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2010年2月26日 (金)

藤田宜永『愛の領分』

 夫人はあの小池真理子女史。実は知りませんでした。初期はフランスを舞台にしたフィルム・ノワールを思わせるような犯罪小説や冒険小説を手がけ、その後、主に推理小説および恋愛小説を執筆するようになり、都会的なセンスと人情の機微を描く優れた心理描写で、熟年の愛を描いた『愛の領分』にて第125回直木賞を受賞しました。

 妻に先立たれた仕立屋の淳蔵は、かつての親友高瀬に招かれ「長く患っている妻に会いに来て欲しい」といわれ、高瀬のそのコトバに淳蔵は戸惑いを覚えながらも時間の流れを感じるのです。そして淳蔵が高瀬夫妻に会うために故郷である町Kaii23 を訪ねる事で新たな歯車が動きだします。佳世と出会った淳蔵は年齢差を超えて惹かれますが、過去の事実が二人の恋情をより秘密めいたものにしていくのだったという『愛の領分』。
 

  昔自分を捨てた女は様変わりし、自分を愛した男の記憶だけを頼りに生きていた・・・その醜悪にもみえる高瀬の妻の言動、そして運命の悪戯のように、昔の知り合いの娘である佳世との出会い心を惹かれてしまう・・・妻を亡くした男と男に自殺された過去を持つ女。 
 歳を重ね愛する重さを経験すればするほど、人は臆病になっていく・・・不倫でもないのに秘密の匂いがする、と宣伝文に評されるように藤田氏の書く愛は、奥に潜むこもった体の熱や汗を感じさせます。

 『どんなに立派なものでも、着物に合わない帯がある。帯に合わない着物がある。(中略) そんなふたりを結びつかせてしまったのは、俺だけど、やっぱり、愛にも領分があるって思うんだ』

 この言葉に私はとても惹きつけられました。

  一人息子を育てながら静かに仕立て屋を営む男、友人、その妻でかつての不倫相手、そして友人の元愛人の若い絵描きの女。この4人の愛憎を細かに 綴った作品です。住む世界が違うとか、考え方が違うとか、そういうのではなく、男と女には「愛の領分」があるということを教えてくれた気がします。
 
 紳士服の仕立てという孤独な仕事が丁寧に描かれています。職人気質の登場人物は藤田氏の作品に多く登場しますよね。かつての恋愛相手が病気になり、すさんでいく姿は読んでいて酷な感じがしました。でもこれは「大人の恋の物語」であると同時に「老い」に差し掛かるときの冷静と情熱の狭間で揺れる人たちを良く捕えていると思いました。中年男の静かな情念の描き方は凄いと思います。

 過去の傷も、燃える思いも、晩年を迎えつつある人生の感慨も、静謐な日常の中に閉じこめるだけの抑制があり、大人の恋愛小説として久々にいいと思った作品です。信州の上田が舞台です。塩田平、別所温泉、前山寺等々、「信州の鎌倉」と称される詩情豊かなこの上田の地で、中年男女の密やかな恋が描かれています。

 この時間の長さからYukuaki 推し量ることができるように、淳蔵にとってかの地は不幸な思い出をもった場所でしたが、そこで画家の佳世との中学生の時以来となる出会いをきっかけに、物語が動き出します。お互いに秘密を抱えながらの不安定な交際。静かに燃える二人の姿は、落ち着いたたたずまいのこの町と見事に調和していました。

 作家の渡辺淳一が直木賞の受賞に際して『文章につやが増してきた。久々に正統な恋愛小説家が現れた』と評したと言われています。

 孤独な日々を送る男と女が偶然出会う。25年ぶりの再会が、お互いの危うい過去を明らかにしていきます。許すこと、忘れること・・・登場人物たちの苦悩と官能が、軽井沢の美しい自然を背景に繰り広げれます。大人の愛情模様を描いたものなのに老いていくことも辛さのほうが前面に出てしまって辛くなってしまう場面も多々ありました。

