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2010年2月 1日 (月)

私の好きな作品たち~杉森 久英編

 随分懐かしい作家さんのことをふと思い出し、書いてみようと思いました。

  『天皇の料理番』でも名を知られた方も多いと思いますが、私は直木賞作品『天才と狂人の間』を読んだ氏のことをとても昔の事のように思い出しています。副題が「島田清次郎の生涯」で、島清恋愛文学賞にその名を残す石川県出身の小説家、島田清次郎の生涯について書かれた作品です。

 少年時代から自分を天才と信じた島田清次郎が、弱冠20歳で世に問うた長編小説『地上』は記録破りの売行きを示し、彼は天才作家ともてはやされ、いちやく文壇の流行児となりましたが、『地上』の成功に気をよくした島田は「精神界の帝王」と自らを思いこんでいたところに世間からの高い評価を受けて、傲慢な振る舞いをすることが多くなりました。加えて社会主義運動・理想社会思想に傾倒し、ソビエト的な理想社会主義を掲げ全国をアジテーションして周る活動を行いながら『地上』を第4部まで出版。印税が多く入るようになって生活も豪奢となった上に奔放な女性関係も文壇関係者から嫌われる原因となり、次第に文壇では孤立していき、またたく間に人気を失い、没落したと言うお話です。

 本書は、島田清次郎の狂気にも似た足跡を克明にたどり、没落Gogh01 のよって きたるところを究めようとした、傑作伝記小説といってもいい傑作だと私は思います。そしてつい太宰治氏を思い出してしまいます。

 島田清次郎氏については、島清恋愛文学賞というものまであって恋愛小説を対象とした文学賞です。同市出身の作家島田清次郎にちなんで1994に制定されました。選考委員は渡辺淳一、高樹のぶ子、小池真理子の3名です。受賞者には正賞としてブロンズ像、副賞として100万円が贈られるそうです。 阿川佐和子さんの『婚約のあとで』は今年度の受賞作品に選ばれています。

 話が横に逸れました、失礼。
杉森氏の作品で一番印象深いのはこの作品ですが、杉森氏は、作品の冒頭で書いています。
「島田清次郎が自分自身を天才だと信じるようになったのは、彼があまりにも貧しくて、父もなく、家もない身の上だったからにちがいない。」と。

 惨めな幼少時代のコンプレックスをはね返し、自負心の唯一のバネになったのが、自分を天才だと信じることだと。彼の創作意欲は、これまで自分を見下していた連中に復讐しようという高慢心、功名心であることは、本人が一番良く知っていたのです。そして、傲慢で尊大な自分自身の真の姿は、非常な臆病者であることも、重々承知していたはず。彼は、他人の前では、仮面を被らなければ、一瞬たりともいられなかったのです。

私の中にも彼と同じような高慢心があった時期がありました。時に心の中に相手を見返してやりたいという気持ち、だから解るのかもしれません。人にアドバイスを受けた時も、攻撃されているとしか感じられなかったりして・・・。弱い自分を見せたくない、知らせたくないから、いつも虚勢を張っていたんです。そんなことだから、人に会うのは、極度に緊張。素直なありのままの自分を出せるのはとても勇気のいることでしたから・・・

 虐められていた自分、惨めな自分、不幸な自分、劣等感の塊の自分、そんな自分を他人がたくさんいる外の世界へ連れ出すには、高慢心や功名心のようなバネがないと、どうしようもないのです。だから私はこの作品と切れないでいるのでしょう。

 杉森氏は伝記小説が多く、人間の観察、いえ、人間に関わらずいろいろなことに観察力、洞察力のある作家さんだと思います。

坂口安吾氏、太宰治氏、石原莞爾氏などについても書かれています。

 太平洋戦争前夜の難局のなかで、衆望をにない首相となるが、日米開戦を避けられずに辞職し、戦後、マッカーサーによる戦犯容疑での収監を拒み、その前夜に自決した五摂家筆頭華族の家に生まれ幼少年期からの人間形成と、風雅を愛する心と政治の重圧とのはざまを生きた文人宰相の悲劇の生涯を、公私両面からあますところなく描いた『近衛文麿』も今は古書扱いなのでしょうね。

  太宰治好きの方ならきっと分かり合えると思います。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

おりえさん、こんにちわ。
読んでいただけて嬉しいです。実はこの記事、2年位前、まだ誰からもコメントいただけなかった時期に書いたものを再アップしたものです。
 あの頃は私も今のようじゃなかったんですよ。あの記事の通り、素の自分を見せるのが怖かったんですね。私も心の病との闘いに疲れ、一人で部屋に篭るのが多かったので、この作品を思い出した時、書くしかないと思ったんです。もう自分をさらしてみよう、という決意が出来たきっかけはまた別にあるのですが、この作家との出会いは大きかったと思います。
 おりえさんもきっとわかってくれると思って再アップに踏み切った感じです。もう心を楽にして生きたいですよね。
 本当にありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年2月 2日 (火) 08時10分

