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2010年4月

2010年4月28日 (水)

バッハの偉大な演奏者『グレン・グールド』

 世界的に人気の高い、この方を私は迂闊にも知りませんでした。「私は彼を崇拝している」。。。この言葉が私を動かしました。
後日、「聴いてみて」と送られてきたCDを聴いたり、youtubbeの動画を観たりしていくうちにその素晴らしさに魅せられました。

 グールドは、一般的なクラシックのピアニストとは一風異なるレパートリーの持ち主でした。デビュー以来、グールドは活動の基盤をバッハにおいてました。その傾倒ぶりは、彼のバッハ作品の録音の多さはもとより、彼の著述からもうかがい知ることができます。Kurudo001_2

 グールドの興味の対象はバッハのフーガなどのポリフォニー音楽(複数の異なる動きの声部が協和しあって進行する音楽)のことでした。
 バッハは当時でももはや時代の主流ではなくなりつつあったポリフォニーを死ぬ直前まで追究しつづけましたが、そうした時代から隔絶されたバッハの芸術至上主義的な姿勢に共感し、自らを投影したと思われています。

 グールドのデビュー当時、バッハの作品は禁欲的な音楽であると考えられていていました。精神性の高さを重視したピアノ演奏が支持されていたのです。また、19世紀末から始まったチェンバロ復興運動の流れから、その鍵盤曲はチェンバロによって演奏するのが正統であるとの考えが広まりを見せていました。こういった事情により、ピアノに華やかさを求める演奏者・聴衆はバッハを避ける傾向にありましたが、グールドは、デビュー作「ゴルトベルク変奏曲」の録音において、旧来のバッハ演奏とは異なる軽やかで躍動感あふれる演奏を、ピアノの豊かな音色と個性的な奏法により実現したのです。

 発表当時の評価は大きく分かれました。しかしその後、ピアニストに限らず多くの音楽家に与えたインパクトは甚大であったことは確かです。その後も、様々なバッハの鍵盤作品について大胆な再解釈を行い、バッハ演奏について多くの業績と録音を残しました。
 こうして、グールドは、リヒテルが『バッハの最も偉大な演奏者』と評したように、バッハ弾きの大家としての名声を不動のものとしていきました。

 バッハの『ゴルドベルク変奏曲』を聴くことそのとたん、ゆっくりとにバッハが染まりながら広がっていいく。。。
 グールドのピアノは音一つ一つが柔らかく、そのように弾きたいがために自前の低めの椅子をコンサートホールにまで持ち込む、まるで小さな子供が弾いてるような格好でした。

 極端に猫背で前のめりの姿勢になり、時に大きな手振りでリズムを取るといった特異な奏法と斬新な演奏で世間の注目を集めました。坂本龍一氏は、この伝統的には正しくない姿勢について、上半身の力が過度にかからず、音が非常に清潔でクリアになっていると指摘しています。

 伝統的な「正しい姿勢」による奏法は、強大なフォルテを生み出すことが可能である反面、一つ一つの音の精度を下げているという考え方です。

 ピアノという楽器の中で完結するようなピアニズムを嫌悪し、自分は「ピアニストではなく音楽家かピアノで表現する作曲家だ」と主張していたのですが、第1の業績が斬新で完成度の高いそのピアノ演奏であることは異論のないところでしょう。

 もう一つ、私が驚いたのは、ピアノを弾きながら口ずさむと言う行為でした。この動画はまさに良く表していますが、スタジオ録音でも歌うので、「ノイズが入る」と注意すると、グールドは黙ってピアノを弾くことはできないとして生涯この癖が直ることは無かったそうです(笑)。しかしこの歌声によって現在弾いている曲の隠れた旋律や主題を分かりやすく聞くことができるのも事実です。

 グールドは、作曲者Kurudo002_2 のように演奏をします。演奏にあたっては、楽譜が指定したテンポ、強弱、アーティキュレーション(はっきり区別すること)、装飾記号などを勝手に変更したり、分散和音の一部を強調して繋いで新たな声部を作ったりしたそうです。また、和音を分散和音にしたり、当時のピアノ演奏の慣習になかった上方から下方へのアルペジオ(リズム感や深みを演出する演奏方法)、いわゆる逆アルペジオを大胆に使ったことでも有名でした。とりわけ、ゴルトベルク変奏曲の主題アリア第11小節の逆アルペジオは反響が大きく、その後、多くのピアニストが倣うようになりました。

