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2010年3月29日 (月)

アルビノーニのアダージョの秘密

 私はこの曲をアルビノーニの曲と信じてきましたが、調べてみると、ジャゾットと言う音楽学者が、ザクセン国立図書館から受け取ったアルビノーニの自筆譜の断片を編曲したと称して、『ト短調のアダージョ』を出版していたことが解りました。この作品が『アルビノーニのアダージョ』として親しまれるようになると、ジャゾットの名もアダージョの編曲者としてとりわけ有名になったのだそうです。

 ジャゾットは、自分は編曲したのであって、作曲したのではないと言い張りましたが、現在では完全なジャゾットの創作であることが判明しました。自筆譜の断片が公表されたためしがなく、ジャゾットはバス声部のみが該当の部分だと述べており、しかもこの曲の版権はジャゾットが持っていたということでした。

 アルビノーニはトマゾ・ジョヴァンニ・アルビノーニ(1671年6月8日 ヴェネツィア - 1751年1月17日 ヴェネツィア)といい、イタリア・バロック音楽の作曲家で、生前はオペラ作曲家として著名であったが、今日はもっぱら器楽曲の作曲家として記憶され、そのうちいくつかは頻繁に録音されています。

 ヴェネツィアでは、ビッフィ以外の音楽家との交流はなかったようですが、多くのイタリア都市においてオペラ作曲家として名を上げ、たとえばヴェネツィア、ジェノヴァ、ボローニャ、マントヴァ、ウディーネ、ピアチェンツァ、ナポリなどでは有名でした。この頃になると器楽曲をふんだんに作曲し、1705年以前に、ほとんどのトリオ・ソナタやヴァイオリン協奏曲を作曲しましたが、その後は1719年まで、独奏楽器のためのソナタやオーボエ協奏曲を作曲するに留まっています。そして1720年代から作曲家アルビノーニの足取りはつかめなくなるのです。一体何があったのでしょう。

 多くの同時代の作曲家とは異なり、教会や貴族の宮廷に地位を得ようとした形跡が見当たらず、独自の財源によって、独力で作曲する自由を得ていたと言われています。

1742年にフランスで、アルビノーニのヴァイオリン・ソナタ集が「遺作」として出版されたことから、研究者から、アルビノーニはその頃には亡くなっていたと推測されてきました。しかしながらアルビノーニは、ヴェネツィアで人知れず生き延びていたそうです。生地のサン・バルバラ小教区の記録によると、アルビノーニは1751年に糖尿病により、「79歳」で亡く、なったとあります。

『アルビノーニのアダージョ』に話を戻しましょう。よく聴くと他のバロックとは違いがあることにお気付きでしょう。この作品は、トマゾ・アルビノーニの『ソナタ ト短調』の断片に基づく編曲と推測され、その断片は第二次世界大戦中の連合軍によるドレスデン空襲の後で、旧ザクセン国立図書館の廃墟から発見されたと伝えられてきました。作品は常に「アルビノーニのアダージョ」や「アルビノーニ作曲のト短調のアダージョ、ジャゾット編曲」などと呼ばれてきました。しかしこの作品はジャゾット独自の作品であり、原作となるアルビノーニの素材はまったく含まれていなかったのです。

 こんな背景の中、私はこの曲が好きになったのは、悲哀、哀愁をおび、アルビノーニの音に対する自由を感じるからなのでしょう。雄渾多感な旋律と陰翳に富んだ和声法ゆえの親しみやすい印象から通俗名曲として広まり、クラシック音楽の入門としてだけでなく、ポピュラー音楽に転用されたり、BGMや映像作品の伴奏音楽として利用されたりしたのも、もとはアルビノーニの皇帝音楽からの逃避と考えられるのではないでしょうか。

 本当にクラッシックのお好きな方には受け入れ難いかもしれません。でも私はジャゾットの曲であろうと、この曲を愛してやみません。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

いえいえ、わたしが自分のソフトを色々いじくっていたからわたしがあし@にアクセスできなくなりました。
人間と同じでいじくったらいけないですね(^_^;)

投稿: KOZOU | 2010年3月31日 (水) 02時02分

KOZOUさん、こんばんわ。
アレ?また私のほうの問題でしょうか?
することがあったらお教え下さい!!!

