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2010年4月 2日 (金)

藤野 千夜『夏の約束』

 女性作家が苦手な私でも芥川賞では女性作家さんの登場は避けて通れません。それがこの方男性だったのは驚きでした。そして偶然なのか1966年生まれの作家さんが多いことにも驚かされます。

 ゲイのカップルの会社員マルオと編集者ヒカル。ヒカルと幼なじみの売れない小説家菊江。男から女になったトランスセクシャルな美容師たま代……少しハズれた彼らの日常を温かい視線で描き、芥川賞を受賞した表題作に、交番に婦人警官がいない謎を追う「主婦と交番」を収録した、コミカルで心にしみる作品集『夏の約束』。

 著者のプロフィールに作品のキャラクターの重なり具合は、ホモセクJannsenn047 シャルなカップルが手を繋いで歩いている場面を小学生がはやし立てたり、トランスの美容師を話している姿を見た同僚が「あれ女性?」としつこく聞いてくるような、社会を生きていく上で波風の立つ部分もしっかりと描写されているので、全てではないにしても、「私小説」めいた部分があるのかといった所感を読んだ人に抱かせられます。

 けれども通読すれば、そういった生きる上での苦労めいた話以上に浮かび上がって来る、優しさを尊ぶ空気のようなものが感じられて、「社会派」とか「ジェンダー」とかいったカタめの単語を並べなくても、楽しめる小説だというとこが解りました。

 ホモセクシャルにトランスセクシャルといった登場人物たちの性癖にばかり注目が集まりがちなのは、本編でもそういった点がシチュエーションに絡んで来るし、作者自身のプロフィールがプロフィールだから仕方がないのでしょう。

 でもそこを抜いても人間たちの慈しみ合う関係の気持ちよさのようなものが全編に空気のように漂っていて、弱肉強食やら勝ち組負け組なんて言葉がもてはやされる、このギスギスした世の中に光明を与えてくれているような気がするのです。

 男と女という性の枠組を越えたところに生れる、若い人々の日常と夢の行方を追った作品で、摩擦に傷ついたり苛立つことはあっても、それを受け止めて生きる姿勢を自然のうちに備えているのではないでしょうか。その開かれた雰囲気が作品の風通しをよくし、一般社会に通じるものがありますね。

 作者の登場人物の関係がハマり過ぎたと言って投げたり見送ったりせず、虚心坦懐に読み、街に暮らす大人たちの優しさを欲しお互いに寄り添い生きていく様に、明日を楽し生きる方法を見つけようと思います。そんな作品でした。
 
「『夏の約束』は、一読するとあまりにも軽すぎて、これではいささか……と首をかしげそうになるのですが、このように軽妙に書ける技量の背後には、したたかな文章技術というツボを刺す長い鍼が、本人が意識するしないにかかわらず隠されているものだ。」
というのが宮本輝さんの書評でした。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

ご無沙汰しています。
かって時代は性によって人を既成概念の中にはめ込み
形作られていました。
それが、今崩れ男性も女性もそれぞれが交錯した状態の中でカオスから新しい秩序が生まれようとしているのかもしれません。
そんな世界を洒脱に表現できるのは、内面に重いものを持ちながらこそなのかもしれません。

投稿: アリファティック | 2010年4月12日 (月) 21時11分

私の場合、好きな作家に男女はあまり関係ないみたいです。
・・・そもそも、そんなにたくさん読んでいないから、関係あるもないも、なかった・・・coldsweats01
これまでのブログを整理するために、とりあえず、お引越ししました。
良かったら、また遊びに来て下さい。私もお邪魔させていただきます。
私がここ数年一番好きな作家は、宮部みゆきさんです。好きな作家の作品に集中するタイプなので、なかなか、新しい作家さんの発見につながりません。wink