 長い時間の流れの中に横たわる深い男と女の情愛や嫉妬を,丁寧な構成と柔らかい言葉、そして時に情熱的に描かれてる、これは妻の小池さんの影響もあるのかと考えさせられました。

 自身の小説について、『女性の描き方が現実的で、女の人に対する ファンタジーがない』と自己分析する藤田氏ですが、『愛の領分』は何よりも淳蔵という得恋の五十男がとてもとく書かれていると思います。

 独特の世界に生きる人間ならではの、価値観、喪失感、切れ味の良い決断が小気味良く伝わってきました。青春を通り過ぎたものだけが知る愛の哀しみを描く作品だと思います。

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コメント

おりえさん、おはようございます。
いつもありがとうございます。
はい、おっしゃると通り、領分って言葉には大人の
分をわきまえると言う意味もあると思います。
歳を重ねていくにつれ、臆病にもなりますが、葛藤も大きいはずですよね。
人を傷つけないで愛を通すことができなくなってきますし。
でもどうしようもなく惹かれていったら?
老いて見る影の無くなった女性に好きだと言われたら?
どこにでもありそうな人間模様が風景と共によく描げられていて、恋愛小説も悪くないと思いました。読んでる時より読後のほうがじんわり主人公の性格が解ってくる、そんな感じになりました。ひょっとしたら、タイトルは『男の言い分』のほうがいいのかも(笑)。お勧めします。
 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年2月27日 (土) 08時46分

 こんばんは!!!
 実はワタクシ奥様の小池さんの作品ばかりを読んでご主人の藤田さんは未読なのです。
 でも記事を読んで本作品を読んでみたくなりました。
 とこさんの批評が物凄く切り口が鮮やかで感心させて頂きました。

>>大人の愛情模様を描いたものなのに老いていくことも辛さのほうが前面に出てしまって辛くなってしまう場面も多々ありました。

 老いですかあ。なんか最近そういう感じの作品を読みたくなってきているというか。年を重ねつつあるんだなあと思います。
 愛の領分というのが良いタイトルだなと思います。でも領分という言い方にどこか大人であるが故の分をわきまえてしまうが故の物悲しさを感じるのは恋愛の経験値が少ないせいでしょうか?

投稿: おりえ | 2010年2月27日 (土) 01時36分

しのぶさん、こんばんわ。
いつもありがとうございます。
大人の恋はしのぶさんの出番です(いえ、熟年と言っている訳ではないです、ただ大人の恋が解るという意味です)。書かれてあること、もっともですね。

>若い恋愛が「愛情対愛情」の恋愛なら、熟年の恋愛は「人間対人間」と表現するべきじゃないでしょうかね。

そうなんですね、だから心地いいし、反面、コレで良いのかという葛藤があるのだと思います。

>好きとか嫌いとかだけで世の中が動かないことを知ってしまっていますからね。知った上で好きという思いにすべてをかける覚悟こそ、恋愛の醍醐味だと思うし、だからこそドラマが展開するんでしょうね。

まさにそこに愛の領分が見え隠れしいて、ああ、大人だなと思うわけです。遠慮とかそういう意味ではなく、朽ち果てそうな暗い狂おしい感覚を、人間関係の中でどう保てるかこのテーマでもあると思います。
 でも女は理性は解っていても、どうにもならない(男性もそうか・・)子宮でもの考えるところがいくつになってもあるのだとこの作品で苦しく思えた場面もありました。ストレートな表現はされていませんが。それも老いと共に純粋な人間同士に
なれるのしょうね。まさしく見せ場ですね。
 
>わたくしは匂いを感じる恋愛が描けるようになりたいです。

 あい、なれますとも!!!とても参考になりました。
また、別の機会にハードボイルドと愛について語ってくださいませ。ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年2月26日 (金) 22時58分

茶々君のご主人様、こんばんわ。
いつもありがとうございます。
老いらくではなく壮年の恋・・・どんなに好きでも若い時のような突っ走る恋じゃなく、そういう思いを秘めながらも自分の領分をわきまえていく、考えさせられました。