投稿: とこ | 2010年3月31日 (水) 01時54分

こんばんわ
ぐってしようと思ったらソフトを入れ替えパスワードがわからず、おまけにあし@も知らせてこず(^_^;)
書き込みで失礼さんです。

投稿: KOZOU | 2010年3月31日 (水) 01時21分

KOZOUさん、おはようございます。
まだ寒さは続きますね。どうか風邪などひかないように、ウォッカで飲んで温まってください(しのぶさんのところから帰ってきたので、しのぶ節が移っているかも・・笑)。

『あうん』でこの曲、使われていましたか。あまりにポピュラーになりすぎましたかね。
 でもず~っと気になっていたんです、誰の曲だろうと。バロックだけど、他と比べると何かが違う、何故だろうって。
  ジャゾットと言う方は凄いですね。こういう方がいたから今は存在しなかったであろう曲が残っているんですものね。

 KOZOUさん、お疲れのようですね。旅の疲れがどっと押し寄せてくる時期なのでしょうね。ゆっくり休んでくださいね。
 
 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年3月30日 (火) 07時09分

おはようございます(*^_^*)
昨日は昼間はそうでもなかったですけれど晩は冷えます。
ちょっと疲れて早く休み遅れました。

この曲は好きですね。
いつか記事に書かれていた「あうん」のテレビ劇で流れていたのを聞いたのが最初でしょうか。
今でも冒頭の映像とともに思い出します。そのときはこんないい曲があるのかと思いましたがその後何度も聞いて、少し飽きがきた感じでしょうか。
書かれてありますように、通俗名曲なのでしょうけれどやはり哀愁のあるいい曲ですね。

書かれてあるこの曲の秘密は知りませんでした。
そうですか。
でも掘り出したジャゾットも手柄ですね。
確かな音楽家だったのでしょうね。
バロックはいいですねー。
背景の画像と本当によくあっていますね。
西洋音楽の伝統の厚さはやはりすごいと思います。
朝からいい音楽を聴かせていただきました。

投稿: KOZOU | 2010年3月30日 (火) 04時20分

しのぶさん、こんばんわ。
不思議ですよね。でも当時の作品は断片的にしか残っていなくて、修復して初めて音楽として成り立つような作品も多々あるようで、そういう断片作を一つにする為の音楽学者がいたそうですから、それを誰の作曲と言えるのかは微妙なのでしょうね。
 はい、まさしく誰の曲でも良いものは良いっていうのが、音楽の素直な聴きかたですよね。

 私が思うハードボイルド『良い音楽は拒まず』でした。
失礼しました。。。。

投稿: とこ | 2010年3月29日 (月) 21時09分

茶々君のご主人様、こんばんわ。
いつもありがとうございます。
本当に当時は宮廷お抱え音楽家とかパトロンなしで音楽を残していくのは難しかったと思います。そして珍しいことでもあったようですね。バックがないということは資金繰りにはきっと困ったでしょうに、自由を選んだ彼は凄いと思います。
 でもこの記事を書くきっかけは朝、兄が聴いていて、前から誰の曲じか解らなかったのを教えてもらったからなんですよ。
ドラマ『相棒』でもよく最後のほうのシーンでこれをBGMに使っていて気にはなっていたので、すっきりしました(笑)。
 いい曲ですよね、ふむふむ。
 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年3月29日 (月) 20時54分

 こんにちは。
 バロック時代の教会音楽は、どれも素晴らしいものばかりですが、そうですか、この曲ってそんな経緯があったんですね。作曲者も編曲者も知りませんでしたが、曲そのものは何度も聴いたことがあります。

 ていうか、なぜ自作曲を編曲したと言ったのか不思議ですね。自作だと売れないからかな?
 まぁ、版権を持っているなら、作曲でも編曲でも一緒だから、有名人の曲にしておいたほうが儲かるのか。(笑)

 誰の曲でも良いものは良いっていうのが、音楽の素直な聴きかたですよね。
 そうでなくちゃ、音楽に真の価値なんかなくなってしまいます。
 
 良い記事をありがとうございました。

投稿: 酒井しのぶ | 2010年3月29日 (月) 14時40分

いつもありがとうございます。
タニマチ筋のおきにいりではなく
自由に作曲活動をしてすごすって
とっても贅沢なことなのでしょうね。
とこさまの
説明を読みながら聞いていると
音楽音痴な私ににも
そのように聞こえてきましたよ~
ふむふむ

投稿: 茶々 | 2010年3月29日 (月) 11時13分

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