が伴います。言わばソフィーはわが子を処刑したのです。その苦しみは毎日が地獄だったと思います。
そして最後の「選択」、とこさんも書かれていますように彼女は自ら結婚し幸せにはなれないと深く自覚したと思います。ネイサンも狂っています。二人に安らか眠りが訪れたことをわたしは祝福します。
前に書きましたフランクルさん、本当に偉大だと思います。ただ骨と皮になり生きのこったのはごくわずか、それも恐らくあと1ヶ月開放が遅かったらほぼ全滅でしょう。ナチスは証拠を残さないため全員殺害焼却で完全に事実の隠蔽をはかっていました。それが間に合わなかっただけの話です。
解放された人々も長い間社会復帰は不可能でした。解放後自殺した人、生涯精神の闇に生きた人は多数います。驚くべきことに30年、40年経っても自殺する人が結構いたことです。有名なイタリアの作家プリーモ・レーヴィは1982年に自殺しています。墓碑銘には名前と彼の囚人番号が彫ってあります。彼の意志でした。それほど消えがたい傷を残すのですね。
彼の著作「これが人間か」はフランクルさんと違い希望はありません。ただフランクルさんが描いた少数の人間の尊厳を忘れなかった人がいたのもまた絶対の事実です。逆に言うと大半の人は家畜のように死んでいきました。人間の多数はやはり弱いものなのですね。
まして自らの選択で子を殺したソフィー、万感の思いで哀れに思います。
確かに人間の歴史は戦争、殺戮の歴史、十字軍が異教徒には極めて残酷なことをしていますし、宗教戦争が最も残酷、もちろんキリスト教に限りませんがそんな「神」は糞食らえと思っています。
ようやくヒューマニズムが建前にしろいわれる時代になって、人間の価値ある歴史がもしつくられるのなら、もし人間が生きるに値する動物ならこれからの数世紀が勝負だと思っています。組織的、機能的、思想的に人間を虐殺したのはやはりナチが初めてです。「アウシュビッツ以後、以前」という言葉はやはり意味があります。
この目でどんな世界になっているか一目でいいですから見たいですがこればっかしは絶対不可能ですね(^_^;)

投稿: KOZOU | 2010年1月22日 (金) 01時42分

 こんばんは!!!
 是非見たいと思ったのですがDVD化されていないとは。。。残念です。
 「夜と霧」を読んで以来ユダヤ人への迫害の歴史に関心を割りと持つようになりました。
 結局歴史を辿ると人間は規模の差はあるにせよ、似たような事を繰り返している。愚かなんでしょうが、そういう性なのかなと思わずにいられません。
 でもやっぱり美しい夕日を見て感動する人間の素晴らしさも信じたいのですが。
 記事を読めば読むほど見たくなります。子供のどちらかを選択させられるというの酷すぎですね。

>>私たちはいつも大小の差こそあれ、選択を迫られることがあります。

 人の人生というのは選択の連続ですね。朝目玉焼きにするかゆで卵にするかそういうレベルからもっと大きな人生の決断まで。
 なるべく自分で選びぬいた選択を後悔しないように生きたいです。

投稿: おりえ | 2010年1月21日 (木) 23時05分

KOZOUさん、こんばんわ。
丁寧なコメント、ありがとうございます。この映画はそれほどの意味もなくまだ若かりし頃みたのですが、とにかく映像が頭から離れなかったんです。以前宮本輝氏の作品を読んだ時、あっと思い出し、詳細はかなり忘れていたのですが、アウシュビッツと言うと何故か美しいソフィーと哀れにぼろきれのようになったソフィーを思い出してしまうのでした。私自身一番驚いているのかもしれません。キリングザフィールドと同じくらい深い映画だと思いました。でもソフィーには救いがなかったですね。つかの間の3人の生活以外には。KOZOUさんの言うように、最後のソフィーの選択はネイソンとの死。これが心の奥でじっと待っていた彼女の選択なのでしょうね。死こそが救い、こんな人生も特に戦争中は多く、ノー天気に「とにかく生きよ」という説教はかえって残酷なものと思っていますと言う言葉、私もそう思います。ソフィーは最初に子供の選択を迫られ、父親と夫も亡くした時に最後の選択はしていたのかもしれないとも思えます。一度死の淵に立ち、新たなスタートを切ったものの心の平安をただ追い求めていただけで、スティンゴやネイサンとの出会いで自分だけが幸せになれない、深い傷跡があったんですね。
 本当に考えることが山盛りの作品でした。やはりDVDはないですか。VHSはもっているんですねえ、羨ましい。私は密かに、北海道にはTVHと言うローカル局が日曜に結構見逃していたけれど、流してくれるところがあるので、期待しているのですが。また似たような作品が好きで嬉しいです。ソフィーも美しかったけれど、ナタリー^・ウッドも美しかったですね。
 観たい映画も山盛りになっちゃいました(笑)。
 本当に映画を見直してまで頂き、感謝です!!
 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年1月21日 (木) 19時33分

こんばんわ
だいぶ降った雨もようやく止みました。
朝方見たのですがこれは本格腰を入れないとと思って、今になりました。
状況的にはいくらでも書けますが深甚な感動を与えた映画にそって書きます。