 モーツァルトの演奏においては、装飾記号の無視がはなはだしく、モーツァルトの装飾性を軽蔑したと言われます。さらに、グールドは、意図的に反復記号を無視して演奏するため、当時リヒテル等から批判されていました。

 そうまでしてして貫いた彼の姿勢には頭が下がります。
『芸術の目的は、瞬間的なアドレナリンの解放ではなく、むしろ、驚嘆と静寂の精神状態を生涯かけて構築することにある』という言葉は特に有名です。

 他にもこんな言葉が残っています。

 『グールドは私にとって永遠のアイドルだ』(ウラディーミル・アシュケナージ)
 『グールドより美しいものを見たことがない』レナード・バーンスタイン)
 『結局、彼は正しかった』(ユーディ・メニューイン)

 これからは作曲者だけでなく、奏者にも多いに眼を向けていこうと思います。でもグールドは奏者ではなく作曲・編曲の名手だと私は思います。

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2010年4月20日 (火)

映画『シンドラーのリスト』

 私が兄と一緒に映画を見に行く時は、どうしても重いテーマのものとなってしまいます。この作品もそのなかの一つです。
あえて原作と比べすに観た作品で、眼を覆うシーンやシンドラーのしたことは所詮、偽善ではないかと当初は思ってしまいました。

 私はこの作品のことを忘れかけていましたが、ある癒しのCDにこの作品のテーマ曲があり、それを聴いて思い出さずにはいら
れなくなりました。音楽も感極まる素晴らしいものでした。

 スピルバーグ監督でアカデミーを総なめしたことから、ご存知の方も多いと思いますが、ます、大まかなあらすじを。。。

 39年、ポーランド南部の都市クラクフにドイツ軍が侵攻した。ドイツ人実業家のオスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン)は、一旗揚げようとこの街にやって来た。彼は金にものを言わせて巧みに軍の幹部たちに取り入り、ユダヤ人の所有していた工場を払い下げてもらう。ユダヤ人会計士のイツァーク・シュテルン(ベン・キングズレイ)をパートナーに選んだシンドラーは、軍用ホーロー容器の事業を始める。

 41年3月、ユダヤ人たちは壁に囲まれたゲットー(居住区)に住むことを義務づけられる。シュテルンの活躍で、ゲットーのユダヤ人たちが無償の労働力として、シンドラーの工場に続々と集められた。事業はたちまち軌道に乗り、シンドラーはシュテルンに心から感謝したが、彼の差し出すグラスにシュテルンは決して口をつけようとしなかった。シンドラーはドイツ人の愛人イングリートをはじめ、女性関係は盛んな男だった。別居中の妻エミーリェ(キャロライン・グッドール)は、そんな奔放な夫の生活を目撃し、彼の元を去った。43年2月、ゲットーが解体され、ユダヤ人たちはプワシュフ収容所に送られることになった。ゲットーが閉鎖される当日、イングリートを連れて馬を走らせていたシンドラーは、小高い丘からその様子を目撃した。親衛隊員たちは住民を家畜のように追い立て、抵抗する者、隠れようとする者、病人など、罪もない人々を次々に虐殺していった。その悲惨な光景の中、シンドラーの目に赤いコートを着た少女が隠れるところが映る。(このコートの赤はパート・カラーで示される)収容所に着任したアーモン・ゲート少尉(レイフ・ファインズ)は所内を見下ろす邸宅で、酒と女に溺れる生活を送る一方、何の感動もなく無造作に囚人たちを射殺していた。シンドラーは地獄図に耐えかねて、生産効率の向上という名目でユダヤ人労働者を譲り受け、私設収容所を作ることを許可してもらう。シンドラーは、ゲートのメイドとして働くヘレン(エンベス・デイヴィッツ)にも希望を与える。

