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2010年2月 9日 (火)

『甲子園ヘの遺言』『なぜ君は絶望と闘えたのか』

 野球の好きな私が忘れてはいけない作家さん、門田隆将氏。最初に読んだのは『甲子園ヘの遺言』でした。

 平成16年7月1日、多くの野球人、生徒たちに惜しまれつつ世を去った、不世出の打撃コーチ・高畠導宏氏の生涯を描いたノンフィクション作品です。高畠氏は古くは南海の原、ロッテの落合、高沢、西村、そして最近ではイチローや田口、小久保など、数多くの名選手を育てたプロ野球界伝説の打撃コーチです。多くのプロ野球選手たちが彼に教えを乞い、30年にわたって第一線の選手たちの技術面と精神面の支えになり続けました。

 ところが、その高畠氏は五十代半ばにして一念発起をします。通Gohho14 信教育で教職の勉強をはじめ、プロ野球球団のあまたの誘いを蹴って高校教師の道を選んだのです。そして、平成15年春、福岡県の私立筑紫台高校に新人教師として着任します。

 社会科教諭として教鞭をふるう一方、野球部を甲子園に連れて行きたいと考えたのでした。諦めや疲労感に支配される五十代に、なかなかできることではありません。ところが、長年の無理がたたったのでしょう。高畠氏の体はそのとき重大な病気に冒されはじめて……。
こんなに凄い高校教師がいた・・・高畠氏はなぜ転身を決意し、そして、そうまでして高校生たちに何を伝えようとしたのでしょうか。

 NHK土曜ドラマ枠で、タイトルは『フルスイング』として放送されたので観た方も多く、感動されたと思います。

これは、ただの野球人の一生を描いたノンフィクションではありません。野球を知らない人、または私のような女性をも、ぐっと引き込みます。それは、この本に描かれた高畠導宏さんの人生に、苦境をバネにし前に突き進んで行こうとする直向さや、人を想い、人との絆を大切にする優しさが感じられるからなのだと思います。
 野球という一つのスポーツを通し、彼が出会った素晴らしい人々との絆や、困難な時、また自分の思い通り事がゆかぬ時の心持ちや生き方には、読んでいる者の心を揺さぶるエピソードが沢山あります。高畠さんという人は、「まあ、この程度でいいか」なんて考えを持たない人だったに違いありません。目の前に山があったら、どんなに高くても、どんなに道が険しそうでも登る。いえ、時にはその登るべき山さえ、自分で創造してしまうような人だったのではないでしょうか。

 そういう高畠さんの魂は、彼が野球コーチ時代指導した野球選手や、彼が晩年関わった筑紫台高校の生徒たちにしっかり伝わったはずです。そして、この本を読んだ多くの人の心に染み入るはずです。
『氣力』高畠さんが繰り返し口にしたというこの言葉は、弱気になりそうな時、私を鼓舞してくれます。落ち込んだり、気持ちが塞ぎがちな人は、老若男女問わず、是非手にとって読んで見て下さい。私は、この本に、彼の人生に、本当に勇気付けられました。 プロ野球コーチ人生30年を通して選手個々人に応じた指導を行い、数々の名選手を 育ててきた点も「伝説」と称されるだけあって凄いのですが、実際にそこから高校教師 になってしまうところに、高畠氏の意思の強さが感じられました。 何より本書を通して感動したのは、教え子に対し思いやりや愛情を持って接することが、 勝負師の世界であるプロ野球界であっても、高校教育の場であってもまったく異なること なく人を育て上げていく、ということがわかったことです。

 この作をきっかけに門田さんの本を何冊か読みました。

 ジャーナリストで多方面にわたって作品を手掛けていらっしゃるのですが、いつも読み終えた時、唸りたくなるのは私だけでしょうか。スポーツに関わらずということで、お勧めしたいのが、『なぜ君は絶望と闘えたのか』です。

