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2010年4月17日 (土)

高嶋哲夫『イントゥルーダー』

 サントリーミステリー大賞を授与したときから読み始めたのですが、魅力的な作品を書いていらっしゃる方です。

 年々実力を発揮している高嶋さん。
 
 25年前の恋人に『あなたの息子が重症です。』こんなことを言われて動揺しない男性はいないでしょうね。
妻がいて、年頃の娘がいる、無視できぬ地位と名誉もある、そんな東証一部上場の東洋電子工業副社長にしてスーパーエンジニアの羽嶋浩司は、その日初めて自分に息子がいることを知ったのです。

 浩二の経営する東洋電子工業は現在TE2000という、完成すれば間Bekusnnsuki001 違いなく世界最高の演算速度を実現させるであろうスーパーコンピュータ開発の真っ只中で、もうすぐ完成し、プレスリリースを迎えるというところまで来ていました。東洋電子工業の最高技術責任者CTO(chief technology officer)である浩二もこの時期は文字通り寝る間もないほど多忙な日々を迎えていました。そんな中での奈津子の電話だったが一度も会ったことがないとは言え自分の息子の慎二が重体であることを聞くのです。

病院に駆けつけた浩二は、慎二が新宿区歌舞伎町でひき逃げ事件に遭ったことを知らされます。。。

 この息子の松永慎二はユニックスというソフトウェア開発会社に勤めていました。ユニックスは7年前に設立された会社で顧客管理システム、製造業関連の技術計算などのシステムを幅広く手がけており浩二も注目していた会社です。元々コンピュータ分野の資質があったのか、遺伝によるものなのかは分からないが松永慎二のコンピュータの知識は切れ者のみが集うと評判のユニックスでも一目置かれる存在でした。母子家庭に育った慎二は幼少の頃、自分の実の父が東洋電子工業の羽嶋浩二であることを知り、父を目標に日々努力し続けていました。

 深夜の新宿の路上で轢き逃げ。少なくないドラッグの影響。慎重で潔癖症な慎司には似つかわしくない最期……。
 
 羽嶋は慎司の足跡を追った。慎司のアパートを訪ね、慎司の友人を訪ね、恋人を名乗る2人の女性と知り合い、多くのことを知っていきます。

 パリのインターナショナルスクールに通い、日本に帰ってからはアメリカンスクール。羽嶋と同じ大学の同じ学部に入り、東洋電子工業を受験したこと、チェスが強く、手先が器用で模型作りが上手く、女の子にはモテたが冷たい部分もあったこと、礼儀正しくよい青年だという人も、冷酷で無慈悲な人間だという人もいた自分の息子の過去に引き込まれていく父の姿に痛々しささえ感じました。
 
 知れば知るほどにわからなくなる人間像に、父は戸惑いを隠せません。いったい、慎司とはどういう人間であったのか。
 
 原発建設を巡る汚職、暴力団、流行のドラッグ、スーパーコンピュータへのイントゥルーダー(侵入者)……慎司を取り巻く陰謀の源を追い、彼の人生を追体験する中で、羽嶋は「父親」になっていきます。一度も会うことなく死のうとしている息子のためにできることは何なのか考え始めます。事故原因を調べるうち、裏に原発建設計画の存在が浮かび上がり、彼にも魔の手が伸びてくるのです。

 巨大な組織悪に対し個人が戦いを挑むという構図。サイコパス(神経病質)全盛の時代にあって、アナクロとも言える正統な「社会派」ミステリーを世に問いたところに、この新人作家の意気が感じられます。

 そして終盤、慎二と浩二にAndei009 しか分からない息子から父へのメッセージを目にしたとき、物語に感動が生まれます。主人公とは言葉を交わさずじまいだった息子への父親としての愛情も無理なく描かれています。ドラマ化された時、『25年目の父子愛』とサブタイトルがついたのがよく解ります。
 
 高嶋さんはは原子力工学を熟知しており、現存する原発に関して事実であるかどうかは別として、工学的見地での小説としての記述に間違いは無いのでしょう。

 問題は、この小説の筋書きがフィクションとして読み過ごせるのかどうかだと思います。個人的な感想としては、小説の中に散りばめられた個々の事件は別としても、大枠の経緯や結果としての事実関係があまりにも現代の問題と酷似しており、今読み返してみると
衝撃を覚えずにはいられません。

 
 理工系の作家さんの作品はは数字で割り切れる、割りと淡々としている風に私は思っていたのが、そうではないと確信させてくださったのが高嶋さんや東野圭吾さんでした。

 『M8』、『トルーマン・レター』なども読みたい作品です。

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コメント

 しのぶさん、こんばんわ。
 来てくださってとても嬉しいです。叔父様のお話、何をどう書けばいいのか真っ白になるくらいのリアルさで書かれてあったので、感極まって拙い文章になってしまってごめんなさい。でも今観たら、ちゃんとレスを書いて下さっていて、ありがとうございました。
 話がそれましたが、これはミステリとしても一級品だと思うのでコンピューターに強いしのぶさんなら、スラスラ読めると思います。会ったことも名乗った事も無い血を分けた息子が父と同じエンジニアの道を進むなんて健気だし、そういう子に育てた元恋人も凄いと思いました。やはり男性とは読み方が違うのですね、大きな陰謀より、人間関係がとても気になるのは、作者の上手いところなのかな?匠の技と言っても過言ではないと、それくらい面白く読みました。読んだのがかなり前だったので、話が伝わったかどうか。。。

「女の場合は絶対に、昔の恋人に「君の子どもがいる」なんて言われることありませんからね」は考えもしなかったので、たしかになあなんて関心しました。今度は親子愛について語ってもらえる日を楽しみにしています(笑)。
 ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年4月18日 (日) 03時20分