 とこさん、こんばんは!!!
杉森 久英さんは実は初耳の作家さんです。「天皇の料理番 」は堺さん主演のドラマを見た事が在り凄く面白かったので、タイトルだけはずっと記憶に残っていました。
 島田清次郎さんも初耳の方です。この方の伝記は太宰フェチの私としては読まねばならない作品のようです。

>>仮面を被らなければ、一瞬たりともいられなかったのです。
そういう人生はきついだろうなと思います。若い時にそんな風に生きて結局私は壊れてしまいました。
 島田清次郎も被り続ける事に疲れ果てたのでしょう。
 Wikipediaで読んだ晩年は悲惨過ぎます。

>>虐められていた自分、惨めな自分、不幸な自分、劣等感の塊の自分、そんな自分を他人がたくさんいる外の世界へ連れ出すには、高慢心や功名心のようなバネがないと、どうしようもないのです。だから私はこの作品と切れないでいるのでしょう。

 失礼ながらこの下りの分は非常に心響く言葉の連なりでした。特に「そんな自分を他人がたくさんいる外の世界へ連れ出すには、高慢心や功名心のようなバネがないと、どうしようもないのです」という言葉に惹かれました。
 かつての私もそうでした。
 虚勢もよく張っていました。そうしないと自分がダメになると思ったので。あの頃は随分と色んな自分の感情と戦っていたのかなと思います。

投稿: おりえ | 2010年2月 2日 (火) 01時42分

アリファティックさん、こんにちわ。お加減いかがですか?コメント、無理しないでください。

>弱さをどう乗り越えていくか、そのための手段は人それぞれであり、傍若無人、傲慢、昇華、宗教、様々な道があることでしょう。

そうかもしれませんね。私も改宗したことで過去の自分とさよならを言えました。

アリファティックさんもクリスチャンだったのですね。道理で落ち着きがあると思いました。でもやはり、同じことの繰り返し、
皆同じように悩んでいらっしゃることを知り、自分だけじゃないという思いで、喜ぶべきことではないのですが、なんだかほっとしています、ごめんなさい。
 そうですね、一生さまようのかもしれません。でもそれっていつまでも何かを求めている姿に良く似ている気がします。
 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年2月 1日 (月) 16時41分

しのぶさん、こんにちわ。いつもご訪問ありがとうございます。

> わたくしの場合、キーワードは〝弱い〟〝恥ずかしい〟〝惨め〟といったところでしょうかね。

とんでもない、しのぶさんは可憐なのに、何でも出来る、私の理想ですよ。多少キャラは作っているにしても、それは誰もがしていることだと思います。こちらの質問にも気さくに答えてくださったり、のってくださったり、それは優しさから来るのではないですか?ブログの世界では暗黙の了解ってところがありますよね。顔が見えないもの同士が出会うんすもの、秘密にしておきたいところはお互い触れない、けれど、いつの間にか、いろいろ話始めるじゃないですか。演技でなく友好的だし、義理堅い方だと思います。
かっこよさが原動力、よくわかります。こうしてお話ししてくださるってことがもう仮面を脱いだしのぶさんのようで、とっても嬉しいです。しのぶさんはけして高慢ではないですよ。
人間失格なんて言わないで下さい。

今のしのぶさんが違う自分を演じていても、疲れたら素になってもしのぶさんはしのぶさんです。それで離れていく人がいたらそれだけの人なんだと思います。

小説で賞をとって、鼻高々になっりしたら、その時初めて高慢だ、なんて思ってしまうかも(笑)

本音トーク、ありがとうございました!!

投稿: とこ | 2010年2月 1日 (月) 16時05分

島田清次郎のことは知りませんでしたが、今回のブログを読ませていただいて、北大路 魯山人と室生犀星とのことが浮かんできました。
どちらも親子の関係において、不遇でありましたが、片方はそれが故に傲慢となりまたそのことで己を保ったのでしょうし、また片方はそれを純文学へと昇華させることで自己の完結を目指しました。
弱さをどう乗り越えていくか、そのための手段は人それぞれであり、傍若無人、傲慢、昇華、宗教、様々な道があることでしょう。
かって私も己の精神の弱さをコンプレックスとし、横暴な人間となりました。
紆余曲折の経過があり、クリスチャンとなり、そしてまた挫折の繰り返し。
一生涯、人生の答えを見つけらずにさまようことになりそうです。

投稿: アリファティック | 2010年2月 1日 (月) 15時17分

 こんにちは。
 この作品、まったく知りません。(というか日本の作家をそもそも知らないんですが……笑)
 
 でも〝違う自分を演じることで世間に存在する〟というのは、痛いほどよくわかりますよ。
 わたくしもそうやって生きてきましたし、いまでもそういうところがまったくなくなってはいないかなぁ。