 記憶に新しい事件、何気ない日常の中で今日も1日が終わる。夕Gohho50 食の献立を楽しみにしながら軽い疲れとともに帰途につく。この世で最もくつろげる場所であるはずの自宅に戻ると、暖かい会話や柔らかい明かりのかわりに奇妙に静まり返った冷たい暗闇が広がっている。そしてそこに変わり果てた最愛の妻の姿を見つけてしまったら・・・。
 本の扉に掲載された本村氏と弥生夫人、そして愛娘の夕夏ちゃんの写真を見て欲しです。学生のような面影さえ残る若い両親と丸々とした可愛い赤ちゃんの姿は、どこにでもある幸せな家族のそれです。この日から実に9年、本村氏は闘いました。正しい事を正しいのだと訴え続けて、ただひたすらに闘う・・・。例えば、地裁での判決後の記者会見での「司法に絶望しました。控訴、上告は望みません。早く被告を社会に出して、私の手の届くところに置いて欲しい。私がこの手で殺します」という、本村さんの言葉は震撼とさせられます。

 いろいろな事のあり方について、目を背けず 憎しみ、絶望、孤独、そして埋めようのない喪失感。本村氏は何度も自殺を考えながら、ただただ闘って、そして死刑判決を勝ち取った壮絶な記録の書です。 TVで見る限りいつも冷静沈着に、且つ、理路整然と自分の考えを言葉にしていた本村氏の、決して表に出なかった犯罪被害者としての苦しみに身を切られる思いがします。
 日本は法治国家です。でもそれは真に正しい法治と言える状態なのか・・・死刑判決を勝ち取るまでなぜ、山口地裁・広島高裁・最高裁・差し戻し広島高裁と9年もの長い時間を必要としなくてはならなかったのか。犯罪を犯す者がいる限り、誰でも等しく犯罪被害者になってしまう可能性があるんのです。だからこそ多くの人に本書を読んで頂きたい・・・他人事では決してないんです。
  

 他人事とせず、考えたい作品です。

 これからも門田さんの行動は要チェックです。

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コメント

おりえさん、おはようございます。
本当に現役からマイナーなところに転進することって凄いと思います。これほど、いい選手を育てた方、普通だったらテレビの解説者というような楽な生き方が沢山選択できたはず。多くのスポーツ選手がそうですよね。そこが並の人格ではない、50歳で一念発起したくなる、そういう岐路であるあることは、私も解る気がします。でも自分ならきっと楽な道をえらんでしまうんじゃないかと・・・門田さんならではの心優しい切り口がまた共感を呼ぶと思います。是非、読んでみてくだい。おりえさんの疲れた気持ちにいい刺激になればと思います。
P.Sゴッホ、やっぱり挿絵にするには最高です、黄色いイチョウが優しいですよね。褒めていただき、ありがとうございます。
 元気出してくださいね!!!

投稿: とこ | 2010年2月10日 (水) 10時08分

 とこさん、こんばんは!!
『甲子園ヘの遺言』は読んでみようと思います。
 おっしゃる通り50代なんて人生の曲がり角もとっくに過ぎていてある種悟りの時期という感じがするのですが、新しい事を始めるなんて凄いなと思います。パワーというか情熱があるというか。以前漫画で一番大事なのは「情熱だ」というセリフを読んだ事があるのですがそれを思い出しました。

>>いえ、時にはその登るべき山さえ、自分で創造してしまうような人だったのではないでしょうか

この言葉にはシビレました。だとすれば凄い凄い向上心の持ち主だったんだなと思います。
 私はもう30代後半で山や壁があるとうんざりするし疲労感に疲れ果てそうになるのですが、高畠導宏氏は何故上り続ける事が出来たのかを知りたいと思います。

 余談ですがゴッホのイチョウの並木を描いた絵は良い絵ですね。彼の作品の中でし初めて見ました。
 いつも良い絵を見せて頂き感謝しています。

投稿: おりえ | 2010年2月 9日 (火) 21時30分

しのぶさん、こんばんわ。
いつもありがとうございます。
しのぶさんはサッカーでしたよね。
私の表現がうまく出来ずに野球を知らない方も楽しめると言う部分をもっと強調すればよかったですね。門田さんは落合信彦さんのようなハードボイルドっぽさはないと思いますが、どんなジャンルも人間を暖かく描いてくれる作家だと、私は勝手に思っています。
 もっと面白いネタを私も考えますね。
 来て下さり、ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年2月 9日 (火) 19時27分

 こんにちは。
 野球はまったく詳しくないわたくしですので、この人のことはぜんぜん知りませんでしたが、「登るべき山をも創造してしまう」というその精神はすごいものを感じます。
 