病気で朽ちてしまいそうな元浮気相手、そして若くて綺麗な画家の佳世との交際・・・奥に潜むこもった体の熱や汗を感じる愛を常識ある大人、50歳の男性がどのように自分を制し、愛の領分を弁えようとするところは圧巻です。

私も恋心を暴露出来る歳ではないし、おそらく愛の領分を弁えて相手に悟られまいとしながら気持ちは勝手に進んでいく、こんな切ない思いをするでしょう。いえご主人様の言うように老いらくになっても恋をしていたいと思います。ただ思い続けるだけであっても。
 男性は若い女性のほうがやはり興味がいくのでしょうね。
それが若さの秘訣でしょうか?(笑)

 ありあとう・ございました。

投稿: とこ | 2010年2月26日 (金) 22時16分

 こんにちは。
 相変わらずですが、この作品もしりません。すいません。(笑)
 
 わたくしは、恋愛模様の描き方には大きく分けて二つあると思っています。
 より現実的に描くか、より空想的に描くか。この二つです。
 これはもう、読者、あるいは作者の嗜好の問題なだけでどちらが優れているということではありません。
 現実的な場合、恋愛を経験していない読者というのはほとんどいないので、現実的で物質的な表現でも、その文章から得られる想像力は無限になります。
 逆にどんなに恋愛経験が豊富でも、まだまだ奥が深いと感じてしまうのが恋愛であるがために、空想的な表現でも自分の知らない恋愛を想像できリアリティが溢れるんです。

 わたくしは、言葉遊びというか、日本語の多彩で優雅な面を押し殺した文章を目指しているので、現実的な表現を使用しますが、その場合でも恋愛に深みを与えることができるのは、やはり熟年の愛だなと思います。

 若い恋愛が「愛情対愛情」の恋愛なら、熟年の恋愛は「人間対人間」と表現するべきじゃないでしょうかね。
 歳をとってからの恋愛は、自分の人生すべてでぶつかっていく勇気がないとできそうにありません。(笑)
 好きとか嫌いとかだけで世の中が動かないことを知ってしまっていますからね。知った上で好きという思いにすべてをかける覚悟こそ、恋愛の醍醐味だと思うし、だからこそドラマが展開するんでしょうね。

 惚れた→両思いになった→別れた→寄りを戻してハッピーエンド

 なんていう、単純な恋愛は熟年では描けませんものね。(笑)

 体の熱や汗を感じるというのはすごく魅力を感じる作品だと思います。(特に汗!)
 わたくしは匂いを感じる恋愛が描けるようになりたいです。(笑)

 関係ないことを長々とすいませんでした。

投稿: 酒井しのぶ | 2010年2月26日 (金) 11時54分

老いらくの恋の前に、
壮年期の恋があるのですかね?
たしかに、人間がいつまでも若さを
保つためには、異性の存在が鍵を握りますよね。
もし
興味を失って、どうでもよくなったら
きっと、人間から生き物にかわり
やがて、無機物になるのでしょうか?
さいわい
まだ大丈夫なようです・・・

投稿: 茶々 | 2010年2月26日 (金) 08時42分

スイーツマンさん、こんにちわ。
いつもありがとうございます。

>色気のある舞台、「空気」をもった作品は好きです。

確かに艶のある作品だと思います。
年齢を重ねてやっ理解できた、そんな感想を抱きます。

スイーツマンさんの空位を読んだ絵、素晴らしいと思います。
 
ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年2月26日 (金) 08時36分

 最近、自分で執筆していて感じること。年若い頃に性描写もためらわずに書いていましたけれど、意外なほどに「官能的」ではなく、しばらく前にやめてます。 リアルな性描写は、がさつで、欠伸がでてしまうのです。
 私は絵も描きますが、あるモチーフを浮かび上がらせるとき、周囲の「空気」を重視します。近代欧州のどなただったか、「都市は自由にする」とおっしゃてましたが、都市=舞台の「空気」は重要で、そこに作品の「艶」というのを感じるわけです。
 色気のある舞台、「空気」をもった作品は好きです。

投稿: 狼皮のスイーツマン | 2010年2月26日 (金) 07時06分

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