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2010年5月14日 (金)

キャンセルのはしり『ミケランジェリ』

 

 ミケランジェリ家は、アッシジの聖フランチェスコの末裔と伝えられています。3歳から音楽教育を受け、最初はヴァイオリンを学びましたが、間もなくピアノに切り替えたそう。10歳でミラノ音楽院に入学。父親の主張により、一時期医学を学んだこともありました。1938年、18歳で国際イザイ音楽祭に参加。一次予選の演奏から早くも注目を集めますが、初見が苦手であったことが災いし、第7位の入選に留まります。
翌1939年、ジュネーヴ国際音楽コンクールで優勝し、審査員長のアルフレッド・コルトーから『リストの再来』と賞賛されました。コレが私が彼に惹きつけられる所以でしょう。

 第二次世界大戦中はファシズムに対するレジスタンス運動の闘士としても活躍しました。そういう魂がこもった音が彼の音ふだったのかもしれません。でもショパンの曲などは、そんな荒荒しさはみじんも感じません。 

 1920年にブレシア近郊の小さな町に生まれ、1955年にルガーノで亡くなった彼は、誰もがその名とその音楽を知っている、20世紀最高のピアニストです。その信じられないような精神的規律、唯一無二の完璧な技術、形式に対する禁欲的な意識、そして表現における圧倒的なスケールで、彼の芸術に感銘を受た人は多いことでしょう。もっとも、彼の演奏を実際に聴く機会があったらの話ですが。
 

 そう彼は、公演をキャンセルすることで有名でした。キャンセル魔だったことは、生前から伝説となっていました。でも、このピアノの天才の人となりについては、それ以外は誰も知りません。彼自身が「自分には私生活はない。練習しているか、研究しているか、教えているかだ」と語っているように、私生活がほとんど知られていない芸術家の一人でもあります。作家のコード・ガーベンは17年間にわたり、この謎めいた天才とともに仕事をしたそうです。

 レコード・プロデューサーとして、あるいは協奏曲の指揮者として、時には、猛烈なスピードで走る自動車の同乗者として。。。公私にわたり身近にあった者のみが知る天才の素顔と、綱渡りのような交友を綴る一方で、その芸術の真実を探求著作で紹介しています。
 私は本は一切読んでいません。この旋律に共鳴したのです。

 完璧にコントロールされた技術と高い精神性、そして作品に捧げられる献身的情熱とが結晶となった彼
の音の世界は、まさに演奏芸術の頂点を究めた表現活動であり、余人の追随を許さない高みにあったと
私は思っています。

 キャンセル魔、過敏なまでに神経質な対人関係、録音嫌いなど、彼にまつわるエピソードは尽きることがありません。本来彼は非常に強い完璧主義からコンサートのキャンセルを頻発し、次第に年間に「実際に」とり行われた演奏会が10回に満たないという例も珍しくなくなっていきました。しかし、その貴重な演奏会が更に評判を呼び、一層ミケランジェリというピアニストを伝説に押し上げていったのでした。Tanaka001

 しかもこうしたうわさ話は、時に一人歩きし虚像をいたずらに大きくしてしまった感すらありますが、
ひとたび彼の演奏を耳にすれば、その神秘的なまでの美しさは聴く者すべてを虜にし、紛れもないミケランジェリの音と音楽の世界があることを確信させてくれます。
 そしてピアノ演奏の測り知れない奥深い領域へと聴き手を導 くとともに、音楽がいかにかけがいのない表現活動であるかを再確認させてくれたのです。

 日本にも3度来日していますが殆どがキャンセル。。。どんなにファンが残念がってもこれだけは譲れない所だったのでしょう。

こんなエピソードがあります。ドイツ・グラモフォンに録音した有名なショパンの録音は僅か3時間足らずで録音されたという話です。ノーミスの完璧な演奏ができたため、録り直すことがなかったため。その代わり、録音に至るまでピアノが満足できる状態になるまで偏執的にこだわるなど、演奏会にしても録音にしても実際にピアノを弾くまでに至る準備は大変なものだったそうです。