投稿: ミカン | 2010年4月 7日 (水) 02時48分

スイーツマンさん、こんばんわ。
ご無沙汰してしまってすみません。

これは本としては珍しいと思います。
TVドラマなどのほうが進んでいるかもしれまんが、
作者自身も女性願望の強い方なので、
きっと楽しめると思います。

投稿: とこ | 2010年4月 5日 (月) 03時24分

味わい深い作品のようですね。いずれ読むこと似ると思いますので、こういうガイドがあると助かります。

投稿: 狼皮のスイーツマン | 2010年4月 4日 (日) 09時20分

 しのぶさん、こんばんわ。
いつもありがとうございます。
こんな作品は、珍しいと思います。
もっと深刻に捕えて重たい文章になった作品はありますが、
ここまで軽いタッチに仕上げられたものは私も初めて読みました。しのぶさんの言うように、当人たちは激しく苦悩しているのですが、けして表に出さないんですよね。男とか女の枠なんていらないって思えたり、返って本当の女性より女っぽいところなんかが明るく見えたりするんでしょうね。
BLブームの影響は、どうでしょう。BLはここ最近のブームだと思っていたので、この作品が書かれたころにはどうだったのか、でも共通する部分はありますよね。
 しのぶさんに相談したくなる気持ち、わかりますよ。
本当の意味で、明るい未来があることを願わずにはいられ無い作品でした。読んでよかったと思います。
 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年4月 4日 (日) 03時52分

 こんばんは。

 こんな作品もあるのですね。

 わたくし、知り合いにニューハーフがいますが、みんなやはり苦労しているようです。
 この作品を読んでいないので、なんともわかりませんが、昨今のBLブームと関係があるのでしょうかね。

 同姓同士の恋愛、わからないこともありませんね。わたくしもいくつか見てきて相談されたりもしてますしね。

 この業界(そう呼んでいいのかはわかりませんが)というのは、表向きはすごく軽いノリなんですよね。それは大変さの裏返しなんでしょうが、そこらへんがこの作品のスタイルにも現れているのかもしれませんね。
 

投稿: 酒井しのぶ | 2010年4月 3日 (土) 20時15分

おりえさん、こんばんわ。
来てくれて嬉しいです。
私も最初、あまりに軽いので一読では解らなかったことが沢山ありました。
 でも偏見も、見方を変えたら偏見で無くなると思うし、悩める子羊たちに闊歩してもらいたい、それには私たちも努力が
必要になることもあるだろうし、認めるなんて大それたことは
言えないいけれど、一緒に楽しい未来に向かいたいと純粋に思える作品です。悩みが多いだろう彼女(?)らが明るいのが救いですね。身近にラスト・フレンドの樹里ちゃんみたいな女の子がいるのでつい、こういう話は人事でなく感じてしまいます。慈しみ合うって素敵なことだと感じました。
 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年4月 3日 (土) 04時08分

とこさん、こんばんわ。

本当にごめんなさい。
3度もチャレンジされたのですか。
そのたびに打ち込まれたのですか。
本当に申し訳ありません。
事情があって承認制にしました。
名前はいかめしいですが要するに、私が一度コメントを確認し、公開するようにすると言うことです。
失礼なやり方でしたくはなかったのですが、事情はメールで送っています。
本当にすみませんでした。
一つだけのぞいて二つは公開しています。
たよろしくお願いしますd(^-^)ネ!

投稿: KOZOU | 2010年4月 3日 (土) 03時44分

 とこさん、こんばんは!!!
藤野 千夜はお名前とプロフィールしか存知あげませんでした。
 正直な所やはり著者の方の経歴には興味があり、そういう色眼鏡がかかってしまうのは否定出来ない部分が私にはあります。
 でもとこさんの書評を読んで素直に読んでいい作品なんだと思いました。