お~~とこさんの選択(*^_^*)
正直言ってこんな重い辛い物を記事にされるとは思いませんでした。
わたしも涙ぼろぼろで見ました。未だにDVDにはなっていませんので(色々政治的配慮もあるのでしょう)VHSを買って持っています。今日改めて見ました。
本当に極限の選択ですね。
ナチに子供を選べといわれ、ソフィーは狂乱の中息子を選ぶ。本当に残酷な選択です。実際ナチは退屈紛れにこんなことをやって遊んだでしょうね。娘は連れて行かれ、息子も結局行方不明。
もうこれでソフィーが「幸せに」生きていくことはできないと自らを決めたのだろうと思います自殺未遂もやりますが本当に生きた屍だったのでしょうね
ただ人間は弱くずるいものでもあり、心の隅には「幸福に」生きていけると思ったのもあったと思います。そうでなければ本当に死んでいたでしょう。
ソフィー、スティンゴ、ネイサンの3人でコニーアイランドで遊ぶ姿は「幸せ」に満ちとても美しかったですね。どんな苦しいことでも忘れる瞬間は誰にでもあるでしょうからね。
しかしスティンゴに求婚され、このままではずっとスティンゴも自分も偽ることになると思ったソフィーはすべてを打ち明け、一夜スティンゴと結ばれネイサンと死んでいく。
少しずつ明らかになるソフィーの過去、最後は観客も真相に度肝を抜かれる瞬間ですね。
ソフィーが哀れでなりません。最後のソフィーの選択はネイソンとの死でした。これが心の奥でじっと待っていた彼女の選択なのでしょうね。死こそが救い、こんな人生も特に戦争中は多く、ノー天気に「とにかく生きよ」という説教はかえって残酷なものと思っています
とこさんがソフィーの最後の選択に共感されたかどうかわかりませんが、きっと彼女の過去の選択を思われたら共感されたのでは思います。
ラストシーン大好きなアメリカの隠棲詩人 エミリディキンソン の詩が出てきますね。涙ぼろぼろでした。
一人の女性を通した強い反戦映画だとも思いました。

ただスイーツマンさんも書かれていますように、ソフィーはユダヤ人ではありませんが、あれほど迫害されたユダヤ人が今はパレスチナで言語に絶する迫害を、やり、今はわたしもイスラエルは大嫌いです。もちろん日本人も中国大陸、東南アジアなどで鬼にも劣る残虐で千万単位の民衆を殺していますから、人間の隠された本性はいつ何時また頭をもたげるか知れませんけれど。
そんな中ヨーロッパ共同体は高く評価しています。あれほど悲惨な戦争を二度もやってヨーロッパ人はようやく目が覚めたのですね。仇敵ドイツはそのEUの推進国、もう二度と少なくともEU内では戦争は起こらないでしょう。
いつかそれが世界に広がり世界共和国連邦ができることは確信しています。もちろんわたしの生きているうちは絶対ダメで200年、300年の時間はかかると思いますが。そうなって初めて人間は万物の霊長として地球に君臨できると思っています。

記事に関係ないことがちょっと長くなりました。(^_^;)
とこさんがこのような作品に向き合われたこと、わたしはすばらしいと思っています。
ソフィーの選択は人間の罪、生きる意味、救いなどを描いたすばらしい作品と思います。まだその本当に意味も救いもない時代だということを強く訴えていると思います。

投稿: KOZOU | 2010年1月21日 (木) 18時08分

茶々君のご主人様、こんにちわ。
本当にこんな権力を掲げた争いは権力があればこそなのかもしれませんね。日本人も権力を掲げた国でもあったのですよね。スイーツマンさんの言うように、加害者意識も必要な気がしました。世の平和の為に出来ることがあるのであれば積極的にならなければいけないのすね。茶々君とご主人様の日々を見守ることくらいしか出来ない自分に腹がたちます。
 ご主人様の言霊を謹んでお受けしていきます。書くのがひまわりの時と違った意味で辛いお話でした。でもいつも私にシミのようにこびりついて離れない作品でもありました。読んでくださり、ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年1月21日 (木) 10時44分

スイーツマンさん、こんにちわ。
また来てくださり、嬉しいです。私もまだコメント出来ないでいますが、小説読ませていただいています。

 本当に言われるように人類は同じことを繰り返していますね。もう被害者面している場合ではないのですね。争いがおさまらない限り私たちも加害者のかもしれない、そういう気持ちややはり大切で、そしてどうすべきかまで考えるべきなのでしょう。
 深いコメント、ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年1月21日 (木) 10時22分

おそろしい歴史的事実がありますし、
いまなお、国家権力による抑圧はたくさん
存在していますし、今後もなくなるとはおもいません。
日本にも悲惨な過去があり、多くの人の
心がずたずたになりました。

二度とこのような意味のない争いは
なくなってほしいですが、なかなか権力をもつと
そうはいかないのでしょうけど・・・

いまの平和な日本で生まれ
生きていることに
とっても感謝しています。

未来は明るい方向にいくのだろうか?
とっても
不安な世界状況です・・

投稿: 茶々 | 2010年1月21日 (木) 07時28分

 おそろしいことに、このての物語は歴史上くりかえされていました。旧約聖書をみると、ペリシテ人という先住民がシナイ半島におり、そこを占領した古代ユダヤ人が、悪魔の民族だから根絶やしにした。虐殺した人は英雄。
 中国はチベット300万のうち100万を。滅ぼした小国少数民族は天文学的な数値になるのでは?
 アメリカはインディアン200万のうち150万以上を。
 日本は大戦で各国どのくらいでしたか。(集計してません)
 ----どの民族にも国家にもつきもののお話。

 そろそろみんな、被害者視点ばかりではなく、加害者としての自覚をもつといいかなあ。と考え込む私でした。

投稿: 狼皮のスイーツマン | 2010年1月21日 (木) 06時43分

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