 こんばんは。
 お久しぶりでございます。お忙しいのでしょうけれど、こうして記事を更新してくださると、とっても嬉しいです。( *´艸`)
 こちら昨夜から今朝にかけて雪が降りました。桜が散ったあとだというのに。もうストーブもしまっちゃって、寒くて死にそうです。(笑)
 
 さて、社会派ですね。
 食わず嫌いなところがありましてあまり読んだことがないんです。(意見が合わないと嫌になりそうで。笑)アメリカドラマのように、疑問符をさり気なく残していく程度の主張があるものなら、大好きなのですが。(笑)

 わたくしの持つ社会派のイメージは「主張が強い」の一言に尽きてしまうわけですが、愛情の描き方に優れた作品でしたら、また違う印象になるのでしょうね。
 
 父子愛かぁ。興味津々です。だって、女の場合は絶対に、昔の恋人に「君の子どもがいる」なんて言われることありませんからね。(笑)
 そこら辺の心情とか、とても興味をそそられます。

 とこさん、お仕事大変でしょうが、がんばってくださいね。(*´ω` )ノ

投稿: 酒井しのぶ | 2010年4月17日 (土) 18時45分

スイーツマンさん、こんにちわ。
来てくださりありがとうございます。さすがですね、あらすじで良し悪しが解ってしまうなんて。日本文学が海外に紹介されたきっかけが理工系の方の作品だったとは知りませんでした。凄いですね。文学+専門(得意)分野という組み合わせは確かに面白いですよね。そのことを最近気付いた私です。
ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年4月17日 (土) 17時20分

茶々君のご主人様、こんにちわ。来てくださりありがとうございます。本当になかなか親子散歩が出来る気候になってくれませんね。そちらはもう桜は終わりですか?札幌の開花予想は5月10日だそうです。まだまだですね。でもその頃には仕事も一段落出来そうですよ(と思いたい~)あ、また全然違う話になってしまいました(汗)。これはご主人様もお子さんを思い出されるような作品で、きっと読むとはまると思います。単なるミステリじゃないところがたまりません。まさか25年前の恋人に子供が。。。なんてことは無いでしょうけれど(笑)。
理工系の方の考えることって、不思議に惹かれるようになりました。全てを受け入れられるかどうかは解りませんが。男の本能が魅力を増すのでしょうね。
 読んで頂き、ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年4月17日 (土) 17時09分

KOZOUさん、こんにちわ、ホントにお久しぶりです。
皆さんに忘れられないように(笑)。これもKOZOUさんの嫌な思い出であるサントリーミステリー大賞作品ですが、このシリーズはまず、はずれが無いと思っています。大抵はドラマ化されたのを見る事が多いのですが、これは、兄が持っていてかなり前に読ませてもらいました。久々に手に汗握るストーリーと親子の愛情が確認できるいいものでした。そして原発に関してはさすがだな(私には難しかったですが)と思いました。こういう作品はやはり、男性が好むのでしょうか。ああ、父としてみてしまうって所かしらね。でも25年前の恋人が息子にちゃんと父親の存在を話して聞かせていたというのはちょっと切ないですね。よほどの覚悟で恋人だった浩二に連絡したのでしょうね。そして言われるようにエンジニアと言うクールそうな役どころを熱い魂がよぎるところは凄いです。
 苦手分野だと思っていましたが、はまりそうです(笑)。
KOZOUさんもこういうシチュエーションの小説、書けそうですね。思い出すとそんな気がします。舞台はインドで(笑)。
すみません、はしゃぎすぎました(苦)。
でも読んで頂き、本当にありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年4月17日 (土) 16時29分

先のコメント私です
寝ぼけていました(自嘲)そして平伏。

投稿: 狼皮のスイーツマン | 2010年4月17日 (土) 06時38分

あらすじの紹介から優れた作品であることが判ります。日本文学が海外に紹介されたきっかけは、在地の理系の方が、(技術書のついでに)読んだ文学書が好評で翻訳されたからだそうですよね。

文学+専門(得意)分野という組み合わせは面白い作風にちがいありません。

投稿: | 2010年4月17日 (土) 06時36分

おはようございます。

あたまやすめは必要ですよね。
たまには
気分転換してくださいね。

なかなか暖かくなりませんね。
北海道は雪だとか
お父様と父子ではやく
散歩ができる気候になればと
おもいます。

原子力開発の裏側にある
組織悪と父子愛の物語
男の本能が
あるんでしょうね。

投稿: 茶々 | 2010年4月17日 (土) 06時27分

おはようございます。
久々にとこさんの記事でやはりとても嬉しいです。
少しはゆとりができましたか。
どうか無理されずにとウソで、もっと読みたいホンネ(^_^;)

いつか書きましたがサントリーミステリー大賞は恨み骨髄の文学賞(^_^;)
高嶋さんはだから坊主にくけりゃ袈裟まで憎いでしたが、その後の活躍見れば当然でしたね。
これは読んでいないのですが記事を読み大変興味持ちました。
わたしも本質アナログで正当社会派は大好きです。
設定が巧みですね。
まさに25年目の父子愛ですね。
父が息子の死の真相を探るうちに大きな背景に行き着き、それに戦いを挑み、また息子への愛が次第に深まっていく、そんなことだろうと思いますけれど、実にうまい設定だと思います。
お互いクールなエンジニアなのでしょうがどのように人間的戸惑いと愛を見せるか興味を持ちます。息子は実の父を知っていてそれを目標にするというのも何か泣かせますね。
社会派は昨今はやらないですが根強いファンも多いですね。
ほとんどおっさんでしょうが(^_^;)
原発に関しても詳細にリアルに書いてあるようですね。
またわたしも読みたい本が増えました(^_^;)

投稿: KOZOU | 2010年4月17日 (土) 06時24分

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