 44年、敗色濃いドイツ軍は、ユダヤ人をアウシュヴィッツをはじめとする死のキャンプに送り込みはじめた。シンドラーはチェコに工場を移すという理由で、ユダヤ人労働者を要求する。急ぎリストアップされたのは1200人。途中、女性囚人がアウシュヴィッツへ移送されたが、シンドラーは役人にワイロを渡し、彼女たちを救い出す。彼の工場は武器弾薬の製造にも、徹底して不良品を作ることで抵抗する。やがて45年、ドイツ無条件降伏。ユダヤ人は開放された。ユダヤ人たちの感謝の念と涙に見送られながら、″戦犯″であるシンドラーは彼らに別れを告げた。(goo映画より抜粋)

 第二次大戦下、1200人のユダヤ人をナチスの虐殺から救った実在のドイツ人実業家の姿を、ドキュメンタリー・タッチで描いた大作です。第66回アカデミー賞では最優秀作品賞・監督賞ほか、7部門を受賞。トマス・キニーリーの同名ノンフィクション小説を「レナードの朝」のスティーヴン・ザイリアンが脚色し、「ジュラシック・パーク」のスティーヴン・スピルバーグが映画化。製作はスピルバーク、「ジュラシック・パーク」のジェラルド・R・モーレン、「ソフィーの選択」でプロダクション・デザイナーを務めたブランコ・ラスティグの共同。エグゼクティヴ・プロディーサーは、スピルバーグ作品のほとんどを手がけているキャスリーン・
ケネディ、撮影はヤヌス・カミンスキー。音楽は、監督とは14度目のコンビとなるジョン・ウィリアムス。主演は「ダークマン」のリーアム・ニーソン。共演は「ボビー・フィッシャーを探して」のベン・キングスレイ、「嵐が丘」(92)のレイフ・ファインズによって創られました。

 この作品では好対照に描かれている人物が2人います。1人は勿論主人公であるオスカー・シンドラー。彼は次第にユダヤ人解放者となっていき、最後には英雄として名を残すようになります。そしてもう1人は中盤か登場するナチスの将校、アーモン・ゲート。非情に不安定な気性の彼は、無機質的にユダヤ人を処刑することもあれば、ユダヤ人の女性に愛情を見せることもある。。。でも彼の行ったことは間違いなく悪行であり、最終的に彼は処刑されてしまいます。

 最初の段階でシンドラーにユダヤ人を保護するだけの力はありませんでした。彼らを雇い、事業を成功させることによって初めて、その可能性を生み出したのです。彼のユダヤ人保護が可能になるのはその後なのです。そして彼はその時、善意に目覚めます。
 自分にならこの悲惨な状況から少しでも多くのユダヤ人を救うことが出来ると知るのです。最初はアーモンを遠回しに説得しようとします。しかしこれは敢え無く失敗します。

 ユダヤ人虐待とは根拠も何もない、とてもナンセンスな、常軌を逸した恐るべき行為なのです。そのアーモンを、シンドラーは説得します。それは彼に「許す」ということを教えることでした。「許す」というのは王の選択であり、とても高度な選択です。人の過ちを「許す」ことによって威厳を示せ、と言うのです。これはアーモンにとっては願ってもない助言でした。自分の異常な行為を制御することが出来ると思ったからです。そしてそれからアーモンはユダヤ人のちょっとしたミスを許すようになりますが、すぐに我慢できなくなり、少年を射殺することで彼の善意は失われてしまいます。アーモンの善意は、シンドラーと違って、有事においては非情にもろいものでしかなかったのですね。

 シンドラーは率直にユダヤ人たちを労働力として雇うことで彼らを救うという手を考えます。そしてそれは成功をおさめます。これには危険もつきまとったことでしょう。彼の目論見がナチスに露呈すれば、シンドラーはおろか、彼の雇ったユダヤ人全てが処刑されるでしょうから。あるいはさらにナチスを反動的にさせたかもしれません。しかし彼は最後まで自分の信念を貫きました。

 シンドラーが逃亡する際、シュターンは『1100人の命を救った』と言います。しかしシンドラーは『もっと努力すれば救えた』と泣き崩れるシーンは忘れることが出来ません。『あんなパーティーをしなければ数十人救えた、このバッチだって一人は救えた。』そうつぶやくシンドラーも、最初のうちはシンドラーにすがる人々に対し、『私は慈善事業をしてるんじゃない!!』と憤慨する場面もあり、それこそ普通の人間だとも感じたものでした。