 わたくしの場合、キーワードは〝弱い〟〝恥ずかしい〟〝惨め〟といったところでしょうかね。
 こんな感情を隠すために、友好的で姐御肌な自分を演じておりました。演じている自分に自己嫌悪を抱きつつ。

 人間失格と言われそうです。(笑)

 ちなみに、わたくしが音楽をやっていたり、小説を書いたりしているのはすべて、「かっこいい」からにほかなりません。(笑)
 かっこよさこそ、わたくしを突き動かす原動力だったりします。高慢と言えばそうなのかもしれません。
 ろくでなしですいません。(爆)

投稿: 酒井しのぶ | 2010年2月 1日 (月) 12時02分

茶々君のご主人様、おはようございます。

書かれてありますこと、最もだと思います。
ちょっと耳が痛いですが。

>人と比較して、卑下したり・・・
よく私はやってしまいます。

>接する人のためのことを思って
発言、行動が頭に浮かぶかどうかなんでしょうね

そうです、解っていながら相手のことを考えず、発言してしまう・・・よく解ります。反省です。

 こんな私が幸せを感じるのはいけないことかもしれません。

 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年2月 1日 (月) 10時21分

KOZOUさん、おはようございます。
早速のお越し、有難いです。この記事はまだ誰もコメントしてくださる方がいなかった頃、一度アップした記事を校正し、再アップしたものです。自分で読み返すとあの頃のすさんだ気持ちを思い出します。本当に人間は弱いですね。

>今でも懸賞小説大流行ですがわたしを初めそんな気持ちの人が大半だと思います。

そうなのでしょうか。KOZOUさんは違うと思っていますが。

>太宰治は逆に生まれがよすぎてそれがコンプレックス、ただ彼も芥川賞は喉から手が出るほどほしかったようですね。
もらっていたら自殺しなかったかもですね。

 ホントにそうかもしれませんね。人に認めてもらうということはとても難しい、けれど素直な自分をみせることへの躊躇は
やはり最初はありますね。でも勇気を持って本来の自分をさらけ出すことが出来たら、そこでどう思われようと本当はどうでもいいのかもって思える自分もいます。どちらが本当の私なのでしょうか・・・

二度も読んでくださり、本当にありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年2月 1日 (月) 10時10分

自信をもつこと
プライドをもつことは
決して悪いことではないですし、
行動を支えるものですよね。

でも

人と比較して、卑下したりとなると
鼻につく行動となりますよね。

この差ってとっても
微妙なのかもしれませんね。

奥ゆかしさが備わっているかどうかなんでしょうね。
それと
接する人のためのことを思って
発言、行動が頭に浮かぶかどうかなんでしょうね。

自分にはなにもないので
幸せだと思いました。

投稿: 茶々 | 2010年2月 1日 (月) 10時05分

追伸です。
その後調べたら「地上」第一部は1995年、復刻されているのですね。知りませんでした。まちがいを書いてすみません。いつか読んでみたいと思います。

投稿: KOZOU | 2010年2月 1日 (月) 09時57分

おはようございます。
雨がじとじと降っています。冬の雨寂しいものですね。

お~~島田清次郎、わたしもとても懐かしいです。
とこさんにもそんな気持ちがあったとはちょっと驚きますがわたしも彼の気持ちは痛いほどわかり最後はほんとに切なかったですね。
地上第一部は本当に爆発的に売れたようですね。生田長江などの当時の一流の評論家もべたホメでこれがかえっていけなかったのでしょうね。地上は今では古本でも入手は難しいようで読んでいないのですが、結構いいのでしょうね。思想的に社会主義に彼が惹かれたのもよくわかります。
ここでやめとけばよかったのに、そこが人間の弱いところですね。
「自負心の唯一のバネになったのが、自分を天才だと信じることだと。彼の創作意欲は、これまで自分を見下していた連中に復讐しようという高慢心、功名心であることは、本人が一番良く知っていたのです」ほんとにそうでしょうね。
気持ちはよーーくわかります(^_^;)
今でも懸賞小説大流行ですがわたしを初めそんな気持ちの人が大半だと思います。ブンガクをなめとりゃせんか(^_^;)
とこさんもそのような気持ち、ちょっと安心した気も(^_^;)
人間は本当に弱く、驕りやすく、崩れやすいものなのですね。太宰治は逆に生まれがよすぎてそれがコンプレックス、ただ彼も芥川賞は喉から手が出るほどほしかったようですね。
もらっていたら自殺しなかったかもですね。
島田清次郎は人間のあざやかな典型の一つだと思います。
文学賞で名が残るのはとてもいいことですね。生きていたら驚喜したことでしょう。
「近衛文麿」おもしろそうですね。いつか読んでみたいです。

投稿: KOZOU | 2010年2月 1日 (月) 08時37分

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