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2010年3月20日 (土)

水上勉『飢餓海峡』

   私が彼を知ったのは『飢餓海峡』のテレビ化されたものでした。

 昭和二十二年九月二十日十号台風の最中、北海道岩内で質店一家三人が惨殺され、犯人は放火して姿を消します。その直後嵐となった海で、青函連絡船の惨事が起き、船客五百三十名の命が奪われました。死体収容にあたった函館警察の刑事弓坂は、引取り手のない二つの死体に疑惑を感じます。船客名簿にもないこの二死体は、どこか別の場所から流れて来たものと思えます。そして岩内警察からの事件の報告は、弓坂に確信をもたせました。

 事件の三日前朝日温泉に出かけた質屋の主人は、この日網走Minakami_001_2 を出所した強盗犯沼田八郎と木島忠吉それに札幌の犬飼多吉と名のる大男と同宿していました。
 質屋の主人が、自宅に七八万円の金を保管していたことも判明。弓坂は、犬飼多吉の住所を探しましたが該当者は見あたらず、沼田、木島の複製写真が出来るまで死体の照合は出来ませんでした。

 でも弓坂は漁師から面白い話を聞きます。消防団と名のる大男が、連絡船の死体をひきあげるため、船を借りていったというのです。
 弓坂は、直ちに犬飼が渡ったと見られる青森県下北半島に行き、そこで船を焼いた痕跡を発見。犬飼が上陸したことはまちがいなく、その頃、杉戸八重は貧しい家庭を支えるために芸者になっていたが、一夜を共にした犬飼は、八重に3万4千円の金を手渡し去っていきます。八重はその恩人への感謝に、自分の切ってやった爪を肌身につけて持ってました。女心ですね。
 

 そんな時、八重の前に犬飼の件で弓坂が現われましたが、八重は犬飼をかばって何も話しませんでした。八重は借金を返済すると東京へ発ち、一方写真鑑定の結果死体は沼田、木島であり二人は、事件後逃亡中、金の奪い合いから犬飼に殺害されたと推定されました。その犬飼を知っているのは八重だけ。
 

 弓坂の労もむなしく終戦直後の混乱で女は発見出来なかったのです。それから10年、八重は舞鶴で心中死体となって発見されます。でもこれは偽装殺人とみなさます。東舞鶴警察の味村刑事は女の懐中から舞鶴の澱紛工場主樽見京一郎が、刑余更生事業資金に3千万寄贈したという新聞の切り抜きを発見。八重の父に会った味村は、10年前八重が弓坂の追求を受けたと聞き、北海道に飛び、樽見が犬飼であるという確証は、彼が刑余者更生に寄附したことでした。弓坂と味村は舞鶴に帰ると、樽見を責めましたが、しらをきる樽見の大罪は、八重が純愛の記念に残した犬飼の爪と、3万4千円を包んだ、岩内事件の古新聞から崩れていいきました。

 「飢餓海峡 それは日本のどこにも見られる海峡である。その底流に我々は貧しい善意に満ちた人間のどろどろした愛と憎しみの執念を見る事が出来る」・・・沁みる言葉です。

 飢餓が犯罪を生み出すのではなく、飢餓そのものが犯罪なのであると言います。八重にとって小学校を出て直ぐに娼妓として花家に売られ、まともな恋愛を一つもしていなかった彼女にとって、外出先で知り合い、心の交流が出来たこの多吉という男は特別な存在だったのでしょう。

 多吉、八重、弓坂という人間が、飢餓が生み出した善良な部分でなら、この作品で飢餓が生み出した悪徳の部分は、津軽海峡で死んだ二人の殺人犯でしょう。独り占めを目論み共食いし合Aoki003った2人ですが、これこそ飢餓が生み出す人間不信であると言えるのではないかと思います。そして、手に入るものなら何でも手に入れろ!という姿勢がありました。

 この作品の素晴ら しいところは、そういった飢餓の中でさえも善良な意思、「優しさ」を持った主人公でさえも殺人を犯してしまうという怖さを描ききった所にあると思います。

 自分の幸せと他人の幸せを両立する多吉と、自己犠牲の中で幸せを放棄して、ただひたすら多吉の事を思いながら生き続ける八重との違い。そう2人の間には、もはや渡り様のない海峡が存在していたのだとと思います。一方は、それを知っており、一方はそれを知らなかった・・・ここから悲劇は起こるといってもか過言では無いでしょう。

「誠に悲しいことです。お互いに人間と人間が信頼し合えないなんて・・・あんたは八重さんさえも信じなかった」
「樽見さん。あんたが歩んできた道には草も木も生えんのですか?」

 青函連絡船に乗り、津軽海峡上で恐山を前にして、般若心経を唱える弓坂。そして、樽見は花を海に投げるフリをして、投身自殺するのです。
 その時の樽見の気持ちを考えると、非難したことが後悔されます、そしてどんな思いで死んでいったのか、私などには想像出来ない葛藤があったのだと思います。
 漆黒の海原が波打ち、闇となり、樽見の殺人の罪をも呑み込んでいく・・・この余韻が私にさまざまな思いを去来させるように・・・

 まだまだ読みたい作品は沢山あり、作者の人柄も好きになりました。そういえば、男性で水上ファンと言う人がいました。一番好きだと言っていた意味が解るような気がします。

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コメント

おはようございます。
今日も割と暖かいようです。
北海道は結構荒れた天気のようでしたね。

とこさん、つまらないことを書いていたのにコメント大変ありがとうございました(*^_^*)