誰かが努力をすれば、状況はもう少しよくなっていたのではないかと悔やめば悔やむほど、新たな後悔が襲ってきます。シンドラーの尊い行いに感動しただけでなく、実際もう少しでもユダヤ人を救えなかったのかとやりきれない気持ちになりました。

 人間の善意は、時と場合によっては非情にもろく、必要なときに存在しない不確かなものという面があると思います。それでもこの映画は人間の善意を否定していません。善意は必ず人の中に存在すると信じたい。。。シンドラーの非常に立派な行い、そしてそういう点で非常に戦争とは悲惨なものなのだと思い知らされます。考えれば考えるほど辛くなるかも知れませんね。

 美しい音楽が物語をより一層盛り立てます。今になって観たことを良かったと思える映画でした。

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2010年4月17日 (土)

高嶋哲夫『イントゥルーダー』

 サントリーミステリー大賞を授与したときから読み始めたのですが、魅力的な作品を書いていらっしゃる方です。

 年々実力を発揮している高嶋さん。
 
 25年前の恋人に『あなたの息子が重症です。』こんなことを言われて動揺しない男性はいないでしょうね。
妻がいて、年頃の娘がいる、無視できぬ地位と名誉もある、そんな東証一部上場の東洋電子工業副社長にしてスーパーエンジニアの羽嶋浩司は、その日初めて自分に息子がいることを知ったのです。

 浩二の経営する東洋電子工業は現在TE2000という、完成すれば間Bekusnnsuki001 違いなく世界最高の演算速度を実現させるであろうスーパーコンピュータ開発の真っ只中で、もうすぐ完成し、プレスリリースを迎えるというところまで来ていました。東洋電子工業の最高技術責任者CTO(chief technology officer)である浩二もこの時期は文字通り寝る間もないほど多忙な日々を迎えていました。そんな中での奈津子の電話だったが一度も会ったことがないとは言え自分の息子の慎二が重体であることを聞くのです。

病院に駆けつけた浩二は、慎二が新宿区歌舞伎町でひき逃げ事件に遭ったことを知らされます。。。

 この息子の松永慎二はユニックスというソフトウェア開発会社に勤めていました。ユニックスは7年前に設立された会社で顧客管理システム、製造業関連の技術計算などのシステムを幅広く手がけており浩二も注目していた会社です。元々コンピュータ分野の資質があったのか、遺伝によるものなのかは分からないが松永慎二のコンピュータの知識は切れ者のみが集うと評判のユニックスでも一目置かれる存在でした。母子家庭に育った慎二は幼少の頃、自分の実の父が東洋電子工業の羽嶋浩二であることを知り、父を目標に日々努力し続けていました。

 深夜の新宿の路上で轢き逃げ。少なくないドラッグの影響。慎重で潔癖症な慎司には似つかわしくない最期……。
 
 羽嶋は慎司の足跡を追った。慎司のアパートを訪ね、慎司の友人を訪ね、恋人を名乗る2人の女性と知り合い、多くのことを知っていきます。

 パリのインターナショナルスクールに通い、日本に帰ってからはアメリカンスクール。羽嶋と同じ大学の同じ学部に入り、東洋電子工業を受験したこと、チェスが強く、手先が器用で模型作りが上手く、女の子にはモテたが冷たい部分もあったこと、礼儀正しくよい青年だという人も、冷酷で無慈悲な人間だという人もいた自分の息子の過去に引き込まれていく父の姿に痛々しささえ感じました。
 
 知れば知るほどにわからなくなる人間像に、父は戸惑いを隠せません。いったい、慎司とはどういう人間であったのか。
 
 原発建設を巡る汚職、暴力団、流行のドラッグ、スーパーコンピュータへのイントゥルーダー(侵入者)……慎司を取り巻く陰謀の源を追い、彼の人生を追体験する中で、羽嶋は「父親」になっていきます。一度も会うことなく死のうとしている息子のためにできることは何なのか考え始めます。事故原因を調べるうち、裏に原発建設計画の存在が浮かび上がり、彼にも魔の手が伸びてくるのです。