 >>、街に暮らす大人たちの優しさを欲しお互いに寄り添い生きていく様に、明日を楽し生きる方法を見つけようと思います。そんな作品でした。

「 明日を楽しく生きる方法を見つけようと思う」という言葉が素敵です。お互いの優しさを持ち寄るのがうっとおしくない年齢になったせいか是非読んで見たいと思います。

投稿: おりえ | 2010年4月 3日 (土) 01時23分

KOZOUさん、こんにちわ。
いつも丁寧なコメント、ありがとうございます。
話題になったことも男性だということも全く知らないで読んだので、どうしてこんな描写が出来るのかと思って読んだものでした。本当に顔も女性ですよね。
 私はもともと男とか女とかで人を区別するこが出来ないで育ったせいか、自分の性で悩んでいるのことについてとても関心がありました。男が男を好きになったり、またその逆だったりすることもどこかで認めていたような気がします。なのでこの作品は風通しがよくいつも新鮮な空気を吸って誰もが生きられるんだよって言ってるみたいで好きでした。なかなか再アップ出来なかったのはコレで通じるかどうか不安があったからです。でもKKOZOUさんが言うように作品にした勇気も讃えたい、そういう思いも私にもあったのですね。
 実際に悩んでいる人が読んだらどう思うか解りませんが、偏見のない、いえ、あっても彼らのように堂々と生きて言って欲しいと願います。
 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年4月 2日 (金) 16時32分

こんにちわ。
今日は晴れました。

芥川賞全集を買い込んでいるのですがまだ全部は読んでいなくてこれは未読でした。
ただ受賞当時だいぶ話題になったのは覚えています。
女性となった男性、今はそう珍しくないのでしょうが当時は結構騒がれたですね。一見、本当に女性のようだし。
「社会を生きていく上で波風の立つ部分もしっかりと描写されているので」本当に色々波風は立ったでしょうね。
そこを思い切り自分の生きたいように生きた、とても勇気のある人だと思います。
自分の意志を貫きとおしたのですからね。
わたしには心理は正直言ってわからないですけれど、このような人もいる、そしてそれは自由であり、自分の選択であるということはとても尊重したいと思います。
そしてそれを作品にした勇気も讃えたいですね。
男と女という性の枠組を越えたところに生れる、若い人々の「日常と夢の行方を追った作品で、摩擦に傷ついたり苛立つことはあっても、それを受け止めて生きる姿勢を自然のうちに備えているのではないでしょうか。その開かれた雰囲気が作品の風通しをよくし、一般社会に通じるものがありますね」この評言はなるほどと思いました。
そして宮本輝さんの選評、文章に厳しい彼がそう言っているのだから、ただ物珍しさで受賞したのではないと思います。
本はあるし、いつか読んでみたいです。

投稿: KOZOU | 2010年4月 2日 (金) 12時10分

茶々君のご主人様、いつもありがとうございます。
この作品をそのように捕えていただけてとても嬉しいです。

「自分が幸せだとおもわなくちゃ始まらないんですよね。」
「人がどのようにおもおうと関係ないのですよね」
本当にそう思わされる作品でした。

いえいえ、わけわかんないことなんて書いてませんよ。この作品をアップするのに随分時間がかかりましたが、ご主人様のように読んでくださるとは、本当に嬉しいですよ。
 私は友達に男になりたいと言う女性がいて、こういうテーマは永遠に考え続けると思います。
 素敵なコメント、ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年4月 2日 (金) 09時51分

いいですね~

「大人たちの優しさを欲し
 お互いに寄り添い生きていく様に、
  明日を楽しく生きる方法を見つける」

私もこの歳まで、いろいろありましたが
最近は、幸せについて思いを
はせる余裕ができたというか
ちょっとわかってきたというか

そうなんですよ。

自分が幸せだとおもわなくちゃ
始まらないんですよね。

たとえ

人がどのようにおもおうと
関係ないのですよね。

簡単そうで
むつかしいそうで
じつは
とっても簡単なんですけど
簡単でもないのです

だから

お勉強の毎日となって
これも
楽しみなのですよね~

やることなすこと
ぜんぶ正しいのですものね。

ごめんなさい
わけのわからない文章で・・・

よき気づきを与えていただき
ありがとうございました。

投稿: 茶々 | 2010年4月 2日 (金) 09時17分

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