投稿: KOZOU | 2010年3月23日 (火) 10時04分

茶々君のご主人様、来てくださり、ありがとうございます。
暗い話が続いたので、きてくださらないのかと思ってました。

>みんな善意だったんです。涙をみれば信用していました。いまじゃ、考えられないお人よしです。その時代に戻る必要はありませんが、高度経済成長とともに失っった代償は大きいものがありますね。

その通りですね。善意と言う言葉に救われます。皆必死でしたね。それでも悪いことをしてしまうのは貧困さゆえだったのでしょう。でも鍵もかけないで行き来してういた時代は心底に信じる心が宿っていたのだと思います。今は個人のプライバシーに首を突っ込むなんてなかなかできません。

私の家の界隈はお年寄りが追いので、古き時代のいいところが残っています。物を粗末にしないとか、まだあの頃が色濃く残っています。年金暮らしで、苦しい生活ですが、心は明るく善意に満ちています。貧困、飢餓に苦しんだ傷跡は深く刻まれえているのでしょうに。

高度成長で生まれたゆとりを心にに残し、人を信頼する気持ちは持ちつづけたいですね。飢餓で無い私たちがホントに善意をもつべきだと思います。心は飢餓なのかのしれませんが。
 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年3月22日 (月) 00時19分

昨夜大阪は生温かい夜で
台風のような風でした。春が近い証拠です。

「飢餓海峡 それは日本のどこにも見られる海峡である。その底流に我々は貧しい善意に満ちた人間のどろどろした愛と憎しみの執念を見る事が出来る」

深い言葉ですね。
あの頃は、みんな貧乏でしたから鍵もかけずに
物はなかったけど、おおらかで明るかったです。
親が、困っているので大島紬の詐偽にかかるのを
目の前でみたこと子供でしたが覚えています。

みんな善意だったんです。涙をみれば
信用していました。いまじゃ、考えられない
お人よしです。その時代に戻る必要は
ありませんが、高度経済成長とともに失っった
代償は大きいものがありますね。

投稿: 茶々 | 2010年3月21日 (日) 10時36分

しのぶさん、こんばんわ。
飢餓とか、貧困問い言う言葉は一部の共産党くらいしか使わない死後になってしまいましたが、世界を見渡せばまだまだ貧困に喘いでいる人は多いですよね。
 しのぶさんの言うように、飢餓が精神を支配すると、犯罪行為を犯すものには、犯罪という意識はないのでしょうね。先日の『火垂るの墓』も、飢餓でなければ死ぬことなどなかったでしょうに。
>飢餓海峡に見る、貧しくドロドロとしたものというのは、他人が見るから見えるのであって、当人たちには見えていないのでしょうね。
そうかもしれませんね。だからこそ、多吉と八重の間には海峡があったような気がしています。八重が不憫ですね。現代にはいない女性像にとても惹かれるのは何故なのでしょうね。KOZOUさんの言うように今いるとうっとうしいだけかもしれない女性の儚さと強さに憧れます。なんだか自分でも整理がつかないまま、書いてしまったので、読みにくかったでしょうに、いつもながらコメント、ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年3月21日 (日) 04時10分

KOZOUさん、こんばんわ。
いつも来てくださり、ありがとうございます。
KOZOUsさんは映画で観たのですね、私はテレビで相当昔でした。水上作品はこれが初めてだったのですが、強烈な印象だけが鮮明の残っています。
もっと他の作品も読んでみようと思いました。
八重さんの気持ち、今はこんな風に思う女性は少ないし、うっとうしいも知れませんが、私はジーンときましたね。
貧困が招いた数々のシーンはほんの数十年前なのに遠く感じます。
考えることが沢山ある作品は大好きです。
これもKOZOUさんの影響なのでしょうね。
 また、難しい作品を紹介してくださいね!!
 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年3月20日 (土) 21時36分

 こんばんは。

 飢餓が犯罪を生み出すのではなく飢餓そのものが犯罪とは名言ですねぇ。
 飢餓が精神を支配したとき、犯罪行為を犯すものには、犯罪という意識はないのだと思います。
 生きるためにあたりまえのことをしているに過ぎないのでしょうからね。

 飢餓海峡に見る、貧しくドロドロとしたものというのは、他人が見るから見えるのであって、当人たちには見えていないのでしょうね。
 だからこその「飢餓そのものが犯罪」なのだと思います。

 深いなぁ。
 

投稿: 酒井しのぶ | 2010年3月20日 (土) 21時35分

こんばんわ。
雨が降りました。
ちょっと遅れました。

お~~これは強い印象に残っています。
本は読んでいないのですが、映画は見ました。
モノクロの暗い画面ですが三国連太郎、高倉健等の名優の名演技も印象深かったです。
ほんとに戦後すぐは今から想像もできないほど貧しかったのですね。その雰囲気がよく出ていると思います。
ミステリーとしても1級で青函連絡船の大事故と北海道の大火をうまく取り入れ、最後まで手に汗握った覚えがあります。
いかにも水上勉さんという感じですね。
彼の作品は暗いですが文章もよく前はだいぶ読みました。
八重も彼好みのはかないけれど女の強さも持った女性、左幸子の名演ですね。
今はこのような女性いないだろうし、いればうっとうしいだけかも知れませんが日本女性の一つの型をよく出していたと思います。
「飢餓海峡 それは日本のどこにも見られる海峡である。その底流に我々は貧しい善意に満ちた人間のどろどろした愛と憎しみの執念を見る事が出来る」本当にそうでしょうね。
つい半世紀前まで日本も絶対的な貧困が支配していたのだと思います。
そこから出てくる愛憎悲喜劇、人間の業、いつまでも日本の原点として読み継がれてほしいですね。

投稿: KOZOU | 2010年3月20日 (土) 18時47分

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