 巨大な組織悪に対し個人が戦いを挑むという構図。サイコパス(神経病質)全盛の時代にあって、アナクロとも言える正統な「社会派」ミステリーを世に問いたところに、この新人作家の意気が感じられます。

 そして終盤、慎二と浩二にAndei009 しか分からない息子から父へのメッセージを目にしたとき、物語に感動が生まれます。主人公とは言葉を交わさずじまいだった息子への父親としての愛情も無理なく描かれています。ドラマ化された時、『25年目の父子愛』とサブタイトルがついたのがよく解ります。
 
 高嶋さんはは原子力工学を熟知しており、現存する原発に関して事実であるかどうかは別として、工学的見地での小説としての記述に間違いは無いのでしょう。

 問題は、この小説の筋書きがフィクションとして読み過ごせるのかどうかだと思います。個人的な感想としては、小説の中に散りばめられた個々の事件は別としても、大枠の経緯や結果としての事実関係があまりにも現代の問題と酷似しており、今読み返してみると
衝撃を覚えずにはいられません。

 
 理工系の作家さんの作品はは数字で割り切れる、割りと淡々としている風に私は思っていたのが、そうではないと確信させてくださったのが高嶋さんや東野圭吾さんでした。

 『M8』、『トルーマン・レター』なども読みたい作品です。

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2010年4月 2日 (金)

藤野 千夜『夏の約束』

 女性作家が苦手な私でも芥川賞では女性作家さんの登場は避けて通れません。それがこの方男性だったのは驚きでした。そして偶然なのか1966年生まれの作家さんが多いことにも驚かされます。

 ゲイのカップルの会社員マルオと編集者ヒカル。ヒカルと幼なじみの売れない小説家菊江。男から女になったトランスセクシャルな美容師たま代……少しハズれた彼らの日常を温かい視線で描き、芥川賞を受賞した表題作に、交番に婦人警官がいない謎を追う「主婦と交番」を収録した、コミカルで心にしみる作品集『夏の約束』。

 著者のプロフィールに作品のキャラクターの重なり具合は、ホモセクJannsenn047 シャルなカップルが手を繋いで歩いている場面を小学生がはやし立てたり、トランスの美容師を話している姿を見た同僚が「あれ女性?」としつこく聞いてくるような、社会を生きていく上で波風の立つ部分もしっかりと描写されているので、全てではないにしても、「私小説」めいた部分があるのかといった所感を読んだ人に抱かせられます。

 けれども通読すれば、そういった生きる上での苦労めいた話以上に浮かび上がって来る、優しさを尊ぶ空気のようなものが感じられて、「社会派」とか「ジェンダー」とかいったカタめの単語を並べなくても、楽しめる小説だというとこが解りました。

 ホモセクシャルにトランスセクシャルといった登場人物たちの性癖にばかり注目が集まりがちなのは、本編でもそういった点がシチュエーションに絡んで来るし、作者自身のプロフィールがプロフィールだから仕方がないのでしょう。

 でもそこを抜いても人間たちの慈しみ合う関係の気持ちよさのようなものが全編に空気のように漂っていて、弱肉強食やら勝ち組負け組なんて言葉がもてはやされる、このギスギスした世の中に光明を与えてくれているような気がするのです。

 男と女という性の枠組を越えたところに生れる、若い人々の日常と夢の行方を追った作品で、摩擦に傷ついたり苛立つことはあっても、それを受け止めて生きる姿勢を自然のうちに備えているのではないでしょうか。その開かれた雰囲気が作品の風通しをよくし、一般社会に通じるものがありますね。

 作者の登場人物の関係がハマり過ぎたと言って投げたり見送ったりせず、虚心坦懐に読み、街に暮らす大人たちの優しさを欲しお互いに寄り添い生きていく様に、明日を楽し生きる方法を見つけようと思います。そんな作品でした。
 
「『夏の約束』は、一読するとあまりにも軽すぎて、これではいささか……と首をかしげそうになるのですが、このように軽妙に書ける技量の背後には、したたかな文章技術というツボを刺す長い鍼が、本人が意識するしないにかかわらず隠されているものだ。」
というのが宮本輝さんの書評でした。

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