 紹介した曲はあまり有名な曲ではありませんが、ミケランジェリという人となりが解る、というか、変に身構えなくても聴ける曲を選びました。ご堪能下さい。お顔はやはり神経質そうですが(笑)。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

KOZOUさん、こんばんわ。
いつも丁寧に読んで頂き、ありがとうございます。
気に入った動機がやはり同じだったので嬉しいです。
はい、ウィキをみると、銃弾が貫通したとかしなかったとか。
致命傷ですよね。だから尚の事、完璧を目指したのかもしれませんね。ここ数日彼の曲ばかり聴いていましたが、飽きることがないんです。同じ人が弾いてるの?って思うくらい、音に幅があって。キャンセルでぎゃあぎゃあ言ったのは日本くらいで、他では返って人気が上がったそうですから、さすがにおl国柄が出ますよね(笑)。
ホント、「イタリア人にもこのような人が」ですね。
ありがとうございました。

投稿: とこ | 2010年5月14日 (金) 20時20分

茶々君のご主人様、こんばんわ。
いつもありがとうございます。はい、私も楽譜を見れば音が流れてくるっていうのは絶対必要だなって思ってます。
ipodよりかっこいいですよね(笑)。かくいう私も音譜が読める程度でどんな音楽かまではわかりません。だからきっと憧れるんでしょうね。芸術家は得てして神経質が多いような気がしますね。でもミケランジェリばりになると周りが迷惑(!?)かも。でも色んな楽曲を弾いているので、それぞれ楽しむことが出来てやはり彼も天才なのでしょうね。
 楽しんだり、癒されたりすれば音は何でも良いのだと思います。楽しめたのなら良いのですが。。。
 ありがとうございました。
 

投稿: とこ | 2010年5月14日 (金) 20時01分

こんにちわ。
いい天気で気持ちいいです。

ミケランジェリ、名前くらいしか知らなかったですがほんとにとても繊細な演奏ですね。奏者により曲の印象はがらりと変わるのでしょうけれど本当に顔もですが繊細で美しい演奏だと思います。
イタリアパルチザンの活動をしていたのですね。
大いに気に入りました。(^_^;)
良家の出だったでしょうし、ピアニストにとりゲリラ活動はとてもきつかったと思うのですが、なおさら尊敬します。
気になりウィキペディアで見てみましたらパルチザンの時腕に負傷もしているのですね。その傷はその後も残りそれを気にしたのもキャンセルの理由と言う説も書いてありましたけれど、それは別にしても準備や精神状態に完璧を期していたのでしょうね。
まあ、日本人は時間にうるさくキャンセルは特に嫌われると思うのですが、そこはイタリア式時間感覚なのでしょうね。
「自分には私生活はない。練習しているか、研究しているか、教えているかだ」この言葉も彼の完璧なまでにストイックな精神を表しているようですね。
イタリア人にもこのような人が(^_^;)
35歳没ですか。とても若いですね。伝説になったのも分かる気がします。

投稿: KOZOU | 2010年5月14日 (金) 18時35分

たしかに病的に神経質そうな
顔立ちですね。きっと天才!
すばらしい旋律ですね。

私の成人式の顔とそっくり・・・
とっても神経質でした。

ピアノとか楽器をされる方が、楽譜を眺めて
おられるのを本屋で見たことがあります。

もう20年ほどまえ、きっと頭のなかに音楽が
流れているようでした。いまのような便利なIPODなどが
なくても、楽譜があれば頭に音が気持ちよく
流れるってすばらしいとおもいました。
それで、
かあちゃんにすこし習ってみたんですが、
三日坊主でした・・・いつでもできる環境なのに
数年たったらまた考えてみます。

今年も、和太鼓に昨日からまた挑戦です!

投稿: 茶々 | 2010年5月14日 (金) 17時29分

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