 本当に人は思い立ったときが青春なのかもしれませんね。
 のんきに暮らしているわけにはいかないなと思ったりいたしました。(笑)

投稿: 酒井しのぶ | 2010年2月 9日 (火) 17時46分

茶々君のご主人様、おはようございます。
本当にこういうジャーナリストさんの存在は大きいですね。
ただ事実を事実として書くだけでなく、ある時はそっと寄り添うように、またある時は冷静に、特に被害者家族である本村さんに関しては9年と言う歳月が彼をただ怒りに任せて犯罪者を糾弾したのではないことを物語っています。死刑判決が出た時、彼は妻と子供と一緒に加害者の十字架も背負うのだという気持ちになったこと、涙が出ました。
 言われるように多くの方が支えになってくれたからこそ、高畠さんも上村さんもそれぞれの闘いを貫けたのだと思います。本当に勇気を与えてくれたと思います。
 ご主人様はすでに気力に漲っていますよ。
 私もそうありたいと思います。
 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年2月 9日 (火) 09時44分

KOZOUさん、おはようございます。
私も門田氏の本を読んだのはごく最近です。畠導宏氏のことを聞いていたので、野球好きが講じて読んだのが始まりでした。野球にかけた人生、教師という形に変わっても野球への思いは変わらず、異なることなく人を育て上げていった姿勢に感動を覚えました。こういう裏方的な存在の畠導さんを取り上げた門田氏の眼に只者でないもの感じ、上村さんの事件もただ面白く書いている人ではないだろうと思い、読みました。案の定、テレビで知っている彼との違う面を見せられて最初戸惑いました。今朝、また本を読んでみて、アップした記事に少し言葉を足しました。これは記者会見で言った言葉なので記憶しておられる方も多いと思い、書かなかったのですが、「司法に絶望しました。控訴、上告は望みません。早く被告を社会に出して、私の手の届くところに置いて欲しい。私がこの手で殺します。」というとても人間臭い一節です。被害者なら誰もが一度は考える事でしょうが、改めて記事の中にこの一節を入れることにより、リアルさが増した気がしています。本当にどう表現すればいいか迷いました。
でも、一番に読んでくださり、ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年2月 9日 (火) 08時52分

このような作家さんの働きによって
偉大な人や壮絶な戦いの事実を
知ることができますよね。

単に事実の記録に終わらず、同様な
悩みをもった人たちへの応援となり、
多くの人へは生きる勇気を与えてくれますね。

人は応援の声があれば
助けられ、力もでますよね。

今国会で、殺人などの重要犯罪への時効
が消えることになったことは大きな支援の
一歩といえます。

今58ですけど、いくつになっても気力を
もち続けれることの大変さと重要性が
わかる気がします。

投稿: 茶々 | 2010年2月 9日 (火) 08時35分

こんばんわ。
今日は少し暖かでした。

門田隆将氏は知らなかったです。
高畠導宏さんは筑紫台高校は割と近くですし話は聞いていましたが詳しいことは知りませんでした。
通信教育で高校教員の免許を取られたのですね。
プロ野球からそれほど引く手あまたなのによほど思うことがあったのでしょうね。
プロ野球時代の活躍もあまり知らないのですがすごいコーチだったのですね。
「目の前に山があったら、どんなに高くても、どんなに道が険しそうでも登る。いえ、時にはその登るべき山さえ、自分で創造してしまうような人だったのではないでしょうか」すごい根性ですね。
確かに「気力」という言葉今はスマートがはやりで敬遠されがちかも知れませんが、何事かをなし遂げようとすればやはり最後は気力ですよね。
『なぜ君は絶望と闘えたのか』読んでないのですが光市のあの事件ですね。ほんとに本村さんは絶望の極だったと思います。
書いてありますようにテレビとかで見る彼はほんとに冷静で理路整然、すごい人だとは思いました。怒りはよくわかります。
「絶望より怒りを」その境地に深い長い絶望の果て達せられたのですかね。
ほんとうに苦しい戦いをがんばってこられたと思います。
社会の刑事政策もだいぶ彼のおかげで変わってきましたね。

投稿: KOZOU | 2010年2月 9日 (火) 02時05分

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